白井助七領徳碑
名所・史跡
3.24
クチコミ・評判
1~5件(全5件中)
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大宮の鉄道化に尽力した人物の碑は機関車を従えています
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- 旅行時期:2021/12(約4年前)
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さいたま市民会館おおみや近くの山丸公園に有りました
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- 旅行時期:2020/10(約5年前)
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白井助七の偉業を顕彰する領徳碑が、大宮の山丸公園に置かれています。
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- 旅行時期:2018/10(約7年前)
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白井助七の偉業を顕彰する領徳碑が、大宮の山丸公園に置かれています。
大宮は、交通の要衝です。
特に、鉄道の分岐点と... 続きを読むして重要な役割を担っています。
白井助七は、鉄道の重要性を早期に把握し、鉄道の駅は勿論、機関車の整備場等を誘致し、大宮の活性化に尽力しました。
白井助七の献身的な努力が、実を結び、大宮が鉄道の中枢として発展する基盤が出来上がりました。
白井助七は、後の大宮市長に就任し、大宮周辺の振興に大いに活躍するのでした。
鉄道が発展し、蒸気機関車の時代から、電化された近代的な鉄道に生まれ変わる時期に際し、蒸気機関車を保存することとなり、白井助七の領徳碑とともに、大宮市の山丸公園に設置する運びとなりました。
後ほど鉄道博物館も大宮に開館することとなり、鉄道の街大宮の名前が有名になったのです。
つまり、大宮と鉄道とは、密接な関係にあるのです。
白井助七の領徳碑を通じて、大宮の発展を理解することができるのです。
ぜひとも、白井助七の先見の明を顕彰する領徳碑を見学することをお勧めします。 閉じる投稿日:2019/08/14
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大事に保管
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- 旅行時期:2013/08(約12年前)
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白根多助領徳碑〔旧跡〕
- 4.0
- 旅行時期:2013/07(約12年前)
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白根多助(しらね たすけ)(文政2年(1819年)6月27日〜明治15年(1882年)3月15日)は、前任者辞任を受け明治... 続きを読む6年(1873年)5月21日に権令事務代行拝命〜同年12月27日縣令拝命〜明治15年(1882年)3月15日まで第2代埼玉縣令(県知事)を務め、現在の埼玉県発展の基礎を築いた人物である。
尚、該碑は埼玉県庁本館前庭に建立され、関東大震災や大東亜戦争大宮空襲時に被災せず原型を保持していたが、昭和23年(1948年)埼玉県庁火災時に類焼焼損。
現在は大宮公園内に移設し保存されている。
然し、碑本体は焼損の為に碑表面本文判読は困難。
大宮公園 白根多助領徳碑(おおみやこうえん しらねたすけ りょうとくひ)
さいたま市大宮区高鼻4
?: 048−641−6391
東武鉄道野田線北大宮駅 徒歩5分
http://www.pref.saitama.lg.jp/page/910-20091204-92.html 閉じる投稿日:2013/07/30
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