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鶴ヶ城 (若松城、鶴ヶ城城址公園)
名所・史跡
4.29
会津若松 観光 満足度ランキング 1位
平成27年再建50周年を迎える鶴ヶ城は全国でも稀な赤瓦の天守閣として有名です。葦名氏七代直盛が至徳元年(1384)黒川城を築いたのが発祥。天正17年(1589)伊達政宗が葦名義広を追って会津を領するが、翌年豊臣秀吉に召し上げられ蒲生氏郷が入封、黒川城を大改修して鶴ヶ城と改称、城下を若松と名づける。その後、上杉、ふたたび蒲生、加藤氏と代わり寛永20年(1643)保科正之が入城、三代正容のとき松平氏を称し、子孫相ついで九代容保のとき戊辰戦争を迎える。現在の天守閣は昭和40年の再建。平成16年3月には天守閣内部がリニューアルされ、会津のシンボルとしての鶴ヶ城で会津の歴史を「学び、遊び、体験」できる「お城ミュージアム」として好評を博している。最上階は展望台になっている。◎葦名盛氏(1521-80)会津生れ。戦国大名。鎌倉幕府の名族三浦氏の裔。黒川城(若松)に拠り、畠山・田村・二階堂ら仙道諸家を攻略、葦名氏の全盛を現出。◎蒲生氏郷(1556-95)近江日野城主蒲生氏の出身。織田信長に仕え、功により伊勢松ケ島十二万石。松坂城を築き、城下町を営む。のち会津転封。◎上杉景勝(1555-1623)越後生れ。戦国大名。謙信の養嗣子。豊臣政権の五大老に列し、会津に転封。関ケ原の戦いに西軍に呼応、家康の打倒を図ったが敗戦して米沢へ移封。◎保科正之(1611-72)江戸生れ。江戸前期の大名。徳川家光の異母弟。初め信州高遠藩保科家の養子。のち会津藩祖となり四代将軍を補佐。その「家訓」は藩風形成の基となる。◎松平容保(1835-93)江戸生れ。幕末の会津藩主、京都守護職に任ぜられ公武合体を推進。意に反して鳥羽伏見の戦いで朝敵とされ、会津戦争に突入。ろう城1カ月、開城後降伏。
401~420件(全830件中)
会津観光の拠点、会津若松城。
現地では「鶴ヶ城」と呼ばれている優美な天守閣がそびえます。
蘆名・伊達・蒲生・上杉・...
続きを読む加藤・保科・松平・・・歴代城主だけでも、
戦国時代から江戸時代を通じて、名だたる大名が支配してきた会津の象徴。
そうした輝かしい歴史の最期の局面で、新政府軍による殺戮という終焉を迎えます。
今は長閑な佇まいを見せ、泰然として屹立している天守ですが、
その見てきた歴史は血の涙の流れる凄惨な光景であったのでしょうか。
その血を吸い取ったかのような赤瓦が、ひときわ優美に見せている・・・
歴史に想いをはせて見ると、その美しさの中の悲しみが見えてくるようでした。
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投稿日:2016/08/29
日本百名城の一つで、国内唯一の赤瓦の城は実に美しく、白い【姫路城】、黒い【熊本城】と共に非常に見応えがありました。城内は5...
続きを読む層で天守閣からの四方の眺望は素晴らしく、特にポール越しに【飯盛山の白虎隊自刃の地】もはるかに見えました。また展示物が各階の構成と展示物が非常に充実していた。1層⇒期間限定の特別展示で刀剣類、2層⇒歴代藩主の変遷 3層⇒幕末の動乱と会津 4層⇒会津ゆかりの先人 5層は天守閣
と会津の歴史・人物が網羅されていました。戊辰戦争で1カ月籠城に耐え【難攻不落】と
たたえられている城です。入城料は茶室【麟閣】とあわせて510円ですが、まちなかバスの一日乗車券を見せると450円になりました。
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投稿日:2016/08/24
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鶴ヶ城元旦登閣(日中)に行こうかと考えています。
駅前のホテルに宿泊して、午前中に車で行こうと思っているのですが、駐車場...
続きを読むを含めて混雑状況は、どのような感じでしょうか?
普段の感じで、車で行って駐車場に停め、普通に見学できる感じでしょうか、それとも、混雑して、渋滞みたいな感じになっているんでしょうか?
ご存じの方いらしゃいましたら、教えてください。
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