2015/10/25 - 2015/11/01
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liccoさん
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2015年10月25日から11月1日までドイツツアーを一人で回ってきました。
町は紅葉で色づき 落ち葉のじゅうたんの上を歩く! 美しいところでした。
ドイツの人たちは とても親切にしてくれました。満足した旅でした
寒さ対策が必要で 風は大陸の寒さが肌に突き刺さるような冷たい風なのです。
外に出るときは 「コート」に「手袋」「ストール」「ブーツ」は離せませんね。
自分は大陸の寒さを甘くみていました。お陰でカイロが活躍し、昼間とか室内は汗ばむくらいなので カイロで調節するのが一番楽でした
1日目 ANA機でフランクフルトへ
フランクフルトからビュルツブルク
http://4travel.jp/travelogue/11073397
2日目 バンベルク~ビュルツブルク レジデンツ マリエンベルク要塞 旧マイン橋
http://4travel.jp/travelogue/11074024
3日目 ローテンブルク~ロマンチック街道の一部 フュッセンへ
「ローテンブルク旧市街(ローテンブルク・オプ・デア・タウバー)」は、17世紀の街並みが保存されたドイツの観光都市。
石畳の路地、軒下にぶら下がるアンティーク調の看板、オレンジ色の切妻屋根と木枠の壁が特徴の家々の窓からは、色とりどりの花があふれるように咲いている。
そんな古き良き時代のドイツへとタイムスリップを体験しようと、世界中から旅人が訪れる。
ローテンブルクの宗教的背景
ローテンブルクでは古くから、カトリック系のドミニコ会、フランシスコ会などの会派が、競って独自の教会や修道院、そして病院などの社会施設を建設し、街の発展に貢献してきた。
また十字軍遠征により、「聖血」がローテンブルクにもたらされ、周辺各地からの巡礼者が訪れるようになったことで、街はますます発展した。
巡礼の中心となったのは、「聖血」がおさめられた聖ヤコブ教会。竣工・増築に170年もの月日が費やされたその姿を、現在も見ることができる。
16世紀に入ると、プロテスタントの波が押し寄せるようになり、ローテンブルクでも宗教革命による改宗が行われた。
しかし、17世紀には、カトリックのティリー伯によって街は陥落。その際の逸話が、現在もローテンブルクを代表する歴史劇「マイスタートゥルンク」として語り継がれている。
歴史概要
ローテンブルクの歴史は古く、紀元前500年頃から存在していたとのこと。
10世紀に、地方貴族の城が「オプ・デア・タウバー(タウバー川を望む丘の上)」に建てられたことが、「ローテンブルク・オプ・デア・タウバー」という名の由来だといわれている。
この地方貴族の家系が断絶すると、神聖ローマ帝国の影響下に置かれるようになる。
ローテンブルク市として認められたのは12世紀のこと。街は徐々に要塞化され、塔や城壁が造られていった。現在も街の観光の中心となっている「レーダーアーチ」、「マルクス塔」はその頃に建てられてものだ。
神聖ローマ帝国内の自由都市として、徴税権や関税権を認められたローテンブルクは、14世紀には城壁内外に合わせて2万人近い居住者を抱えていたといわれ、もっとも繁栄していた。
その後、17世紀の三十年戦争とペストの大流行によって、多くの死者と被害が出たローテンブルクは、都市としての繁栄も経済力もそして重要性をも失っていき、近代化の波に置き去りにされることとなる。
大同盟戦争・フランス革命を通し、街は損害を受けつつも徐々に再建されていく。
しかし19世紀初頭、神聖ローマ帝国の抱えた負債の影響で、500年に渡って独立都市として存在してきたローテンブルクはバイエルン領に併合され、多くの歴史的建築物や土地が売却されてしまった。地方名家も土地を追われてほかの地域へと移住していき、ローテンブルクは、急激に衰退していく。
ナポレオンによる侵攻、ドイツ連盟加入など、周辺国の勢力争いの影響を受けたローテンブルクだったが、1871年にドイツ帝国が成立すると、鉄道開通による観光客の増加や工業化が進み、街は復興し始める。
またこの頃には、戦前の中世ヨーロッパの趣を残す街として人気の観光地となり、街並みは法的に保存されるようになるなど、観光都市としての道を進み始める。
しかし、またしても戦争の影響でローテンブルクは、大きな損害を被ることとなる。
第二次大戦終戦直前の空爆により、当時保存されていた歴史的建造物の約40%が、損傷または破壊されてしまったのだ。この空爆に続き、砲撃による進軍も計画されていたが、連合国側の指揮官が、ローテンブルクを訪れ魅せられた母親の影響から阻止したとの逸話が残っている。
さらに、ドイツ側の指揮官もヒトラーの命令を無視して降伏し、街は完全に破壊されることなく残った。
戦後に中世の姿に再建されたローテンブルクは、市町村再編によって、「ローテンブルク・オプ・デア・タウバー郡」が廃止された後、アンスバッハ郡に編入された。
古き良き街並みが残った理由
16世紀の三十年戦争とペストの大流行の影響は、街の発展をそこで止めてしまい、結果としては、街の中世の姿のままで保存することに貢献した。
しかし、度重なる戦争によって、ローテンブルクは半壊状態となってしまう。
戦後、ローテンブルクの再建は、幸いにも多くの大都市のように現代風のビルを建てる代わりに、失われた中世の姿そのものへ戻す方向へと進められた。
その費用には、占領国であり街を破壊した米国の資金援助をはじめ、世界中からの寄付が充てられた。
現在も、街は行政・住民・観光客らの協力により、数百年前の姿を保ち続けている。
4日目 ノイシュバンシュタイン城~ミュンヘン
5日目 マウルブロン観光 マウルブロン修道院群
6日目 ハイデルベルク城~ライン川周辺 リューデスハイム ニーダーヴァルト~ケルンへ
7日目 ケルン フランクフルト
フランクフルトから羽田へ 帰国
1日目から 帰国までご覧ください
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
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さぁ〜こちらから ローテンブルクの始まりです
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着くと直ぐに目に飛び込んだ かわいい看板
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プレーンライン
小さい町ながらよく知られている町ローテンブルク・オプ・デア・タウバー。 ローテンブルクほど中世がよく保存されている町はほかにはありません。
時間が止まってしまったのでは?
古い家や静かな広場、町角、塔や噴水、市城門、市城壁、倉庫、ワインレストランの旧市街を歩けば、そう思います -
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屋根を見て下さい
窓が 目のように出来ています
面白いです -
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日本語で書いてあります
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牛さんの看板です。お肉が食べれるのですね
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レストランですね
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マルクト広場です
マルクト広場 (ローテンブルク) 広場・公園
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市参事宴会場
街の中心にある広場で、市庁舎や市議宴会館の壁面にある仕掛け時計が有名です。
仕掛け時計が動く時間になると、多くの観光客がマルクト広場に集まり、時計を眺めています。
仕掛け時計は11:00〜15:00、20:00〜22:00の毎時0分に始まります。 -
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ワンコを発見
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コーポルツェラー教会
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ちょっと変わった博物館、中世犯罪博物館です
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クリスマスは絵本のよう
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たしか 牛さんの看板の店でランチしました。
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この地方の名物を注文しました。
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なんと〜日本では町には まだまだ普及していませんよね
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ローデンブルクは12世紀に要塞化がはじまり、13世紀に門や城壁が作られました。
そんな城壁も今では観光スポットです。
この階段から城壁に昇りました -
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市壁
外敵から町を守る為に築かれた石の壁
北のクリンゲン門から南のシュピタール門までの約2.5kmは城壁の上を歩くことができます -
城壁の上の通路は遊歩道になっています
壁には修復で寄付をした人たちの名前が刻まれています -
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歩くところは こんなところです
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夕食は まずは白ワインを! フランケンワインより少し辛い味でした
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魚のムニエル
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デザート モチっとして美味しかった
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夜 近くのマルシェへお買いもの
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閉店間際でしたので だいぶ売れて無くなっています
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この旅行記へのコメント (2)
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- なぽさん 2020/10/19 04:21:30
- ヨロシクお願いします。
- liccoさん、おはようございます。
私の稚拙なダラダラ旅行記に投票くださり
フォローまでいただきましてどうもありがとうございます。
liccoさんのロマンチック街道の旅記、
私もここ通った?行った?これ見た!などと懐かしく拝見しました。
特に、中世犯罪博物館に日本語の案内があったんだとか、
ノイシュバンシュタイン城の写真は何度も見返してしまいました。
クリスマスグッズのお店は、ケーテ ウォルファルトでしょうか。
楽しませていただきありがとうございました。
4トラは突然放置してしまったりする・・こんな私ですが、
どうぞ宜しくお願い致します。
なぽ
- liccoさん からの返信 2020/10/19 08:21:47
- Re: ヨロシクお願いします。
- こんにちは
フェローありがとうございます。
楽しく読ませていただきました。
ドイツ旅 懐かしいです。
このコロナの時期、懐かしむ事しか出来なくて、悲しいですが、お友達の旅行記を読みながら、楽しみ、次はここを目指そうとか、こんな所があるんだ!と、勉強をしています。
気長によろしくお願いします
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