2014/12/25 - 2015/01/02
176位(同エリア1707件中)
Zabiさん
年末年始の休暇を利用してエジプトへ行ってきました。
旅程は
1日目 名古屋→アビダビ 機中泊
2日目 アブダビ→カイロ カイロ泊
3日目 カイロ観光 カイロ→ルクソール ルクソール泊
4日目 ルクソール観光 ルクソール泊
5日目 ルクソール→アスワン→アブシンベル アブシンベル泊
6日目 アブシンベル観光 アブシンベル→アスワン→カイロ(ギザ) 車中泊
7日目 ギザ・ダハシュール・サッカラー観光 カイロ泊
8・9日目 カイロ→アブダビ→名古屋 機中泊
です。
今回はファイブスタークラブの個人ツアーを利用しました。
まずはカイロ到着とカイロ市内散策の前半です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- タクシー 徒歩
- 航空会社
- エティハド航空
-
今回利用したのは名古屋発のエティハド航空。
EY889北京経由アブダビ行きとEY653アブダビ発カイロ行きを利用。 -
名古屋からアブダビまで14時間半、アブダビで待ち合わせが3時間半、アブダビからカイロまで4時間半、合計22時間以上かかって、ようやくカイロに到着です。
現地時間12時半ごろ、ほぼ定刻でした。
アブダビもそうでしたが、意外と寒い。 -
バスでターミナルビルへ移動。
たぶんターミナル1です。 -
ターミナルビルに入るとすぐに両替屋が並んでおり、ここでビザを買います。
ビザは25$ですが、お金だけ出して何も言わなかったら両替されそうになったので、VISA Pleaseと言うとビザを売ってくれました。 -
購入したビザ。
シール式になっており、これを自分でパスポートに貼り付けます。 -
ビザ売場の隣がすぐ入国審査。
入国審査に入る前のところに早くも迎えのアシスタントが来ており、ビザの貼り付けから入国カードの記入までやってくれました。 -
ちなみに入国カードは機内では貰えませんでした。
そして空港の入国カード置き場はなぜか入国審査ゲートの近くにありました。
初めてなので、1人だったら結構混乱したと思います。 -
入国審査のすぐ裏で荷物をピックアップ。
その後、SIMカードを買いに携帯電話会社のブースへ。
荷物受け取りのすぐ先にあります。
最初はVodafoneで買うつもりだったのですが、VodafoneではプリペイドSIMは売っていないと言われました。
写真を撮っていたら警備員に注意されたので写真はありませんが、隣にMobiNilのブースがあり、そこでプリペイドSIMが売っていたので購入。
SIMカードは25LEでした。プランは色々ありましたが、データ5Gで1ヶ月有効のものが50LEだったので合計75LEでした。
MobiNilの使用感とかはまた別に書きたいと思いますが、今回行ったところでは大体繋がるし、スピードもそれほど不満はないと言った感じでした。 -
アシスタントに連れられてマイクロバスまで移動。
カイロ空港は年季の入った空港です。
ビルから出るとタクシーの運ちゃんがたむろしており、客引きに余念が無い様子でした。 -
マイクロバスで今日の宿のラムセスヒルトンまで移動。
車内では、アシスタントからこれからの行程についての確認やら緊急連絡先やらの説明を受けます。
途中ちょっと渋滞していましたが、40分ほどでホテルに到着。 -
14時15分頃ホテルにチェックイン。
チェックイン手続きから部屋のチェックまでアシスタントがやってくれました。
ホテルはツインで、結構広い部屋。 -
部屋のバルコニーからはナイル川が眺められました。
-
眼下に見えるピンクの建物がエジプト考古学博物館です。
早速、財布と携帯だけ持って博物館へ向かいました。
カイロの道路は信号がなく、道路を渡るのも大変です。
現地の人を盾にしつつ、何車線もある道路を車の間を縫うように渡っていきました。
現状、考古学博物館へは東側、この写真だと左側の道路からしかアクセスできないようです。 -
ホテルから徒歩10分くらいで博物館に到着。
カメラは預け入れしないといけないみたいですが、携帯はOKらしいのでそのまま入場。
館内は古代エジプトの至宝がこれでもかと言うほど陳列されています。
エジプト観光庁のHPでは16時閉館とあったので、真っ先に目玉のツタンカーメンの黄金のマスクのある部屋から鑑賞。
黄金のマスク前も結構すいておりじっくりと鑑賞できました。
その後、やや巻き気味に見学、余り広くないので2時間程で一通り見て回ることができました。
ラムセス2世やハトシェプスト女王のミイラがあるミイラ室も見学。
別料金100LEでしたが、3500年も昔のファラオのミイラが目の前にあり、とても不思議な気分になります。
結局この日は16時45分頃に黄金のマスクのある部屋が閉まり、徐々に客を追い出して行くといった感じ。
ぐずぐずしていましたが、結局17時頃には追い出されました。 -
博物館から出たところにはデモで焼き討ちされたらしいビルがありました。
-
画像が悪いですが、博物館の敷地外にはデモや略奪対策と思しき装甲車が待機しており、西側からのアクセス道路を封鎖しています。
また、博物館辺りは治安が余り良くない印象。
博物館手前の道でたむろっている連中の1人が何やらSTOPとか言ってきましたが、無視して通過。 -
ホテル戻ったあと夕食に出かけました。
道が余り明るくないので遠くまで行くのは剣呑な感じ。
近所の食堂もローカル過ぎて、英語のメニューがあるのかも疑わしい店ばかりなので、ホテルの隣にあるラムセスヒルトンセンターへ行ってみました。 -
ガイドブックには賑やかなショッピングセンターとありましたが、この日は客が少なく閑散としていました。
-
1階にレストランがありましたが、客も少ないのでスルー。
-
ショッピングセンターですが、食事ができるところは1階のレストランと7階のマックだけのようです。
仕方が無いので、今日はここで我慢しました。 -
エジプトのマックはお値段お高めな印象。
日本とたいして変わりません。
英語が併記されているのが救いです。
子供のお誕生日会が開催されていたので、結構待たされました。 -
7階には映画館もありました。
ビルの中で7階だけは賑わっている感じでした。 -
ホテル前の道路沿いには小さな商店がいくつか並んでいました。
この辺りにビールを売っている店があるという記事を見たので探してみましたが、見つからず。
仕方がないので、水とお菓子を買って部屋へ戻りました。
写真は部屋から見たナイル川沿いの夜景。
日本から持ち込んだウイスキーを寝酒にこの日は終了。 -
次の日はアレンジしてもらったカイロ市内の自由観光の日。
ホテルをチェックアウトし、荷物を預けたあと、タクシーでイスラム地区へ移動しました。
まずは8時から開いているシタデルへ。
朝早いためか渋滞もなく開館直後の8時10分頃に到着。 -
入口にあった案内板。
シタデルはアイユーブ朝のサラディンが1176年に建設した城塞都市です。
その後も、マムルーク朝・オスマン朝時代を通してここがカイロ支配の中心とされました。 -
丘の上に建つムハンマド・アリ・モスクに到着。
イスタンブールのモスクを真似て作られており、巨大なドームと高いミナレットが特徴です。 -
正面横でチケット確認があり、靴を脱いで入場します。
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中庭と泉亭です。
右端に写っている時計台は、フランスがコンコルド広場のオベリスクのお返しに贈った時計。時計はもう動いていないそうです。 -
モスク内部は広大な空間が広がっており、写真には納まりきりません。
遥か上部のドームから大きなシャンデリアとランプが吊るされており、イスタンブールのブルーモスクとかによく似た印象です。 -
下からドームを見上げたところです。
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全体はとても写真には納めきれません。
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ミフラーブと説教台も壮麗な造りです。
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入口近くにあったムハンマド・アリ廟。
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ムハンマド・アリ・モスクを出て軍事博物館方面へ向かいましたが、こちらは残念ながら閉鎖中。
警備員が待機していました。 -
サラディンの井戸だかヨセフの井戸だかがあると思しき方へ行こうとしましたが、ここも行っちゃ駄目と言われました。
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色々制限があって居心地が良くなかったですが、警察博物館方面のドアが開いていたので入ってみました。
進んでいくとレストランのあるテラスへ出ました。 -
テラスから見たイスラム地区。
かなりガスっており余り遠くまでは見えませんでした。 -
正面の大きなモスクは左がスルタン・ハサン・モスク、右がリファーイー・モスク。
ひとつに見えますが、別のモスクです。 -
テラスを後にして入口に戻ります。
戻る途中にエル・ナーシル・ムハンマド・モスクがあったので寄ってみました。マムルーク朝期のモスクです。 -
ミフラーブと説教台。
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シタデルを出て徒歩でスルタン・ハサン・モスク方面へ向かいました。
シタデルの入口と反対方面なのでシタデルを回り込むように歩きます。 -
20分ほどで到着。
チケットはスルタン・ハサン・モスクとリファーイー・モスクの共通券です。 -
まずは右側のリファーイー・モスクへ入場。
20世紀に建築された比較的新しいモスクです。 -
中はちょっと暗めです。
いくつかの柱でドームを支えており、ムハンマド・アリ・モスクとはまた違った趣のあるモスクでした。 -
ミフラーブ。
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お墓がいくつか並べられていました。
これは入口すぐの別室にあった廟。
説明書きがないので誰のかはよく分かりません。 -
次に向かいにあるスルタン・ハサン・モスクへ入場。
こちらはマムルーク朝時代のモスクで、1363年の建築。 -
入口を入り、廊下のような通路を通ります。
-
廊下を通って行くと、巨大な壁に囲まれた中庭に出ました。
ここも大きすぎて全体が写真に納まりません。 -
壁に作られた大きなドームのなかに大理石の細工が施されたミフラーブが造られています。
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ミフラーブと説教台。
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高い天井からはたくさんのランプが吊るされています。
-
外へ出てチケット売場と反対側に向かいましたが、こちらの入口は閉鎖されていました。
チケット売場の反対側から見た両モスク。 -
次にアフマド・イブン・トゥールーン・モスクへ移動。
雰囲気のある道を歩いていきます。 -
徒歩10分程でアフマド・イブン・トゥールーン・モスクに到着。
879年に建てられたカイロで一番古いモスクです。
ここは中庭に回廊を廻らせたスタイル。
中庭はカイロで一番広いらしい。 -
中央のドームは身を清めるための泉亭です。
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現在ではドーム内に石があるのみです。
-
特徴的な螺旋階段のあるミナレット。
そこらにいる人が「ミナレット登るかい?」みたいなことを言ってきましたが、付きまとわれそうだったのでスルー。 -
アフマド・イブン・トゥールーン・モスクから歩いてズウェーラ門へ向かいます。歩き方の地図がかなり正確で助かりました。
写真はズウェーラ門に向かう途中の道。
スークになっており、この先の道を進みます。 -
スークの肉屋。
鶏とかを店先で飼っているのがシュール。 -
歩くこと30分程でズウェーラ門に到着。
1092年の建築。
昔は処刑された罪人の首が吊るされたと言う物騒な門です。 -
ここは登れるので入場料を払って登ってみました。
-
門の上から眺めたイスラム地区。
さまざまなデザインのミナレットが眺められます。 -
ミナレットにも登れます。
ミナレットの根元、写真左下の黒い穴が階段入口です。
中は狭くて急な螺旋階段になっています。 -
ミナレットはほぼ先端まで登れます。
反対側のミナレットを見ると、先端を目指して少年たちが登っていきました。 -
先端までの鉄棒だけで作られた階段。
超怖そうです。
反対側の少年たちが「登ってこいよ!」みたいな仕草をしてきましたが、私はここでギブアップしました。 -
最上段まで登った少年たち。
これが若さか・・・。 -
先端からひとつ下からの眺め。
ガスってますが彼方にムハンマド・アリ・モスクが見えます。 -
真下を見たところ。
リアルな高さで、かなり怖いです。 -
ミナレットを降りると、少年たちに囲まれ写真を撮ってくれとせがまれました。
メアドを教えてもらい写真は後日送付することにしました。
その後、少年たちに案内してもらいながらアズハル・モスクへ移動。
970年創建のイスラム最高学府のアズハル大学の元になったモスクです。 -
アズハル・モスクの中庭です。
回廊沿いにはノートを広げた学生らしき人たちがたくさんいます。 -
モスク内部です。
質素な感じですが、礼拝をしている人や説教を聴いているグループがおり、信仰心を感じさせるモスクです。
アズハル大学はモスクの裏にあるようですが、やや物騒らしいのでスルー。 -
地下道を抜けてハーン・ハリーリ市場方面へ移動。
途中ホセイン・モスクがあったので、寄っみました。
シーア派のイマーム、ホセインの頭蓋骨がファーティマ朝に持ち込まれたことを記念して建てられたモスクです。
現在の建物は19世紀のもの。 -
入場してみましたが、礼拝の時間だったので人が一杯です。
-
カイロ最大のバザール、ハーン・ハリーリ市場を散策。
お土産物屋さんが一杯並んでおり、歩くと店員が声を掛けてきます。
まだお土産を買う気はないので、ここは冷やかしだけです。 -
割と大きい通りへ出ましたが、まだ観光客も少なめといった感じでした。
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バザール内にあったスルタン・バルスバイ・モスク。
こちらはマムルーク朝期、1422年建築のモスクです。 -
マムルーク朝期の建物ということで、スルタン・ハサン・モスクと雰囲気が似ています。
ちょうど礼拝の時間が終わったところでした。 -
イスラム地区も一通り見て回ったので、タクシーでオールドカイロ地区へ向かいました。
ちょっと長くなってきたので、オールドカイロ編は別にしようと思います。
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