2014/03/22 - 2014/03/23
79位(同エリア247件中)
熱帯魚さん
ある週末、またまた金門へ!
今回は島内に4路線走っている観光バスの、
D路線:榕園太湖線を利用して、
島内の見どころをまわることにしました。
まずは、八二三戦史館と陳景蘭洋楼へ。
★★ 癒しの金門の旅 旅行記 2/21~2/23 ★★
1★いざ厦門へ!
http://4travel.jp/travelogue/10912027
2★いざ金門島へ!~金城と山外~
http://4travel.jp/travelogue/10912417
3★バスで行く~八二三戦史館~陳景蘭洋楼~
http://4travel.jp/travelogue/10913572
4★バスで行く~金門国家公園~蒋経國先生記念館~瓊林聚落~
http://4travel.jp/travelogue/10913883
5★夜の後浦、お散歩ツアーと宿泊ホステル!
http://4travel.jp/travelogue/10914042
6★バスで行く~文化園区~馬山観測所~獅山砲陣地~
http://4travel.jp/travelogue/10914250
7★バスで行く~山后民俗文化村~
http://4travel.jp/travelogue/10914510
8★バスで行く~慰問歌手時代のテレサ・テンがいっぱいの迎賓館~
http://4travel.jp/travelogue/10918858
9★オサレなお店が増えてきた…厦門!
http://4travel.jp/travelogue/10918969
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 観光バス 船 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
さて、山外バスターミナルからこのバス路線で観光に出かけます。
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乗り放題のチケットとバスの時刻表は、遊客中心で手に入ります。チケットは160元。
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このバスです。
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時刻表
まずは八二三戦史館へ行こうと思います。
午後2時発の便に乗りました。これが午後最初のバスです。 -
バスの中。
バスチケットは24時間有効です。バスに乗るときに、バスの運転手さんがチケットに時間を書き込んでくれるので、その時間から24時間有効ということになります。 -
建設中のショッピングセンター。
金門島もかなり変わろうとしていますね。 -
前に立っているお姉さんが金門島の見どころを紹介してくれます。
バスによってはお姉さんがいないので、そのバスに乗ると説明なしになってしまいます。 -
○ 八二三戦史館
もう何度来たかわからないですけど…また来てしまいました。 -
八二三砲戦では、中華民国軍と人民解放軍が激しい戦いを繰り広げました。八二三砲戦(1958年8月23日〜10月6日)の間、中国から金門島に打たれた砲弾の数は、約47万5千発。逆にこちらから中国側に打たれた砲弾の数が7万5千発です。
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右は中国側から台湾側に送られたプロパガンダ宣伝品。左は台湾からの。
海や空から対岸に届くように送られました。 -
当時金門島で使用されていた紙幣。
八二三戦史館は以前訪れた旅行記がありますので、参考までに紹介します(http://4travel.jp/travelogue/10342790) -
○ 榕園
八二三戦史館のまわりはガジュマルの樹がいっぱいの、榕園。 -
金門島の伝統住居を紹介。
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イチオシ
金門島といえば、この公衆電話?
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ガジュマルの樹をのんびり眺めながらバスを待ちました。
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次は陳景蘭洋楼のバス停で下車。
バス停から陳景蘭洋楼まで歩いていたときの風景。 -
到着しました。
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○ 陳景蘭洋楼
南洋(インドネシア、シンガポール)に渡り財を成した金門島出身の陳景蘭が、金門や厦門から職人を呼んで作らせた洋楼です。陳坑という集落にあり、以前は陳坑小学校として使われたこともあるため、地元の人には、陳坑大洋楼と呼ばれることもあります。
陳景蘭は慈善事業や教育事業に積極的に取り組んだ人物で、1922年には船舶会社を設立、金門と厦門間に船を就航させました。1925年には、資金を投じ、商業学校と公立学校を設立したり、1933年には、漁民のために陳坑の海浜に東屋を建てたり、海賊の侵入を防ぐため、[石周]楼を築いたりしました。
1949年以降は、陳景蘭洋楼は国軍防砲部隊の駐屯地や、陸軍第53病院、金門中学、官兵のための娯楽施設としても利用されました。 -
お隣さんは金門日報の建物。
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イチオシ
さて、洋楼内部を見学します。
3度目なので、目新しいものは特になかったのですが… -
陳景蘭氏の生い立ちを紹介
陳景蘭は金門島出身の華僑で、インドネシアのBalitungやシンガポールに渡り財を成し、1921年故郷金門に戻ってこの洋楼を建てました。洋楼は1917年に建設が開始され、金門や厦門の職人の手で4年の歳月をかけて完成したそうです。 -
洋楼は、陸軍病院や軍の娯楽施設としても利用されていたことがありました。そのため、洋楼内部には、陳景蘭氏の生い立ちや金門出身の華人・華僑の紹介のほかに、陸軍病院、娯楽施設時代を再現した展示もありました。
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今の建物は修復作業後のものですが、以前のもともとの建物の扉などが展示されていました。
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2階
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2階からの眺め
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イチオシ
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イチオシ
洋楼の前には天使がたっています。
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○ 沈思小築
以前は駐屯軍の宿舎として使われていた場所だそうです。
鍵がかかっていて、中は見学できませんでした。 -
沈思小築からの眺め
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○ 文学茶坊
こちらも軍営宿舎だった場所です。
名前からして、沈思小築と同じく、文学や芸術関係に再利用しようとしたみたいですが、すっかり空っぽで何もありませんでした。 -
昼顔??
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静かな海岸沿い
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あ。飛行機。
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陳景蘭洋楼の周辺をぶらぶら。
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さっきの陳景蘭洋楼
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もうひとつ別の洋楼を発見
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先ほどの陳景蘭と風獅爺♪
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イチオシ
数年前に見に来た、風獅爺。
久しぶりに会えました〜 -
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○ 擎天山荘牌楼
以前はこの門を通ってから、軍人さんたちが娯楽施設(陳景蘭洋楼)に向かったのだとか。
そうこうしているうちにバスがやっていたので移動です。
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