2014/01/25 - 2014/01/25
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mas98765さん
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考古学博物館を見ます。
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2014年1月25日(土)
今日は最終日です。朝雨が降っていたので、ホテルから見た今日の日の出の写真はありません。それほど強い雨ではなくて、誰も傘をさしていなかったので、自分も用意していた傘をさしませんでした。トルコの冬は雨を覚悟していましたが、結局傘を一度も使いませんでした。
雨が降ったら行こうと思っていた考古学博物館に行くことにしました。最終日なので、雨が降っていなくても行っていましたが。
※周辺の地図
https://maps.google.co.jp/?ll=41.010904,28.981816&spn=0.004526,0.010568&t=m&z=17&brcurrent=3,0x0:0x0,1 -
案内板があります。
カメラは防水でないため、入口の写真は後で撮ることにしました。日本製の高級一眼レフを持った青年が写真撮影を頼んできたので、ボタンを押してあげました。その後「どこから来たんですか」と遠慮がちに中国語で尋ねてきました。わたしは顔なのか動作なのか、中国人という雰囲気を漂わせているようです。日本人だというと驚いた感じでした。途中まで少し話をして一緒に回りました。 -
入口を入ると両側に部屋がありましたが、まず右手に進みました。サイダ(シドン)の石棺のようです。サイダは今のレバノンにある都市です。紀元前5世紀後半のもののようです。
左回りに見ていきます。これがA面、 -
B面
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C面
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D面。
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これは持っていたガイドブックにありました。紀元前5世紀末のリキアの石棺のようです。リキアはトルコ南部の地域です。
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A面
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B面
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C面
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D面
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これは、紀元前500年くらいのサイダ(シドン)の王タブニットのミイラのようです。
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頭の部分です。
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人間型の石棺が並んでいます。サイダで発見されたもののようです。
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角度を変えて。
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何か書かれています。
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最初の部屋の雰囲気をおさらいします。後方から入ってきて、左手後方にレリーフのついたサイダの石棺とリキアの石棺が並んでいます。正面中央にサイダの王のミイラがあります。正面右手の写真に写っていないところに人間型の石棺が並んでいます。
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フラッシュ撮影は禁止です。
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次の部屋に入るとこんな感じで、ここを左に曲がっていくと
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正面に何か見えます。この位置の右手に
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ビデオが上映されています。
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つきあたりの角に、ライオンの像があります。持っていたガイドブックにのっていました。ハリカルナッソスという都市にマウソロスの霊廟というのがあって、世界七不思議の1つだったようですが、その廟から発見されたものだそうです。紀元前4世紀中ごろのものだそうです。どうでもいい情報ですが、ここに消火器があります。
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ライオンの頭
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これもガイドブックにのっていた有名な像です。アレキサンダー大王の頭です。ペルガマで発見されたもので、紀元前2世紀前半のもののようです。
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右から
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下から
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像が並んでいるところの正面に
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オケアノスの像があります。エフェスの遺跡で発見されたものです。
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壺のようなものを持っています。オケアノスはギリシャ神話に登場する海の神様です。英語のocean(海、大洋)はこの人の名前Oceanusに由来しています。
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顔は薄っぺらです。
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モザイク展をやっていました。
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モザイクの例1
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例2
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上のフロアに上がります。
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上がったところはシンプルでした。
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軍事博物館でも見たゴールデンホーンの鎖がありました。メフメト2世がコンスタンティノープルを攻めようとしていたとき、ビザンティン帝国が鎖を金角湾の入口に渡して町を守っていたようです。海からの攻略はうまくいかなかったものの、結局メフメト2世はビザンティン帝国を滅ぼし、オスマン帝国の領土を大きく広げました。
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これは14世紀にガラタ塔についていた鐘だそうです。
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このようなところの正面に
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このようなアーチが目につきました。フェラーニ・イサというモスクが教会だったときにあったもので、14世紀中ごろのもののようです。アーチは使徒の像で飾られています。
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通路の両側にたくさん展示が並んでいます。
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これも石棺です。
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柱の上に柱頭が展示されています。
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ベヤズット地域の4世紀の水道管のようです。
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墓石でしょうか。
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このようなものがありましたが、この下のところが閉鎖されていたようで、よく分かりませんでした。
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これはトイレの案内
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もう1つ上に上ります。
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壺などが並んでいました。
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もっと上に行く階段は閉鎖されていました。
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これは、2世紀頃のハドリアヌスの像のようです。
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町の8千年の歴史の入口というようなことが書かれていて、この中は原始時代のコーナーでした。
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例えばこのような展示があって、動物の頭蓋骨が並んでいました。その他どこかの遺跡の展示やジオラマがありました。
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一気に階段を1階まで下ります。博物館の建物に入ったところの左手の部屋にあらためて入ってみます。
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カバーがついて大事そうにされている石棺があって、
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持っているガイドブックにものっていた、アレクサンダー大王の石棺です。アレクサンダー大王が描かれていますが、シドン王の石棺のようです。豪華なレリーフが施されているということで、この博物館で1つだけ見るとしたら、たぶんこれでしょう。
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A面
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B面
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C面
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D面
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もともとはこのように鮮やかに色づけされていたようです。
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これは、嘆き悲しむ女たちの石棺といわれるもののようです。これもシドン王の石棺のようです。いつもと同様、これがA面で
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B面
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C面
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D面
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ここにも人間型石棺が並んでいます。
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大掛かりなものもあります。
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これは、コンスタンティノープルにあったブカレオン宮殿の門に置かれていたライオンの像だそうです。初期のビザンティン帝国時代のものだそうです。
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これは、コンヤで発見された石棺のようです。2〜3世紀のローマ時代のもののようです。かなり大きな石棺です。見るものが多いので、こういう目立つものばかり写真に撮ってしまいます。
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一番奥の部屋には、ラジーナのヘカテー神殿の一部が両側に並んでいました。ラジーナはトルコの南東部に位置し、ヘカテーはギリシャ神話の女神のようです。
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フリーズ(上部の装飾)が綺麗に残っています。
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床のモザイクです。
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これで考古学博物館の見学は終了。入館料は10リラでした。
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博物館の入口です。外に出たら雨はすっかり上がって太陽が出ていました。
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少し歩いて振り返ります。右手に見えるのが考古学博物館です。他にも古代東方博物館と装飾タイル博物館があって、同じ券で入れるようですが、入ると細かく写真を撮る癖があって、また長引きそうなので行きませんでした。古代東方博物館には、世界最初の平和条約といわれる「カデシュの条約」の粘土板があるそうですが、見逃しました。
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考古学博物館に向かう道の石畳。
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ゴミ箱のようなものに並んで
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ネコの家がありました。
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ギュルハーネのあたりの壁で囲まれた出入口まで戻りました。
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外に出て写真を撮っていると、怪しい男女が話しかけてきて、しばらくついてきました。女性は名古屋にいたことがあるとのことで、日本語を話しました。あれこれ質問してつきまとっていましたが、やがて諦めてくれました。わたしはいつもこんな感じで、今のところ変な目に遭うこともありませんが、友達も出来ません。
そんなわけで、考古学博物館の旅行記はこれでおしまい。
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