2013/08/12 - 2013/08/16
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stmasaさん
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夏休みを使って、サハリン旅行をしてきました。
地方都市編です。
ユジノサハリンスク編はこちら。
http://4travel.jp/traveler/stmasa/album/10806693/
準備編はこちら
http://4travel.jp/traveler/stmasa/album/10805252/
サハリンの地方都市色々点在していますが、
今回以下の場所を訪れてみました。
ドリンスク→スタロドゥプスコエ
コルサコフ
ホルムスク
この旅行は、見る物のなさとの戦いです(笑)
見所は自分で探せ。というサハリンからの挑戦状と思いましょう。
因みに、ハートランドフェリーで貰える小冊子には、
ユジノサハリンスク、コルサコフ、ホルムスクの地図が載っていて、
地球の歩き方より詳しいというもっぱらの私からの評判です。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 10万円 - 15万円
- 交通手段
- 高速・路線バス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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-
8/14。サハリン滞在3日目。
スタロドゥプスコエ(Стародубское)という海岸に向かいます。
この日は完全一人行動です。
ドリンスク行きのバスです。
ユジノサハリンスク駅前から、112番バスで115ルーブル。 -
ドリンスク(Долинск)駅。
日本時代の名前は「落合」。
バスも駅前で発着します。
例によって「駅」としか書いてない。
まあ見たとおり田舎です。 -
横から撮ってみると、辛うじて「ドリンスク」の文字が。
-
わかりにくいですが、駅から見た線路です。
ボロボロの建物からそれとないもの悲しさすら感じます。 -
ドリンスク駅近くの公園です。
なんせ、ガイドブックにも地図が載ってない町なもので
タブレットの地図だけが頼りです。 -
スタロドゥプスコエまでのバスは1時間に1本なので、
出発時間まで駅前を散策です。
長閑な町中から、工場の煙突が見えます。
これが王子製紙落合工場跡かしら? -
バスでスタロドゥプスコエへ。
ユジノサハリンスクより北50kmに位置する海岸。
琥珀が採れるらしいです。
かつて宮沢賢治もここを訪れ、銀河鉄道の夜の構想の元となったそうです。
この標識は津波危険地帯"цунами опасная зона"
という意味のようです。 -
海岸を牛が歩いています。
-
なんてことない海岸です。
宮沢賢治補正をかけて、なんとか特別な海岸感を感じようと頑張ってました。 -
戦車の砲身を使ったオブジェです。
この砲身が狙うは冷戦時代のアメリカか。 -
カチューシャ(Катюша)という落書きが。
好きな女の子の名前だったんですかね。 -
ここで1つトラブルが。
写真近くのバス停でいつ来るかもわからないバス待ちをしていたところ。
「ドリンスクまで乗せてってやるよ」
とおじさんが声をかけてきました。
まあ、距離も短いし、バスがいつ来るかもわからないので、
お言葉に甘えてしまいました。
車の中にはおじさんとその息子らしき男が乗っていたのですが、
その男(仮にジャイアニコフとしましょう)がなんかロシア語で色々話してきますが言ってることがわからない。
タブレットの地図を見せて、稚内からサハリンに来たと説明したのですが、
ジャイアニコフがタブレットを興味津々に手にとって見始めました。
で、ドリンスクに着いて車を降りると、ジャイアニコフは私のタブレットを自分ノ家に持ち帰ろうとしました。
追いかけて日本語で「返せ!」と怒鳴ったんですが、
階段から突き落とそうとしたりというアクションを起こしてきて、
返してくれそうにありません。
玄関口まで追いかけて行ったのですが、依然としてジャイアニコフは
返してくれずです。
結局おじさんの方(この人は元々いい人だったんでしょう)が取り返して返してくれたのですが、
ジャイアニコフがキレて、こちらにくってかかってきました。
私はうずくまってタブレットは死守する格好で防御態勢を取りました。
以降の流れを某RPG風に書くと、
ジャイアニコフは蹴りを放った。
stmasaは防御してるのでダメージを受けない。
stmasaは大声を出した。
ジャイアニコフは口をふさぎにかかった。
ジャイアニコフはstmasaの顔を殴ってきた。
stmasaは額にダメージ、メガネが吹っ飛んだ。
おじさんが止めに入った。
stmasaは逃げ出した。
相手が凶器を持っているわけではなかったので、
それほど恐怖はなかったのですが、
自分の中では「これがロシアか」という印象が出来てしまったのは否めません。
ですが、防御態勢を取る、大声を出すという対処セオリーで乗り切ることができるケースでした。
(端から見てると結構情けない姿だったと思う。)
それ以前に
・ヒッチハイク自体をしない。
(短い距離だからという完全な油断がありました。)
・金目のものをホイホイ出さない。
(ロシアの経済状況に対する無知が招いたか?)
という基本的な事が守れていませんでしたね。
■ 得た物
バスの待ち時間短縮
■ 損害
目の上のたんこぶ1つ。
このたんこぶ、翌週まで疼いてました。 -
場所は変わってコルサコフ(Корсаков)。
日本時代の名前は「大泊」。
フェリーの到着した港町です。
まずは、歴史・郷土博物館をみてみます。
小さな博物館です。 -
コルサコフ歴史・郷土博物館
開館時間は9:00〜17:00
うち13:00〜14:00はお昼休み。 -
チェーホフにまつわる展示。
ロシアの文学者ですが、サハリンに居たことがあります。 -
日本人の使っていた生活用品の1つ。
浦島太郎の絵柄が描かれたお皿。 -
大泊時代のコルサコフ市街図です。
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北海道拓殖銀行(拓銀)大泊支店の当時の写真。
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旧・亜庭神社の石段跡です。
亜庭神社は、樺太神社に次ぐ規模の神社で、
開拓神である大国主、海神である事代主などが祀られていたそうです。
しかし、現在は石段が遺るのみ。 -
参考までにこれが当時の亜庭神社。
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コルサコフ像。公園のど真ん中にあります。
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旧拓銀大泊支店。
完全に閉鎖されており、中に入ったりはできません。 -
赤レンガ倉庫。
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旧王子製紙大泊工場。
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コルサコフのレーニン広場のモニュメント。
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8/15。ホルムスク行きのバスです。
本日は日本人3人での行動。
ホルムスク行きのバスは前もって予約しておけるようになっています。
飛び込みで乗れるかはわかりません。
ユジノサハリンスク駅前発の116番バスです。 -
ユジノサハリンスクからホルムスクまで80kmの行程。
生憎の天気で、道路が濡れています。
熊笹峠という峠があり、行ってみたかったのですが、
雨が激しいことから諦めました。 -
ホルムスク(Холмск)到着。
日本時代の名前は「真岡」。
バスから降り立った所です。 -
ホルムスクフェリーターミナル。
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少し上から眺めた港の様子です。
-
ホルムスクバスターミナル。
左にある緑の建物が切符売り場です。
帰りのバスチケットは即ここで買っておきます。
これが直前になってバス難民にならないための知恵です。
ちなみにチケット買うときはキリル文字を書いて筆談。
昔の中国旅行を思い出す。 -
中心部に向けてゲートが建っています。
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戦勝記念碑。
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真岡神社の石段跡。
というかこれ、言われないとわからないレベルです。 -
石段の上にあるのは境内ではなく船舶会社とのことです。
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市役所前レーニン広場のレーニン像。
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レーニン広場近くに遺る廃墟。
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旧王子製紙真岡工場。
ここの廃工場が一番でかいです。 -
これだけ大きな建物ですが、現在はほとんどが使われていないそうです。
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線路を貨物列車が通り過ぎていきました。
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ホルムスクの文化会館の2階に博物館があります。
-
とはいえ、博物館といえる場所はこの1室のみです。
入場料100ルーブル。
写真撮影有りだと200ルーブル。
規模の割に高い…。 -
この銀行。かつて真岡郵便局があった場所で、
太平洋戦争末期に女性電話交換手9名が集団自決をしたそうです。
北のひめゆり事件ともいわれることもありますが、
現在は何の変哲もない銀行で、情報がないと絶対わからないと思います。 -
ミール広場。
-
ホルムスク南駅のプラットフォーム。
駅舎すらありません。 -
ホルムスク南駅(Холмск Южный)
の看板は一応あり。 -
プラットフォームと線路。
おばちゃんがちょっとカメラ目線ぎみですが、たまたま写り込んだだけです。
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