2013/08/22 - 2013/08/27
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jsbachさん
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8/22
7時前に起きる。いま、稚内のホテルにいる。最北の街からさらに北に向かう。
荷物を抱えてよたよたとフェリーターミナルに向かう。埠頭の両側にターミナルビルが建っている。左側が利尻、礼文航路のターミナル。3〜4階建てで前面ガラス張りの現代的な建物である。右側にあるのは古くはないがほぼ平屋建てで窓も少ない地味な国際航路ターミナル。一見入り口がどこに有るかさえ分からないような冴えない建物である。まあ、その差もやむを得ないのだろう。利尻、礼文航路は一日に何便もあるし、地元の人や観光客でいつもにぎわっているのに対して、サハリン航路は一年に20〜30往復しかないのだ。
入り口のドアを入ると、中はそこそこにぎわっていた。日本人の団体客もいるが、客数としてはロシア人のほうが多い。
国際航路だから税関審査や出国手続きがある。パスポートに押された「wakkanai」の出国スタンプの字が目新しい。
諸手続きが済むとターミナルの外に出る。眼の前にはすでにフェリーが接岸している。タラップを登って乗船する。9時、出航。防波堤を回り込んで港外に出ると、利尻、礼文航路は左旋回して西に向かうのに対し、我らがサハリン航路はまっすぐ北に向かう。左舷に利尻か礼文から来た船が白い航跡をひいていた。
航海は実に穏やかだった。4時間半ほどでコルサコフ港に到着する。岸から長い桟橋がまっすぐ伸びていて、フェリーは桟橋と直角に接岸する。車両甲板から桟橋に出る。1.5車線くらいの道路と草生した線路が桟橋上をはしっている。ガイドブックによると日本時代から使われているものらしい。道路上に待っていたバスに乗り込む。ちょっと昭和のにおいのする観光バスといった風情である。宗谷バスのお下がりらしい。なぜなら車内の入り口近くに宗谷バスなるプレートがあったから。以後、サハリン各地で日本の中古車にお目にかかることになる、これが最初の対面だった。
バスは桟橋を抜けると小さな建物の前に止まった。ここで入国審査らしい。中に入ると、がらんとした部屋の奥に向い合せにカウンターがある。カウンターはあくまでロシア人仕様らしく、小柄な日本人女性はあごが届きそうである。バスから降りた人々が並んでいる間に、船で預かったらしい荷物がトラックに乗せられてやってきて、客の列の傍らにごたごたと運び込まれる。
入国審査が終わり、その先に進むと送迎の人たちが一斉に眼を向ける。その中に私の名前を書いた紙を持った男性がいたので声をかける。かくして無事ピックアップされた私は一路ユジノサハリンスクに向かう。
私が乗ったトヨタ車を含め、行きかう車は7〜8割方日本車ではないだろうか。セダンに四駆、大型トラックまであらゆる車種の日本車が行きかう。とはいえここはロシアなので右側通行である。かくしてサハリンのドライバーの多くは、右ハンドルで右側通行という不便をかこっている。
小一時間ほどでユジノサハリンスク駅前のホテルに到着する。ロシアの旅行ではいまだ旧ソ連時代のシステムが色濃く残されていて、そもそもロシアを旅行するにはあらかじめ宿泊先を予約しておかないとビザを取ることができない。そして、ホテルに泊まるにも飛行機や列車に乗るにも事前に旅行会社を通じて手配したバウチャーを示さなければならない。なおかつホテルに泊まれば、ホテルは外国人が宿泊したことを地元の警察に登録しなければならない。だから登録が終わるまでフロントにパスポートを預けなければならず、その間はホテルの外には出られないとガイドブックにはあった。
だが、フロントでバウチャーとパスポートを示すと、フロントの姐ちゃんはバウチャーを一瞥して引出しにしまいこみ、パスポートのコピーをとるとそのまま私に返した。どうやら登録手続きに関してはスピード化が図られたらしい。部屋に荷物を置くと、早速街に出ることにする。
まずは本屋でサハリンの地図を買い、次いでホテル近くのレストランでボルシチとマスのグリルの夕食。時間は夜の8時だが、外に出るとまだ明るい。駅に行ってみると、ノグリキ行きの夜行列車が止まっていた。明日、私も乗る予定の列車である。
さて、ここまでいかにもスムーズに用件をこなしてきたように書いたが、私はロシア語が話せない。そして私をコルサコフでピックアップしたドライバーから夕食をとったレストランのウエイトレスまで、ロシア語しか話さない。なんとか意思疎通ができたのはガイドブックについている会話集のおかげである。
今日最後のミッションは、ホテルのフロントで自分の部屋のキーを無事受け取ることである。私の部屋は367号室だから、フロントで「367号室お願いします」と言えばいい。これをロシア語で表現すれば「トゥリー、シェースチ、スィェーミ、パジャールスタ(パジャールスタは英語で言うところのplease)」といったところだろうか。
で、できればこれを会話集を示せずに言えればいいなと思うわけである。だから必死で暗唱しようとするわけだが、トゥリーは英語のthreeに似てるからまあ覚えられるのだが、シェースチ、スィェーミはどうやっても覚えられない。だからトゥリー、シェースチ、スィェーミ。トゥリー、シェースチ、スィェーミと呪文のように唱えながら歩く。トゥリー、シェースチ、スィェーミ。トゥリー、シェースチ、スィェーミ…あ、あのキオスクでビール買おうかな。「ビーニャ?(ビールある?)」「ニェット(ないよ)」「あっそ」トゥリー…あれ?
というわけでいろいろ雑念に遮られるたびに記憶はリセットされ、会話集と首っ引きになってトゥリー、シェースチ、スィェーミを繰り返しながらホテルに戻る。さて、いよいよ本番である。カウンターに片肘をついて「トゥリー…」と言いかけた私を一瞥したフロントの姐ちゃんは、何も言わずに367号室のキーを手渡した。
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