2008/06/04 - 2008/06/04
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しんちゃんさん
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宇津家の門前に倒れていた僧侶を、手厚く看病したところ、お礼にと残した一冊の書物の中に「救命丸」の処方が記されてありました。なるほど、家の前は街道筋であり、門前に道標がありました。東日本で有名な「宇津救命丸(うずきゅうめいがん)」の発祥の地を見学しました。夜泣き・かんのむし・下痢に有効です。しんちゃんも子供のころ、飲んだようです。しんちゃんの子供にも飲ませました。西日本の「樋屋奇応丸(ひや きおうがん)東日本の宇津救命丸、共に乳幼児の医薬品です。創業400年、武士が理由があって帰農しました。
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宇都宮駅から直線距離約12Km、栃木県道64号宇都宮向田線の北側、田園地帯の中に目的地はあります。
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北側数キロで、犬の散歩の歩いている、30代(見た感じ)のお母さんに「宇津救命丸はどこにありますか?」と聞きましたら「南の方で、行った事が無いので分かりません」と言われました。地元の方でもこんなもんだ!うろうろしていると電柱に、ありました。大きな看板。と、これは後で撮った写真ですけれど!
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電柱の近くの道標、文字は読めなかった!
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宇津救命丸株式会社(宇津家)の前の、交差点にある道標「東 簗瀬栗ヶ島道」「南 高根澤真岡道」「西 板戸宇都宮道」「北 宝積寺氏家道」
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門前の赤松、樹齢400年と聞いたような気がする・・・
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自宅門と工場が隣接していました。「宇津救命丸株式会社高根澤工場」の看板。
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長屋門の前に川が流れています。
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2時間前に工場に電話を入れて「見学したいのですが可能ですか?」「何人ですか?」「ひとりです」・・・・・・「ハイどうぞ」行って見て分かりました。広い敷地に「宇津史料館」はありました。迷子になるかも?「ちょっとオーバーだな」
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事務所のお姉さん、仮にKさんと言いましょう。Kさんが「初めに15分くらいのビデオの説明を見て下さい。概略が分かりますので」かやぶき屋根の長屋門が写っているビデオ鑑賞から始まりました。
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敷地の絵図、なんと現在でも一万坪、一坪3.3平方メートルですから・・・33,000?広くて判らん!戦後の農地解放まで、氏家駅まで自分の敷地内だけで、行けたそうです。直線距離で約4.5Kmあります。
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帰農したのに、鎧?帰農したので鎧が残っていた。
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看板
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宣伝された各種物品と商品の陳列棚
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「竹久夢二」風で好きです。
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漢方薬の原料が「宇津救命丸」の原料でもありました。
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麝香鹿(じゃこうじか)の臭い袋が原料の一部とか。ワシントン条約で取引禁止です。
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犀の角(つの)、ワシントン条約で取引禁止です。
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先祖伝来の蔵書。貴重な資料です。たくさんありました。
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歴代の系図、最近まで「宇津権右衛門」を襲名していたそうです。
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明治時代初期の薬袋
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大正時代初期の薬袋
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製品の包装の印刷も自社で行なっていたようです。さすが、カラー印刷になってからは外注のようです。
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略史年表が長〜く、展示されています。
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昔、材料を選別した「ふるい」なんと、馬の髪の毛で作られています。
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この「ふるい」は絹の糸で作られています。いかに、高級品か!
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大正時代に薬を製作した職人、氏家駅までの往復は毎日送迎されたそうです。専門職のため、優遇されたそうです。
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一昔前に使用されていた機械。材料を上から押して、横の細い穴から、麺のように出てきた薬を均等に切り、まるめます。
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圧力により、この穴から薬の細い棒が出てきます。
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薬を選別するスプーン。
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ちょっと前まで使用されていた、大阪で作られた機械。
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敷地内には全国から集めた、灯篭が所狭しと飾ってありました。でかい!
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「誠意軒」この中で薬が内緒で作られました。
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「誠意軒」江戸時代この中で「宇津救命丸」を作っていたそうです。作方・調合は「一子相伝」として宇津家の当主からその長兄に口伝えで教えられ、製薬中は誰も近寄る事を禁じられていたそうです。
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「観音堂」宇津家に専門の「観音堂」と「薬師堂」があります。家の南側に約150坪はあろうかと思う敷地は「観音堂」「薬師堂」お墓群、遠い昔は近い親戚、現在は遠い遠い親戚のお墓も一緒だそうです。
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「薬師堂」栃木県塩谷郡高根沢町の指定文化財となっています。総欅(けやき)造りで日光東照宮とほぼ同時代の建物だそうです。薬師瑠璃光如来(やくしるりこうにょらい)が奉られていて、8月の一日だけ(8日或いは9日)、一般開放されるそうです。又来ようかな!
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史跡「宇津薬師堂」読み仮名は「うつ」ですが、薬の名前は「うず」だそうです。テレビラジオでの「うつきゅうめいがん」は聞きにくく「うずきゅうめいがん」が聞こえが良いため「うず」にしたそうです。
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化粧なし、総欅(けやき)造り!
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凝った造り、400年の歴史があるとは思えない!工場は戦争中、軍需工場と間違えられ爆撃の標的のなった事があるそうです。でもこの薬師堂は残った!
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「観音堂」と「薬師堂」「お墓」のある敷地の門。「宇津史料館」を含めて、見学は事務所にて電話で予約しておけばOK。優しいお姉さんが説明してくれます。しんちゃんは大体一時間ぐらいだろうと、午前11時に予約して行きましたが、1時間30分掛かりました。お昼時間を割いて説明してくださった、Kさんありがとうございました。ノートも取らずに「フムフム」右の耳から左の耳へ抜けて行ったものばかりですが、「感激!」地元にこんな素晴らしい歴史があるとは・・・
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僧侶の話は「伝説です」と言われましたが、本当の話と信じたいと思いました。信じます!http://www.tokakyo.or.jp/dentoyaku/kyumeigan/index.htmlに説明があります。色々なHPにも記事があります。調べて下さい。見て、聞いて、話して、次への興味は・・・
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