
1973/07/23 - 1973/09/01
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Mollyさん
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私の初めての海外旅行は学生時代の
最後の年に6週間ほど旅したヨーロッパです。
学割を、またできるだけ
ユースホステルを使っての
バックパッカー節約旅行でした。
1973年夏のレートではたしか
1ポンドが650円以上もしていました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 鉄道
- 航空会社
- JAL
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
まだ成田空港がない時代でしたので
羽田から北極回りのJALにて出発、途中アンカレジで降機し
数時間後に離陸。
ロンドンまで17時間くらいの旅でした。 -
ところで当時はハイジャックが全盛?で
旅行出発直前の7月20日に
日航ジャンボが乗っ取られ、
現地イギリスの新聞Daily Mirrorに
この通り。 -
犯人たちは乗客に対応が優しかったとありますが
今考えると、なんともまあ、
ハシカが流行っていたような時代でしたね。
この事件の詳細については以下に。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%90%E3%82%A4%E6%97%A5%E8%88%AA%E6%A9%9F%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%83%E3%82%AF%E4%BA%8B%E4%BB%B6 -
第一日目の宿泊はヴィクトリア駅の宿泊斡旋所で紹介
してもらったSummer Hostel。
ところが地図を片手にその住所に行ってもそれらしき場所が
見つからない。寝不足で疲れていてヘトヘトになったころに
塀に小さな張り紙にSummer Hostelと書かれているのを発見!
実は平素はImperial Collegeの寮が夏の間はhostelに
なっていたのでした。 -
いよいよ観光名所を巡る旅です。
まずはロンドンと言えばここでしょう、Parliament。
テムズ川の色が茶色だったのを覚えています。 -
ロンドンブリッジ。橋が開くのを待ちましたが
駄目でした。 -
-
漱石でも有名、倫敦塔。
血生臭い歴史を秘めた場所も観光名所に。 -
セントポール寺院。
ダイアナ妃の結婚式が
後年に行われた場所です。
ユースホステルがこの近くに
あります。 -
金融街へと来ました。
-
その名もバンク駅。
-
ピカデリーサーカス。
-
同上。
-
2010年夏のロンドン再訪時の写真。
昔の景観がよく保存されている西欧ですが
街の中心の変化はいたしかたないところか。 -
夕方はこんな感じ。ちなみに撮影時間は午後8時半ごろだった
と思います。7月末でしたが9時ごろが日没だったかな。 -
イチオシ
おまわりさんが足が長い!
-
今ではなつかしいSANYO
のロゴ。 -
Regent Streetは高級ショッピング街。
-
ビートルズが好きなのでSavile Row
にあるアップルのビルへ。
(ここの屋上であのセッションが行われたんですね)
工事中でした。取り壊し中?
ドアには日本語を含めてビートルズ礼賛の
落書きがだいぶありました。 -
映画の「Let It Be」の中でこの屋上での
セッションの様子が撮影されました。 -
ここSavile Rowから
背広という名前が生まれたとも
聞いています。
(あたりには服飾店が多いようです) -
上の「Let It Be」の映画の一コマにも
写りこんでいるビル。 -
イチオシ
1973年当時のアビーロードです。
市内中心部から路線バスにて訪れました。
今と違い、まだ壁には落書きもなかったですね。
ところで以下のサイトにはアビーロードの
ライブカメラが出ています。
http://www.abbeyroad.com/crossing -
今は昔...。
すべてがアナログのあの頃が懐かしい。 -
アビーロードの帰りに歩いたプリムローズ・ヒル。
近くの住宅街はきれいなところでした。 -
リージェント・パークは緑いっぱい。
-
ハイドパークコーナーにある
このモニュメントは
ガイドブックによると
ワーテルローの戦いで英国を勝利に導いた
ウェリントン卿を讃えるためのものと
あリます。 -
ハイドパーク。
ローリング・ストーンズのブライアン・ジョーンズ
追悼コンサートが行われた所でもあり
ミーハーとしてはアビーロード同様に
必ず来ようと思っていました。 -
ロンドンの公園は
どこもすばらしい。 -
ナイツブリッジへ向かい、
ハロッズをのぞいてみました。
私には縁のない高級品ばかりでした。 -
ところでこれは29年後の
2002年の同じ場所での撮影。
東京とは違い、風景は少ししか
変わっていません。 -
ロイヤル・アルバートホール。
ここでも以前ストーンズのコンサートがありました。
機会があれば9月のプロムスのラストナイト・コンサートへ
行きたいです。 -
アルバート・メモリアル。
-
宿泊していたImperial Collegeの寮から。
-
ビクトリアアルバート博物館は
宿泊していたImperial Collegeの
寮からすぐのところ。 -
ラファエロの作品が多かったなあ。
あまり好みでないけど...。 -
大英博物館。広角レンズを持っていくべきでした。
-
ロゼッタ・ストーン。
こんな有名な展示品を誰も
見ていない。
観光客の女性のファッションが
時代を感じさせます。 -
エジプトからずいぶんといろいろ持ってきてしまっているんですね。
-
読めたら楽しいかも。
-
一段と目をひいていますね。
ネレイデス・モニュメント。 -
バッキンガム宮殿。
-
ホース・ガード。
-
ウエストミンスター寺院。
-
現地で当時に購入した絵葉書。
-
ビッグベン。
-
20代前半でしたので歩いても歩いても
一晩眠れば翌日に疲れが取れてしまいました。 -
ホワイト・ホールの官庁街。
-
トラファルガー広場。
-
名物のタクシーを入れて一枚。
-
バッキンガム宮殿へと続く
モールは道路の色が独特だったのを
覚えています。 -
-
-
衛兵交代は混んでいました。
-
かわいい子供たちも見学しています。
-
バッキンガム宮殿の広場からの
ビッグ・ベン。 -
セントジェームス公園は鳥がいっぱい!
-
高浜虚子がロンドンを訪れた時の詩に
「雀らも人を怖れぬ国の春」とあります。
Even sparrows freed from all fear of man
England in spring. -
今はこの景色に
ロンドンアイが入っています。 -
当時は写真を現像に出すと一枚が
いくらかかったかなあ。
つまらない写真を写したものです。 -
これも同じ。
-
今日はヘンドンにある航空博物館へ。
-
地下鉄が地上に出ている駅です。
春日三球・照代の地下鉄漫才を
思い出しますねえ。 -
Hendonの駅より歩いて
行きました。
(現在は別駅利用のようです) -
スピットファイアがよく保存されています。
-
戦勝国の強み。
たくさんのスピットファイアが
残っています。 -
ホーカー・テンペストも。
-
奥の機体はアブロランカスター。
イギリスの誇る爆撃機です。 -
もっと近くで写しましょう。
これが米軍のB-17と共に
ドイツの爆撃に使われた。 -
これは大戦後のイギリスの
ジェット戦闘機、ライトニング。 -
ジャンプジェットのハリアーも有名です。
航空ショーではイギリス人の皆さんの反応が
一味、違う機体です。 -
もちろん、第一次大戦の複葉機も
敵味方と陳列してありました。
そうそう売店に置いてあったプラモデルが
ほとんどタミヤ模型など日本製だったのを覚えています。 -
そして翌日はストラトフォード・アポン・エイヴォンへ。
-
シェイクスピアの生家。
-
イチオシ
きれいなところだったなあ。
-
エイボン川の水はとても澄んでいました。
-
オックスフォードへ行く列車からの一枚。
これから収穫が始まるんでしょうか。 -
オックスフォードの市内。
-
走行中の車が時代を感じさせます。
-
市内の塔からの眺め。
-
別方向も。
-
クライストチャーチの
カレッジだったかなあ。
イギリスの芝は本当にきれいだ。
手入れも大変でしょう。 -
緑の絨毯。
-
-
オックスフォードのボート部練習場。
-
観光を終え、駅から列車でロンドンへ帰ります。
-
オックスフォードの次は...、
またまた列車でロンドンを離れます。
ケンブリッジ大学構内。どこのカレッジだったか
忘れてしまいましたが、ネット検索をしたら
トリニティ・カレッジと出ました。 -
ケンブリッジ大学のどこか公園で
撮影したと思いますが
記憶が定かではありません。
Magdalen Collegeの鹿公園? -
ウインザー城にて。
ロンドン市内からcoachにて来ました。 -
-
同上。
帰りは鉄道を使って帰ります。 -
お城の窓からの写真だったかなあ。
忘れてしまいました。 -
イートン校が近くにあります
幾多の名士を輩出しているところ。 -
毎日のように郊外へ出かけていきます。
(実はロンドン郊外一週間有効パスを
買っていた)
今日はハンプトンコート宮殿を見学に行きます。 -
ハンプトンコート宮殿。
世界史で勉強しましたっけ。
イギリス滞在を終え、明日は
パリに向かって出発します。
(市内の旅行案内所で学割で切符を購入) -
約2週間のロンドン滞在を
終えてヴィクトリア駅から
ドーバー近くのラムスゲートへ。
イギリス海峡をホバークラフトで
渡って対岸のカレーに到着。
(このホバークラフトは現在は運航されていません) -
乗車券。
航空券のような体裁でした。 -
カレーから列車でパリ北駅に。
シャンゼリゼ通りの1973年8月の様子。 -
シャンゼリゼにて。Le Figaroの新聞を見る人々。
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とうとうパリに来たんだという実感がわきました。
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あの頃、そうだよ、ジーパンも細いのをはいていたんだ!
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エッフェル塔からの眺め。
目まぐるしく変わる東京とは違い
ヨーロッパの旧市街は外観は
今もあまり変わらないでしょうね。 -
同上。
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シャンドマルス公園方面を見たところ。
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ルーブルです。まだピラミッドがなかった。
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同上。
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カルーセル凱旋門。暑かった記憶があります。
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コンコルド広場。
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確かリヴォリ通りだったと思いますが.
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オペラ座の通りは今も表面的には変わっていませんね。
スーパーのMONOPOLIXが見えます。 -
マドレーヌ寺院前の通り。
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ナポレオン廟へ行ったときに立ち寄ったエコール・ミリテーだったか。
-
セーヌ川。
-
パンテオン。
-
10区のサンドニ門界隈をぶらぶらした時に撮った一枚。
-
地下鉄とバスを乗り継いでヴェルサイユ宮殿観光へ。
-
その広さにびっくりしたのを
覚えています。 -
同上。
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