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京成八幡駅を下車線路沿いに進みますと下総国総鎮守 葛飾八幡宮があります。<br />葛飾八幡宮の創建は寛平年間(889~898)です。宇多天皇の勅願により京都の石清水八幡宮より勧請し、下総の国総鎮守八幡宮としてご鎮座したのが始まりです。<br />歴代朝廷の御崇敬篤く、代々の国司・郡司をはじめ、国民の信仰も深く、当宮は下総の国における葛飾文化、八幡信仰の中心となりました。なかでも平将門の奉幣、源頼朝の社殿改築、太田道灌の社壇修復、徳川家康の御朱印地社領52石の寄進等ありました。<br />国府台駅からちょっと現代的なアート空間がある玉泉山 安国院へ行きました。<br />弘法寺手児奈霊神堂へ行きました。<br />真間の手児奈伝説<br />手児奈(てこな)は、真間に生きたとされる美しい女性。多くの男性に慕われたが、誰も傷つけたくないと真間の入江に身を投じたという悲恋伝説が伝わっています。<br />弘法寺へ行きました。<br />天平9年(737)、真間を訪れた行基は手児奈伝説を聞くと胸を痛め、一棟のお堂を建てて手児奈の霊を丁重に祀りました。<br />これが弘法寺の前身となる「求法寺」です。<br />平安時代の弘仁13年(822)には空海が訪れ天台宗のお寺となりますが、建治元年(1275)に中山法華経寺との問答に敗れ、現在は日蓮宗のお寺となっています。

千葉京成本線各駅停車の旅 京成八幡駅から下総国総鎮守 葛飾八幡宮へ国府台駅から玉泉山 安国院・弘法寺へ行きました。

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2026/10/28 - 2026/10/28

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しろくまクンクン

しろくまクンクンさん

京成八幡駅を下車線路沿いに進みますと下総国総鎮守 葛飾八幡宮があります。
葛飾八幡宮の創建は寛平年間(889~898)です。宇多天皇の勅願により京都の石清水八幡宮より勧請し、下総の国総鎮守八幡宮としてご鎮座したのが始まりです。
歴代朝廷の御崇敬篤く、代々の国司・郡司をはじめ、国民の信仰も深く、当宮は下総の国における葛飾文化、八幡信仰の中心となりました。なかでも平将門の奉幣、源頼朝の社殿改築、太田道灌の社壇修復、徳川家康の御朱印地社領52石の寄進等ありました。
国府台駅からちょっと現代的なアート空間がある玉泉山 安国院へ行きました。
弘法寺手児奈霊神堂へ行きました。
真間の手児奈伝説
手児奈(てこな)は、真間に生きたとされる美しい女性。多くの男性に慕われたが、誰も傷つけたくないと真間の入江に身を投じたという悲恋伝説が伝わっています。
弘法寺へ行きました。
天平9年(737)、真間を訪れた行基は手児奈伝説を聞くと胸を痛め、一棟のお堂を建てて手児奈の霊を丁重に祀りました。
これが弘法寺の前身となる「求法寺」です。
平安時代の弘仁13年(822)には空海が訪れ天台宗のお寺となりますが、建治元年(1275)に中山法華経寺との問答に敗れ、現在は日蓮宗のお寺となっています。

旅行の満足度
3.5
同行者
一人旅
交通手段
私鉄 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
  • 京成八幡駅から線路沿いを船橋方面を少し進むと下総国総鎮守 葛飾八幡宮があります。

    京成八幡駅から線路沿いを船橋方面を少し進むと下総国総鎮守 葛飾八幡宮があります。

  • 人懐っこそうな狛犬です。

    人懐っこそうな狛犬です。

  • 元は仁王像が置かれた仁王門でしたが神仏分離により仁王像は行徳の徳願寺へ移され、新たに葛飾八幡宮の隋神門となりました。

    元は仁王像が置かれた仁王門でしたが神仏分離により仁王像は行徳の徳願寺へ移され、新たに葛飾八幡宮の隋神門となりました。

  • 隋神門からの境内です。

    隋神門からの境内です。

  • 平成十三年~十四年に隋神門修理の際に白い神馬が置かれました。<br />

    平成十三年~十四年に隋神門修理の際に白い神馬が置かれました。

  • 反対側には四神(玄武・朱雀・青龍。白虎)が置かれました。

    反対側には四神(玄武・朱雀・青龍。白虎)が置かれました。

  • 境内からの隋神門です。

    境内からの隋神門です。

  • 手水舎には三匹の龍がいました。

    手水舎には三匹の龍がいました。

  • 神門です。

    神門です。

  • 拝殿です、左は神楽殿です。

    拝殿です、左は神楽殿です。

  • 神楽殿です。<br />正面の絵馬は幕末に奉納されたものです。<br />

    神楽殿です。
    正面の絵馬は幕末に奉納されたものです。

  • 神楽殿から拝殿です。

    神楽殿から拝殿です。

  • 鐘楼堂です。

    鐘楼堂です。

  • 鐘楼の前には約百七十㎏の力石がありました。

    鐘楼の前には約百七十㎏の力石がありました。

  • 源頼朝公の「駒どめ石」です。<br />源頼朝公は、治承四年(1180)似仁王より兵士追討を受けましたが、敗けて安房国へのがれました。<br />再起を図り当宮にて戦勝と武運長久を祈願した際頼朝公の馬がこの石に前足を掛け、蹄の跡を残したので「駒どめの石」と呼ばれます。

    源頼朝公の「駒どめ石」です。
    源頼朝公は、治承四年(1180)似仁王より兵士追討を受けましたが、敗けて安房国へのがれました。
    再起を図り当宮にて戦勝と武運長久を祈願した際頼朝公の馬がこの石に前足を掛け、蹄の跡を残したので「駒どめの石」と呼ばれます。

  • 御神木の「千本公孫樹」です。<br />水底樹齢は1200年にもなり、その姿は「江戸名所図会」にも記録されます。

    御神木の「千本公孫樹」です。
    水底樹齢は1200年にもなり、その姿は「江戸名所図会」にも記録されます。

  • 浅間浅間神社と富士塚です。

    浅間浅間神社と富士塚です。

  • 庚申塔です。<br />右は青面金剛の足元には三猿がが彫られていました。

    庚申塔です。
    右は青面金剛の足元には三猿がが彫られていました。

  • 松尾大明神です。

    松尾大明神です。

  • 江戸城 旧石垣刻印石です。

    江戸城 旧石垣刻印石です。

  • 右の道祖神の石碑にも三猿が彫られていました。

    右の道祖神の石碑にも三猿が彫られていました。

  • 拡大です。<br />中央の言わざるは扇で口元を隠し手元には奉納される魚でしょうか?

    拡大です。
    中央の言わざるは扇で口元を隠し手元には奉納される魚でしょうか?

  • 尾上稲荷社です。

    尾上稲荷社です。

  • 葛飾天満宮です。

    葛飾天満宮です。

  • 厳島神社です。

    厳島神社です。

  • 赤い橋の先にお社があります。

    赤い橋の先にお社があります。

  • 参道からの隋神門です。<br />もう少しでイチョウ並木がきれいになることでしょう。

    参道からの隋神門です。
    もう少しでイチョウ並木がきれいになることでしょう。

  • 国府台駅から玉泉山 安国院へ行きました。

    国府台駅から玉泉山 安国院へ行きました。

  • 砂利のお庭です。

    砂利のお庭です。

  • アートの展示やカフェなどがあり開放的なお寺です。

    アートの展示やカフェなどがあり開放的なお寺です。

  • 参道からの本堂です。

    参道からの本堂です。

  • 稲荷神社(真間)へ行きました。

    稲荷神社(真間)へ行きました。

  • 創建は不詳なれど万延元年1月(1860)再建、その後昭和10年10月5日現在の地に遷座の記録を残します。御祭神の豊受姫命です。

    創建は不詳なれど万延元年1月(1860)再建、その後昭和10年10月5日現在の地に遷座の記録を残します。御祭神の豊受姫命です。

  • 見事な枝ぶりの松です。<br />奥は弘法寺手児奈霊神堂です。

    見事な枝ぶりの松です。
    奥は弘法寺手児奈霊神堂です。

  • 浄行菩薩です。

    浄行菩薩です。

  • 弘法寺手児奈霊神堂です。

    弘法寺手児奈霊神堂です。

  • 美しい彫刻です。

    美しい彫刻です。

  • 真間の手児奈伝説<br />手児奈(てこな)は、真間に生きたとされる美しい女性。多くの男性に慕われたが、誰も傷つけたくないと真間の入江に身を投じたという悲恋伝説が伝わっています。

    真間の手児奈伝説
    手児奈(てこな)は、真間に生きたとされる美しい女性。多くの男性に慕われたが、誰も傷つけたくないと真間の入江に身を投じたという悲恋伝説が伝わっています。

  • 手児奈霊神堂入口の門です。<br />参道横には民家・アパートが立ち並んでいます。

    手児奈霊神堂入口の門です。
    参道横には民家・アパートが立ち並んでいます。

  • 弘法寺参道の石段です。

    弘法寺参道の石段です。

  • 石段上部から市川方面です。

    石段上部から市川方面です。

  • 石段上の仁王門です。

    石段上の仁王門です。

  • 力強い姿です。

    力強い姿です。

  • 天平9年(737)、真間を訪れた行基は手児奈伝説を聞くと胸を痛め、一棟のお堂を建てて手児奈の霊を丁重に祀りました。<br />これが弘法寺の前身となる「求法寺」です。<br />平安時代の弘仁13年(822)には空海が訪れ天台宗のお寺となりますが、建治元年(1275)に中山法華経寺との問答に敗れ、現在は日蓮宗のお寺となっています。

    天平9年(737)、真間を訪れた行基は手児奈伝説を聞くと胸を痛め、一棟のお堂を建てて手児奈の霊を丁重に祀りました。
    これが弘法寺の前身となる「求法寺」です。
    平安時代の弘仁13年(822)には空海が訪れ天台宗のお寺となりますが、建治元年(1275)に中山法華経寺との問答に敗れ、現在は日蓮宗のお寺となっています。

  • 境内側からの仁王門はまだ朱が強いです。

    境内側からの仁王門はまだ朱が強いです。

  • 鐘楼堂です。

    鐘楼堂です。

  • 鐘楼堂の登り口にあります「濃縁観世音菩薩」です。

    鐘楼堂の登り口にあります「濃縁観世音菩薩」です。

  • 巨石の上にちょこんと鎮座しています。

    巨石の上にちょこんと鎮座しています。

  • 真新しい感じの鐘楼堂です。

    真新しい感じの鐘楼堂です。

  • 美しい姿の仁王門です。

    美しい姿の仁王門です。

  • 朱雀門(赤門)です。

    朱雀門(赤門)です。

  • 太刀大黒天人です。

    太刀大黒天人です。

  • 龍神堂です。

    龍神堂です。

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