2026/10/26 - 2026/10/27
633位(同エリア829件中)
TOSHIさん
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【ブハラ篇https://4travel.jp/travelogue/12083002から】
(3日め)
SAFIA PLAZAホテルでの朝食ブッフェでもミルク粥ほかをしっかり食べて、サマルカンドへ出発!の予定でしたが、週明けの渋滞でバスの到着がやや遅れました。ホテルのエントランスドアの押す・引く表示が、めっちゃ力強いのでパシャリ。
市街地を抜けると幹線道路を快走し、はるか昔に東洋と西洋を結んだ交易路シルクロードの中心で栄華を誇ったオアシス都市、サマルカンドを目指します。
ウズベキスタンに来てから、ガソリンスタンドにMETANの表示があるので気になっていたのですが、ガソリンが高価なので比較的安いメタンガスで走る車が多いのだそうです。国民車はなんとシボレー! 訊くと、誘致された国内の工場で生産されているからだそうです。結婚式にも遭遇。アフラ・マヅダ(Ahura Mazda)を信仰対象とするゾロアスター教(のちに拝火教)の伝統があるからか、火が印象的です。牛などの家畜や見渡す限りの綿花畑は、少々見飽きてきましたが、ウズベキスタンの電力を支えている火力発電所は初めて見ることが出来ました。
何回か検問所を通過してサマルカンドに近づくと、渋滞が始まりました。
昼食は「oshqand」という名のプロフ専門店(ウズベク語でoshがプロフのこと:ピラフの原型)で。胡麻油で炒めてあるのでややしつこいのですが、実に良いお味でした。壁画ほかが美しいのは他の店と同じです。ウズベキスタンの横断歩道は、白と黄2色の塗り分けでした。
腹拵えの後は、まずシャーヒズィンダ廟群へ。サマルカンドブルーの象徴とも言える此処は、支配者ティムールゆかりの人々が眠る霊廟群で、多彩な青の世界が広がっています。青色はイスラム教にとって神聖な色。霊廟の1つは、その墓石も青いのです。その装飾の美しさと多様さで、サマルカンドのみならずウズベキスタンを代表する名所です。前半に「天国への階段」と呼ばれる所があります。段の数を数えながら昇り、帰りに降る際も同じならば願いが叶う(天国へ逝ける)そうです。私は42段で同じでしたが、正解だったのかどうかは神のみぞ知る・・・。
続いてショブバザールをはさみます。2000年以上の歴史があると言われるサマルカンド市民の台所です。以前は月曜日がお休みだったようですが、観光客に人気のため、休まなくなったそうです。ドライフルーツの試食は何種類もトライしました。干しイチジクは美味しく、日本に帰ってからも朝のヨーグルトを彩ってくれています。ピーカンナッツは胡桃の仲間ですが、不思議なことにキャラメルの香りが微かにします。でもとにかく硬い! 帰国後トンカチで割りながら楽しんでいます。
さっき入ったのとは反対側からバザールを出る(こちらが正面のようでした)と、目の前に巨大な建造物が! ビビハニム・モスクの入口です。支配者ティムールの命を受けて建設が開始され、最愛の王妃ビビハニムがティムールのインドからの凱旋帰国前に完成させようと尽力したモスクだそうです。15世紀当時イスラム世界最大と言われたもので、現在でも中央アジア最大のモスクなのですが、そういった事情からもティムールモスクではなく、王妃ビビハニムの名で呼ばれています。
いよいよこの旅のハイライト、レギスタン広場へと歩を進めます。TBSの番組「世界遺産」でも第2位に選出された美しさを自身の眼で確かめたくてやって来たといっても過言ではありません。レギスタンとは砂地という意味。アフラシャブの丘からそこに新首都が移設され、ティムール朝第4代君主で天文学者でもあったウルグベックによって、最初のイスラム神学校(メドレセ)が建てられたことで、現在の風景の第一歩が記されます。現在では正面と左右に3つの巨大なメドレセが建ち並び、青く輝くドームや壁面を飾る緻密で鮮やかな青のタイルによるモザイクが、晴天に映えます。ティムールが呼び寄せた技術者たちによって中国の陶磁器とペルシャの顔料が融合して誕生したサマルカンドブルーの色合いは、どのような言葉で形容してもその微妙さを表現することは出来ないかのような美しさです。今でも修復工事は随時行なわれていて、現在の名工からも話を聴けました。
左に建つ最初のメドレセ、その名もウルグベック・メドレセには、天文学をモチーフにして星たちが描かれていました。教室にも入ることが出来ましたので、記念写真も撮りました。
次に向かい合わせに建った右側のシェルドル・メドレセ。シェルドルとはタジク語で「ライオン」を意味するそうですが、壁に描かれた動物はトラのようにしか見えませんでした。
そして最後に完成した正面のティラカリ・メドレセは、「黄金のモスク」の別名を持ちます。ティラカリとは「金箔を施された」という意味だそうで、ビビハニムモスクが破壊された後にはサマルカンドのメインモスクの位置づけだったようです。この神学校の礼拝堂内部に足を踏み入れると、とりわけ豪華で息を呑む美しさです。見上げるとドーム内部が美しく装飾されているようにしか思えませんが、実はこの天井は平面なのだそうです。信じられないほど巧みな遠近法が用いられています。
夕暮れが近づいて来ました。一旦グリ・アミール廟に移動します。グリ・アミールとは、「支配者の墓」を意味し、巨大なティムール帝国を築いたティムール以外にも一族が埋葬されています。壮麗・優美なイスラム建築の一つで、インドのタージマハルも影響を受けたと言われています。内部には棺のようなものが並んでいますが、これはその下に眠る支配者たちの位置を示したものです。
さて、美しくライトアップされた夜のレギスタン広場も観て、夕食はマントウです。
今日は長い一日です。郊外の新サマルカンドと呼ばれる地区へ車を走らせます。此処は「シルクロードサマルカンド・エターナルシティ」。大統領の肝いりで開発されている複合施設で、入口はマカオのホテルヴェネチアンのようでした。ヒルトンホテルなども建っていますが、それぞれの道の職人さんたちが全国から集まっています。そのナイトマーケットで工芸品などを物色。陶器のお皿で気に入った柄がたくさんあったのですが、皆大判で、スーツケースに入れたり手荷物でもちょっと破損が心配だったので、断念。スザニ(刺繍)職人の店では、作業工程を見学させてもらってお気に入りの大きめバッグを購入しました。
さすがに疲れました! 今夜のホテルZILOL BAXTは新しく快適な市街地のホテルでした。ぐっすり・・・。
(4日め)
文化の交差路サマルカンドのホテルZILOL BAXTの朝食ビュッフェでも、お気に入りのミルク粥をとりましたが、リゾットのようでいま一つでした。それでもフルーツほかをしっかりお腹に入れてから、バスでタシュケントへ向かいました。
【タシュケント篇https://4travel.jp/travelogue/12082817へ】
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 家族旅行
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行なし)
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