2026/10/08 - 2026/10/10
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2日目は高野山真言宗総本山の二大名所の奥之院で義母の目的である掛け軸や御朱印張への御朱印記帳を行います。弘法大師の御廟所を訪れたあとは、レンタカーで熊野本宮大社へ向かいます。山道では細いカーブが続いて対向車に注意しながら、時には譲り合いながら、進みました。その後、熊野速玉大社へ向かい、那智勝浦の民宿に泊まるプランです。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 4.5
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- レンタカー 新幹線
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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🔸DAY2
朝6:00に起床。温泉に入浴後、朝食を食べて、8時過ぎにチェックアウト。高野山真言宗総本山奥之院へ向かいます。車で10分ほどで無料の「中の橋駐車場」に到着です♪ -
奥之院は高野山の信仰の中心であり、お大師さまが御入定されている聖地です。正式には一の橋から参拝します。一の橋から御廟まで約2キロメートルの道のりには、おおよそ20万基を超える諸大名の墓石や、祈念碑、慰霊碑の数々が樹齢千年に及ぶ杉木立の中に立ち並んでいます。今回は一の橋からではありません…
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ご当地キャラのこうやくんです(笑)
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朝のためか冷んやりします。また、杉の木が長いため日陰が多く、お墓が苔に覆われています。そのため、神々しいです。
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奥之院大杉林の説明立札
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大杉林
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空気が澄んでいる感じです。
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他宗派である浄土宗の開祖・法然上人の供養塔・墓所が建立されていました。
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結城秀康の霊廟。結城秀康は徳川家康の次男でしたが、冷遇されていたとされており、後に豊臣秀吉の養子として出され、更に結城家へ養子に出されています。関ケ原の戦いでは上杉家の抑えとなり、その功で北ノ庄68万石に加増。越前松平家の祖となりました。
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織田信長墓所
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信長の墓は他にもいろいろありますが、代表的な墓所は京都の阿弥陀寺です。
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豊臣家墓所
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説明用立札
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豊臣秀吉の主な墓所は、京都府京都市東山区にある豊国廟(ほうこくびょう)です。
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奥之院御供所です。ここで今回の目的である満願の為の御朱印を記帳します。
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御供所の方は博識でいろいろ教えていただきました。
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無事満願が終わり、御廟橋を渡って弘法大師御廟に向かいます。以降写真禁止です。
大師信仰の中心聖地であり、現在でも肉身をこの世にとどめ、深い禅定に入られており、わたしたちへ救いの手を差し伸べていらっしゃるという入定信仰を持つお大師さまの御廟所です。現在も参られる方々を救い続けていると信じられ、日夜多くの参拝者が絶えません。 -
11:50頃、熊野三社の一つ目である熊野本宮大社(田辺市)到着です。奥之院から熊野本宮大社までは山道。急カーブの連続で、細いカーブを対向車に注意しながらの運転。レンタカーはトヨタヤリス。狭い車内でしたが、山道では機動性を発揮します。車酔いした同乗者もいましたが、何とか到着(^^;
ふぅ~。 -
熊野本宮大社は熊野三山(本宮・速玉・那智各大社)の中心、全国に4700社以上ある熊野神社の総本宮です。
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天火明命(あめのほあかりのみこと)は、古代、熊野の地を治めた熊野国造家の祖神です。天火明命の息子である高倉下(たかくらじ)は神武東征に際し、熊野で初代神武天皇に天剣「布都御魂(ふつのみたま)」 を献じてお迎えしました。
時を併せて高御産巣日神(たかみむすひのかみ)は天より八咫烏(やたがらす)を遣わし、神武天皇を大和の橿原まで導かれました。HPから -
熊野本宮大社の年間行事
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なかなかの階段です。70歳代の義理の母も何とか階段を登りきりました。
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神門です
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八咫烏の由来
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八咫烏は熊野三社でそれぞれイラストが異なります。本宮大社は両羽を上に上げています。
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黎明殿。熊野本宮大社においてお祓いや御祈祷を受けるための拝殿としての役割を担う建物とのことです。
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本宮大社の八咫烏
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向かって左手の社殿が夫須美大神(ふすみのおおかみ)・速玉大神(はやたまのおおかみ)の両神。中央は主神の家津美御子大神(けつみみこのおおかみ)。そして右手は天照大神(あまてらすおおみかみ)が祀られており、交通安全、大漁満足、家庭円満、夫婦和合、長寿の神として人々を迎え入れてきました。
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すべてお参りします。
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神々しいです。
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第一殿
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第二殿
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第三殿
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第四殿
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平安時代の武将・平重盛(平清盛の長男)は、『平家物語』や熊野信仰において、父・清盛の横暴を案じながら自らの寿命と引き換えに平家の繁栄や父の悪心緩和を祈願して熊野詣を行ったことで知られています。
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お昼は近くの宮ずしで。うどんやお寿司すべて美味しいです。昼食後は大斎原へ。熊野本宮大社の旧社地です。歴史を感じます。
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巨大な鳥居です。明治22年、熊野川の氾濫により本宮が流されるまで、この地に本宮大社が祀られていました。
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看板です。それでは、次の目的地である熊野速玉大社(新宮市)向かいます。約40分ほどかかります。
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熊野速玉大社に到着しました。こちらは世界遺産モニュメントです。
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熊野の神々が最初に降臨したとされる近くの「神倉山(神倉神社)」から、現在の場所へ社殿を移したことから、旧宮(神倉)に対して新宮と呼ばれるようになりました。後ほど神倉神社を訪問します。
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神倉神社のゴトビキ岩に降臨した熊野権現を勧進するため、景行天皇の時代に社殿を造営したと伝えられています。主祭神は熊野速玉大神(くまのはやたまのおおかみ)と熊野夫須美大神(くまのふすみのおおかみ)の夫婦神。
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熊野速玉大社 拝殿
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次に神倉神社に向かいます。車で10分ほどかかります。
今回の登り階段で最高難易度でした。538段あるそうです。さすがに義母はあきらめます。スニーカーで登りましたが、柔らかい靴だと足を痛めますので注意して進みます。 -
迂回路もないので、自信無い方はやめておいた方が良いかもです。
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こちらが摂社・神倉神社(ゴトビキ岩)です。 速玉大社の元宮であり、ご神体である巨大な岩(ゴトビキ岩)がそびえます。汗だく!
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2日目は那智勝浦の民宿わかたけさんに泊まります。温泉付きの民宿です。朝食付きで一人6,400円プラス入湯税150円。風呂共同・トイレ共同男女共同。洗面所も共同です。
夕食は同じ建物の一階にある「熊野のめざめ」で。那智勝浦といえば、冷凍でない生まぐろが有名です。写真は本まぐろの塩焼き定食です。写真にありませんが、那智勝浦漁港水揚げのまぐろ(お刺身)定食はおすすめです。もちろん塩焼きも美味しいです。ミンク鯨のさえずりもおいし~♪
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