2023/04/28 - 2023/04/29
100位(同エリア159件中)
kiyoさん
早朝タシケントのホテルを出発、飛行機でウズベキスタンの国内移動をしてヌクスへ向かう。今回はウズベキスタンからトルクメニスタンへ入国する計画だ。
ウルゲンチの方が地獄の門があるダルバサへは近かったが、ウルゲンチ行きの飛行機が満席だったため遠回りしてまずヌクスまで行き、そこからクフナ・ウルゲンチへと国境を抜けトルクメニスタンに入国する。クフナ・ウルゲンチからカラクム砂漠を南に延びる悪路を延々と走り続けた先に、”地獄の門”はあった。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.0
- グルメ
- 3.0
- ショッピング
- 1.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 鉄道 タクシー 飛行機
- 航空会社
- ウズベキスタン航空 ANA
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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4月29日、朝のタシケント空港に到着
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地獄の門があるダルバサへ向かうために、タシケントからヌクスまで朝7:15発のヌクス行きの国内線に乗る。
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タシケント空港入り口ロビー
早く着いたが、すでに大勢の人が空港へやってきている。 -
ヒルトンホテルを午前5時に出発。
朝食の弁当があると、昨夜ホテルまで送迎してくれたドライバーから聞いていたが、実は前夜に自分でホテルに頼んで、テイクアウトせよという指示だったらしい。
その真意が我々に伝わっていなくて、朝食はなしとなり、持参した瓦せんべいで空腹を満たす。 -
初めて乗る、ウズベキスタン航空機
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ヌクス行きの便は、搭乗時刻は定刻だったのに中々離陸しない。その理由が「予定したスタッフがやってこないため」などというノンビリした話で、1時間程ディレイしてタシケントをテイクオフ。
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タシケント空港ターミナル
やっと出発。
機内サービスもジュースやお絞りが配られた人、何ももらわない人などまちまちで、日本の航空会社が標準というわけではない。以外といい加減な初搭乗のウズベキスタン航空だった。
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滑走路側のヌクス空港ターミナルビル
ヌクス空港到着。
このウズベキスタン航空、ヌクスが最終目的地ではなく経由地だったため、降機するときに何度もチェックがありやかましい。 -
ヌクス空港はとても小さな地方空港だった。
トルクメニスタンへの国境越えをする一つのルートとして利用されている。また、アラル海観光の入り口でもあるらしい。 -
徒歩でターミナルまで移動
地方空港のため、当然ボーディングブリッジはない -
ターミナルビルの横っちょからビル内へ入った
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手荷物返却ベルト
ひょっとしてスーツケースが出てこないんじゃないか?などという不安が過った。返却スペースが狭く頼りないもんで。 -
空港ビルから百メートルくらい離れたところに柵があり、ドライバーやガイドは柵の外でお客待っていた。
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ヌクス空港ターミナルビル正面
ここではガイドはおらず、ドライバーと落ち合ってそのまま車に乗り込んだ。 -
ヌクス空港から伸びる幹線道路
ドライバーは英語が話せないためなのか、殆ど会話をすることなく、彼は我々をウズベキスタンとトルクメニスタンのボーダーまで真新しいヒュンダイのワゴン車で連れて行ってくれた。 -
アムダリヤ川
砂漠の中を流れて、アラル海に注ぐ。水は泥水のよう -
フローティングブリッジ
安定しない橋だと思っていたら、浮き橋だった。アムダリヤ川を渡ってトルクメニスタン側へ向かう -
ウズベキスタン・ボーダー
ウズベキスタン国境の検問所の前で車から下ろされる。
ここからトルクメニスタンまで約1.5kmの中立地帯がある。
ドライバーはここまでらしく、ここでトルクメニスタンからのガイドが迎えに来る予定だったが、飛行機遅延のためガイドはトルクメニスタンへ帰ってしまっていた。 -
国境越え
ガイドと出会えなかったため、もう自力でウズベキスタンを出国して、トルクメニスタンに入国するしかなかった。無事国境を通過できれば、その先は何とかなるだろうと思うしかない。そこにはガイドかドライバーがいるはずだ。
さらに本当はここで一人旅の女性のMさんと合流する予定だったが、我々三人の飛行機が大きく遅延したため、彼女は一人で国境を越えたらしい。 -
難関と言われるトルクメニスタンへの入国。まずウズベキスタン側で何度もパスポートのチェックがあり、手荷物検査があって検問所を抜けた。
150mくらい歩いて門を開けてもらい中立地帯のようなところへ。そこでもう一度パスポートのチェックがありトルクメニスタンの検問所まで連れて行ってくれるバスを30分以上待った。強い陽差しが照りつける中、ひたすら耐えた。その後数人の越境の現地人がやって来た頃にやっと迎えのオンボロバスがやって来る。 -
トルクメニスタンの検問所
バスに乗り込んで800m先のトルクメニスタンの検問所まで行き、そこで手続きの複雑な入国審査を受けた。まずはPCR検査から。Express Testと係員に告げるよう言われていたので、そう言って麺棒を鼻の穴に詰め込む。検査はあっという間に終わったのだが、結果はどうだったか我々には伝えられなかった。きっと形式的にやっていることなのかと理解した。
そのコロナ検査の代金$33を支払いに窓口に行くと、まず入国審査を受けるように指示される。入国審査の窓口に行くとガイドは誰か、とか、電話番号はなどと予め聞いていなかった質問を受けた。やり取りで戸惑っていると、ガイドを連れてこいなどという注文が付けられ、我々三人は途方に暮れた。この国ではガイドが同行していないと入国できない、というルールがあるみたいだ。そこで1時間程待っていると、若い兵士のような係員がガイドを連れてきてくれて、やっと手続きに入る。
青のボールペンで書かないと書類は受け付けられない、というのだが、普通持っているのは黒インクのボールペン。何もできずにいると青いペンをガイドがどこからか借りてきて、3人がやっとのことで税関申告書類を書き上げることができた。その入国書類の文字は殆どロシア語で書かれていて、自分たちの能力ではちょっと書き切ることができないものだった。たくさんの書類にサインをし$80の料金とPCR検査料を支払ってやっとビザが発行された。入国には時間がかかると聞いていたが、これほどまでに複雑で難しい入国はしたことがなかった。結局、予定よりも3時間程遅れてしまい、この日のヌクス・ウルゲンチの観光は翌日に回された。 -
トルクメニスタンに入国すると、国境越えのトラックが門の前から列を作って待っていた。あの手続きの段取りの悪さだと、たっぷりと時間がかかるのだろう。
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トルクメニスタンのボーダーを超えたところでMさんと合流。ダルバサの地獄の門へ向かうため、2台の車へ分乗する。車へと向かって歩いているところ。
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トルクメニスタンに入国して、食事をするためレストランへ向かう
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トルクメニスタンの、クフナ・ウルゲンチの街並み
国境の町なのだが、大きな建物はほとんどない -
途中市内のレストランに寄って昼食を食べた。
予め何かが予約されているのではなく、店に入ってからガイドが適当に注文する。 -
ウズベキスタン航空のディレイや国境越えに予定以上の時間を要したため、ずっと食事を摂っていなくてお腹ペコペコ。
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もうこれ以上のご馳走はしばらくないだろうと思い、頑張って好き嫌いを言わずに食べた。
それからは夕方まで、ひたすら5時間ぐらいの砂漠のドライブとなる。 -
途中のガソリンスタンド
車がそれ程走ってないので、GSも閑散としている。ダルバサまでの長距離ドライブの中で、ここが唯一のGSだった。ここから先は売店やトイレ、レストランなど何も無い荒野とした砂漠となるのだ。 -
市内近くは道路も舗装されているが、町外れからはほとんど道路設備も無く、舗装も穴ぼこだらけとなる。その穴ぼこを避けながら蛇行運転で車は飛ばす。
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道路警察ポスト
幹線道路沿いには売店はおろか、建物も何も無くて、やっと表れたのが交番のような道路警察の詰所のような建物だった -
周りの景色はというと、平坦に波打った砂漠で樹木は全くなく所々背の低いブッシュが生えて、それが地平線まで続いている。360度地平線。岩とかも転がっているわけではなくて、部分的に砂の集まったところがあり、砂塵が風によって舞上げられていた。薄雲のように見えるが、実は砂塵がいつも空中を舞っているのであった。
途中、ダートの平行して建設中の道を走ったり、もとに戻ったりして、二本の道路を行ったり来たり車線を変えながら、しかも穴ぼこをよけて走る。よくもそんなに猛スピードで穴ボコを発見できるな、と感心するくらいだ。道路は地獄の門が近づくに連れどんどん悪路となって行き、その激しい揺れの中でのドライブが4時間近く続いた。その間、何故か深い睡魔に襲われ、何度となく車の功績で居眠りをすることとなった。
気分良くウトウトしているのに、急に車の速度が落ちる。それまではダートコースでも120km/hくらいの猛スピードでも走っていたのだが。その道路は時折大型トレーラーが行き交うのであるが、そのような幹線道路を野生の駱駝歩いていたりもする。ソ連時代にアフガニスタン国境へ物資を運ぶために軍隊が造った道路で、アスファルト舗装も陳腐。穴が空いても修理がされていない。将来4車線のハイウェイとなるのだろうが、今のところ全く工事が進むような気配は無いのだ。これはトルクメニスタンの国力を示しているのだろうが、社会的インフラの整備は圧倒的に遅れているのである。その道路にはガードレールはおろか、照明も看板も一切無かった。そのためドライバーは好きなように勝手気ままに走るのであった。 -
速度を落として車は左折したのだか右折したのだがよくわからなかったが、とても細い道に入っていった。そこから地獄の門まで9kmの看板があった。もうあとわずか。心が躍り眠気も吹っ飛んだ。周囲の雰囲気は道は無くなり、砂漠の中を好き勝手に走っているような感じ。
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しばらく2台でレースのような走りをしたあと、突然に大地にぽっかりと穴を開けたクレーターとその中に燃えたぎる炎が目に飛び込む。感激、というか、思わず言葉を発してしまった。それはあまりにも突然だった。
辺りはすでに暗闇となっていて、クレーターの中の炎だけしか明かりが無い。横に車を止めて下車すると、熱風が吹き付けてきた。言葉に出せない。 -
直径は百メートル程あるような地面にぽっかり空いた深さ20m程の穴。
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その中心部から大きな炎が上がり、断崖絶壁の地層の間からガス道を伝わってきた可燃性のガスが至る所で燃えている。
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漆黒の闇の中でそこだけが明るい。そしてその炎は消える気配が全くない。年月を追うごとに火の勢いは弱くなっていると言うが、まだまだ消えるような様子はなかった。
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そのガスクレーターの周りをゆっくりと一周したのだが、荒野で地面に凹凸はあるものの躓いて転ぶような場所では無いようだった。
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炎は穴の底から吹き上げているのではなく、側面の地層の隙間から噴き出しているのがメインのようだ
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よく見ると穴全体が燃えているのではなく、炎は一部から出ており、その噴出口が何カ所もある感じ
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夜になってしまったので、明るいのはここだけだ
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もし、生き物がこの穴の中に落ちたらと思ってしまう。
人間が落ちたら這い上がれずに”焼き鳥”になってしまいそうだ。だから、「地獄の門」と呼ばれるのかあ、などと勝手な想像をしてしまう -
これだけの炎が燃えているので、離れて立っているだけでも熱い
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左回りに2周くらい、クレーターの周りを歩いた
翌日明るくなってみると、夜見るのと全く違った印象の、砂漠の中だった。
見飽きるまで眺めて、夜の宿泊地の近くのキャンプへ向かった。 -
「地獄の門」と呼ばれるクレーターは荒野の中にポツンとあるため、その周りに道路はおろか街や人工物はない。ランドクルーザーで砂漠を突き抜けていった先にあるのだ。そのため、ホテルやバンガローもなくて、ユルタというテントが十数基建てられているのみだった。そこが今宵の宿となる。虫が多いと聞いていたがシーズン前のためかその日は殆ど現れなかった。
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夕食はテントサイトのキャンプ基地のようなところで、焼き飯にお肉がのった料理とナンを4人でシェアした。
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現地の野菜のスープも出される。美味しさは程々で食欲をそそるようなものでもないが、なんとかお腹いっぱいになる。少し腹の調子が悪かったので食事は控えめに済ました。
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食事のテーブルが外部に屋根付き程度のところだったので、ハリネズミが食事中足下をうろうろしていたのがかわいらしかった。食後Tさんは15分くらい元来た道を徒歩でクレーターまで見にいったのだが、私は十分に見たという思いがあったので、翌朝見に行くことにしてその後は就寝した。テント内はソーラー電源による明かりが消せずに朝まで明るかったのだが、アイマスクでなんとかやり過ごす。
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朝、ユルタ前から見たクレーター方面
何処に地獄の門があるのか、夜が明ければわからなくなる。 -
4月30日(日)
午前6時起床。
キャンプサイトでの朝食は午前7時からだったので、身の回りの荷物を片付けてクレーターまで行ってみる。場合によっては朝食に間に合わないかとも心配したが、直線に歩いてクレーターまでは意外と近かった。車は砂漠を少し遠回りしたのかもしれない。 -
周囲の状況や景色もはっきりと確認することが出来て、クレーターがどのような周辺状況の中にあるのかがよくわかる。
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朝焼けの中砂漠全体が赤く染まった。
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クレーターの丘に一晩中見ていた人がいたもよう
クレーターに行くと、数台の車が向こうの丘の上に停車していた。朝までずっとクレータを眺めていたのだ -
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明るくなったとは言え、クレーターまで着いてみると相変わらず穴の中や断崖の壁から炎が燃えさかっているのがわかる。
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何かしら特有の匂いも感じた。
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日の当たっているところと断崖の影の部分では炎の存在感が違って見えた。
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熱風は風向きによって自分にもろに降りかかってきた。
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日が昇って明るくなると、クレーターの炎も夜ほどの迫力はなくなる
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そのクレーターの写真を撮りながら柵の周りを一周して、ここに来たという証拠写真を何枚か撮ってキャンプサイトへ帰った
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クレーターから見たユルタのある宿泊エリア
直線で行ける歩道があった -
立ち並ぶユルタ
ユルタの中にはベッドのような台とテントの上部から吊された蚊帳のようなものがあり、その台の上で寝袋に入って寝た。朝方冷え込むという事前情報に心配して準備もしっかりしていたが、それ程心配することもなかった。まあ快適に眠ることが出来た。 -
たくさんのユルタが設置してあるように見えるが
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まだ、半分くらいは屋根のテントが張られていない
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ユルタはまだ作りかけのものも半分くらいあり、これからが観光客がやってくるシーズンなのだろう。
この日の宿泊客は我々4人だけで、シーズン一番乗りだったかもしれない。 -
ユルタの骨組み
竹のような素材で壁と屋根をくみ上げる -
完成したユルタ
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トイレは外部の少し離れた所にあるにはあるが、風呂やシャワーは全くない。
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丁度午前7時に帰り着いたので、そのまま朝食をいただいてユルタに帰り、出発の支度をする
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朝食会場
夕べの夕食を食べた食堂というか、屋外レストランのような所でいただく -
バイキング
砂漠の中なので贅沢は言えないが、一通りのメニューはそろっていて、朝ご飯を食べた気にはなった -
主食のチョレク
小麦を焼いたような、お好み焼きのキジみたいなパン。遊牧生活にはかかせない食べ物らしい -
一飯一宿の仲間4人
このような状況で過ごすと、妙に連帯感が生まれた -
カラクム砂漠を走破して来た4WD
二人に1台という割合で、ゆったりとドライブできた。なにせ長距離だからね。
空は気持ちよく晴れ渡り、朝食を終えると元来た道をヌクス・ウルゲンチ目指して引き返した。
どうしても地獄の門を見たい!という強い気持ちがないと、ここまでは来ることできないだろうなあ。
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