2026/08/13 - 2026/08/16
251位(同エリア293件中)
いっぱい旅行したいさん
- いっぱい旅行したいさんTOP
- 旅行記39冊
- クチコミ1件
- Q&A回答19件
- 23,388アクセス
- フォロワー6人
まず8月のビジネスクラスの特典航空券で空きがある日にちと行き先を探したら、8/3出発、8/27帰国でフランクフルト往復が取れた。
ポーランド、フィンランド、ロッテルダム発のクルーズでアイスランドに行く事にした。
この旅行記は、オランダ編。
8/13 アムステルダム
8/14 ロッテルダムへ移動
8/15 アントワープ日帰り
8/16 ロッテルダムからクルーズ乗船
ロッテルダムの建物がおもしろいという事に気づいた。
-
アムステルダム着陸直前の上空の写真。
市街地がUrk。その周囲の農地はNoordoostpolder。海ではなくエイセル湖にある風力発電機。
Urkは、元は島、開拓で農業地帯となった。低地のオランダらしいなと思って撮った写真。 -
エイセル湖とマルケル湖の間の道路。写真中央は人工島群MarkerWadden。
-
アムステルダムのホテルは、Jan Luyken Amsterdam。ミュージアム広場近くにあり、空港からのエアポート・エクスプレス397番のバス停も近くて便利だった。またワイン、ビール含めて自由に飲んでいいというのもよかった。自宅にいるようにくつろいで欲しいとのコンセプトらしい。
-
ミュージアム広場から運河クルーズに乗船。
-
建物の上の壁に突起物がある、これは家具など、吊り下げて家に入れる為のもの。また、その際、家にぶつからないよう、家を少し前屈みで建てているとのこと。
それとは全く別に家が横に傾いている。アムステルダムは横に傾いている建物が多い。地盤が弱いのか? 地震がないから、それでもいいんだろう。 -
ハネ場所。ハネ橋が多いここでは、遅刻した時の言い訳は「ハネ橋が上がっちゃっててさー」らしい。運河クルーズは、まあこんなもんかーという感じ。普通に歩いて観光でもいいが、シニア4人は座って観光をつい選ぶ。
-
運河クルーズ後、王宮に向かって散歩。途中にあったアヒル人形の専門店。この人形はオランダのお土産として有名らしい。姉が嬉々として買っていた。
-
王宮。ここからは、トラムでホテルに戻った。
バスもトラムも、乗り降りの際に、クレジットカードを機械にタッチするのだが、焦ってタッチすると無効になる。乗り降りで2回タッチの記録のはずが、どっちか1回失敗すると乗ったままの状態になり、最高額(私たちの場合は8ユーロ)が請求される。乗った時、タッチ画面に緑の印が出てからタッチでPaymentと出ればOK。降りる時、同じく緑の画面でタッチしてOutと出ればOK。
せっかちな夫と義兄は、前の客の直後だったせいか、降りた記録がなく、最大の運賃が引き落とされた。使った直後にメールが来るクレジットだったので、それに気づいてネットで修正した。修正しないとそのクレジットカードは使えなくなるらしい。 -
8/14 ゴッホ美術館。
「灰色のフェルト帽子をかぶった自画像」。ゴッホは自画像を何枚も書いている。モデルを雇うお金がなかったから。 -
「じゃがいもを食べる人々」。
27歳で、独学で画家の道を志す。最初は、農民など貧しい人々の生活を描いた。これは農家の家族がじゃがいもを食べてる絵。 -
有名なひまわり。「花瓶の14本のひまわり」。ゴッホは他の洗練された花に比べて、素朴で洗練されていないところが好きだったそう。
-
アルルの寝室。ゴッホ自身の寝室の絵。
-
花魁。
ゴッホはフランスに来てから印象派と浮世絵の影響を受け、画風が明るくなった。下にカエルがいる。 -
カラスのいる麦畑。
暗い画風。ゴッホの絶望感が絵に出てる。 -
絶筆となった作品「木と根と幹」。
いつもと変わらない様子で出かけ、銃槍を負って宿に戻ってきた、2日後弟テオに看取られながら37歳で死亡。自殺と見られているが、事故で銃槍を負った可能性もあると近年では言われているらしい。 -
最初は、アムステルダムに来たから美術館の1つぐらい行っておこう という気持ちだったが、行って良かった。 1人の画家だけの美術館は理解が深まっていいもんだ。
ゴッホは、画商の弟テオの援助を頼りにパリに移り、印象派の明るい色彩や浮世絵に影響され画風が大きく変わった。
南仏アルルへ移り、ゴーギャンを呼び寄せた。しかし意見の対立から精神的に追い詰められ、自分の耳を傷つける事件を起こす。その後も精神病と闘いながら絵を描くが、1890年37歳で自殺。
生前は全く売れなかったが、弟テオが献身的に金銭的精神的にサポートした。というゴッホの一生も知った。 -
ロッテルダムへ列車で移動。
-
自転車天国オランダ。列車にはこんな自転車置き場がそれなりのスペースを占める。車椅子以上のスペース。
-
車道、歩道のほかに自転車道路が。
-
ロッテルダムの日本食レストランで久々の和食。本日の惣菜3種、牛肉時雨、鰤の西京焼き、揚げ出し豆腐で9ユーロ。安~い!
-
親子丼とキツネうどん。親子が15ユーロ、キツネうどんが20ユーロ、キツネうどん高~い! 久々に日本酒もいただきました。お店の名前は「Musubu」、海外で食べる日本食レストランとしては良かったです。ここで働くオランダの人が日本語で注文をとってくれます。
-
当初は、デン・ハーグ、デルフトに行くつもりが、暑さと連日の移動で疲れたので、今日はゆっくり、ロッテルダムで沈没です。
サービスアパートメントに宿を取ったので、ここで10日分の洗濯です。
夕食は近くのスーパーで買ったサラダと焼き鳥、謎のスープに海苔巻き。海苔巻きに入っていた鰹節がおいしい! だし系に飢えてます。 -
16日。クルーズ乗船が11:30からとわかったので、デン・ハーグに行くつもりだったが、列車の運休とかトラブルで乗船出来なくなる可能性も考えてロッテルダムに留まる事にした。キュービックハウスを見に行った。実際に人が住んでいる。キュービック博物館は11時からなので、外からだけ。トラム駅はBlaak。ビネンロッテ広場に立つと周囲に、キュービックハウス以外にも変わった建物がある。
-
とんがり帽子のビルに、黄色いパイプが剥き出しのビル
-
マルクトハル。
巨大なかまぼこのようなアーチ型の建物、外側のアーチ部分がマンションで、くり抜かれた内部の巨大な空間が、天井一面に鮮やかなアートが描かれた巨大な屋内市場になっている。 -
ロッテルダム中央駅
-
積み木の様なビル
-
まっすぐなビルはお嫌いらしい。
-
どうしても変化が欲しいらしい。
-
こういうのが普通の住宅街にある。
代表的なユニークな建物として、トルネード(竜巻)」と呼ばれる銀色の巨大な二重らせん階段が屋上へと突き抜ける「フェニックス」があるらしいが、帰国して気づいた。残念。 -
なんか、変わった建物が多いな~ と思いAIに聞いたら、「オランダ第2の都市であるロッテルダムは、世界中の建築ファンから「現代建築の実験場」と呼ばれるほど、奇抜でユニークな形の建物が密集している都市」と言われた。1940年の爆撃によってロッテルダムの中心部は焼け野原になった。中世から続く歴史的な街並みを復興するのではなく、「過去に縛られず、全く新しい実験的でモダンな未来都市を作ろう」という非常に先進的な道を選んだそう。
-
乗船した船の上から見たエラスムス橋。主塔が途中で折れ曲がって、そこから無数の曲線を描いて橋を支えている。ベン・ファン・ベルケルの設計。現地では「白鳥」という愛称があるそう。
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
ロッテルダム(オランダ) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
旅行記グループ 8月猛暑のヨーロッパと涼しい北欧23日間
0
32