2026/08/07 - 2026/08/11
475位(同エリア506件中)
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moiさん
遮るもののない強烈な太陽光を浴びて、黄金色に輝く中世のレンガ。そして、その背後に広がる、吸い込まれそうなほど深く、濃密なサファイアブルーの夏空。
この「光と青の圧倒的なコントラスト」こそ、数千年の歴史が育んだシルクロードの真髄そのものでした。
サマルカンドの先にある、もう一つのウズベキスタン・ブルー。
それが、ブハラです!
そして何より、この街は「歩くこと」そのものが楽しすぎます。
千年前から変わらないドーム型のバザール、現役の神学校、迷路のように入り組んだ土色の路地。一歩進むごとに中世の景色が次々と飛び込んでくる旧市街の散歩は、まるで壮大なRPGの世界に迷い込んだかのようでした。
と、仰々しく紹介してみました。
私の中で、当初サマルカンドのついでに行くだけという位置付けだったのですが、気づけばサマルカンドより好きになってるかも!?と自分でも驚いています。
そして、素敵な非日常を得られるのに、ここはとても簡単に来ることができます。
サマルカンドからも、タシケントからも高速鉄道で来ることができるのです。動線が計算されていて完璧ですね!
※ブハラの前に行ったサマルカンド編はこちら。ウズベキスタン全体の総評も載せてみました。
https://4travel.jp/travelogue/12067947
-
サマルカンドからブハラに移動します。
移動は、今回はSharq号です。
Afrosiyobにしなかった理由は2つあります。
1つ目、ウズベキスタン鉄道の予約システムが壊れていて、外国人によるAfrosiyobのカード決済が絶対にできないUIになっていたこと。(2026/6は死んでましたが、2026/8では復旧を確認しました)
Afrosiyob以外は自力で決済できたのです。
2つ目、Afrosiyobの時間帯がイマイチだったこと。午後一の暑い時間帯に移動したかったのですが、Afrosiyobだと10時台が最後だったと思います。本数少ないんですよね。
ちなみにSharqではドリンクや軽食の配布はありませんでしたが、Sharqも問題なく快適でした。むしろ、Sharqの方が人が少なくて良かったかも。 -
サマルカンド→ブハラの車窓より。
砂だらけのイメージだったのですが、意外と緑が多いんです。
この川、、、というか多分水路は、緑の維持に重要な役割を持っているのでしょう。おそらく。 -
車窓より。
遠くにモスクが見えます。
電車に乗っている間に見えたモスクはみんな青いドームでした。
これは近年になって国が青に統一したわけではなく、ティムール朝時代から続く中央アジアの建築文化だそうです。
乾燥した中央アジアでは、水が貴重だからこそ、青は空や水を連想させるこの色への憧れが建築にも表れているのかもしれません。 -
しばらく電車に乗っていると、乾いた土地になってきました。
ポツポツ、馬や牛がいました。
野良なのか飼育されているのかは不明です。 -
また青いドームのモスクです。
車窓から眺めているだけで全く飽きることがありません! -
こちらも車窓から。
乾いた土地に、突然鮮やかな青が現れました!
オアシス!?と思い身を乗り出して、なんとか青を撮りました。
あとから調べたところ、ここはブハラより東に30km程度の位置にある、チューダクール湖という場所のようです。
実は歴史は浅く、1952年にザラフシャン川の洪水・増水した水が自然の窪地に流れ込んで形成され、その後、1960年代に水資源利用のため整備され、1968年に貯水池として運用開始されたそうです。
現在はザラフシャン川の余剰水に加え、アムダリヤ川系統のアム・ブハラ運河からも水が入っており、面積は200km2級で大変広い一方で、水深は平均4.8mと浅め。
湿地として重要な土地になっており、渡り鳥の飛来地になっていることから、ラムサール条約の登録湿地になっているそうです。
あとから調べるのも面白い。 -
電車の旅おもしろかった~!
ということであっという間にブハラに着いてしまいました!
青い空に映える駅でございます。
そして、、、めちゃくちゃ暑い。タシケントやサマルカンドよりもっと暑いです。
日傘をさしていても、背中から滝のように汗が流れ落ちていく。。。
さらに、yandex.goも捕まりにくくて、20分待ちました。 -
今回はブハラの暑さに既にやられ気味だったので、まずはホテルに向かいました。
Duston Boutique Hotel
https://maps.app.goo.gl/foP9woetheUYV3gh6?g_st=ic
このホテル、かなり良くてですね。
良かった点を列挙していきます。
・一泊、USD60程度で宿泊できました。(コスパ良)
・おしゃれなため、どこを撮っても絵になります。
・クーラーの効きが非常に良く、8月の猛暑の中からホテルに帰って涼むことが楽しみになります。
・ベッドが非常に寝心地が良いです。
・バスタブがあります。ゆっくりできます。
・どこを見ても清潔です。
・立地が良いです。道路に面しているので、yandex.goがホテルの目の前まで来ることができます。(旧市街の内部だと侵入できないところもあると思われるため)また、主要な観光地には徒歩で行けます。道中も絵になる景観のため、散歩が非常に楽しいです。
・朝食がおいしいです。あと、ここのホテルにかからわずですが、ウズベキスタン全体的に野菜やフルーツがおいしく、特にスイカとメロンが甘くて最高でした。
改善点としては、
・このホテルにかかわらずウズベキスタン全体の課題かもしれませんが、アメニティが少ないです。コンディショナーはありません。ボディソープとシャンプーもすごい色したものはありますが、信用できるものを持参して使った方がいいです。歯ブラシはあったと思います。(私は持参しており不要だったので、本当に歯ブラシだったのか、中身を見ていない)
・エレベーターはないので、荷物が大きいとつらいかも。
・セキュリティボックスがない。 -
ホテルの子猫にゃんがこっちに来てくれました!
どうやら私の靴の紐に興味があったらしく、手でこいこいっ!と遊んでいました。
な、なんて可愛いんだ!!! -
しばらくしたら飽きたらしく、すたすた去っていき、こよんこけ!
にゃあ!と一瞬だけ挨拶?をして、また去っていきました。
可愛すぎ! -
子猫にゃんに早速癒されてしまいました。
ホテルは、大変おしゃれ空間となっています。 -
こちらが今回の宿泊部屋です!
なんと、3人部屋!笑
おかしいな、絶対1人で予約してるんだけど。。笑
タオルも3人前用意されていました。
1人旅では度々2人扱いのセットが用意されますが、さすがに1人旅で3人部屋は初めてです。
せっかくなので、とりあえずでかいベッドの方で寝ておきました。 -
ホテルでちょっと休憩したあと、来ました。
まずはここでしょう。
カラーンモスク。
カラーン・モスク
Kalon masjidi
https://maps.app.goo.gl/XKeZDUf5unSP5iiW6?g_st=ic
カラーンモスクの物語としては(あとで調べた)
・12世紀、カラハン朝のアルスラーン・ハンがブハラに巨大なモスクを造った(カラーンモスク)
・1220年、チンギスハンがブハラを征服。このとき、12世紀のモスクは破壊される。。。
(彼らは何もかも壊しまくったと言いますからね。。日本は元寇で追い払えて、本当に幸運でした。)
・現在のカラーンモスクは、その後の再建で、1514年にシャイバーニー朝のウバイドゥッラー・ハンによって完成したもの -
そしてこちらがカラーンミナレット。
カラーン・ミナレット
Minorai Kalon
https://maps.app.goo.gl/HKgwk88NhVbPnQHL6?g_st=ic
カラーンモスクはチンギスハンに破壊されたのに、こちらは生き延び、現存している遺跡です。
なぜ、カラーンミナレットは生き残ることができたのか?
有名な伝説では、チンギス・ハンがカラーン・ミナレットを見上げたとき、帽子が落ちた。
「私は誰にも頭を下げたことがない。しかし、この建物には頭を下げる価値がある」
と感じて、ミナレットを破壊しなかったのだとか。
伝説なので史実は不明ですが、事実としてミナレットは残っています。
ブハラは(というかウズベキスタンは)、破壊されて再建して、破壊されてまた再建という歴史を繰り返しているんですね。それでもずっとカラーンミナレットだけは生き残り、ずっと歴史を見てきた。感慨深いです。 -
ここがブハラの顔ではないでしょうか。
カラーン複合体(ポイカラーン)と呼ばれるエリアです。
(見えませんが、左後方にミナレットがあります)
カラーンとは、「大きい」だとか「偉大な」という意味だそう。
語源はペルシア語だそうです。
確かに偉大です。 -
ではではカラーンモスクに入りましょうか!
青いドームが青空に映えます! -
素敵な青です。
-
カラーンモスクに入ってみました。
色はきれいですが、入ってみると、一瞬で見終わってしまいます。。
ただ、歴史的には面白くて、チンギスハンに壊されてまた再建されて、20世紀初頭、ソ連に侵略されたあと、ソ連としてはイスラムの宗教施設としては使わないようにされ、穀物倉庫として活用されたそうです。 -
ここもカラーンモスク内ですが、スペインのコルドバにあるメスキータを思い出しました。
あちらはキリスト教との混合でブハラとはルーツも関係ないとは思いますが、同じイスラム系の遺跡で全然経緯も違うのになぜか思い出してしまったのが、個人的に興味深かかったです。 -
アルク城内部です。
左側は木造のモスクで、現在は周辺におみやげ屋さんがあります。
右側はおそらく住居エリアです。 -
とは言ってもカラーンモスクは一瞬で見終わりますので、外に出て次に向かいます。
こういうね、普通の陶器のお土産屋さんのはずなんですが、本当に素敵なんです。 -
アルク城に行くことにしました。振り返ったときのカラーンモスクです。
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アルク城の城壁です。
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アルク城の入口です。
アルク城はですね、かつては城だけがあった場所ではなく、宮殿、モスク、官庁、兵舎、牢獄、市場、住居などの都市を内包する形の城塞都市だったそう。 -
おみやげが素敵に並べられています。
-
先ほどの道を直進すると、廃墟と砂のエリアに出ます。
突然の雰囲気の違いに困惑しつつも、廃墟と砂のエリアを直進するとフォトスポットがあるという案内板があり、とりあえずフォトスポットまで来てみました。
カラーンミナレットをはじめとして、美しいブハラの旧市街を眺めることができます。 -
アルク城の歴史は壮絶でした。
こここそ、何度も破壊と再建が繰り返された場所です。
アルクは紀元前からこの場所の要塞があったと考えられています。
次に、例の如く、チンギスハンに壊される。
その後、違う支配者によって再建される。
そして最後に、ソ連の攻撃で破壊される。
それが再建されたのが今の姿ということでした。 -
でもアルク城は異様な光景なんですよ。
入口入ってすぐはモスクがあったり王宮のような建物があったり住居エリアがあったりするのですが、半分以上はこのように、破壊されたままの砂と廃墟の世界なのです。
これは、修復途中であることに加え、ユネスコの姿勢としてはあえて残している意図もあるようで。
比較的きれいに残っていた王宮やモスクは再建されているけれど、破壊されまくったエリアについては、そもそも再建を繰り返した歴史の中で何をもとに再建すればいいのか?それっぽく再建すると史実と異なる可能性が出るいう課題もあるそうです。 -
私は何気に廃墟が好きなんですよね。
もともとどういう建物だったのかと想像したり当時の考察を見るのが楽しいことに加えて、このがらんとした何かを語りかけてくるような景観に心を打たれます。 -
この穴とかね。
入りたくなりますよね。
入れないんですが、暑すぎて誰も歩いていないのでバレないかもと思いつつ、崩れたら死ぬのでもちろん入りませんでした。 -
廃墟エリアが個人的に楽しくて、酷暑の中楽しく歩き回りました。
次に再建エリアに戻り、王様がいそうなエリアです。
おそらく、玉座の間です。
このあともアルク城内を軽く観光して、大満足でアルク城を出ました。
歴史や廃墟が好きなら大満足と思われます。
でもここはわかりやすい青い世界の絶景とは異なるので、ウズベキスタンに青を求めるのであれば、ちょっと微妙に感じる可能性があります。 -
カラーンミナレットのエリアに戻ってきました。
見どころが集中してくれているのでありがたいです。
ちなみに、ブハラは陽が落ちてきてもすぐには涼しくなりません。
(サマルカンドやタシケントは涼しくなる) -
ではでは、夕食に参ります。
旧市街エリアにあるレストランです。
他のお店と比べて、お客さんの入りが多かったように思います。(でも普通に座れる)
Zolotaya Buhara
https://maps.app.goo.gl/oPsNLvXrKqmYDCaJ9?g_st=ic
ここでもラグマンを食べます。
ラグマンとは、ウズベキスタン風のうどんです。
本当にうどんです。トマトと牛肉に、確かディルが上にかかっていました。
ここのラグマンは、まあまあでした。サマルカンドで入った大衆(旅行者)向け食堂の方がうまかった。 -
でもこのお店はお茶がめちゃくちゃおいしかったです!
これは、オレンジのアイスティーです。(ピーチをオーダーしましたが、中身見たらオレンジが入っていた)
このお茶、生のフルーツが入ってるんですよ。あとはミントやお茶っ葉ですね。ほんのり甘くて、氷がガンガン入ってるので冷たくて、本当に癒されました。
中身は把握したので、自宅でもつくれそうです。 -
ここでもマンティを食べます!
ボイルかフライドか選べましたが、なぜかフライドにしました。味はまあまあです。赤いソースは唐辛子が結構入っています。 -
また羊肉のシャシリクー♪
毎食食べてました。好きすぎる。
ちなみに付け合わせが毎回酸っぱい生玉ねぎなんですが、これも合うんですよ、あぶらっこいシャシリクに。 -
カラーンミナレット、夕焼けに映えます。
-
その後またホテルで休憩したあと、夜景を見に戻ってきました。
先に言っておくと、夜のブハラは個人的にはあまり好きではありません。
ライトアップはきれいなんですが、
・青はやはり青空に映える
・夜道が真っ暗すぎて道が見えず、治安の悪さは感じないもののやはり暗いと怖い
・人が多すぎる(夏は暑いのでホテルに引っ込んで、夜活動するのがスタンダードなようです) -
でもやはりきれいではあります。
ここまで暗くなってもまだちょっと暑いですが、日傘をささなくてもいいし、歩くには良いです。おみやげストリートじゃないとめっちゃ暗いけど。 -
やはりこの広場は美しいですね。昼間の方が好きですが。(しつこい)
-
幻想的な配色です。
-
人多すぎ。
-
そしてAIがおすすめするので、夜のリャビハウズにも来てみました。
うるさくて人が多くて誰か歌っていて、ライブ会場かと思いました。
ここは全く来なくていいですね。みんなでわいわい夜ごはんを食べるならいいですが、それ以外に用はありません。 -
そして朝6:00に出て、朝のお散歩スタートです!
朝のお散歩は大々満足でした。ウズベキスタンの夏は早朝散歩が最適解です!
夜はまだちょっと暑かったですが、朝は涼しいです。 -
これもなかなか面白くて。
奥がおそらく絨毯博物館なのですが、隣接して妙に背の低い壁が迷路のように並ぶ謎の遺跡がありました。何かと思ったら、なんと10世紀に遡る公衆浴場(ハマム)の跡のようです。
かつてブハラには数多くのハマムがあり、この地下のような空間には浴場を温めるための燃焼室や暖房設備まで残っています。
小さい子が中に入って走り回っていたので、私もちょっと参加したくなりました。ていうかこの遺跡、中入っていいんか。って思いました。
Old Bath Ruins
https://maps.app.goo.gl/sVT42imcG3K3hM3i6?g_st=ic
ちなみにこの周辺、こんな感じで遺跡が並んでいます。 -
朝のリャビハウズに来てみました。
夜かなりがっかりしたのですが朝に賭けてみたくなったんですよね。
Lyabi-Hauzはペルシア語で「池のほとり」という意味で、Hauzは貯水池という意味です。
昔のブハラでは、こういうハウズが生活にものすごく重要だったそうなんですね。
乾いた土地ですし、水道の蛇口から水が出る世界ではないから、街の人々にとって水場は生活の中心で。 -
奥に見えてるのが、リャビハウズの東側にあるNadir Divan Begi Khanakaです。
早朝には開いていないこともあり写真しか撮らなかったのですが、ここがなかなか面白い物語があるみたいです。
1619~1620年ごろ、ブハラ・ハン国の宰相ナディール・ディヴァンベギが建てたハナカだそうです。
(ハナカ:イスラム神秘主義の修行者が滞在・修行したり、旅人を受け入れたりする施設)
ナディールは、ついでに池も作りたいわとなったんですが、今の池のある位置には当時ユダヤ人の老婦人が住んでいたということで、老婦人が土地を絶対に売らなかったとのこと。
ナディールは違う場所に池を作ったのですが、あえて老婦人の家が水で傷むように水路を老婦人の家の脇に作ったそうで。
結局ユダヤ人の老婦人はナディールに土地を譲ったらしいのですが、代わりに別の土地にシナゴークを建てることで合意したらしいです。
で、そのシナゴークのエリアはブハラのユダヤ人地区になってるみたいです。それ事前に勉強していればシナゴークも行ったのになー!
ちなみにシナゴークは多分これです。
Synagogue
https://maps.app.goo.gl/iTAokPuFjjjaYzjb6?g_st=ic -
そして池を挟んで反対側、リャビハウズの東側にあるのが、ナディール・ディヴァンベギ・メドレセ Nodir Devonbegi Madrasahです。
ナディール・ディヴァンベギ・メドレセ
Nodir Devonbegi Madrasah
https://maps.app.goo.gl/o4srBHheYdqqk1v3A?g_st=ic
その名の通り、ユダヤ人の老婦人からリャビハウズの土地をゲットしたナディールが建てたメドレセ。
メドレセ(マドラサ)=神学校ですが、もともとナディールは隊商宿として建設したそうです。
しかし完成のお披露目の場で君主が、「なんと立派な神学校を建てたのだ!」と褒めた。
ナディール、内心、神学校じゃねぇ。。。と思いつつ、君主の言葉を訂正することができなかったため、急遽神学校に改造したらしいです。
これ日中だったら中に入れたのに、残念。
もしこれから行く方がいれば、中に入って急遽神学校になった感を味わってほしいと思います。 -
ちょっと斜めから。
-
リャビハウズ自体はただの池ですが、その周辺が素敵でそこそこ満喫しました。
朝日がきれいです。 -
その辺の街角がとても絵になります。
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Chor Minor Madrasahに着きました!
ここ、すっごくかわいい!!
マドラサなので、神学校ですね。
私が着いたときはまだ中に入れる時間ではありません。
でもここ、他の神学校とは様子が違う気がします。
Chor Minor Madrasah
https://maps.app.goo.gl/PFuDFeGicZTBEhgm6?g_st=ic -
チョル=4本の
ミナール=ミナレット
という意味だそうです。今このこぢんまりですが、もともとマドラサとしてはもっと大きかったようです。
4つの塔はそれぞれ装飾が異なり、キリスト教・仏教・ゾロアスター教・イスラムなど、中央アジアで知られていた宗教を象徴しているという説もあります。
インドを旅してタージマハルに感銘を受けたニヤズクルが建てた、という伝説もあるようですが、今の残ってるこの可愛らしい形状からタージマハルは連想できないなぁ。 -
チョルミナールを背にするとあるおみやげ屋さんです。
いやぁ、素敵。 -
チョルミナールの入口です。
ツボが!可愛い!
ツボを見ると割りたくなりませんか?
ブハラにいると、まるでドラクエの世界にいるような気分になるんです。ツボも多いし。小さなメダルとか出てきそうじゃないですか。
でも割ってないですよもちろん。 -
チョルミナールが意外と満足できて、ホクホクしながらカラーンの方へ歩いていました。
そしたら地元の小さな朝市的なものがやっていました。
私が買いたくなるようなものはなかったんですが、その近くに素敵なノン屋さんを見つけてしまったのです!
今焼きたてのノン(ウズベキスタンのパン。多分、インドのナンと同じ扱い)を5kスム(約67円)で売ってくれます。
このサイズですよ!?あ、わかりづらいか。。手を半径にしたくらいのサイズ感です。
焼きたてで、ほんとうまい!でもでかすぎるので、4人前くらいあります。私はかじりついて、その後持って帰りました。
お店は小さい水色の窓だけ開いてる感じのところです。
地元の人がよく買っていたので相乗りした形です。
Googleマップにものってないのでうまく紹介できず、お店の写真を撮っていなかったことが悔やまれます。。
ちなみに英語が通じて嬉しかったです。こういう個人商店ではまず通じないのがウズベキスタンなんですが。
▼ここの向かいにあります
Cheap grocery
https://maps.app.goo.gl/XqYLRwErgCAnHXGK6?g_st=ic -
ノンにも大満足で、カラーンの方へ歩きます。
カラーンミナレット近くになると、また素敵な建物がありました。
Abdulaziz Khan Madrassah
https://maps.app.goo.gl/4CTBKPNS1f4UTK1t7?g_st=ic -
これの向かいに、ウルグベク・メドレセがあります。
その名の通りウルグベクが建てた神学校で、ウルグベクはウズベキスタンでは頻出のティムールの孫であり、ティムール朝の君主でありながら、何よりも天文学・数学を愛した学者ですね。
1417年、ウルグベクはブハラにこのマドラサを建設しました。
神学校ですが、神学だけでなく、哲学、数学、天文学なども学ばれていたそうです。多才なウルグベクならではですね。
ウルグベク・メドレセ
Ulug'bek madrasasi
https://maps.app.goo.gl/dCVM9eBZfB4zS6Vq7?g_st=ic -
で、そのウルグベクの向かいにあるこのAbdulaziz Khan Madrassahは、1652年に建設が始まりました。
約230年前に建てられたウルグベクのマドラサに対して、こちらは青・黄色・金色を使った豪華絢爛な装飾が特徴。建築主のアブドゥルアズィーズ・ハーンは、ブハラで誰も見たことのない建物を作ろうとしたそうです。
しかし、この建物は実は未完成。君主が失脚・退位したことで工事が止まってしまったとされています。
また、伝説では、君主が「自分の姿が描かれていない」と怒ったところ、建築家がミフラーブの花束の中に密かに君主の肖像を描いていたことを見せ、その技術に感服した君主は王位を捨てて祈りに専念した、とも伝えられています。 -
そんな物語たっぷりの街並みを経て、またカラーンミナレットまで戻ってきました。
ライトアップも良いですが、やはり日中がきれいですね! -
ドラクエのツボ。(私が決めた)
もちろん割ってません。 -
ウズベキスタンの陶器も可愛すぎます。
トルコの陶器にそっくりだと思うんですよ。
15世紀、ティムール朝の中央アジアでは、中国の青花磁器などを大量に取り入れた青・白・ターコイズの美意識が発達し、そしてそのティムール朝の美術様式が、オスマン帝国にも伝わっていったそう。
15世紀のオスマンの青白いタイルについて、ティムール朝が中国陶磁器を大量に輸入したことで中央アジアに青白陶磁器の趣味が広まり、それを知る職人・美術家がオスマン世界にその趣味を持ち込んだという説があります。 -
早朝から歩き続け、まだまだ歩き続けますよ!
カラーン→アルク城を横目で通り過ぎ、来てみましたボロハウズモスク!
ボロハウズモスク
Bolohovuz masjidi
https://maps.app.goo.gl/c5qZ7F8ytFwyDzgv9?g_st=ic
ボロ=~のそばの
ハウズ=貯水池
なので、池のそばのモスク、という何とも名前はなかなか地味ではありますが、場所はアルク城の真正面。かつてここはブハラのレギスタン広場だったそうです。
祝祭日などには、アルクからモスクまで絨毯を敷き詰め、その上をアミールが歩いて礼拝に向かったという伝承が残っています。
そしてこのボロハウズモスクは、歴史は割と新しいものの、破壊された経歴はないようです。 -
ボロハウズモスクを見上げてみました。
木造のモスク、新鮮で私は結構好きです。 -
実はこの柱は割と新しく、基本的に1915~17年頃に作られたもの。
1920年にあった、ソ連の赤軍からの攻撃からは免れたそうです。 -
次はイスマーイール・サーマーニー廟に向かうために通った雰囲気の良い場所です。
どうやら博物館のようです。朝早いから開いていない。
Imam al-Bukhari Museum
https://maps.app.goo.gl/tcBpPzZfGzdu9o3dA?g_st=ic -
Samonids Recreation Parkを突き進みます。
Samonids Recreation Park
https://maps.app.goo.gl/TGxv1bAM1oB3LW5j8?g_st=ic -
着きました、イスマーイール・サーマーニー廟!
イスマーイール・サーマーニー廟
Somoniylar maqbarasi
ここ、驚くほど小さいですw
少し大きめのエレベーター内部くらいの狭さ。
ここで特筆すべき点は、破壊され続けてきたウズベキスタンの歴史の中でも、奇跡的に当時のまま現存している建造物という点でしょうか。
この廟が建てられたのは9世紀末~10世紀前半。サーマーン朝の時代で、ブハラが大きく発展した黄金期です。
砂に埋まっていたから見つからず、破壊を免れたそうで。よくうまっていた。そして、よく掘り起こした。 -
内心、これだけ??(で、有料なん??)と思いましたが、なかなかすごい技術だそうです。
装飾タイルをほとんど使わず、焼成レンガの積み方だけで模様を作っているのだとか。
ちなみに、ここには7:50に着きましたが、掃除していた女性に現金で払ったら中に入らせてもらえました。15kスム(約200円)です。 -
近くに野生のバジルが生えていました。
いいなー。こんなに気軽に生えるなら、私はめっちゃ料理に使うのに。 -
これはホテルまでの帰り道にあったものです。
おそらく、これ。
Qo'sh Madrasa
https://maps.app.goo.gl/zV3MuznjLQNUPGRn8?g_st=ic -
めちゃくちゃ歩いた。ホテルに帰って、朝食です。
途中で、焼きたてノンを結構食べてしまったので、実はお腹空いてなかったり。。 -
朝食レストランの雰囲気も良いですよ!
-
そして宿でシャワーをざっと浴びて片付けをして、チェックアウトをしたあとまたすぐに観光に繰り出す私。この日、自分でも驚くほど動きました。
ウズベキスタンはちょこちょこ猫がいて可愛いです。この子、私に何かを訴えかけている。
ちなみに野良犬はほぼ見なかったので、安心して歩けます。 -
ここ。絨毯ミュージアムだと勘違いして入った絨毯屋。
閉鎖的な空間なので、入った以上買わないという選択肢が非常に取りづらく。
結論としては、この真ん中左側の絨毯の半分のサイズのものを、100USDを現金払いしました。
もともと160くらいで提示されたのですが、そんな高額なものは不要なので、ダメ元で100を出してみて無理って言われたら何も買わずにさよならするつもりでした。
そしたら100でいいよとなり、購入に至ります。
正直、安いのか高いのかわからん。 -
他の華やかな絨毯たちのほとんどがトルコ産です。
ブハラ産の絨毯は、全体の1割あるかないかで。。。 -
絨毯持ったまま歩きますよ!
次はFayzullah Khodjayev House-Museumです。
Fayzullah Khodjayev House-Museum
https://maps.app.goo.gl/5bgwuJwnj53tWMya9?g_st=ic -
ここは、お金持ちのブハラの豪邸であり、その家で生まれた政治家が革命で国のトップになり、最後はスターリンに粛清されます。。。
その後、学校や幼稚園などに転用された時期もあるそうで、1970年代には一部が保存・修復対象となり、現在の博物館へと整備されていきました。 -
ここは、19世紀のブハラの大富豪がどんな生活をしていたかを見る場所です。
そして私はここでyandex.goでSitora-i-Moh-i Khosa palaceに向かいました。 -
Sitora-i-Moh-i Khosa palaceに来ました。
Sitora-i-Moh-i Khosa palace
Sitorai Mohi Xosa Saroyi (Yozgi Saroy)
https://maps.app.goo.gl/oDMzveVUdMg22cV36?g_st=ic
ここは、最後のブハラ・アミールである、アーリム・ハーン(在位1911/12~1920)の夏の離宮でした。
現在残っている主要な新宮殿は1912~1918年に建てられたとのこと。 -
そんな夏の離宮におしゃれに布がかけられていたので写真を撮ったら、すかさずセールスが始まり、逃げるようにして去りました。。
-
孔雀がいるんですよ!
-
キラキラ~!!
急ぎ、私から逃げているようですw -
そして離宮内へ。
おおお。これはキラッキラ!
ブハラっぽくないですね。
ブハラの職人たちはロシアへ派遣され、サンクトペテルブルクやヤルタなどでヨーロッパ建築を学び、ここにもその技術が反映されているそうです。 -
ここ!ここ!
ドラクエの謁見の間では!?
これは興奮!まさかウズベキスタンで王様が座ってる間に出くわすとは!
ここは、本当にアミールが政治的な来客を想定した間だったようです。いやぁ、素敵だ。 -
なんだこのすごい配色は。素敵すぎるだろう!
-
ほぼ一緒ですが、後ろを振り向いてみました。
-
ここも素敵!
この宮殿、映えすぎてエグいです。私の語彙力が消失しましたw -
思った数倍素敵でした。
-
お外はとっても暑いです。
ここは、見えないと思いますが、何気にブドウがなっています。 -
あそこにはのぼれません。
-
とりあえず進む。
-
わお!ハウズやん!
ここ、どうやらハーレムだったそうです。 -
大満足。
またyandex.goを呼んで、旧市街へ戻ってきました。
あと1時間でブハラとはお別れです。
ウズベキスタンはお茶を飲む文化があるということで、最後にSilk Road Teahouseでゆっくりお茶を飲みました。
Silk Road Teahouse
https://maps.app.goo.gl/TXQnXgfjq3CBuoLa7?g_st=ic -
サフランティーが人気のようですが、私は自宅に大量にサフランがあるのであまり惹かれず、Spice & Herbs Teaを選びました。
カルダモン、クローブ、シナモン、スターアニス、ミント、オレガノ、ベルガモットとのこと。あっさりでおいしく、私としては割と飲み慣れた味がしました。
ちなみに茶菓子もお茶に含まれます。 -
ああ、ブハラも最高でした。
この旅行記は、1泊2日の出来事なのですが、かなり行けたと思います。
ブハラからタシケントへの帰路は、国内線の飛行機です。
これもなかなか面白かったので、それはまた別途タシケント編の旅行記で書こうと思います。
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