2026/05/25 - 2026/05/30
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montarou(紋太老)さん
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2026年5月18日に日本から韓国経由でペルーのリマからワラスに行き、バロン湖とペルー最高峰ワスカランのツアーに行き、次いでラ・ウニオン経由でプエブ・ケロパルカに行き、ペルー第二位の高峰のイェルパハの東面を見て、温泉にも入った。そこからラ・ウニオに戻り、温泉を楽しんでから、チキアンに行き、イェルパハ等のワイワシュ山群の西面を見た。ワラスに戻り、チャカス行きツアーでワスカランの南面を見てからリマに戻って飛行機でクスコに行き、チンチェロ、モライ、オリャンタイタンボやレインボーマウンテンを訪れた。次いでプーノに行くが、ボリビアの暴動激化で入国バスが全停止になった。それでプーノのウロス島の宿泊、アマタンティ、タキレ島 2日間ツアー、鮭養殖場など訪問した。それからチバイ経由でアレキバに移動しサリナス湖、ピロネス滝と岩の森ツアー、シリャールルートトレッキングに参加し、ボリビア入国不可で余った日程を消化した。ナスカに移動し地上絵を見て、イーカでワカチナ見物、そして有名なリマの安宿のKokopelli Hostel Barrancoで泊まり、7月27日リマ発で29日に日本に帰った。
ここでは「後期高齢者、紋太老ペルーアンデスを往く 3」として、プエブ・ケロパルカ、ペルー第二の高峰のイェルパハ(6635m)の東面、チキアンからイェルパハ西面を見に行った過程を記す。
- 一人あたり費用
- 1万円 - 3万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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イェルパハ東面を見るために、エブ・ケロパルカに向けて、5月25日の早朝5時にバス会社経営のワラスの宿を出て、直ぐ近くのバス発車場に行き、ラ・ウニオン行きの公共バスに乗った。ラ・ウニオンから先の情報は無く、一般に乗り合いミニバスの発車は午前中が多いと言うだけ。それで計画はラ・ウニオン(La Unión)に早い時間に着き、運が良ければバーニョス(Baños)行きのコンボに乗れるか? 乗り遅れたら明日のコンボの発車時間を尋ねて、午後はここで温泉に入り一泊し、明朝のコンボに乗り、バーニョスに向かい、プエブ・ケロパルカ行きのコンボか、タクシー、あるいは数軒の宿があるのでバーニョスで一泊後にプエブ・ケロパルカに向かう計画で出発した。
早朝の始発で出発して、南に向かい谷を上る。まだ薄暗いが、草原の上からブランカ山脈の中部の山並みが見えた。 -
ブランカ山脈は南北方向に約2百㎞と長く、ワラスから1時間半でブランカ山脈の南端のカウリャラフ峰5682mが見えて来た。
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分岐点である峠の町のコノコチャの池が見えて来た。早朝で草影も長く、まだ氷点下のようで、池からの水蒸気が出ていた。その遠方から、薄くワイワッシュ山脈の一部(写真中央の薄白い山)が見えていた。
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コノコチャから東に折れると、カウリャラフ峰の左奥にチャルウア峰(Challhua)5487m、その右前にネバド・トゥコ峰(Nevado Tuco)5479mが見えてきた。これらもブランカ山脈の南端の山々である。ブランカ山脈の北部が特に幅広である原因は、谷の多くが山脈に垂直の東西方向に貫入し、その結果、山嶺が東西方向に延びている所が多いからだ。
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コノコチャを越えると、写真のように、左からカウリャラフ、チャルウア、ネバド・トゥコでブランカ山脈が終わり、そこから間を空けて右端に多分ウアリャンカ峰(Huallanca)?5470mと思える雪山が見えてきた。
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こコノコチャからも続く台地は4200mから急に3600mの谷合まで下る。峠付近から、ほぼ間違いなくイェルパハ(6635m)と思える山が見えた。その写真は車中からのためぶれているので御免。
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谷合いまで下って、再度上って標高4千mのパチャパキの町近くを経て、そこからこの道の最高地点のヤナシャラシュ峠(Yanashallash)標高4650mに向かって上って行く。峠前の道路からウアリャンカ峰(Huallanca5470m)が見えてきた。
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ヤナシャラシュ峠と認識できるような山越はなく、バスはただ高原状態を走って行った。途中にカルカ・ペラナンと言う遺跡発掘地があったが、4500mを超える高地に人間に関与した遺跡があるとはすごいね!
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ここからは渓谷の道を急速に下る。工事中の怖い道路を走り、標高3200mのラ・ウニオン(La Unión)まで下る。写真はラ・ウニオンの町の入口で、左に折れて入った所に停留所があった。バスから降りると、直ぐに「バーニョス(Baños)」と叫ぶコンボの呼び込みがあった。コンボはこのバスから降りる乗客を待っていたようだ。運よくコンボ(まだ午前10時だが)に間に合った。トイレに行くために待ってもらって直ぐに出発。
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料金は20ソム(千円)だったかな。高額かな?トランプVSイラン戦争のガソリン高が原因かな? ところが数分走って直ぐに渋滞で止まってしまった。前方にラ・ウニオンの広場があり、そこで祭りが行われているようだ。ここで半時間ほど停車。
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コンボは人間だけでなく、大小の多種の荷物、田舎の商店や工作所、個人に頼まれた物品、何でも運ぶ。コンボは田舎の人の生活と命を守る重要な生きた動脈なのだ。それ比べて日本の田舎の動脈は、運送法と言う悪玉コレステロールで詰まり、壊死を起こしている。ただ重病人なら無料で、ヘルコブターで運んでくれるよ。
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ラ・ウニオンの広場前で半時間ほど停まったが、そこから標高3500mの平原まで急登し、その後は緩やかな放牧地の丘陵地帯を2時間半ほど走ると、バーニョス(Baños)の広場に着く。バーニョスの意味は温泉だが、温泉が有るか無いかは知らない。
先住民の像のある広場に着くと、運転手が、前の車がプエブ・ケロパルカ行きだと言う。コンボは客や物資を送るために、互いに連結体制を取っていたのだ。考えてみれば当然だ。料金はまた20ソム。予期せず、今日中にプエブ・ケロパルカ着ける。 -
写真は途中の滝。石灰岩か温泉か不明? 4時頃にプエブ・ケロパルカに到着。この運転手は無口で、真面目な人間のようだ。ケロパルカの広場で車降りて、前の店で宿を尋ねて、宿に荷物を入れた。後で分かったが、言葉が通じていないのに宿探していると分かったようだ。
今日は予想を超えて当日中にプエブ・ケロパルカまで来た。後はイェルパハの麓まで車で送ってくれる人と、夕食の取れる店を探す事だ。 -
夕方から小雨が降ってきたが、店に戻ったら、コンボの運転手を含め5~6人の住民がいた。そこで朝6時に好天の日にイェルパハの麓まで送ってくれる人を紹介してと頼むつもりだが、ここではネットが繋がらない。意思が通じない。その内に、この村の唯一の医者で英語が話せる診療所の研修女医を呼んで来てくれた。それで住民の全員が、そこに居たコンボの運転手が良いと言い「好天なら6時に出て、バーニョスに行く前に送ってやれ」と言った。コンボの運転手が合意した確認は取らなかった。残念ながら、この輸送は実現しなかった。その理由は運転手のイェルパハへの信仰が原因だと納得している。
写真はケロパルカの診療所、救急車が停まっているが、研修女医は外科と言うが、彼女が運転するとは思えない。もっとも救急車が動いたタイヤ跡はない。 -
26日の夜明け前に空を見ると、満天の星空。外に出ると暗黒の中からイェルパハの頂上が光ってきた。すごく、素晴しい、神々しい出方だ。“イェルパハ”は現地のケチュア語で「白い夜明け」を意味する。この山に朝日が差し込むと、最初に白銀の山頂が輝く。それが神秘的であるため「アプ」と呼ばれる神々がこの山に宿るとされている。特に、この地域に住むヤロウィルカ族には、守り神が住む、汚せない“神聖な山”とされている。
ワイワッシュ山群のペルーイェルパハ(6635m)の山容は、ブランカ山群のワスカラン南峰(6768m)より優れていると思う。しかし、ブランカ山群にはバス便もホテル数も数えきれないほど多いが、逆にイェルパハのケロパルカには定期バスも無いし、安宿が1~2軒あるだけ。一般にイェルパハを見るためには、ワイワッシュ山群の1~3週間の高額ガイド付きツアーで、個人で接近する人は皆無に近い。
この様な極端な相違がなぜ生じた理由は信仰と私は思っている。私は数年前、東チベット最高峰ミニャコンカ(7556m)の西面を見に行った(https://4travel.jp/travelogue/11917463)。中国平野側のミニャコンカ東面にはロープウエイ―や温泉など多数の観光施設があるが、西面は正反対で、地元チベット族が神聖な聖山として崇め、途中の集落で地域外の人を乗せた車の通過を阻止していた。他にもヒマラヤ、チベットには集落だけでなく国家も、宗教を理由に入域を禁じているカイラスや梅里雪山のような例も多い。高い雪山は見る人に神聖と峻厳さを与えるのだ。 -
空が晴れてくるかと思い、急いで朝食を作り、運転手が来るかも、と思い、約束の6時まで待って、さらに10分ほど待って、来ないと判断し、偵察と思い、道路を歩いて登った。これがケロパルカ、川の右側にも家が少し有るが、2~3百戸程度、多分千人程度の人口かな?
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ケロパルカの上の草原の草葉には霜が付いていた。夕べの降雨の後に急速に気温が低下し、葉の上に残った水分が凍ったようだ。
小屋の後ろの岩は堆積岩で縦縞になっている。この辺りの地層は縦だけなく、角度は様々で、地殻変動の激しさを想像させる。
小屋は土壁、土を捏ねて長方体にして積むだけ。雨による浸食に強くするため、草を練り込んだ土を層状に積んであるが、長持ちはしない。現在は溶け崩れた小屋が大半で、現在も使われて小屋は珍しい。 -
牛の放牧場の向こうの、雲の帽子の下に、何層もの地層が見える山は、シウラ・グランデ峰(6345m)。
ワイワッシュ山脈は30㎞ほどの長さで、幅はピーク一つ分の数kmと幅の狭い、小さい山塊である。しかし6千m級の山が6座あり、ペルー第二の高峰のイェルパハもある。そして隣接している山々の山容も素晴らしい。ところが一般観光客は非常に少ない。 -
馬で登って行く人の直上がシウラ・グランデ、その右の雲を着た、ひときわ高い山がペルー第二位の高峰のイェルパハ峰(6635m)。
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別の馬が下りてきた。シウラ・グランデの左側の半分だけ写った山はサラポ峰Sarapo(6127m)、その右がシウラ・グランデ峰(6345 m)、さらに右端がイェルパハ(6635m)。今日は湿度が高く、雲が消えそうにない。
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草原に座り、雲が消えることを願ったが、逆に増えてきたので、あきらめて戻った。写真はケロパルカの直ぐ上の山。
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これは馬の調教中。ムチの先に錘を入れた黄色いビニール袋を馬にぶつけて人の意思を伝える訓練をしているが、短時間で切り上げている。長時間、子供に勉強を強いるのは良いことかな?
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訓練を終え、子馬のロープを放し引きずらせたままで、母馬?に乗って登っていった。
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この草原(牧場)の花の季節は知らないが、花は多くはないが、少しは咲いている。
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この黄色の花は地面に密着している。葉も地面を這っているが、ここの積雪量が多いとは思われない。むしろ、背丈の高い花は牛馬に食べられ、地面を這う花が多くなったのかな?
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家畜を集めるための石垣だが、中に畑がある例もある。家畜に野菜や穀物を食べられるのを防ぐためだ。百㎏に近い石も含まれているし、小さくてもこれだけの石を集めて、運んで、積むには長期の重労働が必要だろう。それなりに生きるために苦労するのだ。
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ケロパルカの上の坂道まで戻ってきた。遠方には、奇妙な丸い小さな山が並んでいる。浸食に強い堆積岩の露頭かな? ところで、このケロパルカを出た道路を左(上流側)に折れて20分ほど歩くと、小滝と公園のある温泉に出る。
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宿に戻って温泉用品を持ち、歩いて出かけた。半時間ほどで、ドーム屋根の競技場がある公園らしき所に出た。本道を右側に折れると競技場の後ろに温泉がある。この辺りの人口は少ないし、観光客など皆無に近いから、無料とは言え、人はいない。ただ、公園の緩やかな岩場の散歩道と、そこの滝はなかなか良いよ。
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ここの温泉の深さは30㎝ほどで、寝ても体の全身が浸からない、温度は推定40~42℃で、浸かっていない体に湯を掛けないと寒い。何でもっと深くしないのか? ペルーで入った温泉の内で、ここは最も浅い。世界一浅く作った温泉かも? 泉質は透明、匂いもない。
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翌27日早朝、天気は良好。運転手が来ることを願って、6時10分まで待ったが、来なかった。それで歩いて出発。まだ明けきっていないが、雲はなく、わずかに黄色みを帯びた白い高峰が際立って見えた。
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右の山がシウラ・グランデ峰(6345 m)。サラポ峰の前のラグーンの位置から、この山を撮影するとピラミッド型になると言う。その位置まで行くためには、早朝に車で途中まで行くことが必須だ。ただ、山の形状も個性だと思い、受け入れようかな? その左がサラポ峰Sarapo(6127m)で低いのは当たり前。
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3峰の揃い踏み。サラポ峰の前から撮影すると、シウラ・グランデ峰がピラミダルになり、サラポ峰と同じほどの高さになり、さらにイェルパハ(Yerupajá)(6635m)も同じで、3峰のピラミダルが揃うと言うが、行けなかったのが残念。
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ペルー第二位の高峰のイェルパハ(6635m)。実際には横に長い形の山。それでも山容はワスカランより、はるかに優れていると思う。
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まだ7時だが、歩いて入域口まで行っても風景に大きな相違は無いし、遅くなるとガスが出るだろう。東面も見たいが、チキアン(Chiquian)までの必要日数が不明だから、日数に余裕を持たせるため、今日中にラ・ウニオンに戻ることをと決めた
帰る途中で、コンボの運転手が上がってきた。寝坊したか?宗教との葛藤か?これより上には行かないと決めたので、今日帰るからバーニョスまで乗せてくれと頼んで別れた。ケロパルカに戻ってイェルパハを見ると、既にガスが掛り始めていた。一応正解だ。 -
急いで荷物を纏め、宿をチェックアウト、それから診療所に行き、研修女医にお礼を述べた。そしてコンボの運転手が戻るのを待った。
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コンボでバーニョスに向かう途中でイェルパハを見えた。シウラ・グランデは既に雲の中、イェルパハも雲に隠れそうだった。これで予想通りの天気になったと安らかな気持ち。
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バーニョスで昼食、子守りをしながら、毛糸を紡ぐ女性。ここの普通の生活だ。
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ラ・ウニオンに戻ってきた。幼稚園児が帰宅する様子。背中にザックは中国製かな? 電気製品は韓国と中国製、雑貨は中国製が多い。悲しいかな、日本製は中古車だけかな。後は宿を探し、夕食事後は早く寝よう。
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翌28日、ラ・ウニオンには上流と下流にそれぞれ温泉がある。下流が良さそうで少し遠いが4㎞ほど歩いて向かった。この町は、深い谷合の狭い平坦部にあり、そこに家が埋め尽くしている。斜面には掘建て小屋があり、貧困者もいるようだ。ところが場違いのような、広く、良く手入れされた緑の競技場があった。ペルーは豊かな国とは言えない。この競技場の目的は、若者のストレス解消の場なのか? もっとも、日本でも、各県に過度に立派な?球技場がある。
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下流の温泉に約1時間で到着。公園風の所から川に向かって降りて行くと格安の温泉建屋がある。
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建屋の下の河原からも湯が出ていて、おばさんが洗濯していた。石鹸も使えるようだから単純泉かな?
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温泉プールは1.5mくらいの深さ、約5~6m四方で水温38℃前後、地下にはサウナ、個室温泉も数室あるようだが、その料金は高いようだが不明。結構な設備だが、造りは簡素で、華美さは微塵もないから良い。若者グループが入ってきたが、サッカーと違い、水泳の能力は全くダメ。溺れているみたい。川は急流だから泳ぐ場所も機会もなかったのだろう。
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帰りはオート三輪車に乗って帰った。食料の調達が目的なので、市場で降ろしてもらった。住民の生活を感じさせる物、日本にはない物を見るのも楽しみだ。日本には牛の頭など置いてある店など無いが、ここでは珍しくない。
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これには驚いた。内臓や手足の皮を切り開いたような所が見られず、丸干しかな? これはオオカミかな?
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宿に帰って、昼食兼夕食。落ち着いた所で、明日のチキアン(Chiquian)行きバスの乗り場の確認と、乗車予約のために出た。宿の近くの写真のバス会社で、チキアン行きはあるか? 発車時間は? と尋ねると、朝と午後5時の2本だと言う。今は午後の4時前だ、”今日の5時発の空席は有るか? ”ある”と答える。個人旅行だから身軽なものだ。宿の宿泊料を払い済みだったが、バスのチケットを買って、急いで宿に戻り、荷物を纏めて宿を出て、バスに乗った。急いだ理由の一つは数日後にリマからクスコに行く飛行機が予約してあり、日程に余裕が欲しかったからだ。
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定期バスは、標高3200mのラ・ウニオン(La Unión)から、4650mの峠を越え、また下って3400mのチキアン(Chiquian)に到着、遅いので、高価だったが庭の花が素晴らしい宿に飛び込みで入る。写真は翌日撮影。
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29日、宿の朝食時に、ワイワッシュ山脈が見える所を尋ねると、チキアンの手前の道路、町から東南東に向かう坂を登った所、またその先の3600mより上部と言う。昼食を買って3600mに向かう。町から東に向かい、斜面上の公園横の道を登って行く。
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公園から登って行き、左に折れるとコンクリートの大きな手形がある展望台が出て来た。天気は最高だ。ここからでもワイワッシュ山脈が良く見える。
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双耳峰的の俊峰ヒリシャンカ(6094m)が目を引いた。双耳峰ならもっと良いが、高さの段違いが欠点だ。それでも本当に素晴らしい山だ。
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3600m地点にまでは砂利道の自動車道を登るのだが遠かった。しかも近づいたと言う印象はなく、徐々に雲が出てきた。
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ペルー第二位の高峰イェルパハ(6635m)にも雲が出てきた。そこでゆっくり昼寝してから帰る。
さらにチキアンより東方向に車で行くことはできるが、村までならコンポがあるだろうが、それ以遠は高額のチャーター車が必要だ。また谷合からは山が見にくいだろう。
ワイワッシュ山塊の西面を十分に見るにはガイド付きのツアーになるだろうが、それは1~3週間の超高額で、貧乏人の私には、ガイド付きツアーなど似合わない。ジジイにはこれで十分だ。 -
急いで登ったので、近場の風景を見なかった。谷沿いの急斜面に畑と牧草地を作っている。地球上に人間が溢れ、他のどんな生物より生息域が広い。そして大量破壊兵器を作り、神を背負いながらも、殺しあう人間とは何だ?
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牛の搾乳。牛に蹴飛ばされないように、後ろ足を縛って乳を取るが、子牛が欲しそうにのぞき込んでいる。搾乳であり、搾取でもある。
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この風景を見に来ることは、二度とないだろう。町から花火の音がするが祭りかな?
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町の広場に帰ると、パレード。 子どもの頬には、赤白黒の広幅線を書いている、ペルーの国旗ではない。その下2026の年号。学校の行事かな?
広場の北西の通りのバスの切符売り場に向かい、早朝のワラス行きを予約して宿に帰る。
写真355 -
宿の庭の花は素晴らしい。
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夕方に散策。馬に乗る人、馬の脚が体側の外を回る運びで、私は馬術など知らないので、この馬の脚の運びに驚いた。
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30日の早朝にチキアン(3400m)を出発し4200mの高原の峠を越えて、ワラス(3100m)に向かう。写真はチキアン入口のワイワッシュ山脈の見える道路。今日は早朝から雲が多い。イェルパハの頂上が雲で隠れ、台形になって見える。
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ここからは、ワイワッシュ山脈の南部まで良く見えるが、少し遠望感がある。ただ、ここまでなら車で簡単に来ることができるので、チャターして、望遠レンズを付ければ、良い写真が撮れるだろう。私が大金持ちなら、Puka Puka(4800m)まで行くなら、バカチョンカメラでも撮れるだろう。
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バスは4200m高原に出て来た。手前がチャルウア峰(Challhua)5487m、その奥にネバド・トゥコ峰(Nevado Tuco)5479mが出て来た。
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コノコチャの池に戻ってきた。ここからは下りだけ。
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途中の料金所。ペルーの最高峰ワスカランが送電線の左から見えてきた。午前の半日の内に最高峰ワスカランと2番目の高峰イェルパハが見えるのだ。天気次第だが、このバスルートは乗るだけでも価値がある。
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ブランカ山脈の中部の山々。雲が出て来た。天気は下り気味かな?
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ワラスに戻ってきた。戻って来た私?を歓迎してくれたのか?パレードが行われていた。
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