2026/05/18 - 2026/06/29
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montarou(紋太老)さん
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2026年5月18日に日本から19日にペルーのリマに到着し、ワラスでウィルカウアン神殿、バロン湖、ユンガイ、ペルー最高峰ワスカランと氷河湖ツアー。次いでバスとコンボを乗り継いでプエブ・ケロパルカに行きペルー第二位の高峰のイェルパハの東面を見て、温泉にも入る。ラ・ウニオンに戻り、温泉を楽しんでからチキアンから、イェルパハやワイワシュ山塊の西面を見る。ワラスに戻り、チャカス行きツアーでワスカランの東面を見る。リマに戻り、飛行機でクスコに。市内見物、チンチェロ、モライ、オリャンタイタンボやレインボーマウンテンに行く。不運にもボリビア入国不可能になる。プーノのウロス島泊、アマタンティ、タキレ島 2日間ツアー、鮭養殖場など。次いでチバイ経由1泊2日でアレキバに移動。サリナス湖、ピロネス滝と岩の森ツアー、シリャールルートトレッキング。ナスカに移動し地上絵、イーカでワカチナ見物、リマのKokopelli Hostel Barranco泊、海岸を見物し7月27日リマ発7月29日に日本に帰った。
ここでは標高約3100mのワラス(Huraz)までのアプローチの行程5月18日から23日までについて記す。
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予定の韓国の仁川空港からロスアンゼルス行き飛行機が、イスラエル・米国・イランの紛争によるペルシャ湾での石油タンカーの封鎖で、韓国でのジェット燃料不足のため欠航となった。それでもTrip.comの対応で予定日の2026年5月19日の早朝にリマに到着できた。
悲しいかな、日本人が日本の飛行機でロスへ行く直行便に乗れずに、なぜ、米国と逆方向の仁川に行き、そこから韓国の飛行機に乗るのか? その理由は日本の飛行機が高額だからだ。原因は、日本の象徴?のツルのマークの飛行機会社が放漫経営で潰れたとき、再建を図るために公金を投入し、儲けさせるためドル箱路線のアメリカ便を高額にした。驚くことに日本航空が破綻2年後に、過去最高益を出した。ところが何故か15年以上経た今も高額料金を続けている。政治の関与も疑われているが、日本人が高い運賃の日本の飛行機に乗れず、アジアの飛行機に乗ると言うのは異常だ。まるで、日本人が高価な日本米を食えず、安いカルホルニア米を食べざるを得ないのと同じ政治姿勢じゃないか? -
リマに到着前の夜明けにアンデス山脈のシルエットの写真を撮りたかったが、安い航空券なので、席の予約金をケチったので、窓から2列目になった。だから窓の汚れや反射光が写った。写真の山はワスカランなどのブランカ山群のシルエットかな?
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次はイエルパハのあるワイワッシュ山群かな? 海岸近くの白い所は雲海で、午前中に雲が低いのは、ここの沿岸には寒流が流れているので明け方は雲海ができる。ただ午後になると太陽光で暖まって雲海が消えるのが通常の天気らしい。
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19日の朝にペルーの首都のリマの空港に到着。ところが日本で入れたe-シムが機能しない! 困った! 幸い、朝にリマに着いたので物理シムを購入しようと、バス代の分ほどを空港で両替し、宿の予約の有るリマの繁華街のプラザノーテ(Plaza Norte)に向かうことにした。空港正面の直線道路を約半km歩き、突き当りにある空港バスの乗場からプラザノーテに向かう。約半時間ほどでプラザノーテに着く。写真はプラザノーテの東側の2階のバス切符売り場。必要なら、この上の階に料金1ソム(約47円)の有料トイレがある。これがトイレの普通の料金だ。
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2階で両替してからシム売り場に向かった。バス乗り場から橋を渡った西側に複数の携帯店があり、いずれも長い行列だった。携帯を買う人が多い時代になったようだ。数時間も並んだ末に、大使館で住民である証紙を取って来いと言う。“バカな”と思い、昼食後に別の店の列に並んだが、結果は同じだった。物理シムを売っているのが、どこの国でも同じだと思い、どこで売っていると尋ねて“売っていない”と言う。信じられず再度同じ店に並んで、理由を問い詰めても返事なし。それでも可哀そうだと思ったのか?「下の階にある通路の露天商で入手できる」とアドバイス。全く意味不明だったが、その露天商でシムを買うことができた。
後日、理由が判明した。ペルーでは、持ち主不明のシムを使って、誘拐の身代金要求などの犯罪が多発したため、身元が確認できる人間に限ってシムを売ることに、法を変更したと言う。奇妙な話で、官僚の独断だろう。パスポートでは身元確認ができないのか? この後ボリビアで暴動が爆発したのもボリビアの官僚不手際が一因だろう。
このシムとは、ペルー人が買ったシムを、期間を限って旅行者に売るのだ。ただし30日間の70ソム(約45百円)は15~25日間ほど、20日間と言えば10日間ほどと覚悟すべき。シムの持ち主が使用を止めれば、金を払っても半日だけしか使えない事もあると言う。ただシムの持ち主が販売業者の信頼を失うために、半日や1日間だけの場合は希だと言う。ただ、このシムはClaroなどの正規代理店での入手は困難なようだ。写真のような正規店を避け、非正規の販売所で尋ねる事。このようなシムはリマ以外に、クスコ、プーノ、アレキバでも入手できる。 -
夕食はチキンとフライドポテト、プラザノーテの店の盛りは少ないが、他の町では日本人の二人分が一人分かな。だからペルー人には肥満傾向があるようだ。今日は疲れたが必要な事は済ませた。後は安宿で寝るだけ。
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20日は早朝に、プラザノーテから歩いて10分ほどの、少し離れた所にある、大手のMovil Busのバス停に向かう。大手のMovil Busのワラス(Huaraz)行きバスは、日本から予約済み。リマからワラス行きには、中小のバス会社の運行便も多いが、事情が分からないため、信頼できる大手にした。道路上には屋台の朝飯屋が並ぶ。サラリーマン風の人が少なく、高齢者や女性が多いのは予想外だった。
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Movil Busの待合所。その片隅に、ドラム缶で作った、面白いテーブルとイスがあった。彼らは鉄細工が好きで、コンドルなど色々な物を造る。要するに若者が過剰で暇人が多いのだろう。ただ、どこかの国の無気力な若者と違い、彼らには優れた創造力と活力、実行力があるようだ。
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リマ周辺の山には草木がない。その斜面は急な砂漠状であるが、多くに人が好んで斜面にボロ家を建てて集まって住んでいる。空想だが、あえて歩道も急で、不便な荒地に家を作る理由は、不法占拠の無料の土地なのだろう。大都市に仕事を求めて人が集まるのは、過去の日本も同じで、山谷ドヤ街のような所なのだろう。古い歌の文句にあるように、彼らが「居なけりゃ、ビルも道路も出来ゃしねえ!」は事実だ。
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やがてバスは海岸沿いから川沿いに上って行く。川沿いは水が有り、緑の農地や果樹畑だが、山の斜面に緑はなく、僅かにサボテンが生えているだけだった。
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高度が3千mに近づくと、谷沿いは果物畑が増え、山の斜面は草原で、放牧地になった。標高が高いからか、斜面にチベットで良くみられる紫の花が現れた。
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やがて太平洋側の山脈の峠を超える。峠の町のコノコチャ(Conococha)の標高は4100m。ガソリンスタンドと百戸に満たない小集落だが、交通の要衝として重要な地点。
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そこを過ぎると、草原の向こうに雪を頂く、ブランカ山脈の南端のカウリャラフ峰5682mが見えて来た。この山の基部は4100mで、見える部分は1500mの高差だから、高峰には見えない。それでも変化に富んだ素晴らしい俊峰だ。
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ここを過ぎると、道路は谷に入り、標高約3100mのワラス(Huraz)まで下っていく。ワラスは大きな町で、ワスカランなどのブランカ山群を訪れる起点であり、ホテルやツアー代理店が多数ある。他方で、もっと高度の高い地域を訪れるための高所順応に好都合の高さである。
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翌21日は、ペルー第二位の高峰のイェルパハ山(Yerupajá)6635mを東側から見るために、最奥の集落であるプエブ・ケロパルカ(Pueb Queropalca)まで行く交通情報を得るために、ある代理店に向かった。しかし、ガイド料が6万円ほどで雇えと言うだけで、半日を無駄にした。午後はマーケットに行き、明日のウィルカウアン神殿行きまでの食料を買い出した。ここは高地だが、ペルーにはアマゾンの流域にも領土があるため、熱帯フルーツなどを含む果物や野菜も多く、しかも豊富だった。
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ケーキ屋のケーキは巨大だ。皆が甘党らしく、太った人が多い。それとも太っているのは、寒冷地の順応型の体型かな? 宿に帰り、明後日の23日のパロン湖ツアーの予約と、その帰路はユンガイ(Yungay)で降ろしくれと頼んだ。さらにその翌日の24日にワスカランを見て、リャンガヌコ渓谷(Valle de Llanganuco)のチナンコチャ(Chinancocha)湖に行くツアーを頼んだ。いずれも高めの70ソムだった。ツアー代理店で依頼した方が安い。
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22日は高所順応も兼ねて、3400mのウィルカウアン神殿(Templo de Wilcahuain)に行くことにした。当初は歩いて行こうとも思ったが、コレクティーボ(コンボ)が多数出ていると言うので、それで行くことにした。コンボとは乗り合いミニバスのことで、客が集まると出発する。料金は格安で、田舎行きでも客が多いので、待ち時間は長くない。ウィルカウアン神殿を経て、その直上の集落まで往復するコンボは市場通りのアグスティン・ガマラ通り(Av. Agustín Gamarra)の北端のキルカイ橋のElu U公園近辺から発車する。橋の周辺で尋ねると、ミニバスの停車地を教えてくれる。朝に市場でハムとアボガドを挟んだパンと果物、ヨーグルトと飲み物を持って出かけた。ところで写真下は黒いトウモロコシ。この黒を使った面白い黒い飲み物がある。ただし味は単純な砂糖水に近いかな?
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コンボは町から出て、パリア川沿いの未舗装のガタガタ道を上り、次いでウィルカウアン神殿への急坂を登って行く。ウィルカウアン神殿までコンボで約30分。半すり鉢状の地形の所に小さな料金所と展示場が各1棟の他。石室が一つの小さな遺跡だった。
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ウィルカウアン神殿の石室内は、族長級のミイラ置き場だった。それが守り神になると信じていたようだ。石積みの長方体の建屋で、インカ時代以前の建設だが、内部は複雑な造りだった。石は削ってあるが、大きさは大小バラバラだ。それでも、子供が来ていて、足を掛ける所が少ないので登れないようだ。田舎の遺跡とは言え、さすがに先住民の石積み技術は最高だ。ただし最後まで鉄の製造ができなかったから、石を割り削るのには多大な労力が必要だっただろう。ただ、その地域に“石を割り削る”労働者のための十分な食料供給があったようだ。
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その横に出土物の展示場がある。丸い容器が大半で、容器の腹に動物?神?の絵を入れ。また上部を人間の頭部で飾った容器もあった。飾り過ぎの容器だから水でなく、酒を入れたのかな? アンデスではトウモロコシで酒を作ったと言うが、ジャガイモから作らなかったのかな?
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