2026/08/03 - 2026/08/03
224位(同エリア229件中)
くっさんさん
《投稿に当って》
〇『大峯山山上ケ岳』に関しては多くの方が投稿されている、素人の私の投稿は、特に霊峰を知り尽くした『修験者』に失礼千万に当たると思っている
〇だが、今日は『山の日』・・・登りたいと思って忸怩たる思いでおられる「後期高齢者」の方がおられると思う。そこで、後期高齢の老兵が登った時間関係をお届けすることで・・・挑戦のきっかけにして頂けたら幸甚と思うに至った・・・《知り尽くした方にはお許しを願うことで投稿を決意した次第!》
《ガイド案内役は実弟が・・・》
〇毎年「山の日」に合わせて山仲間と1泊2日の予定で「大峰山寺」参りをしている実弟に依頼した。一応、山を知っているので安心してついて行けた・・・「山上ケ岳」は厳しい修行の霊峰であり、各所の行場を知っている方に連れて行ってもらうことが良いと思う
《水は相当の用意を》
〇2リットルの水は飲み切った。夏場は特に汗をかくので多めに持参した方が良い・・・《弟の分まで飲んでしまった!!"すまない"》
《弾丸日帰りは朝早く出発を!!》
〇朝6:00には登山口に到着し往路は5時間、復路は3時間・・・計8時間を要した・・・後期高齢の老兵を基準にして挑戦して頂けたら幸甚!!
《「女人禁制」の山で女性は立ち入れない・・・ご笑覧頂き、こんなとこかぁと感じ取って頂けたら・・・と、思っている》
- 旅行の満足度
- 5.0
- 交通手段
- 自家用車
-
(1)洞川登山口駐車場設置の案内板(6:20)
《大峯山》
〇奈良県南部にある修験道発祥の霊峰。狭義には「山上ケ岳」(1719m)を指し、広義には近畿最高峰「八経ヶ岳」(1915m)や弥山(1895m)などを含む大峯山脈の総称。2004年ユネスコ世界遺産に登録
《大峯山寺》
〇「山上ケ岳」の山頂にあり、参詣できるのは毎年5/3~9/23戸閉式まで
《「山上ケ岳」登山道中の要所》
①一ノ世茶屋 ②一本松茶屋 ③お助け水 ④洞辻茶屋
⑤鍾掛岩 ⑥大峯山寺 ⑦山上ケ岳 ⑧お花畑 -
(2)登山口となる『清浄大橋』(大峯大橋)を渡って入山(6:25)
〇何と~橋のたもとに『熊出没注意』の看板あり・・・いるんだ!"熊"が~
《この橋を渡った先に『従是女人結界』の碑と門がある》
~幸い「熊さん」には出会わず~ -
(3)『女人禁制』の看板
〇修験道の開祖とされる役行者が約1300年前に開山して以来、現在も「女人禁制」の伝統が守られている信仰の山。これから入山・・・(6:30) -
(4)『女人結界門』
〇聞きなれない言葉『結界』とは・・・どういう意味?・・・調べると、神聖な場所や清らかな領域と俗世(不浄な場所)を区切るための宗教的な境界線やその空間をいうとある
《気持ちを新たにして門をくぐった》 -
(5)激励(?)
〇入口から少し入った右側の杉の根元に
「さあ 頂上まで3時間 頑張ろう」
と書かれた札版があった・・・そうか、3時間もあれば頂上にたどり着ける山なのかと、そう思って登ったが・・・実際はそうたやすい山ではなかった・・・さすがに『修行道の修行の山』・・・何を隠そう後期高齢の老兵は「5時間」(休息を含む)を要した。特に、この日は夕方から雨の予報で蒸し暑く、汗は噴き出る、喉は乾くわで・・・この先の「洞辻茶屋」に到着した時には1リットルの水を飲み終えていた。《とにかく・・・杉木立の山道をひたすら歩くことに》 -
(6)『結界門』をくぐったとたん「杉」が発する独特の匂いが・・・手入れされた「吉野杉」が林立する中を・・・《別世界に入って行く感覚!!》・・・最初はなだらかだった山道が段々と急坂に変身・・・思った以上に険しい道となった
-
(7)『一本松茶屋』に到着(7:15)
〇茶屋と称する建物の中を通り抜けたが、茶屋の管理人らしき方はおられなかった。自由に休憩できるようにテーブルと椅子が並べて置いてあった。(茶屋は帰りコースの61番参照)
《※この茶屋に到着する前に『一ノ世茶屋』を通過しているが、茶屋という建物は無く整地された広場の横にお堂のみがあった・・・(帰りコースの63番参照)》 -
(8)「お助け水」到着(8:00)
〇僅かに水が溜まっている程度・・・「お助け水」というが、飲めるような状況にはない。それよりも気になる張り紙が・・・「お願い」と称して
この祠にまつられていた役行者御変菩薩様の石像が四月より持ち去られた。
行方不明になっています・・・
と・・・ええ!!それは大変な出来事。《そんなことする者が入山しているかとびっくり!!》・・・不届き者よー、一刻も早く返せーと、心の中で叫んでここを通過する
《登山口から約1時間30分》 -
(9)二人の少年の遭難碑と供養塔(8:10)
〇聞けば・・・ここは雪の降り積もる山道を右手から下ってきた少年たちが、本来左手に曲がるところを方向を見失い、そのまま真っすぐ進み谷に転落して亡くなったという悲しい遭難現場だった(合掌) -
(10)『大峯奥駈道』と合流する『洞辻茶屋』に到着(8:30)
《写真左奥方向が「吉野山」、右手前方向が「山上ケ岳」》
〇案内標識には
・洞川までは約8Km ・ 吉野までは約24Km
と、記されている -
(11)「現在地」を地図で表示
〇「お助け水」から登ってきた
《登山口からすでに約2時間かかっている》 -
(12)「大峯奥駈道」の案内標識石
《大峯奥駈道》
・北の「吉野大和」と南の「熊野本宮大社」までを結ぶ約120~170Kmに及ぶ「修験道」の修業の道。
・その間に75ケ所の行場『大峯七十五靡(なびき)』があり、今も修験者(山伏)が修行を行っている・・・詳細は「1」番の案内板参照
・「山上ケ岳」(大峯山寺)は、『大峯奥駈道』の途中にあって、今なお唯一『女人禁制』の修行場となっている -
(13)「洞辻茶屋」
〇茶屋の管理人は見かけなかった
〇テーブルや椅子が置かれており、誰でも自由に休憩できるようになっていた -
(14)『洞辻茶屋』出たところに鎮座する『洞辻出迎不動尊』
《道中の安全を祈って手を合わす!!》 -
(15)「陀羅尼助(だらにすけ)」茶屋に到着(9:00)
〇「洞辻茶屋」の次にあった茶屋が「陀羅尼助」茶屋(ここも管理者おられず) -
(16)「松清店」茶屋に到着(9:10)
〇「陀羅尼助」茶屋の次にあったのが「松清店」茶屋
〇『松清店』は「陀羅尼助丸」などを販売する老舗の「松谷清造本舗」の看板愛称 (寝泊まりされている男性ひとりおられた)
《ネット情報》
・松清店は、松谷清造本舗と山上講社の人達を結ぶ当店の大峯山茶屋。昭和25年の「ジェーン台風」で倒壊し更地後に平成元年に新築し開店。山小屋は1520mの高所に位置し、この先に大峯山修行本番の岩場が控えるため、登山者はここで休憩し体力と気力を充実させて行場に挑む
・新築後、20年近く当店山小屋を守ったのが元警察官であった「松谷三男」で、退職後は若い頃から好きだった大峯山に通い、山開きの期間中の多くの時間をこの山小屋で過ごし、参拝者が行場などに目印がなく迷ったり困ったりした話を聞くと、一発奮起、関係者等の了解をを取り付けて自費で山中の行場各所や分岐点に石碑や標識石を数多く建立した。参拝者の利便性や山の美観が向上し、今も多くの参拝者から感謝されている。(松谷三男さんは2012年ご逝去)
~「松谷三男」さん刻銘入りの「石碑」などをこの先でよく見かけた~
・「44」番の「お花畑」の石碑、「50」番の「案内表示」、「52」番の「道標」の石碑などにその名があった -
(17)松清店の建物内通路に『今上天皇陛下』が皇太子であられた時に登ってこられ、休憩でお座りになられたという椅子があった。
【平成2年6/12~14(3日間)大峯山を登山されており、山上ケ岳、八経ヶ岳、弥山に登られている】
《道中各所に『今上天皇陛下』の登山記念碑あり~「32」番参照》 -
(18)左手に登って行くのが順路(9:15)
《左手を進むと厳しい行場が待ち構えている》 -
(19)つづら折りの急階段(9:25)
〇階段が備え付けられているとは言え、結構厳しい!! -
(20)『油こぼし』の鎖場に到着(9:30)
〇「鎖」が頼り -
(21)『鍾掛岩』(別名~弥陀の来迎岩)」の下に到着(9:40)
〇ここは『山上ケ岳登拝』の主要な難所のひとつで、約20mの切り立った巨岩を修験者が登るという行場
〇役行者が吊りがねを掛けたという伝承が残されていることからこの名が付いたらしい
《見るからに怖い!! 鎖を頼りに登ると言われても・・・老兵には見上げるだけで十分!! 右へ迂回して巨岩の裏手に回っててっぺんを目指すことに・・・》 -
(22)巨岩のてっぺんに登るためにかけられた梯子(急階段)(9:45)
〇けっこうな急階段・・・怖かった -
(23)巨岩のてっべから下を覗く(9:50)
〇目も眩む高さと垂直に切り立つ断崖であった・・・無理に挑戦せずして良かったぁ~
《修験者の修行は凄い!!と・・・改めて思った》 -
(24)階段を登るとその先に神聖な「お亀岩」が・・・
-
(25)「お亀岩」に到着(10:00)
〇「お亀岩 踏むな 叩くな 杖つくな よけて通れよ旅の新客」という俗謡(戒め)があり、軽率に触れたり踏んだりせず、敬意をもって避けて通るべき神聖な岩だとされている -
(26)『淨心門(等覚門)』に到着(10:05)
〇門は簡素な木作りだが・・・「俗世の心を離れ、清らかな心で聖地へ向かうための区切りとなる門」という
〇この門を通過した「修験者」は、深まる信仰の境地にいよいよ入っていくことを実感するのだという -
(27)『西の覗』に到着(10:20)
〇標高1650mの断崖絶壁から命綱を付けて逆さづりにされる、修験道の激しい「捨身行」の行場
~過去の罪を懺悔し、生まれ変わるための過酷な荒行として知られている~
~先達(案内役の修験者)に「親不孝してないか」「重大な隠し事はないか」などと問われ、大きな声で「ハイ」と答えるまでは引き上げられない過酷な仕組み・・・一度命を落としたのも同然の恐怖を体験することで、自分の煩悩や過去の罪を滅ぼし、清らかな心に生まれ変わる(即身成仏)を目的とする荒行~
《登山口から約4時間》 -
(28)『西の覗』
〇覗く場所は写真右手の断崖突端から・・・この日は命綱を持って身体を支えてくれる方はいない・・・事前に「宿坊」でお願いする必要があるとのこと
《肝試しにやれと言われても・・・絶対しない!!・・・このような場所を見れただけで十分・・・"挑戦者は凄いなぁ~"》 -
(29)断崖突端から下を覗く(※この写真はガイド役の弟が撮影したもの)
《高所恐怖症の老兵には断崖突突端に近づくことさえ無理!!?》 -
(30)遠くには「紀伊山地」の山並みが・・・
《この日は雲厚く・・・》 -
(31)切り立つ断崖・・・《中国の「武陵源」のような感じ》
-
(32)天皇陛下が皇太子時代に「西の覗」にお越しになったことを記念する石碑
-
(33)『大峯山龍泉寺宿坊』に到着(10:40)
-
(34)『大峯山龍泉寺宿坊』
〇登山口である奈良県天川村洞川で行者や登山者を迎えて歴史を守ってきた代表的なお寺~『真言宗醍醐派大本山大峯山龍泉寺』の「宿坊」
《この「大峯山龍泉寺」の宿坊の他、同様「大峯山寺」と「山上ケ岳」の維持管理にあたっている4つのお寺の宿坊が、この地には固まってある~この4つのお寺は「吉野山」にあり、唯一「洞川」にあるのが「大峰山龍泉寺」である》 -
(35)『大峯山龍泉寺宿坊』
《休憩・食事・宿泊もできる~「お茶」を無料で提供して頂いた・・・感謝!!》 -
(36)本尊は『弥勒菩薩』
〇修験道の開祖である「役行者」が泉のほとりに祀った「八大竜王尊」及び弘法大師や理源大師、不動明王なども一緒に祀られているという
《御朱印を頂いた》 -
(37)いよいよ『大峯山寺』が近づいてきた(11:00)
〇このような立派な門が・・・一礼してくぐる -
(38)『大峯山妙覚門』に到着(11:10)
〇「大峯山寺」がこの先に見えたぁ~この門をくぐるとあと少しだぁ~!!! "やっとここまで登ってきたかぁ~感無量!!!"
《「大峯妙覚門」は、修験道の行者が山頂の本堂(山上蔵王堂)へ向かう参道に置かれた、悟りの境地を表す4つの門(四門)の最後(第四)の門となる》 -
(39)『大峯山寺』まであと少しー
-
(40)『大峯山寺』に到着(11:15)
〇境内は広いよー
《登山口から約5時間(休憩含む)・・・出発時に見た「山頂まで3時間」は、行者の目安時間だったのであろうか?》 -
(41)『大峯山寺』の本堂
-
(42)ご本尊は『金剛蔵王大権現』
《仏教の仏ではなく、日本独自の山岳信仰と仏教が融合した『修験道』の最高本尊》
〇「大峰山寺」の本尊は秘仏
〇毎年5/3(戸開式)~9/23(戸閉式)までの開山機関のみ本堂の扉は開いている -
(43)御朱印を頂く
《大袈裟だが・・・身も心もリセット・・・お参りできて本当に良かった!!》 -
(44)『お花畑』へ移動(11:30)
〇「お花畑」というので高山植物が咲き誇っているのかと・・・期待したが「クマザサ」の群生地であった
《石碑設置の刻銘者は「松谷三男」さん》 -
(45)正面に『稲村ケ岳』(1726m)
〇この山は、女人禁制の「山上ケ岳」に対し、『女人大峯』と呼ばれ女性も登れる山として親しまれている
〇大峰山系唯一の「独立峰」で春から初夏にかけては「ミツバツツジ」「石楠花」「オオヤマレンゲ」などが咲き誇る
〇洞川の「母公堂」(ははこどう)を起点とする往復コースが一般的とのこと。女性の方はこの山をを目指して!! -
(46)「山上ケ岳」山頂にある『湧出岩(ゆうしゅついわ)』
〇大峯山寺本堂から歩いて数分の場所にある
〇蔵王権現の出現地~修験道の根源とされる極めて神聖な巨岩
【修験道の開祖である役行者が山頂のこの岩の上で一心に祈りを捧げていた際、岩の中から激しい落雷と共に蔵王権現が初めて現れたと伝わる修験道の聖地】 -
(47)「湧出岩」横に設置された『一等三角点』
-
(48)「湧出岩」から「お花畑」へ下る
~高原そのもも~ -
(49)「お花畑」は「クマザサ」園
-
(50)案内表示に従って『日本岩』の展望地へ
《案内標識設置は「松谷三男」さん》 -
(51)『日本岩』展望台に到着(12:00)
〇「お花畑」の西南側に位置する巨大な岩盤岩
〇「西の覗」のような修行場としての恐怖感はないものの突端は断崖絶壁
〇突端に「道標」が設置してあり、展望するところの山々を知ることができる
《この展望台で昼食した後下山》(12:20) -
(52)道標設置施主は「松谷三男」と刻銘
《道標刻銘》
道標建立賛同御芳名
大阪府警交通捜査係内大峯山同好会
奥田慧ほか34名の名前
施主松谷三男 取次松谷清造陀羅尼助店
昭和63年7月8日建之
〇いやはや、この道標は「大阪府警交通捜査係」の警察官が賛同して松谷三男さんが、昭和63年7月8日に建てられもの
〇《「16」番記載の「松清店」ネット情報》に・・・松谷三男さんは行場や分岐点に数多くの石碑や標識石を数多く設置されたと・・・この道標もそうなんだろう・・・松谷さん以外にも多くの関係者のご尽力があってこの霊峰が維持管理されていることを改めて認識した・・・"感謝以外にない!!" -
(53)『修験者』(山伏)とすれ違う(12:30)
《我々とは・・・全く歩く速さが違う・・・帰る途中に我々は追い抜かれた!!》 -
(54)「西の覗」に立ち寄らずずそのまま下山(12:40)
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(55)『浄心門(等覚門)』をくぐった(12:47)
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(56)『お亀石』を通過(12:48)
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(57)『分岐点』に到着・・・下りは手前左側へ(12:50)
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(58)『松清店』茶屋に到着(13:00)
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(59)『洞辻茶屋』に到着(13:20)
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(60)『お助け水』に到着(14:00)
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(61)『一本松茶屋』に到着(14:30)
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(62)『修験者』に追い抜かれた(14:35)
《歩く速度が違う・・・》 -
(63)『一ノ世茶屋』に到着(15:00)
〇左手に「お堂」があるが茶屋(建物)はない -
(64)杉木立に陽が射しこみ・・・幻想的景観が・・・(15:05)
-
(65)目の前に『女人結界門』が・・・(15:10)
《下りは順調・・・3時間はきれそう!!》 -
(66)『女人結界門』を無事くぐった(15:15)
《この後、「清浄大橋」を渡り駐車場に戻った~駐車料金1000円を支配い》
《この日(8/3》は、『行者まつり』の日・・・午後6時から「鬼踊り行列」のため道路が通行止になる。洞川宿坊街を素早く通り抜け「洞川温泉」入浴し、身を綺麗にして帰路についた(当然、心は・・・この登山で「清らかに」・・・)
終わり
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