2026/07/10 - 2026/07/12
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mom Kさん
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若い頃は、メディアの情報を鵜呑みしやすい。それに40年前は、実際今ほど外国人旅行者には安全ではなかったかもしれない。ポンペイへの電車乗り場へもパレルモへ渡るフェリー乗り場へも、そそくさと通り拔けるようにしてこの街を出た。駅も周辺も雑踏が凄かった。さすがに後者の時は、マルゲリータピザだけは、有名らしい店に出かけて食べている。
もう年齢とItaly訪問回数には不足はない。
この街の魅力を知らずして、Italy好きは言えないと思えてきた。今回の旅は二人旅。最後は、ナポリと決めた。
4travelerブォナフォルトゥーナさん、グラッツェ ミーレ。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 4.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 3.0
- 交通
- 4.0
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩 飛行機
- 航空会社
- アシアナ航空
-
マテーラからのバスは、ナポリ駅裏に着いた。駅も駅前も複雑になり巨大化している。20年前スフォリアテッラを買った町のお菓子屋さん風情のお店など跡形もない。
Hotel Potenza を選んだのは、駅前であること。24H フロントが常駐していること。
チェックイン前。荷物を預けて、ナポリのここぞと思えるトラットリアを目指す。市中に向かって歩き始めた途端、最初の角を左に見れば、あのにぎわいは市場に違いない。「寄ってみようよ。」
露天の店に大量につり下げられている中から、相方が「これ、どう?」と取り出した。麻のしっかりした織りのシャツ。タグには、“Italy”。生成りで大きめなのもいいわね。
バングラデッシュからと教えてくれた店主と「私達はAsianね。」と軽口を交わして、3€を手渡した。 -
さらに進んで行くと、魚屋さんが並んでいた。12時を過ぎているせいか、どのお店も一段落の様子。大通りに戻って、目指すお店に向かった。
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慣れないメトロに降りたり、上がったりするより、15分程度なら歩きたいし、早い。
大通りからちょっと入って、隠れているようなオステリアだった。もうナポリの一番の目的を果たせたような食事にありついた。
選んだメニューは「旅するどん兵衛、ついに南イタリアへ」をご覧ください。 -
サン・テルモ城からの眺めを目指したが、また途中で寄り道したり、フニクラが止まっていたりで、着いたら、ちょうどcloseの時間。前の公園から眺めている人達の仲間に入って、ナポリの街を見下ろす。
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正面に見えるのがフニクラ駅。あそこを先ず目指してきたのです。
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帰り道の眺めこそ、ナポリね。
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通り過ぎるおうちを見ながら、下っていく。
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時々振り返って
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猫ちゃんと坂道に玄関が開いてるところからおばあさんを見かけただけ。
いい道ねと言い合って下って行く。長崎を思い出したりして。 -
また前を見て、立ち止まる。
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どこにたどり着くかは分からない。
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好きな感じのお店ねと、立ち止まる。
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道の途中にガラス壁と思って、顔を近づけてびっくり。
賑わい通りが見えた。 -
隙間のような入り口から小さな階段が続いていた。
降りて、見上げる。私達はあそこから覗いたのよね。 -
夕暮れ時、昼間の暑さが消えていく。路上での人々の愉しげな様子。スペインやイタリアでよく見かける風景。
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ナポリ一の老舗カフェにたどり着いた。中を見たかった。
ケーキコーナー担当の男性にノートを差し出して、ショーケースの中を指さし、お菓子の名前を書いてもらう。彼のおすすめも付け加えてもらった。それは右のお皿で、その名も「VESUVIO」 -
Gran Caffe Gambrinus 創業1860年
美しい時間ね。 -
プレビシート広場が目の前。
もうすぐ9時。夏のヨーロッパは日が長い。
さあ、Metroを探して帰りましょう。 -
とりわけ真夏の観光は、早朝に限る。朝6時には行動開始のならい。その分たっぷりお昼寝は自由旅の特権。
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プレビシート広場を横切って王宮入り口。向こうにグラン カフェ カンブリナスが見える。
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朝一番の目的があった。4travelerのブォナフォルトゥーナさんが紹介されていた“ランプ”とやらの場所に行きたかった。
彼のナポリ歩きはとても魅力的。何でもないことに喜びを感じ、出会ったことを楽しんでいる。“自分の旅” を育てておられるなあと思う。私の今回のナポリ旅をとても楽しみにさせてくれた。 -
朝が早いパン屋さん。いいもの見ちゃった。早起きは三文の徳。
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誰もいない朝も好き。
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研究所かアートスタジオみたいねえ。
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朝7時のベスピオ火山。素晴らしい。
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さらにもう少し行くと、駅と逆の方向、ナポリの別な地区が見えた。
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一仕事を終えた満足感。さて街の中に戻ろう。
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上がってきた道でない方向を歩いていたら、素朴なお菓子屋さんに出会った。窓辺に並んでいるのは数種。おじいさんが見えたので合図をして入ったら 、お客さんだったみたい。まるで店主みたいに外を見やっていたんだから。
戻ったホテルで口にした相方は「もっと買ってくればよかった。」と、しきりと後悔の美味。
そのお店からすぐの小さな広場にMetroの入口があった。
美術館みたい。
上を見て、「素敵ねえ。」 -
階段ではないバチカン美術館みたいなスロープ。
もっと下に続いている。 -
覗いてみた。“トレド” 駅。底にたどり着いても乗降客の姿は一人も見ない。駅員さん達が所在なげにふらふら。妙ね。
私達は出口を見つけて、街並みに入って行った。 -
サンタ キアラ教会。1310年から1328年にゴシック様式で建てられ、18世紀後半にバロック様式に改修。
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中庭
八角形のマヨルカ焼面の柱が64本だそうです。 -
回廊の壁面にもマヨルカ焼
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1739年から1769年にかけて、建築家ドミニコ・ヴァッカロの手によって元あった回廊に手を加えられたと帰国後知る。その頃のナポリということだ。
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修道士達が裾を翻して歩いた回廊。時々庭のオレンジに目を細めながら。
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大きな壁面のフレスコ画
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マヨルカ様式とは、マヨルカ島由来ということかしら。ショパンが暮らしたというだけで、山の中の修道院に出かけた大きな島。乾いた空気に日差しの強さの中、妙な寂しさを感じたことを思い出す。
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今も着続けるインド綿のワンピースの裾をからげて、透き通る海に入ったことは覚えている。マヨルカ様式など知らずにいた47歳。
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長い石のベンチでしばらく座っていた。
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教会。内部は撮影しないで、見上げたバラ窓を思い出とともに。
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スパッカナポリをまた楽しむ
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何本もの道が辿り着くところに市場。
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近くには必ず簡易な食べ物屋さん。
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これだこれだ。ナポリしてるよ。
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お向かいは魚屋さんだもの。嬉しくなる。
あー、アレだ。ALICIというのですか。こちら手前はサルディでよく分かる鰯ですよね。魚体の色が違い、鱗もないなあと思ったんです。グダニスク駅前の漁師さんらしいフードトラックのアレ。北海だからかなあと思ったんです。鯖よりもお高い。美味ですもの。あとで調べると「カタクチイワシ」。やはり紀州もののそれとは別物。
昨日のオステリアのパスタはきっとアレだ。チファルーで美味驚愕したリゾットもきっとアレだ。 -
これこそ日本じゃ食べられないない。今日はミックスを選ばない。ALICI一択。アンチョビもこの鰯が原料と初めて知った。私にとって大収穫の知識。
金沢「鰯組」さん、ご存知かなあ。 -
スパッカナポリを進む。檸檬の素敵なデザインマグネットが目に入った。もう重くなってもいい。靴も服も見つかりそうにない。だから2個購入。バリの旧市街で買ったエプロンは一枚。だからもう一枚、友人へのお土産に檸檬模様の素敵なデザインを。彼女にはナポリで見つけたと言う方が喜ぶだろう。
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サンタ・マリア・アッスンタ大聖堂。聖壇は撮影を控え、美術品のようなパイプオルガンを訪れた思い出に。
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今夜のオペラ“トッーランドット”のためにサン・カルロ劇場の場所を確認して、ベッドでのシェスタに戻りましょう。
向こうに見えます。もうそれだけで今夜への助走。ウンベルト1世のガッレリア 建造物
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長くお昼をしてすっきり。
胸が時めく。マテーラで黒のミュールを買っておいてよかった。一枚だけ持って来ていたノースリーブワンピースにショールを羽織れば、辛うじて自分を許せる。ワンピースは、セトッーバルで見つけたコットン100% made in ITALY,。3着買っても一着にもならないお値段だったから、迷ったモスグリーンか赤も買えばよかった。軽くてデザインのよいポケットが裾を落ち着かせている。大判スカーフは、琉球庵で出会ったマルシアさんとの交換品。最近の旅はずっと一緒。
8時開演の30分前に扉が開く。サンカルロ劇場 劇場・ホール・ショー
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席に案内してくれた彼女。首から背中の方に下げられているものが気になる。重い金属。中世のパリ辺りで小路の門番が持っていた鍵を思い出す太い鎖も重量感。。
サンカルロ劇場 劇場・ホール・ショー
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どなたでしょうか。
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1816年2月12日火事により焼失。僅か10ヶ月で再建。変えられたのは、オーケストラビットと電気照明の導入に、この玄関ロビーなど数カ所のみ。
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ヨーロッパで現役最古の劇場。中を見たかった。マテーラで演目を調べたら、“トッーランドット”。飛び上がった。ねだった。三階BOX席チケットが手に入った。
サンカルロ劇場 劇場・ホール・ショー
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すぐ近くが貴賓席バルコニー。今夜はどなたもお見えにならなかった。
サンカルロ劇場 劇場・ホール・ショー
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パリオペラ座の天井はシャガール。そこではまだ何の公演も観ることができていない。
ここは天上を表しているのかなあ。サンカルロ劇場 劇場・ホール・ショー
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幕間休憩には、「あと何分」と、数度英語で知らされる。
廊下に出てくだんの彼女を探した。写真に快く応じて下さった。重りのようなものは、劇場の名だけだった。グラッツェ。お顔はイタリアの美。輝く笑顔。 -
カーテンコール。一斉にスマホを取り出す観客。主役の二人。私はトッーランドット姫の声に痺れた。
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相方は「このオペラは、テノール歌手の為のもの。」と教えてくれたけど、パヴァロッティの声を思えば、私にだって、う~ん。ゴメンナサイ。あの曲だけ生の声で聴きたかっただけなんです。
2004年来日公演時だったと思う。なぜ今引退するのかと聞かれて応えた彼の言葉、「もう十分美しい時を過ごしたから。」
“美しい時”かあ。 -
プラハ滞在中 “ドン・ジョバンニ”を捕まえられて、感激した1997年の春。国立劇場でのBOX席チケットが信じられないお値段。以来、旅の間、ミュージカルでもバレエでもオペレッタでもチケットが手に入れば出かける。大抵、前日か当日のコンタクトで予定に縛られない。劇場自体が観光だから。
サンカルロ劇場 劇場・ホール・ショー
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私達の席。開演少し前に、若いカップルがそっと入って来て、後ろの指定席に座った。開演中は、当然ささやき声もしなかった。
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オペラがはねた劇場入り口をウンベルト1世のガッレリアへの階段から振り返る。
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ミドル世代カップル二組が私たちのそばを追い越していく。服装も釣り合っている友人同士の語らい。歩き方も素敵。
今夜のフィナーレ。
もうすぐ11時。土曜日の夜。
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この旅行記へのコメント (6)
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- エフサさん 2026/08/11 09:35:57
- ナポリを見ずして死ぬことなかれ
- タイトルのパヴァロッティさん
あれ? この人はひょっとして
と思って写真を探して見てみたら、何と
トリノオリンピック開会式で『トゥーランドット』を歌った人ですよね。彼の人生最後の公式な舞台。
荒川静香選手はまさに『トゥーランドット』のクライマックスに技術点評価なしのイナバウアーをぶつけて来た。
見ている自分ももう点数なんて関係ない。圧倒的な感動。そして金メダル。審査員の方々、そう来なくっちゃ。と思いましたよ。
そしてパヴァロッティさんも人生最後に『トゥーランドット』の「誰も寝てはならぬ」で締め括られた。
表紙の写真、い~写真ですね~
カーテンコールでしょうか? 鳴り止まぬ拍手が聞こえて来そうです。
- mom Kさん からの返信 2026/08/12 07:08:32
- 海外旅の愉しみ
- Dr.お早うございます。そうです。あのシーンは強烈でしたね。荒川静香さんは、cool beautyと言われていたような。世界の人々にとっても永遠のシーンだと思います。
トリノって言うことも私には嬉しかった。トーマス・クック時刻表を手に右往左往しながら、数か国を巡った初めてのユーレイルパス旅。乗り換えで数時間途中下車した街。なんだこの街は!と言う驚きがありました。奥行きのある洗練さと豊かさが街並みに感じ、若いサラリーマングループの昼食に向かう姿に見とれたものです。いい街に出会ったなあと思いました。3年後の北イタリア一周旅で泊する街に選んだのは言うまでもありません。
旅先での観劇の愉しみを教えてくれたのも旅での出合い、airとhotel(これらは飛行機会社の都合だった)が同じだった二人の女性。「今夜パルテノン野外劇場でオペラがあるんだけど、一緒に行きませんか。」とお誘いが。チケット購入に行きますからと。
古代遺跡でオペラですよ。大理石のあのまんまの階段状が座席。頭上にお月さま。永遠の一夜です。
三大テノールがローマで公演したのも古代遺跡でした。西洋は観劇への日常のスタンスが違いすぎます。
師匠のリアル記憶シーンが、私の遥か昔の思い出を激しく呼び起こしてくれました。聞いて下さって謝謝(まだ台北) mom K
-
- サルー、ディネーロ イ アモールさん 2026/08/11 07:28:37
- 楽しく読ませていただきました。
- mom Kさん
ブォナフォルトゥーナです。もうすぐトラベラー名を変えるところだったので、その前に挨拶に伺いました。
私はこの旅行記を読んで、やっぱりナポリは素敵な街だなと感じました。
そこに住む人が居て、観光地としての美しさもあって、
ミラノでも、ローマでも感じられなかった「生活感」がナポリの魅力だと思います。
mom Kさんの街歩きはその街に住んでいる人のような軽さ(優雅さ)があって、私も同じような歩き方ができればな、と、羨ましく感じた旅行記でした。
ありがとうございました。
- mom Kさん からの返信 2026/08/11 10:08:24
- こちらこそ
- Ciao!ブォナフォルトゥーナさん
あなたもツーリストではなくトラベラーなんですもの。お名前掲載をおことわりしたのも、ガイドブックをなぞらない歩き旅をこんなにも楽しんでいる若者がいますよって、皆さんにお伝えしたかったから。
あなたの表紙絵のお写真、何度も拝見。旅中もどこだろうどこだろうと気にしていたんです。会えなかったわ。泊まられたB&Bエリアも分からず。
ミラノの駅舎について触れられていましたよね。それに旅で出会った人からの情報も大切に心に留められているブォナフォルトゥーナさん。このことへも共感しています。
アントワープの駅舎に是非。
昔二度目のヨーロッパユーレイルパス旅でのこと。グラナダへの夜汽車(寝台車でなく普通席に座って)で出会った男性が翌日別れ際に言いました。「あなたならきっとベルギーが好きだと思う。」この「あなたなら」が響いた。2、3年後に出かけ、以来ベルギーにハマったんです。パリに滞在しても荷物を置いてアントワープにだけ1泊して駅舎に会いに行ったくらいです。
ブォナフォルトゥーナさん、あなたならきっとあの駅舎が好きになります。
Buona furtuna! mom K
-
- pedaruさん 2026/08/11 06:15:51
- 夢のナポリ
- 詩人のmom Kさん おはようございます。
詩人の手に懸かると、こんなに素敵な町になるのでしょうか?
私の場合、歌にあるような町を期待していましたが、それほどでもないな、というのが残念ながらの印象でした。私の場合、洗濯ものが沢山窓からセリ出ている光景をみて感動したくらいでしょうか。
mom Kさんの旅行記とは比べるのがおこがましいのですが、あのサン・カルロ劇場のボックス席が出てきては降参です。映画の中でしか見たことありません、あの椅子の写真を見ただけで「オー」と声が出てしまいました。
ところで「どなたでしょうか?」の調べた結果をお節介ながらお伝えします。
これはジョヴァンニ・パイジェッロの彫像です。イタリアの作曲家で、特にオペラ
「セビリアの理髪師」で知られています。ということでした。
pedaru
- mom Kさん からの返信 2026/08/11 16:55:12
- 旅は帰ってからも続きます
- pedaruさん、教えて下さってありがとうございます。ミーハーCLASSICファンなので、早速追求。なぜサン・カルロ劇場にか知りたくて。
彼が亡くなった年号を見て、う?1816年。引っかかる。そうだったんだ。最初の劇場が火事で焼失したのが同じ年の2月12日で、彼が亡くなったのが6月5日。76歳。ターラント生まれで、ナポリで亡くなっています。おそらく初演は全てサン・カルロ劇場。劇場の消失は誰よりも悲嘆にくれたでしょう。カテドラルも堂々の美しさだった時代。今のナポリより隆盛を極めていた頃と想像します。だから僅か10ヶ月で再建ですよ。統治者の力だけでなく、ここに当時の市民の熱意も感じます。この劇場は、なぜヨーロッパ最古になり得たか。再建できたロビーに他の誰でもないジョバンニ・パイジェッロの彫像を置いたのか。やっとやっとあの街の底力と魅力に触れられた思い。危険だの喧噪ばかりだのと避けてきた自分が恥ずかしい。好きにならせてくださって、pedaruさん、感謝です。 mom K
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