2024/03/07 - 2024/03/07
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キャンサー50さん
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東京都目黒区にある瀧泉寺は、目黒不動尊と呼ばれ、日本三大不動のひとつです。
江戸時代、三代将軍徳川家光が江戸の町を護るため安置した五不動(目白・目黒・目赤・目青・目黄)の一つです。
境内に見どころの多い寺なので、観光気分が味わえます。
目黒川が桜の見物客で沸き返る前の3月上旬、久々に訪問してきました。
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄
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散策は東急目黒線不動前駅からスタート、北へと向かいます。
最初に出会ったのがたこ薬師成就院。
天安2年(858)の開山です。たこ薬師成就院 寺・神社・教会
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成就院本堂
三匹のタコに支えられた薬師如来像がご本尊です。
そのため、寺は通称たこ薬師とも呼ばれいます。
たこは多幸に通じるとされ、昔から「ありがたや福をすいよせるたこ薬師」といわれてきました。たこ薬師成就院 寺・神社・教会
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本堂脇の石仏群。
この石仏像は徳川二代将軍秀忠の側室、お静の方の発願で奉納されたものです。たこ薬師成就院 寺・神社・教会
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成就院の境内に掛けられた絵馬にもタコが描かれていました。
たこ薬師成就院 寺・神社・教会
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瀧泉寺の山門前にあった、権八小紫の比翼塚。
比翼塚とは、愛し合って死んだ男女を一緒に葬った塚のことです。
権八という剣士と小紫という吉原の太夫の悲恋物語があります。権八小紫の比翼塚 名所・史跡
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こちらが瀧泉寺、目黒不動尊として知られます。
創建は大同3年(808)。
関東最古の不動霊場で、木原不動尊(熊本県)、成田不動尊(千葉県)と並ぶ日本三大不動のひとつです。瀧泉寺(目黒不動尊) 寺・神社・教会
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瀧泉寺山門(仁王門)。
東京大空襲の際に焼かれ、現在の門は昭和36年に再建された鉄筋製のものです。瀧泉寺(目黒不動尊) 寺・神社・教会
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仁王門向かって左手には弁天池があります。
弁天池に架かる小さな橋を渡ると三つのお社が祀られていました。
その中のひとつが三福堂です。
「元祖山手七福神」の恵比寿天が祀られています。瀧泉寺(目黒不動尊) 寺・神社・教会
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弁天池近くにある野村宗十郎像。
野村宗十郎(1925~1857)は明治期中ごろから大正期の印刷人です。
和文ポイント活字を創製し、これが新聞印刷で採用されるなど、印刷技術の革新に寄与しました。瀧泉寺(目黒不動尊) 寺・神社・教会
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弁天池から北へ、大本堂に向かうとある「本居長世の碑」。
本居長世(1885~1945)は日本の作曲家です。
石碑には「十五夜お月さん」の楽譜が刻まれています。瀧泉寺(目黒不動尊) 寺・神社・教会
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「本居長世の碑」から少し高台にある腰立不動尊。
「立身出世」のご利益だそうです。瀧泉寺(目黒不動尊) 寺・神社・教会
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腰高不動尊の隣が勢至堂。
勢至堂に安置されている勢至菩薩は、阿弥陀三尊の一つです。
午年の守り神でもあります。瀧泉寺(目黒不動尊) 寺・神社・教会
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勢至堂の横に建つ「北一輝顕彰碑」。
北一輝(1883~1937)は戦前の日本の思想家、社会運動家、国家社会主義者です。
顕彰碑の碑文は、思想家大川周明(1886~1957)によるものです。瀧泉寺(目黒不動尊) 寺・神社・教会
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「北一輝顕彰碑」の隣が「青木昆陽先生碑銘」。
青木昆陽(1698~1769)は江戸時代の蘭学者です。
「甘藷先生」と呼ばれ、享保17年の大飢饉の際、「さつまいも」がどんな土地でも育ちやすいとして普及させた人物です。瀧泉寺(目黒不動尊) 寺・神社・教会
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「青木昆陽先生碑銘」の奥にあるのが瀧泉寺前不動。
江戸時代、将軍や大名の参拝があると庶民は本殿に近づくことが出来なかったため、庶民の便宜を図って建立されたものです。
建物は東京都指定文化財に指定されています。瀧泉寺(目黒不動尊) 寺・神社・教会
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瀧泉寺前不動の右隣にある独鈷の滝。
瀧泉寺の名前の由来とされています。
昔はここで滝行をする山岳修行者が多かったとのことです。
安藤広重の浮世絵にも、ここで水垢離をしている人の姿が描かれています。瀧泉寺(目黒不動尊) 寺・神社・教会
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独鈷の滝の傍らには青龍大権現を祀る「垢離堂」があります。
独鈷の滝で滝行を行うための着替えの場所として使われていたようです。瀧泉寺(目黒不動尊) 寺・神社・教会
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独鈷の滝の前にある「水かけ不動尊」。
備え付けのひしゃくで自分の悪い部分と同じところに水をかけると治るといわれています。瀧泉寺(目黒不動尊) 寺・神社・教会
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山門を入って右手にある阿弥陀堂。
阿弥陀三尊像(阿弥陀如来、勢至菩薩、観音菩薩)が拝めます。瀧泉寺(目黒不動尊) 寺・神社・教会
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こちらは阿弥陀堂前に建つ地蔵堂。
瀧泉寺(目黒不動尊) 寺・神社・教会
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瀧泉寺大本堂へ行くには坂を上っていきます。
こちらは男坂。
47段の石段です。
石碑には「経につつまれ不動心」と刻まれています。瀧泉寺(目黒不動尊) 寺・神社・教会
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男坂の右手に平行する女坂。
石碑に「水音ききてまた祈る」と刻まれています。瀧泉寺(目黒不動尊) 寺・神社・教会
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女坂の途中にある神変大菩薩役の行者倚像。
「役の行者」とは、山岳修行者であり、「修験道」の開祖として崇拝される人物です。
左右に夫婦の鬼を付き従えているのが特徴です。瀧泉寺(目黒不動尊) 寺・神社・教会
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坂上にある瀧泉寺大本堂。
ご本尊の不動明王像は、慈覚大師の作と伝えられています。
本堂は昭和56年(1981)の再建です。瀧泉寺(目黒不動尊) 寺・神社・教会
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大本堂向かって左脇にある意志不動尊。
右側の手を合わせているのが矜羯羅童子、左側の剣を持っているのが制多迦童子になります。瀧泉寺(目黒不動尊) 寺・神社・教会
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本堂左手奥が愛染明王。
縁結びのパワースポットとして有名です。
男性は右側より反時計回りに。女性は左側より時計回りに廻ることで縁結びになると言われています。瀧泉寺(目黒不動尊) 寺・神社・教会
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愛染明王のすぐ横にあるのが微笑観音菩薩です。
石碑に記載されている「慈眼視衆生」とは、観音教の一句で「観音様はいつも優しい慈悲の眼で全ての人々を見ています」という意味です。瀧泉寺(目黒不動尊) 寺・神社・教会
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大本堂の右側に仏像が並ぶエリアがありますが、その先頭に「二宮金次郎像」があります。
あまりの小ささにびっくり。瀧泉寺(目黒不動尊) 寺・神社・教会
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大本堂の右脇にあるのが延命地蔵尊。
前を守るのは、延命地蔵の脇侍「二童子」、法性をととのえ御する「掌善童子」と無明を降伏させる「掌悪童子」です。瀧泉寺(目黒不動尊) 寺・神社・教会
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延命地蔵尊の隣が護衛不動尊。
ひときわ異様な雰囲気を醸し出しています。瀧泉寺(目黒不動尊) 寺・神社・教会
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延命地蔵尊の奥にあるのが虚空蔵菩薩像。
その前に菜の花畑があり、ここだけがファンタジー。瀧泉寺(目黒不動尊) 寺・神社・教会
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大本堂の真裏にある大日如来坐像。
全ての根源とされる大日如来です。瀧泉寺(目黒不動尊) 寺・神社・教会
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大日如来坐像裏手にある地主神 大行寺権現。
大行寺権現は天台宗の守り神、地主神とはその土地を守る神様です。瀧泉寺(目黒不動尊) 寺・神社・教会
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「甘藷先生」と呼ばれた青木昆陽の墓は、瀧泉寺の墓地にあります。
毎年10月28日に「甘藷まつり」が催されます。青木昆陽の墓 名所・史跡
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瀧泉寺に隣接する五百羅漢寺。
元禄8年(1695)の創建です。
木造釈迦三尊及び五百羅漢像の305体の像が、本堂および回廊に安置されています。
都指定文化財です。五百羅漢寺 寺・神社・教会
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五百羅漢寺の隣が海福寺です。
真言宗寺院として寛永5年(1628深川に創建、万治元年(1658)に黄檗宗寺院として開山、明治期に当地に移転しました。海福寺 寺・神社・教会
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海福寺山門。
赤い四脚門で明治後期に新宿区上落合の泰雲寺から移建したものです。
訪問時、工事中で残念でした。海福寺 寺・神社・教会
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海福寺本堂。
本尊は釈迦如来坐像です。
目黒不動尊は建造物、仏像、石碑など見どころが沢山で飽きません。
駅から若干遠いせいか、わりと空いているのも良い点です。
東京の穴場の観光スポットだと思いました。海福寺 寺・神社・教会
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