2024/03/07 - 2024/03/07
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キャンサー50さん
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東京都大田区にある洗足池。
身延山久遠寺から常陸へ湯治に向かう途中の日蓮が、池のほとりで休息し足を洗ったという言い伝えが名前の由来とされています。
さほど大きくない池ですが、勝海舟ゆかりの地であったり、源頼朝の名馬池月の伝説があったりと見どころが沢山あります。
桜には少し早い3月上旬。池を一周巡ってきました。
- 旅行の満足度
- 3.0
- 観光
- 3.0
- 交通
- 3.0
- 同行者
- その他
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 私鉄
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東急池上線洗足池駅のすぐ前が洗足池です。
外周は約1.2㎞、公園になっています。洗足池公園 花見
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洗足池駅前には池が一望できる休憩所と、その2階に展望デッキがあります。
洗足池公園 花見
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休憩所のすぐ右手にはボート乗り場があります。
ここから池を右回りで一周しました。洗足池公園 花見
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こちらは妙福寺隣の洗足池図書館。
洗足池の風景を愛したという勝海舟にちなんだ「勝海舟コーナー」が設置されています。洗足池図書館 名所・史跡
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洗足池図書館のすぐ近くにある「勝海舟別邸跡」の説明板。
慶応4年、江戸城無血開城の交渉に池上本門寺へ向かう途中、勝海舟は通りかかった洗足池の景色に魅かれて、後に別邸・洗足軒を建てた場所です。
別邸は戦後まもなく焼失しましたが、茅葺きの農家風の建物でした。勝海舟別邸跡 (洗足軒) 名所・史跡
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洗足池のほとりにある妙福寺。
日本橋馬喰町に創建、明暦の大火(1657)により浅草永住町へ移転、関東大震災で被災し昭和2年(1927)当地にあった御松庵と合併して移転したといいます。妙福寺 寺・神社・教会
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妙福寺の山門をくぐると、見事な竹林がありました。
妙福寺 寺・神社・教会
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妙福寺本堂。
国の登録有形文化財で、正面の水引虹梁には日蓮の袈裟と洗足池の水面が彫刻されています。
明治時代中期に建築されたものです。妙福寺 寺・神社・教会
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妙福寺境内にあった帰命浄行大菩薩。
妙福寺 寺・神社・教会
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本堂裏手にある「馬頭観音供養塔」。
天保11年(1840)の建立です。
「北 堀之内・碑文谷道」「東 江戸中延」「南 池上・大師道」「西 丸子稲毛」というように、東西南北のそれぞれの方向を示す地名が示されています。馬頭観音供養塔 名所・史跡
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妙福寺の境内、日蓮上人袈裟懸けの松
日蓮上人が池を訪れた時、袈裟を掛けたといわれる松です。
現在の松は三代目だそうです。
何か同じような松が鎌倉の稲村ヶ崎あたりにあったような…。日蓮上人袈裟掛けの松 名所・史跡
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前述の松の右手にも「袈裟掛けの松」と刻まれた石碑とともに松が。
石碑には六代目とありました。日蓮上人袈裟掛けの松 名所・史跡
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洗足池公園のやや東にある勝海舟記念館(旧清明文庫)。
清明文庫は、海舟没後、海舟の墓所や別荘「洗足軒」の保存、海舟に関する図書の収集・閲覧、講義の開催等を目的として、財団法人清明会が昭和8年に開館しました。
平成12年に国登録有形文化財に登録され、平成24年に大田区の所有となりました。大田区立勝海舟記念館 名所・史跡
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勝海舟記念館の北、公園緑地内にある、勝海舟夫婦の墓です。
明治32年(1988)77歳で亡くなった勝海舟は「富士を見ながら土に入りたい」という遺言によって別荘裏のこの地に葬られることになりました。
夫婦そろって仲良く並んだ墓ですが、勝海舟の妻が「夫と一緒の墓には入りたくない」と遺言したのは有名な話です。
また、石塔の「海舟」の文字は、徳川慶喜の筆と伝えられています。勝海舟夫妻の墓 名所・史跡
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勝海舟夫婦の墓の傍らにある水船(手水石)。
勝海舟が亡くなった直後の明治32年(1899)に、勝わ慕う人々によって奉納されました。
背面には嘉納治五郎、榎本武揚、津田真道、赤松則良ら著名人の名が刻まれています。勝海舟夫妻の墓 名所・史跡
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勝海舟夫婦の墓の北隣にあるのが西郷隆盛の留魂祠。
明治10年(1877)に戦死した西郷隆盛を惜しんで、勝海舟が明治16年に造立した祠です。 -
留魂祠の隣が「徳富蘇峰詩碑」。
徳富蘇峰(1863~1957)は明治から昭和戦後期にかけての日本のジャーナリスト、思想家、歴史家、評論家です。
勝海舟の門下生の一人でもあり、勝と西郷の偉業を讃える詩碑になっています。 -
「徳富蘇峰詩碑」の隣が「西郷隆盛留魂碑」。
明治12年(1879)、戦死した西郷隆盛をいたみ、 勝海舟が私費で建てた碑です。西郷隆盛留魂碑 名所・史跡
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「西郷隆盛留魂碑」の隣が「勝海舟追慕碑」。
大正2年(1913)に勝海舟門下生の富田鐡之助が記したもので、留魂詩碑が建立されてから現在地へ移設されるまでの経緯や、有志により留魂詞が建てられたことが記されています。 -
洗足池の北東にある展望デッキからの池の眺望。
洗足池公園 花見
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こちらも洗足池北東にある、水生植物園。
ウッドデッキの上から眺められます。洗足池公園 花見
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水生植物園の中にはビオトープもあります。
ホタルを呼びたいようです。洗足池公園 花見
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洗足池の北には小島があり、橋が架かっています。
洗足池弁財天 寺・神社・教会
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その島の中にある洗足池弁財天。
創建年代は不明ですが、古くから洗足池の守護神として北側にある小島に祀られていたそうです。洗足池公園 花見
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洗足池の西岸のほとりにある「名馬池月」の像。
治承4年(1180)に源氏再興の挙兵をした源頼朝は、石橋山の戦いに敗れた後、鎌倉へ向かいました。
途中、洗足池の畔に宿営した際、どこからともなく現れた野馬が「池に映る月影のよう」だったことから「池月」と名付けられ、頼朝の乗馬とされました。名馬池月の像 名所・史跡
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「名馬池月」の像の隣にある千束八幡神社。
貞観2年(860)の創建です。
神社の場所は「城南の名勝」とも称される景勝地です。
源頼朝旗揚げの地との伝承があり「旗挙げ八幡」とも称されました。千束八幡神社 寺・神社・教会
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千束八幡神社拝殿。
千束八幡神社 寺・神社・教会
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千束八幡神社境内に掛けられた絵馬の図柄は「名馬池月」にちなんで馬でした。
千束八幡神社 寺・神社・教会
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「名馬池月」の像の南、洗足池に架かる池月橋。
平成27年にリニューアルされて、より美しくなりました。
狭い範囲にいろいろな歴史が詰まっていて、面白い散歩になりました。
歴史好きではありますが、平安時代や鎌倉時代には疎いので、源頼朝の逸話はことに興味を惹かれるものでした。
訪問時は3月上旬でしたが、もう少し季節が下ると池畔は桜が咲いて美しいそうです。洗足池公園 花見
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