2026/07/28 - 2026/07/28
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takashisannさん
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「お帰りなさい。ご苦労様でした」
戦後、長い年月を経て舞鶴の港に帰ってきた人々を、市民はこの言葉で迎えたそうです。
今回の旅では、その舞鶴引揚記念館を訪ね、当時の記録や引揚船の模型を見学しました。
紙さえ貴重だったシベリア抑留の生活。
わずかな黒パンを、できるだけ公平に分けようとした人々。
そして、ようやく祖国に帰ることができた人たち。
「帰ってくる場所」だった舞鶴には、今もその記憶が残っています。
その後は、現在の舞鶴を代表する軍港クルーズや赤れんがパーク、北吸トンネルへ。
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東舞鶴からバスで約10分の引揚記念館に到着。
舞鶴引揚記念館 美術館・博物館
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入口の語らいの像。
このモニュメントは、引き揚げの歴史や戦の惨さ、平和の尊さ、異境で倒れていった多くの人々の鎮魂を語り合うという意味をもつ、平和の象徴。 -
同胞が作った馬鈴薯掘り、同胞の苦労を思うと、できのよくない馬鈴薯も掘り残したくはない。
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ユネスコ世界記憶遺産登録資料
紙さえ手に入らないシベリア抑留中に白樺の皮や空き缶まで使って記録を残していた。展示を見て、当時の厳しい生活が想像以上に身近に感じられた。 -
ラーゲリ(収容所)での食事の様子
ラーゲリの中で給されたわずかな黒パンを中央の男性が手作りの天秤で、量りながら切り分けて、全員に均等に配分している。
身体の弱い人は比較的暖かい上の方にいる(説明を読まないとなかなか分からない) -
多くの引揚者を乗せて舞鶴港へ戻ってきた引揚船。
引揚船も沢山の種類があり、模型で見ることができる。 -
「お帰りなさい!ご苦労様でした」
「復員者の皆さん、お帰りなさい」
舞鶴市民の歓迎に、復員者たちも船上から一斉に手を振る様子の写真に帰って来た喜びが伝わる。 -
赤紙は正式には「臨時営集令状」といい、役場の職員が届けることになっていた。
集令状が届くと3日~1週間以内に指定された部隊に入隊しなければならなかった。
集各場所までの旅費は「赤紙」を見せることで免除になった。 -
引揚記念館公園へ向かう道には、いろいろな会の植林が沢山あり、この場所を未来に繋いで行こうとしていることが伝わる。
引揚記念公園 名所・史跡
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引揚桟橋展望台
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展望台の眼下に見えるのが、復元された引揚桟橋
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舞鶴クレインブリッジ、橋の形が折り鶴をイメージしており、舞鶴らしいデザインになっている。
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引揚船の出航地のナホトカの方向を示す羅針盤
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「岸壁の母」の歌碑を前にすると、自然とあの旋律が頭に浮かんできました
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母なる国、この時代、特に引揚者にとっては国という意識、思いが強いことは容易に想像できる。
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舞鶴港に移動して港巡りの遊覧船に乗船
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舞鶴軍港のクルーズ船
船の名前に「飛鳥」が多い気がする。 -
間近で見られる艦船
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艦船
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六角形のところが、レーダーになって宇宙空間でミサイルを迎撃するイージス艦
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港巡り遊覧船のコース
舞鶴湾は波が穏やかで、まさに天然の良港 -
東舞鶴の観光センターでかまぼこ手形を購入。(写真は裏表を撮影)
市内バスが1日乗り放題なのと引揚記念館、赤煉瓦倉庫への入場が無料なので、お得な手形です。
ちなみに、かまぼこは舞鶴の名産品とのこと。首から下げて下さいと言われたけど、チョットそれは無理だった。 -
赤煉瓦パークから徒歩10分の北吸トンネル
神秘的か雰囲気だった。
むかしは鉄道が通っていて、物資を運んだらしい北吸トンネル 名所・史跡
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港町らしい公園の錨のオブジェ
舞鶴を知れたよい旅行でした。
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