2026/06/22 - 2026/06/22
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Pメテオラさん
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アウシュビッツ・ビルケナウ絶滅収容所博物館は、私の訪問したい場所のひとつとして10年来リストアップされていました。
アウシュビッツ・ビルケナウの概要や展示物、アクセスなどは多くの方々が説明しているとおりです。実際に敷地を歩き、展示物の前に立ち、ガイドさんの説明を聞きながら、心がどう動くのかが大切だと私は思います。犠牲者の冥福を祈りつつ感じたのは、私自身の心の中にも潜む、負の感情、悪魔のささやきでした。私だってもしかしたら、時と場合により、ナチスの側に立ちかねない心の弱さをかみしめました。
ここは戦争犯罪を追及する場所ではありません。このような惨劇を絶対に繰り返さないために、一人一人が自分の心に問いかける空間です。ヒロシマの原爆記念館も然りです。人類の歴史を思い浮かべながら、言葉少なに友人とアウシュビッツ・ビルケナウを後にしました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 徒歩
- 航空会社
- エールフランス
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
【アウシュビッツ・ビルケナウ博物館】
ポーランドのオシュベンツィムという小都市にある「アウシュビッツ・ビルケナウ博物館」に2026年6月下旬に行きました。言わずと知れたホロコースト(大量虐殺)の記憶を、永遠に忘れないための施設です。
ポーランド人の言うように、「ポーランドのオシュベンツィムという土地にある『ナチス・ドイツが作った、アウシュビッツ絶滅収容所』」という理解が分かりやすいと思いました。アウシュビッツは、ポーランド語の地名であるオシュベンツィムのドイツ語風読み替えです。オシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
-
【アウシュビッツ・ビルケナウ博物館はほぼ予約制】
2026年現在、博物館への入場は、ガイドツアー式のほぼ完全予約制です。私も友人経由で1カ月前に予約しました。9時30分開始の英語ガイドツアー6時間フル体験コースです。入場料は1人190ズオーティ(約8500円)でした。言語や時間の長短で入場料は違うでしょう。
アウシュビッツ・ビルケナウ博物館公式サイト(ポーランド語、英語のみ)
https://visit.auschwitz.org/
日本からのツアーで訪問される皆さんは、当然、旅行社が間に入って予約を取っているのでしょうね。あまり書いていないようですが、日本人ガイドさんの料金は幾らなのでしょう。
アウシュビッツを体験し、感じることと、世俗の旅行費用の問題は全く別次元のことだと私は考えています。予約の難易や、入場料の情報はきちんとレポートした方が良いと思います。 -
【高校生がいっぱい】
私が行った6月下旬は、ヨーロッパの学校の夏休み入り直前でした。課外授業、あるいは修学旅行見合いでアウシュビッツ・ビルケナウ博物館にくる高校生らしき人たちがいっぱいいました。私のような外国人訪問客だっていっぱいいました。
高校生の男女を見ていたら、「若いってことは、本当にうらやましい。吸収力も感受性も高いうちに、ここを訪れるチャンスに恵まれていいな」と、心の底から思いました。 -
【本館で受付、待機】
訪問者は、指定時刻の30分前から本館の受付へ入れます。予約確認と手荷物検査のあと、言語別に色分けされたシールを胸に貼り、待合室にて集合の声がかかるのを待ちます。待合室には、スクリーンに集合時刻と言語案内が出ていますので安心です。同じ色、時刻のシールを見てお互いに声を掛け合い、長時間一緒にいる仲間を確認しました。
集合時刻になるとガイドさんがやってきて、雰囲気を察した参加者がなんとなくワラワラと集まります。ヘッドホン一式を渡され音声確認を終えると、ツアーがスタートです。 -
【最初はアウシュビッツ「Ⅰ」の見学】
私の参加したコースは、正午過ぎまで、いわゆるアウシュビッツ地区、公式名アウシュビッツ「Ⅰ」を見学し、午後から、いわゆるビルケナウ地区、公式名アウシュビッツ「Ⅱ」を見学するスケジュールでした。
6時間は長いようですが、あっという間に時間が過ぎて行った感じです。ポーランド人も、「予約したときは、『延々6時間も見るのかよ』と思ったけれど、実際に体験したら、じっくり見られて良かった」と告白していました。
3時間内外でアウシュビッツとビルケナウを見学する多数派の日本人の皆様は、どうやって周っているのでしょう。 -
【イントロの映像解説に続いて収容者用の正門から入場】
私たちは、最初に鉄条網の外にあるレンガ造のホールに入りました。アウシュビッツの概要と、一人一人の心構えを示唆する10分強の映像を見ます。日本語もありました。生々しい表記や、直接、心に訴えかける表現が苦手な日本語への翻訳に苦労しているなという印象でした。 -
その後に、皆様のレポートでも有名な収容者用の正門をくぐって、鉄条網の内部へ入ります。
「B」の字が逆さまに取り付けられている様子は、日本人には有名ですが、私たちを引率した英語ガイドさんは、それには触れずに門を通り過ぎました。「アウシュビッツの本質は、そんなことではないよ」と、無言で言いたかったのかも知れません。 -
アウシュビッツ地区の施設は、ポーランド軍の兵舎を転用したので、レンガ造のしっかりした建物が並んでいます。ツアーは1グループ20名くらいなので、建物や通路を、各グループが縦横に絶え間なく歩いている感じです。
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【各建物に入っては展示を見るの繰り返し】
私は、個々の展示の解説は博識の皆様に任せることにします。
その代わりに、ガイドツアー全体の雰囲気や、参加者の様子をお知らせし、私の心境を伝えるように心がけます。
各建物ごとに、当時の用途などを考慮しながら展示テーマがあり、ガイドさんが説明を加えながら、収容者の日常や、加害者側の冷徹さ、人間の弱さを感じて行くような流れでした。 -
【展示品の数々】
毛髪など、人間の部位に関する展示品は、写真撮影禁止でした。靴、眼鏡などのモノの展示は撮影自由でした。
山と積まれた靴、眼鏡、義手義足などのモノを見ていると、収容者をヒトではなくモノとしてしか扱っていなかったナチスの非道さが伝わってきます。 -
そして、私も、隣人も、時と場合により、あるいは心の奥底に、ほんのほんのちょっぴりだけ、ナチスがした悪逆非道に通じる心理を持っているのだと、ふと感じました。
余談ですが、アーリア人優性人種のナチス理論では、日本人も劣等民族でした。政治の都合で、日本人に対するナチスの本音が隠されたのですから、アウシュビッツは、やはり人間の負の姿の反映です。 -
【死が前提の収容所生活】
ある建物では、収容所の過酷な日常が写真や再現イラストで紹介されていました。記録をきっちり付けるというドイツ民族の特性が発揮されているようでした。過去の苦しい記憶を呼び起こして、イラストを描いた生存者の苦悩が伝わってきます。ヒロシマ、ナガサキの絵図を描いた方々と同じ心理なのだと、頭を垂れずにはいられません。 -
【偽装もばっちり】
ナチス側も、自分たちへの国際評価がネガティブなことは120%承知していたため、偽装工作も超が付くくらい巧だったようです。運よく即死を免れた収容者が出した手紙や写真、夕方の帰還時の演奏風景、赤十字スタッフへの偽報告などです。ここまで徹底できるナチスの悪魔の誘惑に、つい、ふらっときてしまう信奉者が出てくるのも頷ける内容です。 -
【数百万にも名簿】
ナチスのユダヤ人絶滅政策は、10年以上にわたり継続したため、物証も多数、犠牲者の数も膨大です。この点が、一瞬にして惨事が起こったヒロシマ、ナガサキとの相違です。
びっしりと人名が記載された名簿の束を見ながら、声も出ません。 -
【ベッド、洗面所、トイレ】
ある建物では、収容者のベッド、洗面所、トイレの展示が見られます。収容者を分断し、ユダヤ人どうしで生存競争をさせ、密告をさせる管理や支配の方法の説明もありました。
こういう日常は、映画「ライフ・イズ・ビューティフル」にも出てきたなと、私も頭の片隅で思いました。単なる暴力的な支配だけでは、先が短いことを分かっていたナチス、あるいは狡猾な人間の知恵を感じました。 -
部屋から部屋、廊下から部屋へと、私たちはガイドさんに導かれて歩きます。
ドア周りの青い変色部は、何かの毒か成分が壁材と反応したものだと説明された記憶が残っていますが、よく覚えていません。 -
【銃殺の壁を前に黙祷】
死が日常だった収容所の中でも、特に心が痛んだのは、銃殺刑が執行された壁に案内されたときです。見学コースの最後の方に通りました。一礼して黙祷しました。
見学者の皆さんも、写真は撮りますが、無言で刑場を眺め、待機中のガイドさんの近くへとうつむき加減で向かいました。 -
【絞首刑もあった】
鉄条網の内側から出る直前、厨房脇の通路に設置された絞首刑の木枠の側を通ります。いわゆる「みせしめ」効果を狙ったそうです。死者を見て、感情を表に出したり、衣服の乱れを直そうとしようものなら、それ自体が、次の刑死を意味したようです。管理側の徹底ぶり、底知れない悪意に対して、何も言えません。 -
【鉄条網の外の地獄】
アウシュビッツ地区の最後は、鉄条網の外の見学です。ナチス隊員の宿舎、病院、初代所長ルドルフ・ヘス(英国へ亡命したヘスとは別人)の官舎などの説明を受けたのち、ルドルフ・ヘスの絞首刑が行われた場所に向かいました。ちなみに、鉄条網は二重に張り巡らされ、高圧電流が流れていたとの説明もありました。 -
【初代所長絞首刑場】
鉄条網の外の緑地にあるのが、アウシュビッツ収容所初代所長ルドルフ・ヘルナンデス・ヘス(在任1940年~1943年)の絞首刑場です。ヘスは、1947年4月16日にポーランドでの裁判を経て絞首刑に処せられましたが、最後まで「上司の命令に従っただけ」と主張していたようです。程度の差こそあれ、「会社のために上司の命にそむけなかった」と主張するサラリーマンを想うと、自分も、ほんのちょっぴりだけ恐ろしくなりました。 -
【ガス室と焼却炉】
アウシュビッツ地区最後の見学場所は、ガス室及び焼却炉でした。ガイドさんの説明を聞き、ほぼ無言で回りました。ナチス撤退時に破壊されたものを、ある程度まで復元した施設だとのことでした。
ガス室の仕組みや、収容者を巧みに誘導する文句は、多くの方が書いているとおりです。 -
ガス室の犠牲者は、同胞の手により焼却炉で灰となりました。その同胞も、一定期間を経たのち、口封じのために刑死させられ、灰と化して行きました。
実際に、ガス室の毒ガス投入口や、壁の爪痕を見ると、一言も出ません。
「人間の負の部分が徹底的に出ると、実際にここまでやるんだ」 -
小さな丘状のガス室兼焼却炉の穴倉から出てきた私たちは、一人、また一人と、ガイドさんの側へ無言で集まりました。
最後の一人が出てくると、ガイドさんは小休止を宣言し、アウシュビッツⅡ、つまりビルケナウ地区へ向かうバスの乗車時刻を皆に知らせて、午前の部は解散しました。本館へ戻り、売店で買い物やカフェテリアで休息をしました。 -
【やっはり、お腹へった】
関連品の売店には、たくさんの言語でアウシュビッツのガイドや写真集が並んでいました。日本語のガイドブックは売り切れで、写真集のみがありました。売店は有料エリアの内部にあって再入場できません。ここで書籍類を買わなかったので、私は見学終了後、入退場自由のビルケナウ地区の売店に行って、英語ガイドと日本語の写真集を買いました。
皆さん、どうしているのでしょうか。あんまりレポートされていないところを見ると、時間が押して、お買い物どころではないのかも知れませんね。 -
3時間弱歩き、壮絶な展示を見ても、やっぱりお腹は減りました。ポーランド人の友人が「腹へった」と言うので、売店をそそくさと通過したのが悔やまれます。売店の先の地上階にあるカフェテリアは、きれいで清潔な造りですが、価格の高いこと、このうえなしです。私は、野菜サンドウィッチだけ買って小腹を満たしました。それでも14ズオーティ(約600円)もして驚きです。
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【ビルケナウ地区へは無料シャトルバス】
私たちは、13時8分発の無料シャトルバスで、アウシュビッツⅡ地区、つまりビルケナウへ向かいました。バスは、開館時間帯におおむね8分間隔で運行します。帰路は現地解散なので、ガイドさんの助言に沿ってビルケナウ発のバス時刻をチェックしました。写真に納めているメンバーもいました。
バス停後方には、ビルケナウの象徴である「死の門」が建っています。ビルケナウ (アウシュヴィッツ第二強制収容所) 史跡・遺跡
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【ただひたすら広いビルケナウ】
ガイドさんは、死の門にちらりと触れて、門をくぐると引込線脇のビルケナウ説明版のところで概要を説明してくれました。木造建築主体だったため遺構が少ないことや、ビルケナウでの犠牲者数が格段に多いことなどをかいつまんで語ってくれました。 -
ビルケナウの総面積は175ヘクタールありますが、建物は殆んど残っておらず、大半は草原です。木造の収容施設の多くは、時代考証により後世に歴史を伝えるために再建されたもののようです。
ところどころに残る監視台や、再現された鉄条網が夏の陽射しに照りかえっていました。無情観いっぱいです。 -
私たちは、10棟ほど再建された木造の収容棟に案内されました。当時の馬小屋を改造した設計だそうです。
ベッド、トイレ等、とても苛酷な環境に収容者たちが置かれていたことが分かります。
絶滅収容所なのでしたから、生存を前提に施設や運営を考えなかったことが、ひしひしと伝わります。ほんの少しの形だけあれば十分。国際世論や赤十字なんて、崇高なアーリア人優性論の前では無視すべきものだったのでしょう。 -
この1棟に約400名、敷地全体で常に10万人弱が収容されていたとのこと。そのうちユダヤ人は7万人くらいですが、約80%のユダヤ人は、ビルケナウに到着後、ただちにガス室送りになりました。広い草原に、音もなく建つ、木製のベッドが並んだ収容棟を眺めている限り、想像もつかない数字です。
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【ポツンと残された貨車と、遥か遠くの死の門】
これも、アウシュビッツ訪問記によく出てくる構図です。
私は、理解が及んでいなかったのですが、この構図は、死の門の内側の様子なのですね。
無料シャトルバスからは、死の門の外側から引込線が一本、延びている様子が見えたのですが、写真を撮り忘れました。 -
この貨車は、ビルケナウを生き延びた篤志家のユダヤ人が、偶然、探し当ててここでの展示用に寄贈した、本当に収容者を運んだ車両だそうです。いわゆる、レプリカではないので、たった1両だけしか展示していないのだとガイドさんは説明していました。
なる程と思ったのは私だけではないようで、皆、改めて80数年前の貨車に視線を向けていました。 -
【ガス室跡付近の追悼広場へ向けて歩く】
収容棟や貨車の停まっている収容者用プラットホームの脇を延々と歩いて、私たちは犠牲者追悼広場へ向かいました。ビルケナウは建物も木立も少ないので、私たちも炎天下で少しバテ気味です。
到着者の7~8割は、この歩行こそガス室直行前の最後の息遣いでした。合掌。 -
【追悼広場にて休息しながらガス室跡を見る】
各国の資金協力にて作られた追悼広場で、各グループは銘々に周辺のガス室の遺構の説明を受けました。追悼広場が、少し階段状になっていることに意味はないそうで、単なるデザインのようです。 -
追悼広場から、はるか彼方の「死の門」を見て休憩です。
-
【ビルケナウのガス室遺構】
少し移動して、階段面に腰掛けながらビルケナウのガス室の遺構を見ました。識者の解説のとおり、ナチス撤退に際して証拠隠滅のため、書類の破却と主要設備の爆破を行ったので、瓦礫(がれき)が残るだけです。
こうして、本物の遺構を見ると、声もなく、心が痛むばかりです。
かなり頑丈に作ってあったはずなのに、ここまで破却するのも、ナチスというか人間の偏執的な一面を見ている気がしました。 -
ほんの、ほんの僅かですが、「ガス室なんてなかった」という趣旨のことを言う人たちがいるそうです。
「いやなことは、一切、忘れる」、「自分が見たいようにしか物事を見ない」という気持ちを徹底的に貫く方々は、決して皆無になることはないでしょう。
もしかしたら、それは私か、私の隣人かも知れませんね。 -
【ユダヤ人以外用のガス室跡】
ビルケナウには、ユダヤ人の他、政治犯や捕虜、ロマ(の人々)、同性愛者なども送られてきました。長時間じっくり見学コースの私たちは、その人たち用のガス室の遺構ではないかという場所まで案内されました。
それほどまでに、ナチス撤退時の証拠隠滅も徹底していたようです。 -
【地中から掘り出されてきた遺品】
ユダヤ人以外の収容者は、特例的なユダヤ人も含めて、多少なりとも家財道具があったとのこと。いまでも建物跡から遺品が出てくるそうです。それを集めて展示してありました。その収容者の大半も、いずれはガス室送りになったことを想うと、遺品の陳列に手を合わさずにはいられませんでした。 -
【非ユダヤ人や政治犯用施設】
いわゆるユダヤ人以外の収容者は、いったん、こちらの建物でチェックされたようです。ガス室直行ではなかったところが、わずかな差異のようですが、生きて出られなかったことに変わりはありません。 -
いろいろな写真や、遺品、追悼用の名簿や写真を見る限り、人間としての尊厳を否定された人々の惨劇に心が痛みます。
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家族や友人の写真がいっぱい。
ガイドさんは、ひととおり説明を終えると、私たちが展示を見終えるのを、次の部屋への入口付近で、静かに待っていてくれます。 -
【ビルケナウ女子収容施設付近】
私たちの見学コースの最後は、もう一つ残っているガス室遺構の近くにある、女性子供用施設を見ることでした。かなり朽ちていた建物を復元したもので、基本は馬小屋改造棟と変わりはありません。
見学日は、午後2時半ごろから強い夕立に見舞われました。 -
生体実験用の収容者も含めて、子供は母親と一緒に収容施設で生活していたそうです。映画「ライフ・イズ・ビューティフル」でも、愛児がパパといるのは例外中の例外のような表現になっていますね。
-
【生気もなくなり疲れも出てきて解散】
広いビルケナウを端から端まで歩いてきたので、解散直前には、もう疲れてきたと言っても過言ではありません。ガイドさんに連れられて、無口なまま鉄条網の外に出て行く状態でした。 -
ビルケナウの「死の門」の、すぐ側の無料シャトルバス停付近で解散しました。午後の最後までいたのは、午前中の半分強の人数。時間オーバーのため、何人かは早退してしまいました。
声にはならないけれども、心に刻まれたものが、しっかり残った気がする一日でした。
了
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