2026/07/06 - 2026/07/18
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ワンダラーさん
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学生時代同期の山仲間での、軽井沢の別荘での二泊三日の自炊合宿は、もう18年も毎夏つづく恒例イベント。
「ノスタルジック信州 その1」は、初日の軽井沢での、65年前に乗り廃線になった草軽電鉄の保存機関車や駅との対面、雲場池初訪問、同期との再会しての料理づくりなど。
表紙の写真は、2日目の洋風朝食;参加者差し入れ銘店ベーコンのベーコンエッグ、ツルヤのクロワッサンほか、持参の手作り野菜のスライストマトサラダとキュウリ、デザートの白桃、ヨーグツト、コーヒーなど。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- 同行者
- 友人
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
昼前に練馬料金所から関越自動車道に入り、上信越道甘楽PAで休憩。
上里SA、横川SAなどに比べると、空いていて歩行距離も短い。甘楽パーキングエリア 道の駅
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碓井軽井沢ICで降りて群馬/長野県境の峠を越えると大きなゴルフ場が広がる軽井沢に。
お天気も良い。 -
軽井沢駅北口前の矢ケ崎公園町営駐車場に停める。
ここは、何と2時間まで無料。 -
軽井沢駅北口の国道18号線沿いに、木造の軽井沢駅前交番がある。
その西側奥三角屋根に目指す草軽電鉄を走っていた電気機関車が保存展示されている。 -
これが大正時代から昭和30年代まで、草津温泉と国鉄信越線軽井沢駅を結ぶ軽便鉄道の草軽電鉄を走っていた電気機関車。
「デキ12形13号車」が、ペンキは塗り替えだろうが廃線当時のまま保存展示されている。懐かしい65年ぶりの再会。 -
軌間は762mmと、狭軌1067mmのJR線などよりも狭く、元は鉱山用だったという小型トラックよりも小さいサイズの電気機関車。
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浅間軽井沢高原の急勾配(40パーミル)を、3時間超かけて草津温泉まで運行されていた。もちろん単線。
通常は、硫黄などを積んだ貨車1両と、小さな客車1両の混合列車でのんびりと走っていた。(最大で客車4両編成は見ていないが後部からも電気機関車が押していたとされる。) -
中学校に入った昭和36年(1961年)に、偶々鉄道好きの先生が引率してくださり、上野駅から高崎線・上越線・長野原線の普通列車乗り継ぎでの日帰り旅で、草軽電鉄上州三原駅から草津温泉駅まで乗せてもらったのはよい思い出。(そこは信州ではなく群馬県だが)
翌年には廃線になった。 -
すぐ隣の、レトロな軽井沢駅「しなの鉄道軽井澤駅舎旧駅舎口」元 旧軽井沢駅舎記念館。
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旧国鉄の信越線は、県境の急勾配アプト式部分の軽井駅~横川駅間が廃線になって、写真のように軽井沢駅から西に篠ノ井までは「しなの鉄道」に変る(1997年までJR信越本線)。
「しなの鉄道」構内には、急勾配対応の電気機関車(EF63形)、国鉄初の電気機関車(10000形)などが保存展示されている。 -
国鉄信越本線時代は、金沢行きや長野行きの特急電車や寝台列車など大動脈でダイヤは輻輳していたが、現在のしなの鉄道は1時間に1本か2本の各駅停車のみという閑散なダイヤ。国鉄時代の駅舎がまだ使われている(新幹線連絡口は別)。
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軽井沢周辺のシンボルは浅間山2568mであるが、軽井沢駅に限れば浅間山は見えない場所や日もあって、外国人避暑客からは「テーブルマウンテン」とも呼ばれたこの離山1255mがシンボルのよう。
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3階くらいの高さのペデストリアンデッキから見たJR軽井沢駅
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1893(明治26)年に、日本初のアプト式の碓氷線(横川駅~軽井沢駅間)開通を記念して軽井沢駅前に建てられた鉄道碑の復元模造の「碓日嶺鉄道碑(うすひのみね てつどうひ)」
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初代の「碓日嶺鉄道碑」は関東大震災で倒壊し、昭和15年に再建された経緯が書かれている。
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軽井沢駅前通りは、おしゃれな感じ。
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雲場池通りにある六差路のラウンドアバウト(環状交差点)。
交差点に信号を付けるのではなく、常時右回りの一方通行で交差点に進入可能なロータリーは、日本離れした感。 -
徒歩で雲場池に到着。
車で前は何回か前を通ったことがあるが、駐車場がないのでこれまで未訪問。雲場池 自然・景勝地
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別荘地の脇とは思えない静けさ。古くからの別荘地は敷地も広く樹々も多いためか、一面の森の中の池に感じる。
この上流には旧軽井沢ゴルフ場があり、セレブとの縁は薄かったが、学友の勤務先の先輩が会員ということで、一度だけ鹿島の森の別荘に泊めてもらってゴルフをラウンドさせてもらった思い出の地。雲場池 自然・景勝地
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雲場池にはカモ類がたくさん棲んでいる。
雲場池 自然・景勝地
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この上流(草軽電鉄の三笠駅跡から西に旧軽井沢ゴルフ場の北側を通って離山の北西、旧鶴溜駅)には、廃線跡があり、行ってみたかったが、停めてある車に戻るのが大変になるので、今日は断念する。
実は、草軽電鉄に乗った翌年に、碓氷峠の神社から歩いて旧軽井沢を経て、クマが出ると言われた離山の北側を西進して塩壷温泉の宿まで同級生と歩いた記憶がある。
どの経路だったか、この雲場池は通らなかったが、まだ別荘開発も少なくて、のどかな山間部であった記憶。雲場池 自然・景勝地
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旧軽井沢への本通りに戻る。
道端のリスの飾りが愛らしい。
次は国道18号線を西に、中軽井沢駅前を北に折れ、峰の茶屋を越えて北軽井沢に向かう。 -
途中の峰の茶屋は、中学生時代と18年前に小浅間山に登り、大学生時代には噴火規制がなかったので車坂峠から黒斑山、浅間山頂上と縦走して下山してきた思い出の地。
峰の茶屋から群馬県側に下っていくとやがて北軽井沢の集落に。
ここに和洋折衷のような草軽電鉄の北軽井沢駅舎が保存されている。 -
こちらの電気機関車は、軽井沢駅前に保存されたデキ形の木製レプリカという。
期待していた駅舎は、ちょっとペンキが新しすぎて、65年前の草軽電鉄の跡というには寂しさが足りない感。 -
草軽電鉄はバス会社として生き残り地元民の足になっているが、保有バスの一部に、電鉄時代の写真パネルを貼って走っているバスがあった。
昔の記憶を伝えることは、その時代を知らない人にも理解され、土地への愛着を高めるであろう。 -
中軽井沢の友人の別荘に集合して、先ず食材の買い出しにツルヤ軽井沢店に向かう。
品揃えが良いので、別荘族の御用達で夏は混雑する。 -
今晩の夕食は、仕込み時間も短いので、出来上がりの品が多い。
メインディッシュは、出来合いのローストビーフ。
シェフとあだ名される仲間の采配で、手際よく料理をすすめてくれる。
それでもカツオはカルパッチョ風にとか、サラダ、副菜と酒の肴で、呑み会が始まる。
今年も集まることができて、参加者一同健康を感謝する。
常連では、早くに亡くなった者や介護ホーム暮らしの者もいるので。
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