2026/04/11 - 2026/04/24
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ノスタルジアさん
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今回の沖縄旅行で51年前と変わっていなかったのは守礼門だけだった。
1970年(昭和45年) 本土復帰2年前の沖縄を旅して
https://4travel.jp/travelogue/11237030
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 1.0
- 交通
- 4.5
- 同行者
- 一人旅
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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令和8年4月15日(水)
モノレール「ゆいレール」県庁前から首里駅までの乗車券
ゆいレール(沖縄都市モノレール)は、那覇空港駅から浦添市のてだこ浦西駅までを結ぶ沖縄唯一の鉄道路線。
全19駅、営業キロ約17kmを約38分で運行しており、那覇空港から国際通り(県庁前駅・牧志駅)や首里城など主要観光地へのアクセスに欠かせない交通手段。 -
令和8年4月15日(水)
首里城公園入場券400円
朝から曇りがちの空模様だったので首里城公園に行く事にした。 -
令和8年4月15日(水)
首里城公園案内マップ -
1975年(昭和45年)4月5日(日)
守礼門(しゅれいもん)の奥は当時、琉球大学があった。
琉球大学は1950年、沖縄戦で焼失した首里城跡地に開学した。アメリカ統治下で設立された後、1966年に琉球政府立となり、1972年の沖縄返還に伴い国立大学へ移行。1970年代後半からは現在の西原町キャンパスへ段階的に移転し、2004年に国立大学法人化された。 -
1975年(昭和45年)4月5日(日)
琉球大学キャンパス -
1975年(昭和45年)4月5日(日)
琉球大学校内にあったキリスト教学生センターで格安で泊まれた。
辺戸岬から那覇市に戻った時は20時を過ぎていた。
今日1日ヒッチハイクした車の数は憶えていないくらい乗った。
コザ市から那覇市まで乗せてくれた人が琉球大学の構内にあるキリスト教学生センターは安くて泊まれると言って親切にもそこまで送ってくれたので感激した。 -
2026年(令和8年)4月15日(水)
守礼門は、首里にある首里城歓会門の外、首里を東西に貫く大通りである「綾門大道」(アイジョウウフミチ または アヤジョウウフミチ とも)の東側に位置する牌楼型の門(楼門)である。
日本城郭でいう首里城の大手門に値する。柱は4本で二重の屋根を持ち、赤い本瓦を用いている。
第二尚氏王朝の時代、中国からの冊封使が琉球に来た際には、国王以下の高官らが守礼門まで出迎え三跪九叩頭の礼をとっていた。沖縄戦で焼失したが、1958年に再建され、1972年には沖縄県指定有形文化財となった。
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2026年(令和8年)4月15日(水)
「上の鳥居」や「上の綾門」の別名をもつ首里城の第二の坊門である。
第二尚氏王朝の時代、中国からの冊封使が琉球に来た際には、国王以下の高官らが守礼門まで出迎え三跪九叩頭の礼をとっていた。 -
2026年(令和8年)4月15日(水)
守礼門の扁額(へんがく)には「守禮之邦(しゅれいのくに)」と書かれている。扁額とは 門の名前や役割を示すために、建物の入り口上部に取り付けられる看板のこと。
これは「琉球は礼節を重んずる国である」という意味。尚質王(しょうしつおう)の時代から常に掲げられるようになった。本物は強風で落ちないように外されることがある。外されている時は、近くの首里城公園(首里杜館)でスペアの扁額を見ることができる。
「守礼」とは礼節(人としての正しい行いや礼儀)を守ること。
1500年代に作られ、中国からの使者(冊封使)を歓迎するためにこの文字が掲げられた。 -
令和8年4月15日(水)東のアザナに向かう城内蕗
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令和8年4月15日(水)正殿
首里城正殿における火災について
令和元年10月31日未明に、正殿内部から発生した火災により、正殿をはじめする9施設が焼失しました。
火災は約11時間にわたり燃え続けた後に、鎮火されました。
火災後には、警察及び消防による調査が行われましたが、火災原因の特定には至りませんでした。
首里城公園では、沖縄総合事務局、沖縄県、沖縄美ら島財団で連携して、二度と同じような悲劇を繰り返さないよう防災対策を講じて参ります。
沖縄県首里城復興課 -
令和8年415日(水)正殿
正殿は琉球王国最大の木造建造物で国殿または百浦添御殿(ももうらそえうどぅん)とよばれ、文字通り全国百の浦々を支配する象徴として最も重要な建物。
正殿を二層三階建てとすることや装飾化した龍柱は日中にも類例がなく、琉球独自の形式といえる。
首里城正殿の壁等の彩色塗装には、桐油が塗られている。尚、下地の一部は漆。 -
令和8年4月15日(水)正殿
正殿は言うまでもなく首里城で最も中心的な建物。
木造の三階建で、一階は「下庫理(しちゃぐい)」と呼ばれ、主に国王自ら政治や儀式を執り行う場、二階は「大庫理(うふぐい)」と呼ばれ、国王と親族・女官らが儀式を行う場だった。三階は通気を目的とした屋根裏部屋になっている。 -
令和8年4月15日(水)正殿
創建年は、復元に先立って実施された発掘調査から14世紀末頃と見られている。
その後ほぼ同位置で数度の焼失・再建を繰り返してきた。
1192(平成4)年に復元した建物は18世紀初めに再建され、沖縄戦で焼失するまで残っていた正殿をモデルに建てられたもの。 -
令和8年4月15日(水)正殿
正殿の建築は、中国の宮廷建築と日本の建築様式を基本にしながら琉球独特の意匠(いしょう)にまとめられている。
正面の石階段の両脇に龍の彫刻があり、これを「大龍柱(だいりゅうちゅう)」と言い、手すりの奥にはもう一対「小龍柱(しょうりゅうちゅう)」を配していました。その他柱や梁(はり)等にも龍の彫刻が多数施されている。
龍は国王の象徴であり、たくさんの龍が首里城には棲んでいた。 -
令和8年4月15日(水)正殿
2019年の火災で焼失した首里城正殿は、2026年秋の完成を目指して復元作業が進んでいます. 11月22日に正殿の完成式が行われ、翌11月23日(月・祝)に一般公開(供用開始)される予定です。最新の研究と沖縄県産木材を活かし、18世紀前半の創建当時の姿が忠実に再現されています。
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令和8年4月15日(水)
2019年の火災で焼失した首里城正殿は、2026年秋の完成を目指して復元作業が進んでいます. 11月22日に正殿の完成式が行われ、翌11月23日(月・祝)に一般公開(供用開始)される予定です。最新の研究と沖縄県産木材を活かし、18世紀前半の創建当時の姿が忠実に再現されています -
令和8年4月15日(水)正殿
工事中も高台見学デッキから実際の作業工程を間近で見学できる「見せる復興」が実施されている。
沖縄県首里城復興課 -
令和8年4月15日(水)正殿正殿
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令和8年4月15日(水)世誇殿(よほこりでん)
2019 年の首里城火災の難を逃れた建物。 -
令和8年4月15日(水)世誇殿(よほこりでん)
琉球王国時代、未婚の王女の日常の居室で、国王が亡くなると次期国王の即位の儀礼が行われた建物。国王家族と首里城に勤める女性たちの生活エリアであった御内原(おうちばら)にあり、2019年に外観復元された。 -
令和8年4月15日(水)世誇殿(よほこりでん)
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令和8年4月15日(水)世誇殿(よほこりでん)
2019 年の首里城火災の難を逃れた建物。 -
令和8年4月15日(水)世誇殿(よほこりでん)
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令和8年4月15日(水)湯屋
女官居室の裏側には湯屋という大きな浴室があり、ため池から淡水が供給されていた。 -
令和8年4月15日(水)右掖門(うえきもん)
首里城公園には、右掖門と左掖門という、名前に右と左が付いた双子のような名前の門があり右掖門は、現在の園路では、北殿北側の出口の階段を下って左側にある。
別名は「寄内御門(よすふぃちうじょう)」と呼ばれ、15世紀頃に創建されたと伝えられているが、昭和初期には老朽化のため撤去された。
瑞泉門や漏刻門のように、城郭を櫓で挟んだ部分が通路になっている「櫓門」です。 -
令和8年4月15日(水)左掖門(クラシンウジョウ)
左掖門は、2014年1月24日に一般公開された、近習詰所(きんじゅうつめしょ)から黄金御殿(くがにうどぅん)と奥書院の建物下の通路に扉がありそこを指します。
別名「クラシンウジョウ」とも呼ばれ、門の構造としては、広福門や奉神門のような「建物付帯型門」です。左掖門は、数年前にドラマ化された「テンペスト」で、主人公が変身する場所として、ドラマティックに描かれている。
この左掖門の手前(御庭側)は、「表」の場で、王国の政治が行われる男の世界。左掖門から「奥」は、「御内原」と呼ばれる国王とその家族が住むプライベートな空間で、男子禁制でした。つまり、女の世界です。
現在、この左掖門は、お客様に人気のスポットで、御庭の南殿側から望むことはできますが、残念ながら通りぬけることはできません。
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令和8年4月15日(水)右掖門(うえきもん)
この双子の門の位置ですが、正殿に向かって右側にあるのが左掖門で、左側にあるのが右掖門。
これは、正殿を中心に考え、正殿から奉神門に向かって立った時、右側に右掖門、左側に左掖門、裏側に御内原となる。
門の形は異なりますが、この復元された二つの門に囲まれて正殿や周辺の建物は建っています。
以上首里城公園ホームページから引用 -
令和8年4月15日(水)右掖門(うえきもん)
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令和8年4月15日(水)右掖門(うえきもん)
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令和8年4月15日(水)右掖門(うえきもん)
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令和8年4月15日(水)歓会門
「歓会門(かんかいもん)」は、城郭内へ入る第一の正門。
1477年~1500年頃に建立され、歓迎を意味する中国皇帝の使者「冊封使」をもてなすために名付けられた。
「あまへ御門」とも呼ばれる。?
石造りのアーチ門の上に、本瓦葺きの木造の櫓が乗せられた中国風の造り。
尚真王(しょうしんおう)の時代に建てられ、1933年には国宝に指定された。
沖縄戦で焼失したが、1974年に復元された。 -
令和8年4月15日(水)歓会門に続く路
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令和8年4月15日(水)歓会門から瑞泉門に続く石段
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令和8年4月15日(水)久慶門
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令和8年4月15日(水)久慶門
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令和8年4月15日(水)久慶門
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令和8年4月15日(水)久慶門から守礼門に続く路
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令和8年4月15日(水)瑞泉門
瑞泉門(ずいせんもん)は首里城内郭へ入るための第二の門。
門の手前に湧き出る「龍樋(りゅうひ)」と呼ばれる湧水にちなみ、「立派な、めでたい泉」という意味を込めて名付けられた。
別名「ひかわ御門(うじょう)」とも呼ばれている。 -
令和8年4月15日(水)瑞泉門
「ひ」は「樋」、「かわ」は「川」。「樋」は川や泉から水を導く長い管のことで、「川」は、沖縄では井戸や泉のこと全てを指し、「樋川(ひかわ)」はそれら全てを合わせた言葉になる。
また、この門は歓会門と違い、双璧の門の上に櫓が乗っていて、日本本土の城門でも見ることができる様式が使われている。 -
令和8年4月15日(水)漏刻門
「漏刻」とは中国の言葉で水時計。
首里城郭内に入るための第三の門「漏刻門」。
かつて門の櫓に水槽が設置されていて、そこから水が漏れる量で時間を計ったといわれている。
そして、係の役人が太鼓を打ち鳴らし、それを聞いた別の役人が首里城内の西(いり)のアザナなどでも太鼓をたたいて城内外に時刻を知らせた。 -
令和8年4月15日(水)漏刻門
この門は別名「かご居せ御門(うじょう)」とも。
王国時代、かごに乗って首里城にやってきた高官が国王に敬意を表し、この門でかごをおりたことからこの名が付けられた。 -
令和8年4月15日(水)広福門
首里城郭内に入るための第四の門「広福門」。
「福を行き渡らせる」という意味がある門で、王朝時代にはこの建物の中に2つの役所がおかれていた。
木造建築の中央が門になっている琉球ならではの形式で建てられていて現在は有料区域にはいるためのチケット販売所。 -
令和8年4月15日(水)広福門
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令和8年4月15日(水)淑順門
国王やその家族に仕える女官らが御内原へ入るときにくぐった門で、別名「みもの御門(うじょう)」「うなか御門(うじょう)」という。
建物の創建年は不明とされており、2010年(平成22年)に復元された。
門の造りは櫓門(やぐらもん)形式で入母屋造(いりもやづくり)の本瓦葺となっている。 -
令和8年4月15日(水)瑞泉門に続く登城道
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令和8年4月15日(水) 首里城からの公園
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令和8年4月15日(水)海も見える首里城からの那覇市街地
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令和8年4月15日(水)首里金城町の石畳道
首里金城町の石畳道は、16世紀に首里から那覇港や沖縄本島南部へ通じる主要道路として造られた「真珠道(まだまみち)」の一部。 -
令和8年4月15日(水)隅頭石の城壁
「隅頭石(すみがしらいし)」とは、主に沖縄の城(グスク)の城壁の角の上部に設けられる、天に向かって突き出した丸みを帯びた石のこと。
角に悪い気が集まるのを防ぎ、「人当たり(風あたり)を良くする」という沖縄の信仰的な意味合いや、琉球の独特な美意識を示す装飾。 -
令和8年4月15日(水)首里金城町の石畳道
敷石は20~30cm程の琉球石灰岩を組み合わせた「乱れ敷き」という手法が用いられている。
当時は総延長約10kmにも及んだ道だったが、現在では、島添坂(しますいびら)の下方にある金城大通りから金城橋へ下る約300mで石畳道がみられる。 -
令和8年4月15日(水)首里金城町の石畳道
結構急こう配で膝、腰に堪えた。 -
令和8年4月15日(水)首里金城町の石畳道
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令和8年4月15日(水)首里金城町の石畳道
沖縄らしい開放感のある民家で今は学童保育所として使われている。 -
令和8年4月15日(水)首里金城町の石畳道
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令和8年4月15日(水)首里金城町の石畳道
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令和8年4月15日(水)首里金城町の石畳道
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令和8年4月15日(水)
モノレール「ゆいレール」首里駅から県庁前までの乗車券
首里城公園に9時に入り12時半まで蒸し暑さの中園内を昼食も取らずに歩き回ったので疲れ果ててしまった。宿に帰って歩数計を見ると22,073歩だった。
2万歩超えたのは中国のシルクロード火焔山以来かも。
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