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国造神社へ行きました。<br />阿蘇市一の宮町手野に位置する神社で、祭神は健磐龍命(たけいわたつのみこと)の御子神である速瓶玉命(はやみかたまのみこと)、その妃神である雨宮媛命(あめみやひめのみこと)、その御子神である高橋神、火宮神の四柱です。<br />阿蘇神社へ行きました。<br />神武天皇の孫神で阿蘇を開拓した健磐龍命(たけいわたつのみこと)をはじめ家族神12神を祀り、2000年以上の歴史を有する古社です。古来、阿蘇山火口をご神体とする火山信仰と融合し、肥後国一の宮として崇敬をあつめてきました。<br />おもしろいですね!!<br />阿蘇山からまっすぐ北に阿蘇神社がありさらにその北に国造り神社があります。<br />阿蘇神社の主祭神は祭神は健磐龍命(たけいわたつのみこと)で国造神社の祭神は御子神である速瓶玉命(はやみかたまのみこと)、その妃神である雨宮媛命(あめみやひめのみこと)、その御子神である高橋神、火宮神の四柱です。<br />https://youtu.be/ZJxu2aS-Xy8

26年春 九州ツーリング 阿蘇国造神社から阿蘇神社へ行きました。

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2026/05/12 - 2026/05/12

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しろくまクンクン

しろくまクンクンさん

国造神社へ行きました。
阿蘇市一の宮町手野に位置する神社で、祭神は健磐龍命(たけいわたつのみこと)の御子神である速瓶玉命(はやみかたまのみこと)、その妃神である雨宮媛命(あめみやひめのみこと)、その御子神である高橋神、火宮神の四柱です。
阿蘇神社へ行きました。
神武天皇の孫神で阿蘇を開拓した健磐龍命(たけいわたつのみこと)をはじめ家族神12神を祀り、2000年以上の歴史を有する古社です。古来、阿蘇山火口をご神体とする火山信仰と融合し、肥後国一の宮として崇敬をあつめてきました。
おもしろいですね!!
阿蘇山からまっすぐ北に阿蘇神社がありさらにその北に国造り神社があります。
阿蘇神社の主祭神は祭神は健磐龍命(たけいわたつのみこと)で国造神社の祭神は御子神である速瓶玉命(はやみかたまのみこと)、その妃神である雨宮媛命(あめみやひめのみこと)、その御子神である高橋神、火宮神の四柱です。
https://youtu.be/ZJxu2aS-Xy8

旅行の満足度
3.5
同行者
一人旅
交通手段
徒歩 バイク
旅行の手配内容
個別手配
  • 国造神社へ行きました。

    国造神社へ行きました。

  • 竹やぶの前の石碑には神社の由緒書きがありました。

    竹やぶの前の石碑には神社の由緒書きがありました。

  • 速瓶玉命(はやみかたまのみこと)など4神をまつる神社。阿蘇神社を本宮として北に坐すため、北宮とも呼ばれています。

    速瓶玉命(はやみかたまのみこと)など4神をまつる神社。阿蘇神社を本宮として北に坐すため、北宮とも呼ばれています。

  • 宮園川にかかる橋を渡ります。

    宮園川にかかる橋を渡ります。

  • 小さなお社は北宮水神社?

    小さなお社は北宮水神社?

  • 橋を渡ると手水舎があります。

    橋を渡ると手水舎があります。

  • 鳥居の先に拝殿が見えます。

    鳥居の先に拝殿が見えます。

  • 一ノ鳥居?方面を振り返ります。

    一ノ鳥居?方面を振り返ります。

  • 拝殿です。

    拝殿です。

  • 拝殿(舞殿)内には中央に「北宮」の額が架かっています。

    拝殿(舞殿)内には中央に「北宮」の額が架かっています。

  • 奥が本殿です。

    奥が本殿です。

  • 拝殿(舞殿)です。

    拝殿(舞殿)です。

  • 「鯰宮」です。<br />肥後国誌には、阿蘇谷が湖だった頃、阿蘇大明神が開拓のために立野の瀬を蹴破り大鯰を追い出したという神話が紹介されています。

    「鯰宮」です。
    肥後国誌には、阿蘇谷が湖だった頃、阿蘇大明神が開拓のために立野の瀬を蹴破り大鯰を追い出したという神話が紹介されています。

  • 本殿です。

    本殿です。

  • 拝殿(舞殿)です。

    拝殿(舞殿)です。

  • 「手野のスギ」です。

    「手野のスギ」です。

  • このスギは、ここ国造神社の主祭神 速瓶玉命のお手植えの神杉として伝えられ、県下でも最大級の巨木であった。昔は「手野の神杉」「手野の二本杉(夫婦杉)」といい、2本あったというが、男杉は文政年間(1818~30)に雷火により伐採され、この女杉だけが残っていた。

    このスギは、ここ国造神社の主祭神 速瓶玉命のお手植えの神杉として伝えられ、県下でも最大級の巨木であった。昔は「手野の神杉」「手野の二本杉(夫婦杉)」といい、2本あったというが、男杉は文政年間(1818~30)に雷火により伐採され、この女杉だけが残っていた。

  • こちらは200年前に雷で伐採された別の株(男杉)

    こちらは200年前に雷で伐採された別の株(男杉)

  • 地面に土俵が造られていました。

    地面に土俵が造られていました。

  • こちらはその男杉のヒコバエから育ったという”次世代”の神杉です。

    こちらはその男杉のヒコバエから育ったという”次世代”の神杉です。

  • 落ち着いた雰囲気です。

    落ち着いた雰囲気です。

  • 駐車場にあります休憩スぺース?ないの切り株はとても巨大ですが、樹齢800年の別の御神木だそうです。

    駐車場にあります休憩スぺース?ないの切り株はとても巨大ですが、樹齢800年の別の御神木だそうです。

  • 阿蘇神社へ行きました。<br />見事な楼門です。<br />江戸時代末期(天保10年・1839年)に、肥後藩の庇護のもと、当時の阿蘇大宮司家(阿蘇氏)の威信をかけて再建されたものです。阿蘇氏は古代から続く日本屈指の名門神職家であり、その強大な権力を視覚的に示すために、あえて境内に対して規格外に巨大で壮麗な楼門を建てました。

    阿蘇神社へ行きました。
    見事な楼門です。
    江戸時代末期(天保10年・1839年)に、肥後藩の庇護のもと、当時の阿蘇大宮司家(阿蘇氏)の威信をかけて再建されたものです。阿蘇氏は古代から続く日本屈指の名門神職家であり、その強大な権力を視覚的に示すために、あえて境内に対して規格外に巨大で壮麗な楼門を建てました。

  • 池の先にありま氏の葉北門守社です。

    池の先にありま氏の葉北門守社です。

  • 2016年の熊本地震で無残に倒壊しましたが2023年に完全なる再建を遂げました。「日本三大楼門」で国重要文化財にも指定されています。<br />太い2本の柱の後方に耐震のためでしょうか2本の鉄製の柱があります。

    2016年の熊本地震で無残に倒壊しましたが2023年に完全なる再建を遂げました。「日本三大楼門」で国重要文化財にも指定されています。
    太い2本の柱の後方に耐震のためでしょうか2本の鉄製の柱があります。

  • 神幸門です。

    神幸門です。

  • 高砂の松です。

    高砂の松です。

  • 願かけ石です。

    願かけ石です。

  • 楼門です。

    楼門です。

  • 拝殿からの三の神殿です。<br />諸説ありますが、歴史的にはまず「三の神殿」に祀られている神々(国龍神=阿蘇の在来の地神)への信仰が、この地で最も古くからありました。<br />後から一・二の神殿が追加された: その後、朝廷との結びつきが強まる中で、開拓の祖とされる「健磐龍命(一の神殿)」やその妃神(二の神殿)が勧請され、中央の三の神殿を挟むように左右に建てられました。<br />つまり、「古くから中央にあった最も大切な社殿(三の神殿)」の前に拝殿を造ったため、後から序列トップになった「一の神殿」が横にずれた位置(向かって右側)になってしまったのです。参拝者は、一見すると序列3番目の神殿に向かって手を合わせているようですが、実はこの神社の最も原始的な信仰の中心を正面に拝んでいることになります。

    拝殿からの三の神殿です。
    諸説ありますが、歴史的にはまず「三の神殿」に祀られている神々(国龍神=阿蘇の在来の地神)への信仰が、この地で最も古くからありました。
    後から一・二の神殿が追加された: その後、朝廷との結びつきが強まる中で、開拓の祖とされる「健磐龍命(一の神殿)」やその妃神(二の神殿)が勧請され、中央の三の神殿を挟むように左右に建てられました。
    つまり、「古くから中央にあった最も大切な社殿(三の神殿)」の前に拝殿を造ったため、後から序列トップになった「一の神殿」が横にずれた位置(向かって右側)になってしまったのです。参拝者は、一見すると序列3番目の神殿に向かって手を合わせているようですが、実はこの神社の最も原始的な信仰の中心を正面に拝んでいることになります。

  • ちょっとユーモラスな狛犬です。

    ちょっとユーモラスな狛犬です。

  • 境内の案内図です。<br />三層は楼門の前でなく左右にあります。<br />阿蘇神社の横参道を南へまっすぐ進むと、その先には御神体である「阿蘇山(中岳火口・高岳)」があります。<br />逆に、参道を北へまっすぐ進むと、健磐龍命の息子を祀る「国造神社」(阿蘇神社の北宮とされる古い神社)へ行き着きます。  つまり、この横参道は単なる人の通路ではなく、「阿蘇山(神) ~ 阿蘇神社 ~ 国造神社」を一直線に繋ぐための「神様の通り道(聖なるライン)」として設計されたのです。そのため、参道の両端(南と北)に鳥居が配置されました。

    境内の案内図です。
    三層は楼門の前でなく左右にあります。
    阿蘇神社の横参道を南へまっすぐ進むと、その先には御神体である「阿蘇山(中岳火口・高岳)」があります。
    逆に、参道を北へまっすぐ進むと、健磐龍命の息子を祀る「国造神社」(阿蘇神社の北宮とされる古い神社)へ行き着きます。 つまり、この横参道は単なる人の通路ではなく、「阿蘇山(神) ~ 阿蘇神社 ~ 国造神社」を一直線に繋ぐための「神様の通り道(聖なるライン)」として設計されたのです。そのため、参道の両端(南と北)に鳥居が配置されました。

  • 一の神殿です。

    一の神殿です。

  • 右は祈願受付所で左は拝殿です。

    右は祈願受付所で左は拝殿です。

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