2025/05/28 - 2025/06/03
3037位(同エリア3111件中)
白熊爺さん
今年は新年が開けてからというもの
波瀾万丈な出来事が立て続けにありました。
金欠老人な私なのに数少ない知人や担当医の猛プッシュで
シブシブ旅に出ることになりました。
そういうわけで今回の旅は全くの無目的。
それで1週間の旅は長いかな~と思った広島の旅も今日で終わり。
なんか、あっという間のようです~、、
今日は最終日なので広島駅の近辺をゆる~くお散歩しましょう~。
今日も結局はゆる~い~1日になりそう~。
広島でゆる~くぼんや~りな1週間のグランドフィナーレのはじまりはじまり~
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 5.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 船 JALグループ 新幹線 JRローカル 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- その他
-
2025年6月3日(火) 曇り
【6月3日の歩行数 20056歩】
おはようございます。
今日は旅行の最終日。
長いようであっという間の1週間でしたね~。
で、お爺ちゃんはリュックを背負ってホテルをチェックアウトしました。
とりあえずこれから朝ご飯にまいります。
旅行最後の朝食は、、、
やっぱりなか卯~w
なか卯 広島幟町店
にやって来ました~。 -
銀鮭定食にしました。
いろいろ私流に追加して 950円。 -
出来ました~
-
普段自炊の私なので割と薄味の口になってます。
それで豚汁は少ししょっぱく感じましたが許容範囲です。
それにしてもこの値段でこのメニューって凄くないですか?
自分で作ってもこの値段で納めるのは大変そうです。
本当にありがたいです。 -
今朝も美味しくてお腹いっぱいです。
今回はなか卯が宿泊したホテルの近くにあってラッキーでした。 -
銀山街駅に着きました。
ちょうど電車が来ました。
良いタイミング! -
チャッカリ座れました。
ベストポジションです。 -
運転手さん気分になれるこの席が大好きです
-
運転手さん目線で線路をなぞるような感覚で見ている私です
-
広島駅が見えて来ました
-
銀山街駅から広島駅は凄く近いですね。
頑張れば歩ける距離です。 -
到着!
-
広島電鉄の車両は色々な車体があるので乗り物好きには楽しいです
-
私以外にも車両の写真を撮影してる人がチラホラいました。
-
このレトロ感ある駅ももうすぐ無くなっちゃうんですよねー。
ちょっと寂しい気もしますね。 -
JR広島駅の2階の自由通路に上がって来ました
-
自由通路を抜けて北口に出ました
-
自由通路はスッキリした動線でわかりやすかったです
-
北口の先端は屋根のある広場になってました
-
この広場は高い場所になってました
-
帰りの空港バスの乗り場近くのコインロッカーに荷物を預けて身軽になります
-
こんなのがありました。
広島駅も原爆でメチャクチャになったんですね。 -
自由通路を通って南口に戻って来ました。
南口は現在いろんな工事をしてますね。 -
広島電鉄の広島駅に戻って来ました。
今回の車両は新しそうです。
車体のカラーリングが海外の電車風でカッコイイですね。 -
一番良い席に座れました
-
こうしてみるとJR駅の近辺は大きなビル街なんですね
-
歴史を感じる中心部の街並みに比べてクールな雰囲気です
-
すんごいタワマンも建ってるし
-
向こうから来た電車とすれ違います
-
車内は空いてます
-
八丁堀駅に到着
-
この電車で来ました
-
丸っこくて可愛い車両です
-
出発しました
-
可愛いデザインのわりに意外に出足のスピードが速いです
-
みるみる遠ざかっていきます
-
あっという間にあんな遠くに行ってしまいました。
路面電車も最近の車両は進化してるんですね。 -
では八丁堀駅近辺をぶらついてみましょう
-
線路は続くよ
どこまでも
八丁堀界隈は広島市街地の中心部という感じですね。 -
八丁堀駅の目の前に
福屋八丁堀本店
がそびえたっていました。 -
立派な建物ですね。
この建物は1938年(昭和13年)に建築家の渡辺仁さんの設計によって建てられた、歴史的な名建築(被爆建物)だったそうです。
創建当時の建物はアール・デコ(ストリームライン・モデルン)様式の建物で、当時「白亜の殿堂」と称されたそうです。
渡辺仁さんは銀座の和光や東京国立博物館本館などの建物を設計されたそうです。
そっちの方の建物はよく知ってますね。 -
しかし、、
その渡辺さんの設計したその福屋の建物は、、、
1945年(昭和20年)8月6日の原爆投下により被災してしまいました。
ここは爆心地から約710mというかなり近い距離です。
爆風と熱風により窓は吹き飛ばされ外郭を残して内部全焼しました。
従業員の被爆死は31人、うち店内3人だったそうです。 -
8月8日から臨時野戦病院として、
8月17日から約1ヶ月間2・3階が市により臨時伝染病病院(当初原爆症は赤痢だと勘違いされていた)として使用されたそうです。
被曝建物としての歴史がこの福屋には色濃く残っています。
では中に入ってみましょう -
1階は高級ブランドがいっぱいあって
場違い感がマックスのお爺ちゃん~w
でも来ているお客さんの雰囲気とかもゆったりしていて良い感じに落ち着きますね。 -
5階の紳士服売り場も見て回りました。
高級感に圧倒されながらも
扱っている商品は安定感のある飽きのこないデザインが多いですね。
長持ちしそうな仕立ての良い雰囲気が遠目に見てもわかります。
場違いを感じながら小走りで見学~w
そして、そそくさと上階へ~。 -
9階にやっって来ました。
この階は屋上庭園があります。
そういうわけなので来てみました。 -
でもね、、、
今日はあいにくの雨なので、、、
外には出られませんね~ -
天気が良ければ良さげな雰囲気なのに残念です
-
仕方ないのでここで一服。
メロンソーダ、おいちい~w -
この階はレストラン街にもなってました。
サラッと見て回りました。
高級店が集まってました。
私はなか卯で食べたばかりなのでここでは食事をしません。 -
1階に降りて来ました。
リッチな気分なるデパートでした。
えびす通り商店街側にもこの福屋の出口がありました -
えびす通り商店街のアーケードに出ました。
ちょっと歩いてみます。 -
えびす通り商店街は中央通りをまたいで向こう側にも続いてありました。
今は中央通りの向こうのえびす通り商店街には行来ません。
さっきここまで来たえびす通り商店街を戻り金座街商店街に行きます。 -
金座街商店街に戻って来ました。
にぎやかな金座街商店街のアーケードを行きます
雨の平日でもそこそこの人が行き交う賑わいのある通りでした。
少し行くと金座街商店街の出口に来ました。 -
金座街商店街を出ました。
振り返ってみました。
すっきりしたデザインのアーケードですね。 -
広島本通商店街のアーケードがすぐそばにありました
-
この広島本通商店街は滞在中に何度もうろちょろしました
-
広島で一番の繁華街という印象でしたね
-
アーケード商店街が元気な街は活気を感じて良いですね
-
歩いていると、、、
帝国銀行広島支店 原爆被災説明板
がありました。 -
広島アンデルセンの入ってるビルの前にあったので
この建物の場所にあったのでしょうか? -
そう言われれば、、、
この建物の上の部分はガラスで新しい感じの建物ですが
下の部分はクラシカルな雰囲気ですね。 -
こんな看板もありました。
2020年 建替工事に伴う被爆外壁の保存・再現
とありました。 -
だいたい写真の通りに再現されているように見えますね。
2階の一部はちょっと違う感じになってますが、、、 -
この建物は1967年(昭和42年)に広島アンデルセンが取得したようです。
お店として使われてた様です。 -
その後、
耐震性能の不足と施設老朽化のために2016年(平成28年)に閉店して建て替えることになったそうです。
その際に2階部分を被爆前の姿に戻したそうです。 -
なるほどー。
そういう歴史があるのならば、
その心意気をかってここで軽食を摂ることにします。
入って手前は各種パンの広い販売スペースでした。
美味しそうなパンがたくさんありました。
そこを抜けて奥には軽食カウンターと客席がありました。
お腹は空いてませんが軽食なら入りそうw
注文カウンターで注文して出来上がりを受け取るセルフサービスの形式でした。
カウンター内ではお姉さんのワンオペのような感じで
どうやら忙しそうで鬼の形相で注文の商品をさばいていましたw
作業中のお姉さんは私とはチラッと目が合いましたが、、
何も言わずにすぐに作業に戻りました、、、
注文が溜まってるんですかね、、、
まぁ、、
仕方ない、、、、
忙しいようなので私は待つことにしました、、、
お姉さんの作業が落ち着くまでカウンターの前に並んで待っていました。
しばらく待ちましたが、、、、
お姉さんは
阿修羅のごとく~
般若のごとく~
相変わらずせっせと注文のものを作っておりました~
こちらには目もくれませんw
まだかな~
なんて待っていたら、、、
そこに、、、
若い西洋人男性が横から私の前にやってきて
お姉さんに注文していました、、、
すると、、
お姉さんは普通に注文を受けていました、、、、
え??
いったいなんなの、、、、、 -
ん~~~、、、、
正直者がバカを見る、、、
アホくさっ!
という形になったので、、
私は踵を返してアンデルセンを出ていきました。
ちょっとモヤモヤした気分です、、、、
そういえば過去に私の家の近所には数軒アンデルセンがありましたが次々に閉店していきました。
きっと、こういうところが原因だったんだと納得しました。
(←八つ当たりw) -
なんか、、
楽しかったはずの広島の街歩きが
急につまらなくなったので~
(←子供なみの感性w)
今から観光に切り替えます。
GoogleMapでささっと調べて次の場所を決めました。 -
福屋八丁堀本店に戻って来ました。
この角度で見るのが美しい建物ですね。
でも、もう買い物はしませんから~!
ええ!ぜ~~たい!
買うものですか~~!!
(←子供~w) -
八丁堀駅に来ました
-
電車が来ました
-
でもこれには乗車しません
-
私のこれから行く目的地に行くには
この乗り場の電車ではない様です。
この看板にのりばと書かれてるところに行きます。 -
道路の向こう側に行くようです
-
道路の上の架線は久しぶりに見た気がしました。
あちこちで路面電車を乗ってる割には全然気がつきませんでした。 -
道路を渡って行きます
-
あそこに停まってる電車に乗るようです。
あそこも八丁堀駅なんですね。
この路線は、
あの八丁堀駅とこの先の終点の白島駅を結ぶ路線です。
広島電鉄白島線(はくしません)と呼ばれているようです。 -
こちら側の八丁堀駅は太い道路の白島通りの真ん中にありました。
中央分離帯にあるような感じでした。 -
こうして見るとちょっとバスのようにも見えます
-
この広島電鉄白島線は、
大正元年(1912年)11月23日に常盤橋線(ときわばしせん)として、八丁堀~白島間が開業したのが始まりだったようです。
この路線は広島電鉄の開業初期から存在する路線のひとつだそうです。 -
1945年(昭和20年)8月6日の広島市への原子爆弾投下より全線不通になりました。
営業が再開したのは、
1952年(昭和27年)6月のことで新線(現在の位置の路線)で営業再開したそうです。 -
路線は、、
八丁堀停留場
↓
女学院前停留場
↓
縮景園前停留場
↓
家庭裁判所前停留場
↓
白島停留場
という感じです。 -
ではでは乗車しましょう。
-
乗車しました。
思った以上に乗客がいました。 -
優先席に座るのが私流の礼儀ですw
-
出発!
-
もうすぐ目的地です
-
あっという間に到着しました
-
電車は出ていく
-
走り去って行きます
-
逃げ足が速いですw
-
縮景園前駅に来ました
-
白島方面の道。
真っ直ぐですねー。 -
目の前に、
広島県立美術館
がありました。 -
背後にはタワマンが建ってました。
アーバンビューグランドタワーというタワマンのようです。
地上43階建て・最高部166.0mのタワマンのようです。
どこにでもセレブはいるもんですねー。 -
それでは、
縮景園前駅を出ることにします -
目の前にある幅の広い白島通りを渡ります。
右を見ます -
左を見ます
-
幅の広い白島通りをササっと渡りきると
左手前に広島県立美術館がありました。 -
入り口まで来ました
-
ダリ!
-
フロアマップ
-
入りました。
この広島県立美術館のロビーはゆったりしていて良い雰囲気ですねー。
ここから見るお庭の眺めが良いです。 -
ここにはチケットカウンターがあるので
そこで縮景園のチケットを手に入れます。
料金は縮景園のみと広島県立美術館とセットになったものがあります。
私は縮景園のみの見学でしたがなぜか無料でしたw -
まるでちょっとしたホテルのロビーのような雰囲気ですね。
このロビーだけでノンビリとくつろげそうです。 -
でもここが私の目的地ではないので
ノンビリしない私です。
こっちに行くようです。 -
これから私は縮景園に行きます
-
ここで色々と予備知識を入れて行きます
ええ、ええ、どーせ付け焼き刃ですよ~w
(←開き直りw) -
年表もあるのでザックリと見て行きます
-
ここだけでも結構お勉強になりますね。
すぐに忘れちゃうのが困りものですがw -
なんかありました
-
どうやら大きな模型のようです
-
細かく作られていますね
-
こういう模型は大好きなのでついつい見入ってしまいます
-
作庭当時の縮景園だそうです
-
当時の資料があったのですね。
それも凄いことですね。 -
これで完璧に縮景園の情報は頭の中に仕入れました!
(←ホントかよ?) -
入園の仕方が書いてありました
-
さっき(無料でw)もらったチケットを用意します
-
ドアが開きました
-
ドアが閉まっていきます。
縮景園に入りました。 -
眼前に緑したたる風景が広がっていました
-
こちらの公園内側にも歴史がわかる展示がありました
-
よく読むとこちら側の展示の方が
時代ごとの解説があって詳しい感じです -
こちら側の展示は図版もあるのでわかりやすいです
-
丁寧な解説なので、
普通よりも理解力が乏しい私でも
読んでる時は理解できる感じの丁寧な解説でした。
でもね、、、
記憶回路が普通の人の半分以下なのでw
数分後には記憶には残らないのが困りものですw -
何気ない展示ですが
よく読んでいくと
結構丁寧に調べられたのがわかる詳しい解説なんですよね~。 -
明治の廃城令以降も残った広島城
-
色々ありました、、、
という感じなんですねー、、、 -
国名勝
-
文化財
-
大名庭園は町人が作った庭園とは違った雰囲気を感じますよね
-
では縮景園のお散歩です
-
ん?
-
お休みどころがありますね。
泉水亭
というお店のようです。 -
ここですね?
前庭が広いです。 -
早速ですが来ちゃいましたw
-
注文しました。
アンデルセンの仇を泉水亭でうつw -
番号で呼ばれるようです
-
出来上がるまで店内を見て回ります。
思った以上に色々なグッズがありました。 -
予想外に品数が豊富です
-
お値段はお手頃な感じですね
-
洒落てますねー。
こういうセンスあるものを見てると
広島と博多って似てる感じがするのは私だけ?
どっちもオシャレな人が多い感じがして
日本の中でも好きな街というのも私の中で共通点ですね。 -
出来ました。
外で食べても良いとのことなので
外のテーブルで食べることにしました。 -
きつねうどんセット 950円
-
手作り感のあるお袋の味という感じです。
ボリュームがあって美味しかったです。
満足満足~。 -
ここのお店の前庭は
屋根付きの席が多いので家族連れの利用もできそうです。
今日は平日なので空いていますね。 -
緑で囲まれているので落ち着きますね。
この日は虫とかもいなかったです。 -
外から見るとお店自体はこじんまりしてます
-
自販機も完備です
-
見てみたらお値段は良心価格です
-
ここにも入り口もあるようです
-
券売所が賑わってます。
平日なのに来てる人は多いんですね。 -
こちらは表門のようです。
冠木門になってますね。 -
庭園マップがありました
少々古くて見えにくかったです。 -
名勝 縮景園
池泉回遊式の庭園のようですね。 -
けっこう丹精されています
-
こうして見るとかなりの頻度で手入れがされていますね
-
平日なのに園内は賑わってます
-
樹木の立ち位置もなかなか良い感じ
計算されてるんでしょうか? -
右手に端正な建物がありました
-
清風館という建物のようです
-
数寄屋造りの建物と書かれていますね
-
ここから見ると
スキッとしてかっこいい感じです。 -
清風館を回り込んできました
-
屋根は柿葺(こけらぶき)という屋根なんだそうです。
杮葺(こけらぶき)は、サワラやスギなどの薄い木の板(こけら板、厚さ2~3ミリ程度)を、竹釘などを用いて下地へ少しずつずらしながら何層も重ねて葺いていく、日本古来の伝統的な屋根葺き手法です
とグーグル先生は言ってます。 -
小窓がリズミカルな配置でモダンな感じがします
-
建物は池に面して建ってる感じです
-
こちら側は書院造りになってます
と看板に書いてましたね。 -
清風の扁額がありました。
グーグル先生によると、、、
縮景園の清風館(せいふうかん)にかかげられている扁額(へんがく)は、明代の中国の文人画家である文徴明(ぶんちょうめい)の筆による「清風」の文字にちなんでいます。
現在の建物と扁額は1964年(昭和39年)に復元されたものです。
と言う事です。
ぱっと見、
そんなにお上手な字に見えない気がする~w
(←自分の事は棚にあげw) -
こちら側は優雅な感じの建物ですねー
-
どこを見てもお上品な雰囲気の建物です
-
火頭窓が印象的ですね
-
清風館の前には池に降りるところがありました
-
鯉が寄ってきます。
餌をもらえると思ってるんだろうか?
でも餌を持ってないのであげられません。
残念でした~。 -
ここからの眺めが良いですね。
池の岸が入り組んでいて景色に変化がありますね。 -
まるで遠くへきたような気分になりますねー。
大きな池ですねー。 -
濯纓池(たくえいち)
という池のようです。
広さ8000㎡
深さ1.2m
敷地の20%を占めるそうです
この池の水は満潮時に京橋川から水が流れ込むようになってるそうです。
そう言うわけでこの池は真水と海水の混じり合う汽水の池のようです。 -
緑の中で赤い橋が差し色的に目立ってます
-
濯纓池の周辺は深い森が縁取っていますね。
-
濯纓池に映る姿が綺麗です
-
足元では鯉が私の後をついてきます
-
なかなかしつこいw
-
一途な鯉w
-
大勢の人が来ていましたが
混んでる所と誰もいない所が極端です。
ここから右に見て行きます -
その右は、、
池と森が続いています。
縮景園の風景はあちこちの景色の縮図ということです。
なんですが!
縮景園のホームページには全くそう言った解説がありません。
ざっくりした解説くらいしかないのであまり役に立たないホームページです。 -
その右は、、、
池と森が続いています。濯纓池の水際は入り組んでいます -
その右は、、
こんもりとした森と広々とした池が続いています。
濯纓池の森の向こうには京橋川が流れています。 -
その右は、、
森の前に池が広がっていて石橋がありました。 -
濯纓池のほとりに立ってしばらく佇みました
-
池の形が複雑に作られてるので
見る方向によって印象が違いますね。 -
自由に街を出歩けないお殿様は
ここでこんなふうに見て心の慰めにしたのかな? -
濯纓池の真ん中を横断するように石の橋が架かっていました
-
跨虹橋(ここうきょう)という石橋です
-
解説がありました
-
ウィキペディアには
天明6年(1786年)竣工、石製アーチ橋と陸橋からなる園内でも数少ない戦前からある建造物。
長さ27.4m×幅2.1mで主要部分は花崗岩で出来ている。
7代藩主浅野重晟が2度も作りなおさせたと伝わっている。
日本百名橋(番外)の一つ。
と書かれていました。 -
せっかくの良い眺めが、
大きなマンションが見えててちょっと興醒め、、、 -
どうしても目立っちゃうマンション、、、
-
下を見ても目に入るマンション、、、
-
こちらの方向はマンションが視界に入らないので良いですね。
跨虹橋が異国の風景の雰囲気を出してますね。 -
こうして見ると跨虹橋はこの公園の風景のシンボル的な感じですね
-
こうした眺めは殿様も気に入ってたんだろうなーと思えますね
-
池の向こうに藁葺きの家が見えますね。
-
あの建物は悠々亭という東屋のようです。
後で行こうと思います。 -
濯纓池の中には大小10余りの島が浮かんでいるそうです。
園内図には島の名前が描かれてるのが一つだけなので島名がほとんど分かりません。
それでAI先生に聞いてみたら、、、
広島市の名勝・縮景園の中央にある「濯纓池(たくえいち)」には、大小10余り(大小14とも)の島が浮かんでいます。
主な島の名前と特徴
? 鶴島(つるしま)
? 左右に板状の石を組み合わせて鶴の羽を表現したとされる島です。
? 亀島(かめしま)
? 鶴島以外の多くの島は総称して亀島と呼ばれています。
? 聚仙島(しゅうせんとう)
? 園内で最大の島で、茶室「超然居」が建ち、洗心橋と観欄橋の2つの橋で陸と結ばれています。
? 小蓬莱(しょうほうらい)
? 鶴島とされる島のひとつ、または蓬莱思想にちなむ島名として挙げられます。
? 蒼雪島(そうせつとう)
? 積翠巌(せきすいがん)の近くに配された島です。
? 緑蘋洲(りょくひんしゅう)
? 超然居から積翠巌を望む方向に見える島の一つです。
? 滴翠島(てきすいとう)
? 濯纓池に浮かぶ島の一つです。
? 清漣島(せいれんとう)
? 跨虹橋(ここうきょう)から東部を望んだ際に見られる島です。
? 霞島(かすみじま)
? 明月亭などの周辺に浮かぶ島の一つです。
これらは長寿や縁起を象徴する鶴と亀に見立てた島々として親しまれています。
という事らしいです。
でもどれがどれかはわからないんですけどね。 -
橋があります。
園内図では橋の名前などが書かれていないのでは氏名は不明です。
それでAI先生に聞いてみたら、、
縮景園には、歴史的な記録によると実に14もの多彩な橋が架けられており、まさに「橋の展示会場」とも言えるほどバリエーションが豊かです。
・跨虹橋(ここうきょう)
園内中央の「濯纓池(たくえいち)」を二分するように架かる、美しい石造りのアーチ橋(太鼓橋)です。約240年前に作られ、堅固な構造ゆえに原爆の爆風にも耐え抜いたという、縮景園の力強いシンボルでもあります。
? 映波橋(えいはきょう)
? 昇仙橋(しょうせんきょう)
? 望春橋(ぼうしゅんきょう)
池の東側には、少しずつ角度をずらして連続して架けられたユニークな3つの橋があります。それぞれが仏教の「過去・現在・未来」を表しているとも言われ、別名「悟りの三連橋」とも呼ばれています。
? 洗心橋(せんしんきょう)
? 観瀾橋(かんらんきょう)
園内最大の島の聚仙島に建つ四阿(あずまや)「超然居(ちょうぜんきょ)」へと渡るための2つの橋です。
これら以外にも、園内を回遊する順路のあちこちに、石桁橋・土橋・木橋など趣の異なる橋が隠れています。
? 龍門橋(りゅうもんきょう)
? 夾籟橋(きょうらいきょう)
? 楊柳橋(ようりゅうきょう)
? 踏雲橋(とううんきょう) (祺福山の北側にある木橋です)
? 虎蹲橋(ことんきょう)
? 弄雲橋(ろううんきょう)
? 錦繍橋(きんしゅうきょう)
? 石蟾橋(せきせんきょう)
という事です。
でもどれがどれやらわからないんですがねw -
向こうに見える悠々亭が絵になりますね
-
ん?
-
これが「悟りの三連橋」とも呼ばれている
? 映波橋(えいはきょう)
? 昇仙橋(しょうせんきょう)
? 望春橋(ぼうしゅんきょう)
なのかな?? -
おお~
橋の上から眺める悠々亭の眺めが良いですなー -
ここが「悟りの三連橋」だとするとこの橋は
これは 映波橋(えいはきょう)?
昇仙橋(しょうせんきょう)?
望春橋(ぼうしゅんきょう)?
どれでしょう?? -
でも角度が微妙にずれてるのが
単調にならずリズム感があって良いですね -
ここなんかピョンピョンと跳ねてるように見えて可愛いです
-
跨虹橋が遠くに見えますね。
こうして見ると池が広々として雄大な風景に見えますねー。 -
緩やかな弧を描く石橋を慎重に渡ります
-
広々とした眺めじゃ
-
水田?
-
これ?
小さいっす。 -
ちょっと上り坂です。
沿道の生垣が綺麗に刈り込まれて丹精されてますね~。 -
大銀杏?
-
これ?
おお~~!
本当にデカい!
被曝樹木なんだとか。
元気に育ったものだ。 -
看花榻(かんかとう)?
-
座るところがロクロのように回転するんだそうです。
立派な屋根のわりに脱力系の施設ですw
看花榻の榻は腰掛けという意味なんだそうです。
長く生きてて初めて知りましたよw -
この場所は高い場所にあるので木々が今ほど繁茂していない時代は見晴らしが良かったそうです。
それで座りながらクルクル回ってたんでしょうね。
って
ちょっと横着な感じがするw -
一休みしたので先に行きます
-
なんだか登ったり降りたりしますね
-
やれやれ、、、
また登ります、、、 -
迎暉峰(げいきほう)
国内最大の築山なんだそうです。
Wikipediaには標高10mと描かれていました。 -
広島城下や広島湾はるか宮島まで見えたそうです。
-
この築山の高さを生かして天守閣の代わりにもなるような感じでも使われたそうです。
-
この築山は庭園内では富士山的な風景の借景の一部に使われたようです
-
確かにここからの眺めは良いですね。
しばらくのんびりしてしまいました。 -
竹林が見事ですなー
-
竹林に向かって降りて行きます
-
竹林も綺麗に整頓されてますねー。
この庭園はこまめに手が入れられてますね。 -
どこを見ても綺麗に手が入ってますね。
ふらふら歩いていて気持ちの良い庭園です。 -
ここの斜面の刈り込みの丁寧さは頻繁に手入れしている感じですね
-
竹林が綺麗です
-
さっきはあの上にいたのかな?
-
ん?
これは、、、
もしかしてお茶畑? -
んーー、、
やっぱりお茶だよね? -
香菜圃(こうさいほ)
-
江戸時代に藩内の有名品種が植えられていたそうです。
-
現在のものは1958年復元されたものとWikipediaにありました。
看板には1963年(昭和38年)とありました。 -
毎年八十八夜ころに新茶摘みをしてるそうです。
-
この場所の横の上には先ほど登った高みにあった看花榻が見えますね
-
なんだこれ?
AI先生が言うには、、
瓦窯だそうです。
これは江戸時代の天明の大改修(1783年~1788年)の際、園内で使用する瓦を自給自足で焼くために築かれた窯を模したものです。ドーム状の燃焼室の上部から高く伸びている直管が煙突であり、手前の竹(すのこ状に組まれたもの)は窯の焚き口(前庭部)を保護、または覆うためのものとして設置されています。
と言う事です。 -
解説が薄くてよくわからなかったのでAI先生に聞いてみました。
この看板は、縮景園の歴史的な景観に関する「桃の木の植栽について」解説をしています。
看板の上部にはうっすらと「桃の木の植栽について」というタイトルが見え、下部には江戸時代の絵図「縮景園八景図より(長堤桃花)」が描かれています。
主に以下のような内容が書かれています。
? 借景のための植栽: 縮景園の園内、および川の対岸(京橋川の土手)にある桃の木は、園内からの眺め(借景)を美しく彩るため、江戸時代の古い図面(古図)に基づいて復元・植栽されたものであること。
? 原爆からの復興: 1945年の原爆投下によってこれらの桃の木も一度はすべて失われてしまいましたが、平和への願いや歴史的景観の復元のために再度植樹されたこと。
? 「長堤桃花(ちょうていとうか)」の再現: 下部にある古い絵図は、かつて歴代の藩主たちが対岸に長く続く美しい桃の花並木を眺めて楽しんでいた、縮景園を代表する名景(縮景園八景の一つ)を描いたものです。
現在でも春(3月頃)になると、園内には紅白の花が同時に咲く「源平枝垂れ桃」などが美しく咲き誇り、この解説板にある江戸時代の風流な景色を今に伝えています。
縮景園では、この桃の木の復元を記念して始まった「桃見茶会(とうみちゃかい)」というお茶会も春に開催されています。
という事でした。 -
縮景園の背後は京橋川が流れていました。
-
川に沿って歩道が続いています
-
霊迹壇(十王堂)の看板がありました
-
これかな?
AI先生によると
霊迹壇(れいせきだん)は、広島市の名勝庭園「縮景園(しゅっけいえん)」内にある小さなお堂で、別名「十王堂(じゅうおうどう)」と呼ばれています。
主な由来・特徴
? 漂着した仏像: 約200余年前の江戸時代(天明年間の洪水時)、川の氾濫によって園内に流れ着いた3体の仏像を安置するために建てられたと伝えられています。
? 十王像: お堂の中に安置されているのは、平安時代後期頃(1100年代頃)の作とされる寄木造(よせぎづくり)の十王像です。
? 被爆を免れた歴史: 1945年の広島への原爆投下により、漂着した3体のうち2体は焼失しましたが、現存する1体は損傷を受けつつも今に伝えられています。
と言う事です。 -
解説版がありました。
臨えい岡は漢字では「臨瀛岡(りんえいこう)」と書くようです。 -
AI先生によると
縮景園(広島県広島市)にある「臨瀛岡(りんえいこう)」は、園内にある築山(つきやま)の一帯のことです。
主な特徴
? 由来・景観:この丘の一帯から遠く宮島(厳島)の方向を望むと、雲のかかった弥山(みせん)の山頂が見えたと言われている場所です。
? 位置づけ:文化元年(1804年)に選定された「縮景園名勝34か所」の一つに数えられており、東部・北部エリアにある築山として知られています。
との事です -
今ではタワマンが見える丘という感じですが園内の眺めは良い場所です
-
眼下に東屋が見えますね。
-
さっきから池の対岸に見えていた悠々亭という東屋かな??
では、行ってみましょう。 -
やっぱり悠々亭のようですね
-
近くで見ると思ったよりも大きな東屋です。
-
西洋人のカップルがイチャイチャしていて、、、、
私がおじゃま虫になりそうでw -
でも、かまわずズカズカ上がり込みました。
土足厳禁で靴を脱いで上がります。 -
池の眺めがよろしいです
-
池の上に島々が浮かんでいるのが優美です。
-
相変わらずイチャイチャしてますねーw
チッ!て感じですw -
AI先生によると、
庭園・縮景園(しゅっけいえん)の中にある、池に臨む伝統的な建物のことです。
主な特徴と歴史
? 様式と構造:池に添うように建てられた、入母屋造(いりもやづくり)・茅葺(かやぶき)の四阿(あずまや/茶亭)です。
? 歴史的用途:江戸時代から「岸に添ひ池に浮かびてもの清う安らに建し」と記され、かつては納涼茶会や歌会などに利用されていました。
? 被災と復元:1945年(昭和20年)8月6日の原子爆弾投下により全焼しましたが、1969年(昭和44年)に木造平屋建て(建築面積約11.10㎡)として復元されました。
? 現在の様子:池に浮かぶような趣があり、靴を脱いで上がって庭園の景色を眺めながら静かに過ごすことができます。縮景園の主要な見どころの一つとなっています。
という事です。 -
ここにから見る眺めは本当にまったりしてしまう穏やかな眺めです
-
ふと目を水面に落とすと、、
なんと亀さんが泳いでいます。 -
亀さんと鯉さんが大接近です。
-
池の島々は鶴亀などの縁起物を表しているという事らしいです。
-
そう言われるとそんな感じもしますね
-
イチャイチャカップルのせいでこれより右の写真が撮れません
-
イチャイチャするなら他所でやって!
っていう感じですね。
これも観光公害ですねw -
それにしても
穏やかで平和な眺めです。 -
思った以上に心地良い庭園ですねー
-
さっき通った石橋も見えます
-
気がついたらものすごく長居をしていました。
そろそろ次に行かなくては。 -
池のほとりに出ました。
跨虹橋が遠くに見えてますね。
この辺りから見るとこの濯纓池は広大に見えますね。 -
池の岸辺が入り組んでいて深山の趣を感じさせます
-
そういえば今は躑躅の時期なんですね。
緑の中で赤い色が映えて綺麗ですね。 -
濯纓池の広大さを感じるアングルです。
どこか異国のような雰囲気ですね。
ビルが見えなければもっと良いのですが、、、、 -
水辺を行きます
-
橋がありますね
-
優雅な感じの石橋です。
-
小さな島に渡ります
-
小島から陸に渡ります。
ここは木橋ですね。 -
濯纓池に浮かぶ島の事が書かれていました。
念の為AI先生にも聞いてみました。
縮景園の島嶼の特徴
? 瀬戸内海の多島美を表現:池を跨ぐ石橋「跨虹橋(ここきょう)」を挟んで、左右に7つずつ(計14の大小の島)が配置され、近隣の瀬戸内海の島々を模して造られています。
? 鶴島と亀島:長寿を象徴する「鶴島」や「亀島」などがあり、縁起の良い鶴と亀の姿が表されています。
? 不老長寿の松:島に植えられた松は、一年中緑色が変わらず年を取らない(不老長寿)という意味が込められています。
? 中国・西湖の写し:中国・杭州の西湖の景観を縮景して作庭されたといわれ、池と島々、周囲の築山や渓谷が一体となった池泉回遊式庭園となっています。
という事です。 -
跨虹橋まで来ました。
渡ろうかとも思いましたが、、、
足を滑らせそうだったのでやめました。 -
見る角度によって池の岸辺の雰囲気が変わり飽きない感じですね
-
殿様もこういう風景を見て日々のストレスを和らげてたんでしょうね
-
鶴亀を思わせる小島がそこここにありますね
-
鳥居?
ずいぶん細い鳥居ですが、、、
パイプで出来てるような感じですねー。
気になってAI先生に聞いてみました。
それは縮景園の北側にある「祺福山(きふくさん)」という小高い丘のふもとや参道に並んでいる、金属製(塩ビパイプやスチールパイプ風)の細い赤鳥居の連なりのことですね。
こちらは歴史的なお稲荷さんの参道としての名残を残すスポットです。
? なぜパイプのようになのか: 縮景園は1945年の原子爆弾によって一度完全に壊滅してしまいました。戦後、庭園として復元される際、宗教施設(神社そのもの)の復元は除外されたため、かつてここにあった「泉邸今中稲荷大明神」の御神体は近くの饒津(にぎつ)神社へと遷されました。しかし、かつてお稲荷さん(祺福山)があった歴史を残すために、後年になって簡素で細身なパイプ状の赤い鳥居が寄進・設置され、現在のように並ぶ形になりました。
? 場所の雰囲気: 緑豊かな庭園の奥に突然、細い赤鳥居がズラリと並ぶ不思議な空間が現れます。少し急な石段の参道になっており、どこか隠れスポットのような風情があります。
伝統的な木製や石製のどっしりとした鳥居ではなく、すっきりとした現代的な細いパイプラインが並んでいるのが印象に残る、縮景園の隠れた歴史を感じられる場所です。
という事です。 -
で登った先に解説版がありました。
「祺福山(きふくさん)」
AI先生によると
広島市の日本庭園「縮景園(しゅっけいえん)」にある祺福山(きふくさん / きふくざん)は、中央北側に位置する標高約5.8メートルの小山です。
? 由来・歴史:正徳3年(1713年)に広島藩の第5代藩主・浅野吉長が訪れ、稲荷神社(泉邸稲荷)を祀って名付けました。
? 祈りの場所:かつては領内の平穏と子孫繁栄が祈願された場所です。
? 現状:頂上にあった社殿は原爆で焼失しましたが、現在は川向こうの饒津神社(にょうづじんじゃ)に再建されています。北側には木橋の「踏雲橋(とううんきょう)」がかかっています。
という事です -
すぐ近くにありました、、、
-
これですかね、、、
-
さて、
次に参りましょう。 -
木の橋がありました
-
高い場所なので濯纓池の眺めが良いです。
タワマンが悪目立ちしてますね。
私なら住まない!(←っていうか住めないw) -
んー、、、
やっぱりこのタワマンの景観の破壊力がすごいなぁ、、、 -
足元の小島が泳ぐ亀のように見えますね
-
池の向こうに東屋が見えますね。
超然居という東屋のようです。
ここから見ると絵になる眺めですね。 -
水門みたいなものがありますね。
-
案内板がありました。
白龍泉とありますね。 -
これが白龍泉かな?
-
ここでAI先生の登場ですねw
縮景園(広島市中区)にある白龍泉(はくりゅうせん)は、庭園内にある名所のひとつです。
? 特徴: 滝とそれに通じる曲水(きょくすい)が、まるで白い竜が伏せているかのような形をしており、流水は三段の滝に注いでいます。
? 意匠: 遣水(池に流れ込む水路)が「龍」の身体を、それにかかる橋が「虎」を表現しています。
? 歴史: 文化4年(1807年)の大改修の際、はじめは牛田山の清水谷から取水管で水を引いていましたが、水量の少なさや破損が相次いだため取水を取りやめ、水溜を造成して湧き出るように工夫されました。現在は井戸水を利用しています。
という事です。 -
綺麗な花が咲いていますね
-
石の塔が立っていました。
AI先生によると
縮景園の五重石塔の特徴
? 配置と規模: 縮景園の保存管理計画資料によると、園内には「五層石塔型」と呼ばれる石塔があり、高さは約296cm、最下部の地輪の幅(方)は約56cmとなっています。
? 作庭の意匠: 縮景園は、茶人としても名高い家老の上田宗箇によって元和6年(1620年)に築成されました。池泉回遊式の庭園内に置かれた石灯籠や石塔は、歩く角度によって見え方が変化し、山水の景色に仏教的・精神的な奥深さを添える役割を果たしています。
? 歴史と復興: 縮景園は1945年の原子爆弾投下により一度壊滅的な被害を受けましたが、戦後に見事な復旧を遂げました。現在の石塔や石組みも、歴史ある大名庭園の面影を今に伝える貴重な遺構・再現要素の一部です。
という事でした。 -
園内図を見ながらやってきたトイレが、、、、
なんと!
使用禁止!
おじいちゃんピンチ!! -
と、見たすぐ横にかっこいい建物がありました。
明月亭という茶室のようですが立ち入り禁止のようです。 -
AI先生に聞いてみました。
明月亭(めいげつてい)は、広島県広島市中区上幟町にある名勝「縮景園」の最奥部、積翠巌(せきすいがん)・古松渓(こしょうけい)・白龍泉(はくりゅうせん)に囲まれた静かな高台に建てられている茶室です。
主な特徴と構造
? 造り:本格的な数寄屋造り(一部書院造り)
? 屋根:茅葺き(一部杮葺き/こけらぶき)
? 内部構成:茶室、控之間、水屋之間、玄関之間がある
? 周辺の景色:亭の前には池が大きく広がり、霞島(かすみじま)、緑綺島(りょくきとう)、亀島などを望むことができる。また、明月亭へ続く道はモミジが覆いかぶさる紅葉の名所でもある。
歴史・再建
? 縮景園は1620年に広島藩主・浅野長晟の別邸の庭園として築成されたもので、明月亭はその初期から名称が使われている由緒ある建物です。
? 原爆による被害などを経て、現在の建物は1974年(昭和49年)に再建されたものです。
? 現在でも、園内で開催される茶会やお茶席(煎茶道など)の会場として利用されています。
との事です。 -
昭和の再建とは思えない雰囲気ですね
-
中を見られないのは残念ですが
外観を見ても貴重な建物なのはわかりますね。 -
-
沢のような雰囲気のところにきました
-
遠くに跨虹橋が見えます。
手前には大亀のような島が見えます。
変化に富んだ風景ですね。 -
迫力のある石組の島の眺めですねー
-
積翠巌(せきすいがん)と呼ばれるエリアのようです
-
AI先生に聞いてみました。
縮景園の積翠巌(せきすいがん)は、広島県広島市にある大名庭園・縮景園の濯纓池(たくえいち)の西側に浮かぶ島にある、園の基幹を成すもっとも重要な大岩とマツの石組です。
おもな特徴
? 蓬莱式鶴石組(ほうらいしきつるいしぐみ):仙人が住むという「蓬莱山」を模した鶴の形をした石組で、縁起の良い三尊石(さんぞんせき)でもあります。
? 枯滝式(かれたきしき):水が流れ落ちる様子を岩と石で表現した「枯滝」の様式を兼ねています。
? 名前の由来:「積翠」は積み重なった緑(マツ)、「巌」は大岩を意味しています。
? 絶景スポット:池の反対側や茶室「夕照庵(せきしょうあん)」などから眺めることができ、秋には夕日に映える紅葉と石組の美しいコントラストが楽しめます。
という事です。 -
飛び石があります。
-
足元に少々不安のある私、、、
-
でもあえて挑戦!
-
無事に渡り切りました~
やればできる高齢者w -
ここに来て大量の観光客。
池の対岸では出会う人が少なかったので少々ビックリです。
皆さん盛んに写真を撮られていますねー。 -
小さな庵がありました
-
説明がありました。
AI先生にも聞いてみました。
夕照庵(せきしょうあん)は、広島県広島市中区の日本庭園「縮景園」の園内(西方)にある小さな茅葺き(かやぶき)屋根の茶室です。
主な特徴・由来
名前の由来: ここから望む秋の夕日に映える紅葉の景色が非常に美しかったことから、「夕照庵」と名付けられました。
? 建物の規模: 面積は約8㎡(約2.4坪)ほどのこじんまりとした木造平屋建て(入母屋造・茅葺)の茶室です。
? 歴史と再建: 原爆投下により一度焼失しましたが、1970年(昭和45年)に再建されました。
という事です。 -
こうしてみると小さくて可愛い庵ですねー
-
少し行くと案内板がりました。
調馬場跡とありました。 -
AI先生に聞いてみました。
縮景園の調馬場跡(ちょうばばあと)とは、広島県広島市にある大名庭園「縮景園」の園内にある、江戸時代に馬の調教や訓練を行っていた場所の跡地です。
主な特徴・周辺の様子
? 馬の訓練場所: 広島藩主(浅野氏)の別邸であった縮景園の一角で、馬の調教や乗馬の練習に用いられたスペースです。
? 周辺の施設: 調馬場跡の近くには、藩主が馬の調教を見物するための建物である「流芳軒(りゅうほうけん)」や、弓術・銃(鉄砲)の演習場なども設けられていました。
梅林とのつながり: 現在の調馬場跡の周辺は美しい梅林が広がっており、春先には梅の名所としても親しまれています。
という事です。 -
それで大きな梅の木が並んでいますね
-
梅の実もなっていますねー
-
沢のようなところに出ました
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対岸の眺めが良いですねー(←ビルは除く)
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登りの石段がありました
-
高いところからの眺めが良いですね
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苔がむしてます
-
苔は綺麗だけど匂いが微妙ですw
-
こんもりした小島
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対岸の眺めは常に綺麗に見えるように作庭されてますねー
-
向こうの赤い橋と合わせた眺めが良いです
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超然居(ちょうぜんきょ)という解説版がありました。
-
縮景園で最大の島なんだそうです。
-
高い場所があるので縮景園の全体が見られるような場所になっています
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みはるかすという表現がぴったりの場所です
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AI先生にも聞いてみました。
超然居(ちょうぜんきょ)は、広島県広島市にある日本庭園「縮景園」の園内にある、最大の島およびそこに建つあずまや(四阿)のことです。
主な特徴
? 位置と構造: 観瀾(かんらん)・洗心(せんしん)の「両橋」によって結ばれた聚仙島(しゅせんじま)という島に建つ建物で、朱塗りの観瀾橋を渡った右側にあります。
? 歴史と被爆: 1945年(昭和20年)8月6日の原爆で壊滅的な被害を受けましたが、上田宗箇の作庭当時の面影や原案の景色が今に伝えられている数少ない場所の一つです。現在の建物は1970年に再建されたものです。
? 由来: 「超然」とは、俗世間を離れて何事にもとらわれないことを意味し、老子の思想に由来する君子の心構えを表しています。
? 眺望: 小高い丘の上や島から東方に清風館を望み、跨虹橋(ここうきょう)や濯纓池(たくえいち)の美しい景色を一望できる絶景スポットとして知られています。
という事です。 -
眺めも良いですが、
こうして見ると縮景園はどこをみても丁寧に丹精されている感じですね。 -
東屋には観光客がどっさりいました。
確かにここから眺める景色は縮景園の中でも一番広々とした雰囲気です -
んーー
なかなか良い眺めですねー -
しばらくぼんやりしてしまいます
-
なかなか離れ難い眺めです
-
お尻に根が生えてしまいましたw
-
キリがないのでそろそろ行かなくては、、、
-
赤い橋を渡ります
-
歩くたびに見える景色が変わるので飽きのこない庭ですねー
-
楊貴妃型石灯籠の解説版がありました
-
これですね。
AI先生に聞いてみました。
縮景園の楊貴妃型石灯籠(ようきひがたいしどうろう)は、広島市の名勝庭園「縮景園」内にある、非常に珍しい形をした石灯籠です。
主な特徴と由来
? 名前の由来: 灯火を入れる部分(火袋)の上にある笠の形が、中国・唐の時代の皇妃である楊貴妃がつけていた冠(華やかな独自の形状)に似ていることに由来します。
? 意匠のこだわり: 火袋の右側には「月」、左側には「太陽」が彫られているという特徴があります。
? 設置場所: 園内の観瀾橋(かんらんばし)の一帯を照らすためや、清風館の西側付近に置かれています。
? 希少性: 同じ形の石灯籠として有名なものに、京都市北区の臨済宗大徳寺派・聚光院にある千利休の墓(石灯籠)が知られており、日本国内にわずか2基ほどしか存在しない貴重なものといわれています。
という事です。 -
木の橋を渡ります
-
解説版がありました。
流川という川が過去にあったようで広島湾まで流れていたそうです。
現在は埋め立てられたようですが流川という大歓楽街の地名に残っていますね。 -
地獄に仏~w
溜まりに溜まったものを放出して来ましょう~w
危ないところでしたが間に合いました~w -
急に人がいなくなりましたねー
-
梅の木がたくさんありますねー
-
かなり広い範囲で梅の木が植えられていますね
-
梅の実が育ち始めてますね
-
菖蒲?
-
なんか変わった植え方ですね
-
菖蒲は好きな花なので見てみたかった
-
なにこれ?
AI先生に聞いたら白龍石と言ってましたが、、、
ほんとかな? -
森の中の道を行きます
-
この辺りは少しだけ外れてるだけなのに全然人がいませんね。
人の声が遠くに聞こえる感じです。 -
縮景園も原爆で壊滅したことがわかりますね。
広島は中国人観光客をほとんど見かけなかったのですが西洋人の観光客がものすごく来ていました。
このような被曝跡を興味深そうに見ていました。
彼らがどういう思いで見ていたのか。
私には知る由もありません。 -
疲れた~~
ファンタグレープ、久しぶりに飲んじゃいました。
何十年ぶりかもw
久しぶりに飲んだら、思ったよりもサッパリしてました。
もしかしたら味が変わったのかな? -
今朝来た時にまた冠木門まで戻って来ました。
一通り見られたのでそろそろ縮景園を出ることにします。 -
冠木門を出ました。
これから縮景園に入る人もいるようです。 -
達筆です
-
それほど期待してませんでしたがものすごく良いお庭でした
-
これなら殿様も大満足だったでしょうね
-
私も殿様気分になれたので縮景園を後にします
-
では次に参りましょう
-
振り返ると広島県立美術館の建物が大きく聳え立っていました
-
その横の縮景園の緑が見えます
-
縮景園の上の空が広いのが都市には大事
-
それではそろりそろりと参りましょう
-
と、まっすぐな道を行きます
-
この道は文化の道らしいです
-
しばらく行くと橋が出て来ました
-
栄橋という橋のようです
-
隣には水管橋が並走していました
-
この栄橋は1930年(昭和5年)10月に鉄筋コンクリート橋として架橋されたそうです。
-
1945年(昭和20年)8月6日にこの栄橋は原爆に被災しました。
爆心地より約1.51kmでしたが落橋しなかったそうです。 -
爆風方向に架かっていたため落橋はせず被害は思ったよりも少なかったそうです。
隣の水管橋も同様の理由からか被爆に耐えたそうです。 -
そんな風景を思い起こすと思わず身振るいがします。
とても人間の行いとは思えませんね。
悪魔の仕業という気がします。 -
栄橋を渡りました
-
振り返ると京橋川の向こうに緑が見えます。
あの緑は縮景園に続いてるんですね。 -
では先に参ります
-
最近話題になってるエリアが近くにあるようなので寄ってみます
-
少し奥まった場所にあるようです
-
やって来ました。
エキニシと呼ばれるエリアです。
広島駅の駅の西にあるのでこう呼ばれてるそうです。 -
昭和な雰囲気が濃厚に残るエリアで若者向けの飲食店が古い建物をリノベーションして営業してるエリアだそうです
-
よく見ると古い建物ですが新しい改修がなされている建物が多いです
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訪問時間は明るい時間だったので営業しているお店は無かったですが、暗くなったら営業しそうなお店が並んでいました。
-
お店の名前も今時な感じですね
-
通りは1本だけではなく数本の通りが交差している感じでした
-
ぶらぶらと歩き回れる感じの広さがある感じのエリアでした
-
暗くなるとこの通りを若者がウロウロするんでしょうね
-
お店のジャンルも様々なようです
-
焼き鳥や立ち飲みはもちろんエスニックやジビエまで様々なようです
-
価格帯もほどほどなので使いやすい店が多いんだそうです
-
エキニシを出ました
-
広島駅を目指します
-
広島駅前は大きなビルがどんどん建っています
-
大きなビルが見えて来ました。
エールエールHIROSHIMAというショッピングモールです。 -
この中には福屋広島駅前店が地下1階から5階まで入っています
-
広島駅のビルが新しくなっていました
-
広島駅はまだまだ建設中でした
-
これからどんな感じになるんでしょう?
現在でも十分すごいんですけどね~。 -
次に来る時にはすっかり様変わりしてるんでしょうね
-
エールエールHIROSHIMAだけでも十分にすごいんですけどね
-
バスが並んでますね。
工事が終わったらこの辺も変わるんでしょうね。 -
広島駅近辺はペデストリアンデッキが整備されているので移動がしやすいです
-
ここにいると東京にいるような錯覚に陥ります
-
広島駅ビルの中にはミナモア 広島というショッピングモールが入っていました
-
広島駅前はまだまだ工事中ですね
-
駅前広場の向こうにはエールエールHIROSHIMAが見えます
-
広島駅ビルの中のミナモア 広島は私の滞在中は広島市民の中でも盛り上がっている印象でした
-
この子が可愛い
-
しばらく遊んでもらいました
-
我を忘れてキャッキャしてしまいました
-
気がつくとガラスの向こうの人たちが、、、
この子の周りを走り回ってる私を凝視していました~w -
流石に足早にその場を去りましたw
-
ここに新しい広島電鉄の広島駅が移転してくるようです
-
ここに新しい駅ができるとJRとの乗り換えが劇的に良くなりそうですね。
でも、、、
なんで今まで出来なかったんだろうね? -
ミナモア 広島に入ってみました
-
フロア図を見てみます
-
エレベーターに乗りました
-
6階に来ました。
レストラン街ですね。 -
おしゃれだけど敷居が高すぎない感じで入りやすそうなお店ばかりで良いですね
-
かなり賑わってますねー。
今、広島で一番熱いスポットのようです。 -
でも私が用があるのは屋上なんですねー
-
こっちに行くようです
-
7階のウッドデッキ広場に来ました
-
広々としたウッドデッキです。
広々としてますがベンチなどはないので座るところはここにはありません。 -
眺めはそこそこという感じです
-
広島駅前には高いビルが多いので7階くらいでは見晴らしが良いという感じでは無いですね
-
キャッキャといううるさい声がしたので振り返ると、、、
階段に座るおばさんたちが、、、
なるほど、、
あそこがベンチがわりになってるんですね。
なかなか良いかも。 -
広々してるしスッキリしてるし気持ち良いスペースなので階段に座ってのんびりするのは良いかもですね
-
では1つ上のスペースに行ってみます。
7階の1つ上が9階?
なぜか8階が無いんですね。
9階はソラモア広場があります。 -
9階のソラモア広場にはギャラドスひろばというものがあるようです
-
階段をてけてけ上がっていきます
-
9階に来ました。
ソラモア広場です。 -
こういう感じの並びのようです。
やっぱり8階が無いんですね?
謎です。 -
お!
自販機がある! -
早速買っちゃいましたw
-
新幹線アイスくらい硬いですw
-
座るところがたくさんあるのが良いですね
-
タワーマンションもこの景色なら妙に合う感じですね
-
アイスを舐め舐め都会のタワマンの風景を見るのも乙なものですね
-
この屋上広場はウッディで落ち着きますね。
カップルやファミリーが思い思いに寛いでいます。
下で買ったお弁当をここで食べると気持ち良いだろうなー。 -
こういった都会的な風景ではタワマンが借景になるんですね
-
ここにギャラドスひろばがありました
-
ドラゴンの遊具がありました。
子供が遊んでいたので私は遊べませんでしたw -
中に入りました
-
トイレがあったので利用しました。
-
入った個室が子供用だったのか、、、
便器が小さくて、その位置がものすごく低かったです。 -
トイレを出るとサッカーのコート?
-
とりあえずナタデココで一休み
-
9階はひと回りしたので
とりあえず7階に降ります -
7階の階段の上に来ました
-
ここだと眺めがよろしいです。
しばらくここでのんびりしちゃいます。 -
駅前のタワマンがすごいなー
-
駅前通りは目の前でまっすぐ伸びています
-
一休みしたのでウッドデッキ広場に降りました。
ふと見たら奥に何かありますねー。 -
参道のような感じですね
-
徐々に見えて来ました
-
ここににあるのは出雲大社(出雲大社 ミナモア分社)という神社のようです。
AI先生に聞いてみました。
主な特徴
? ご祭神:大国主命(おおくにぬしのみこと)を祀る、縁結びの神様・パワースポットとして知られています。
? 歴史:もともとは1987年に当時の駅ビル(ASSEなど)の安全と商売繁盛を祈願してお社が建てられたもので、旧駅ビルASSEの解体・建を経て、ミナモアの開業に合わせて新しいお社に戻ってきました。
? 参拝方法:出雲大社であるため、一般的な神社とは異なり「二礼四拍手一礼」で参拝します。
という事でした。 -
神社をお参りして振り返ったら、、、、
誰もいなくなっていました。 -
この上はホテルみたいです
-
関係者の名簿がありました
-
たくさんの人が載っていました
-
こういうのって珍しいですね
-
あ~あ、、
そろそろ広島の旅も終わりかぁ~ -
楽しい街だったから名残惜しいな~
-
誰か、、
私を引き止めて~
っていう心境w -
まぁ、
あきらめて最後にレストランフロアをぶらつく事にしますか~ -
ここってオシャレで入りやすい感じで良いですね
-
今回は広島駅周辺は全然来てなかったなぁ~
-
今度来る事があったら着てみたいですね~
-
フロアマップをチェック。
お店の数も沢山あって選択肢が多いのが良いですね。 -
ではそろそろ先に行かなくては。
コインロッカーに預けていた荷物を背負って
広島空港行きバス乗り場に向かいます。 -
広島駅は近代的な駅ビルだなぁ
-
東京の駅ビルはこんな感じで空間を大きく使えないから
この解放感はうらやましいです -
ミュシャは大好き
-
とか何とか言いながら、、、
-
やって来ました
-
広島空港行きのバス乗り場
-
クレジットカードが使えます
-
チケットは取ったけど、クレジット明細をとり忘れていて現地のマダムの教えてもらいました。
親切なマダムありがとう~。 -
16時40分のバスに乗れるようです
-
バスが来ました
-
結構な数の乗客でした
-
私も並びました
-
バス賃は1500円なり
-
まあまあの数のお客さんが乗車しました。
-
空模様が怪しいです
-
どんどん山に向かっていきます
-
どんどん天気が悪くなっています
-
旅行中は晴天の日は多くは無かったけど、それほど悪天候にならずに良かったなー
-
夜のお店ではなぜか歓待されて良かったなー
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コミュ障な私にも優しく接してくれた広島の人に感謝です
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そう感じたら寂しくなって来ました
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また広島に遊びに来たいなー
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ぐずぐず考えていたら広島空港に到着しました。
どんだけ長い時間ぐずぐずしてるんでしょ、私ってばw -
広島空港到着
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丁寧な運転だったので乗っていて疲れなかったです
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安全運転ありがとう~
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エスカレーターに乗ります
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この空港には前にも来た事があるんだよねー
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何となーく覚えてる部分もあるけど念の為確認します
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早速チェックインしちゃいます
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荷物を預けちゃいます
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そして、、
お約束の展望デッキに来てしまう私。 -
寒いせいか空いてますね
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ビル内は混んでるのにここに来る人がいません
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なぜなら、、、
曇ってるから~~w -
全然見えないです~w
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これじゃ~来てもしょうがないよね~
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でもあえて来るのが私流w
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こんな見事な霧の空港というのもなかなかお目にかかれませんw
っていうか、、
こんなんで飛行機飛ぶの?? -
まぁ、飛ばなかったら飛ばなかったで
その時心配すれば良いんで
今は考えない私w
行き当たりばったりが私流~w -
今んとこ飛ぶみたい
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さてさて何するかな~
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今日は空いてる感じでスカね?
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この辺りの風景は何となーく覚えてるような気がします。
何となーくだけどねw -
こっちに何かあるみたい
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食べ物屋さんがあるみたいです
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大人な感じの店があるのかな?
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ここにまとまってるのかな?
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ふーん
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それほどお腹空いてないような気もする
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でも考えたらうどんとおにぎりを食べたのが最後だったっけ?
食べ物を作るのは好きだけど食べるのはそれほどでも無いんだよねー。
そう見られないのが辛いけどねw -
とりあえず冷やかしで入ってみました
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お好み焼き屋さんもあるんだー
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広島焼きかぁ~
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そういえば広島焼きって食べてないなぁ~
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って言うか、、
広島で何食べたっけ?
なか卯の銀鮭定食しか覚えてないw -
これではいけませんね~
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よし!
決めた! -
それほどお腹は空いてませんがここで食べる事にします。
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注文しました
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来ました
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お好み焼き牡蠣スペシャル 1650円
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広島焼きと牡蠣のダブル広島名物ですね
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広島風にマヨネーズをかけてみました
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美味しかったです。
ごちそうさまでした~。 -
他にもいろいろなお店があるので
ここ1箇所で事足りて便利でした -
そろそろ中に入ろうかな~
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と言いながら
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福屋でガッツリお買い物をしてしまいましたw
福屋広島空港ショップ -
福屋広島空港ショップを出たら
ものすごい大荷物になってしまいましたw -
制限エリアに入りました
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6月3日(火) JAL266便
広島 → 東京/羽田
定刻 20:35発 - 22:00着 -
制限エリアに気になる自動販売機がありました
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紅葉饅頭の自動販売機ですね
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福屋でガッツリ買ったと言うのに、、、
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何で私はここでトドメのように買うんでしょw
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福屋よりは少ないですが、、
それでもこんなに買っちゃう私w
もう、病気かもしれないw -
でもね、、
そんなダメな私に味方してくれるのは自分だけw
だから私は私を許します~w -
で、
次に行くのは、、 -
どこに行くのかな~?
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ここです!
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小洒落た名前ですが、、
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高級そうですが、、
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いわゆるカードラウンジですね
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ガンガンただ飲みする場所ですw
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綺麗な室内です
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地元の飲み物もあります
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滑走路を見ながら休憩で来ます
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地元の牛乳をいただきます
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時間はまだあるみたいです
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さっきの霧は晴れたようです
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もみじ饅頭を食べながらの休憩です
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だんだん晴れてきた
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あっという間に暗くなりました
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ここは羽田と違ってラウンジ古事記物語には縁遠い感じで好印象ですね
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綺麗なラウンジで上品な客がくつろぐ雰囲気です。
ここにはラウンジ古事記物語は似合いません。 -
そんな中で
ただ一人、
次々に各種飲み物を飲み続ける奴がいる! -
それは私w
でも、もう飲めねぇ~
お腹タプタプw -
今日はこれくらいで勘弁してやるか~w
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そろそろ搭乗が始まります
6月3日(火) JAL266便
広島 → 東京/羽田
定刻 20:35発 - 22:00着 -
大きな紙袋を両手に下げて乗り込みます
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両手が、、
お、重いよ~w -
は、早く乗り込んで~~!
両手がちぎれちゃう~! -
フゥ~~
やっと座れた~~ -
今日の飛行機はこれ
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ん?
寝台席がある。
初めて見た。 -
滑走路に向かいます
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広島は楽しかったな~
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広島の人は何だか洒落てる感じだったな~
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肩の力が抜けた無理のない都会人という雰囲気だったな~
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機内は結構な搭乗率
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電気が消えた
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飛びました
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天気悪いみたい
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ちょろっと夜景が見えた
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普段は夜景なんて絶対写らない私のバカボンカメラですが
今日は珍しく夜景が写ってます。 -
こんな事もあるのね。
カメラも広島が楽しかったのかな? -
今日は気流が悪いみたい
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揺れます
揺れます -
と言いながら、、
すっかり眠っていて
飲み物をもらいそこねるという不覚w -
気がついたら羽田の滑走路
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飲み物をもらえなかった自分が憎いw
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そんな思いで羽田に到着
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6月3日(火) JAL266便
広島 → 東京/羽田
定刻 20:35発 - 22:00着 -
1週間は長いかもと思いましたが
済んでしまえばあっという間 -
楽しすぎて時間が足りなかったなー
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みなさん我先に降りる準備をしています
私はぼんやりと座りつづけてます
まだまだ旅に浸ってるんですねw
でも諦めて列が無くなってからノロノロと機外に出ました。 -
飛行機を出てトイレに寄って来ただけなのに
もう誰もいません、、、、、 -
私の荷物だけがポツンと残っていました、、、
まぁ、、
無事に帰って来られて良かったです。
広島は楽しかったなー。
夜のお店も良い人ばかりで楽しかったー。
広島の人って洒落ていて素敵な人が多い印象でした。
広島出身の芸能人が多いのも頷ける感じがしました。
どことなく博多の人と似たような雰囲気を感じました。
そういえば博多も芸能人が多いところでしたね。
そういうところが似てるのかも。
また広島に行きたいなー。
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