2025/05/28 - 2025/06/03
817位(同エリア3110件中)
白熊爺さん
今年は新年が開けてからというもの
波瀾万丈な出来事が立て続けにありました。
金欠老人な私なのに数少ない知人や担当医の猛プッシュで
シブシブ旅に出ることになりました。
今回の旅は全くの無予定。
船に乗りたいな~という漠然とした思いはありましたが、
その場の気分で行き当たりばったり。
要するに普段と変わんないチョロチョロする日々です。
6日目の今日は、、
1週間の旅は長いかな~と思った広島の旅も明日で終わり。
なんか早いな~、、
お爺ちゃんは昨日頑張って遠くまで旅したので
今日はゆる~く近場の船の旅メインの小旅行にしました。
今日はゆる~い~1日になりそう~。
広島でゆる~くぼんや~りな1週間のはじまりはじまり~
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 船 JALグループ 私鉄 徒歩
- 旅行の手配内容
- その他
-
2025年6月2日(月) 曇り
【6月2日の歩行数 12183歩】
おはようございます。
曇り空の広島の朝。
昨日はあんなに良い天気だったのに~~、、、
そんな天気にガッカリしながらホテルを出ました。
うなだれて歩くその道で
足元にキレイなマンホールがありました。
ちょっと嬉しい。
たったそれだけで機嫌が治りましたわ~w
(←単純~w) -
今日もなか卯 広島幟町店で朝食をとります
-
私ってばホントなか卯好きだよねーw
それに今日は店内は空いてて良かったな~。 -
今朝の朝食は銀鮭定食にしました
-
味噌汁をとん汁に変更
ご飯を大盛りに変更
(←大盛りでも少し足りなかったw)
他にも牛小鉢と卵をつけちゃいました。
美味しくて満足した~
(←もはやお爺ちゃんの食事量では無いw) -
満たされたお腹をさすりながら
銀山町駅に向かいます -
電車が来ました
-
乗りました。
空いてました。
座った途端、、、
ぐっすりと眠ってしまいました~w -
ハッと気がついたら、、、
終点の広島港駅にあっという間に到着していました~w -
なんか、、、、
まるでワープしたような、、
不思議な気持ちでした~w
この広島港駅は
どことなく日本離れした雰囲気の駅ですね~ -
今日はここから船に乗って小旅行をしちゃいます
-
大きなターミナルビルですねー
-
ビルの中は広々としています。
人影少なく空いてます。 -
今日はどこに行こうかな~
実はまだ行き先は決めてないんですねーw
なんとなーく、、
船に乗ることが最優先だったんですよねー。 -
ここに有人のチケットの売り場がありました。
-
それとは別に
行き先ごとの券売機がありました -
コミュ障の私は人のいる窓口は少し苦手なので
券売機で行けるところを選択しますw
クレジットカードが使えるのが良いですね。
マイルが貯まるしーw -
これからの出発時刻から考えると
この辺りからの選択が良いかもしれないです。 -
どれにしようかな~
-
中町港にしました~。
終点なので居眠りして下船できないという心配もないしーw -
中町港行きは11時23分の6番のりばから出港のようです。
瀬戸内シーライン [高速船]宇品→高田→中町 中町港<能美島>行
広島宇品港 11時23分発 → 中町港(能美島) 11時52分着
料金 980円 -
こちらから制限エリアに行くようです
-
制限エリアに出ました。
こちらに行くようです -
制限エリアに出ると、
開放的で広々とした風景が広がっていました。 -
正面に特徴的な三角形の似島が見えています。
安芸小富士とも呼ばれてるんだそうです。
こうしてみると
広島宇品港の風景は広々としていますね -
振り返ってみました。
背後に広島港宇品旅客ターミナルがそびえたっています。 -
実は私は以前にも宇品港に来ています。
といっても4、50年くらい前のピチピチしてた頃ですけどね~w
これほどキレイなビルでは無かったはずです。
調べてみたら、、、
このビルは2003年(平成15年)3月29日にオープンしたそうです。
やっぱりねという感じですね。 -
6番乗り場に来ました
-
私以外にはまだ人はそれほど来てないようです
-
ん?
奥は広くなってるのかな? -
桟橋は奥が広い感じになっていました
-
左下に看板が置かれてますね。
桟橋の右側に私が乗船する船が来るようです。 -
桟橋の左側の奥の方向に宇品島が見えます。
宇品島といっても現在では橋でつながっています。 -
右手に広島港宇品旅客ターミナルが見えます
-
ん?
船が来たようです。 -
多分あれですよね?
-
船の真ん中が浮き上がってますね
-
入り口の時刻表に高速船と書かれていたので
ああいう構造なのが高速船なのかな? -
船はそろりそろりとやってきました
-
ゆっくりと減速してますね
-
船が近づいてくると、、
意外に大きな船なんですね。 -
近くで見ると
口を開けたクジラのような雰囲気もしますねー。 -
近くで見るとやっぱりデカいです
-
瀬戸ブルーと書かれています。
これが船の名前なのかな? -
船が停泊するとスタッフさんがテキパキと船の係留作業をしてますね
-
プロの素早い手捌きで無事にタラップが降りました
-
お客さんが降りてきました
-
結構お客さんが乗ってますね
-
そろそろ私も乗船します。
瀬戸ブルーに乗り込みましょう。 -
瀬戸ブルーは近くで見ると思ったよりも迫力がある大きさでした
-
この大きさで高速船なんですね。
すごく大きい船です。
そう言えば、
以前、壱岐島に行った時も大きな高速船に乗ったのを思い出しました。
あれも大きかったなぁー。 -
それでは乗船します
瀬戸内シーライン [高速船]宇品→高田→中町 中町港<能美島>行
広島宇品港 11時23分発 → 中町港(能美港) 11時52分着
料金 980円 -
これからこの船で江田島に行きます。
でもこの船の行き先って中町港(能美島)って書いてましたよね?
なんでだろ? -
乗船して1階の右手の前方客席は普通の席ですが広いですね。
-
1階の左手の後方客席も普通の席ですが広いですね。
外から見ても大きい船でしたが
中も広かったです。 -
私は上に行きます
-
私は2階の甲板で海風に吹かれます。
海風を感じる船旅をするのが私は好きです。
(←寒いときはこの限りではないw) -
船が出港しました。
瀬戸内シーライン [高速船]宇品→高田→中町 中町港<能美島>行
広島宇品港 11時23分発 → 中町港(能美港) 11時52分着
料金 980円
-
広島宇品港の中はゆったりしています
-
前方に広島港宇品旅客ターミナルが見えています
-
瀬戸ブルーが岸壁を離れていきます
-
瀬戸ブルーが船体を旋回しています
-
似島が動いていきます
-
大きな瀬戸ブルーですが意外に小回りがききます
-
似島の場所が良い目印になっています
-
ここに瀬戸ブルーの情報がありました。
所有者は江田島市なんですね。
市民の足の確保を頑張ってるなーっていう感じですねー。 -
船が旋回し終わりエンジン音が強くなりました。
-
ババババー!
高速船なのでスタートダッシュがすごいです! -
みるみるうちに遠ざかる桟橋
-
あっという間に桟橋が小さくなっていきます。
高速船の威力を実感しますねー。 -
進行方向の左側に宇品島が大きく見えています。
大きな建物が建っていますね。
左の建物は広島シーサイド病院という病院のようです。
右の大きな建物はベイサイドパレス宇品という普通の集合住宅のようです。
こうしてみるとリゾートホテルのように見えますね。 -
宇品島から防波堤が伸びてます
-
防波堤の先に小さな灯台がありますね
-
ここまでが広島宇品港なのでしょうか?
-
船は防波堤を出ます
-
今、防波堤を出ました。
ここから外海になるんでしょうかね? -
外海に出ても波静か。
やはり瀬戸内海は外海といっても波は穏やかですね。 -
向こうに高速船が走ってますね。
瀬戸内海は船の交通密度が多いですね -
宇品島がどんどん小さくなっいていきます
-
この船は宇品島には立ち寄らないみたいです
-
宇品島の右端にグランドプリンスホテル広島の頭がチョロっと見えていますね。
-
穏やかな海にながらかな島が点在しています
-
穏やかな気持ちになる風景です
-
曇り空なので少しだけ幻想的な感じに燃える気がします
-
右手に似島が近くに見えます
-
に島の右手は近くには島がありませんね
-
遠くに広島市街が見えるばかりです
-
安芸小富士とも呼ばれる似島。
バウムクーヘンでお馴染みのユーハイムの創業者がこの島に抑留されていたという事で日本でのバウムクーヘン発祥の地らしいです。
バウムクーヘン好きな私としては心が惹かれますね。 -
安芸小富士の頂上からの眺めが良いそうです。
日帰りハイキングのコースとして広島市民に親しまれているようです。
最近ではインバウンド観光客の間でも知られていて、実際に登山されてる方も少なからずいるようです。
そしてSNSで自慢してるようですw -
以前のGoogleMapには
この似島の南にある海岸に「西城秀樹浜」という表記があったのですが、最近は削除されてしまっています。
西城秀樹さんの「ブルー・スカイ・ブルー」は私のカラオケの持ち歌なので、いつか西城秀樹浜でシャウトしたいと考えていたのに、、、、
残念です~w -
島影が近くなってきました
-
進行方向の左手に小島が見えてきました。
GoogleMapでは峠島と表記されてます。 -
ウィキペディアでは過去に戦後1名住んで開拓をしてたんだとか。
今は無人島で連絡船はありません。 -
GoogleMapの航空写真を見ると、、
島の南に大量の船が陸揚げされている場所があるようです。
マリーナ業者が所有してるようなことを書かれてる情報もネットにありました。
もしかしたら個人の所有の島という話もあるので勝手に上陸はやめた方が良いですね。 -
私の乗った船は、
この先の島影が折り重なったところへ進んで行きます -
進行方向の右手に似島が見えます。
安芸小富士は横から見るとなだらかな三角の山に見えるんですね。 -
これから私の行く江田島というのは空から見るとYの字の形をしているという表現をよく使われています。
私はザリガニのように見えますけどねw
そして私がこれから向かう中町港はYの字の二股に分かれる付け根あたりにあるようです。 -
そういうわけで船の進行方向の両側に
江田島が両側に陸地として見える状態になるようです。 -
要する江田島のYの字の長い半島にはさまれた深い入江を船が進んでいく感じになるようです。
-
振り返るとここまでの航跡が見えています
-
これから進む行手には島影が幾重にも重なっています。
ここから右に見ていきます。 -
船の右手には
なだらかな丘が波打っています。
ここは既に江田島のYの字の半島の部分です。 -
その右手には
長く続いた山並みが右手に続きます -
その右手には
高さもそこそこある丘が続いています -
その右手には
丘は一気に海に落ちています -
その右手には
広島宇品港方面に入江が口を広げています。
一筋の白い航跡が広島宇品港との繋がりを思い起こさせます -
その右手には
森に覆われた岬が見えます。
あそこも江田島のもう一つのYの字の半島です。 -
その右手は
この辺りは船の左右の陸地が近いです。
津久茂瀬戸と呼ばれる幅の狭い海域のようです。
この岬の先から入江になるようです -
その右は
入江の幅が広くなっています。
およそ島とは思えないスケール感です。 -
Yの字の真ん中の広大な入江は江田島湾という名で呼ばれているようです。
-
これから私が行く島は江田島ですが、
乗船時のゲートにはこの船の行く港は中町港(能見島)という表記がありました。 -
あれ?
江田島じゃ無いの? -
気になった私は船の上でググってみました。
-
Yの字の形の江田島は現在は1つの島ですが、、、
実は!
江田島
西能見島
東能見島
の3つの島で構成されているという
衝撃の事実を知りました! -
どのように分かれているのかというと、、
Yの字の右の手の部分が江田島
Yの字の左手の部分が西能見島
Yの字の真ん中の部分が東能見島
というエリア分けになってるようです。 -
江田島と東能見島は江戸時代までは飛渡瀬という浅い海峡で隔てられていたそうです。
潮が引いた時には渡ることができるくらいの浅瀬になったそうです。 -
そういう浅瀬の場所だったので江戸時代から埋立られていたようです。
-
明治になって軍に施設を作るためにさらに埋立が進んだそうです。
-
そのあたりは地図で見るとYの字の湾の一番深いところにあたる場所です。
-
その場所にあった浅瀬の飛渡瀬という名前はは現在でも地名に残っています。
現在そのあたりは大きなショッピングセンターが2つあり、ロードサイドのお店が集まるエリアになっていて江田島の中でも車の集まりやすいショッピングゾーーンになっています。 -
そして西能見島と東能見島ですが、
外観的には二つの島に見えますが、別の島だったという事実はなさそうだという事らしいです。 -
2つの島の境目と考えられる場所は意外に高さがあるのでそう考えられてるようです。
-
でもパッと見、2つの島に見えるもの確かなので西能見島と東能見島というエリア分けに使われているようです。
-
これから私が行く中町港(能見島)のある場所は、、、
私がGoogleMapで見た感じでは、、
西能見島と東能見島の境界にあるような気がします。 -
現在、船が進んでいる右手に続くなだらかな丘が西能見島と呼ばれているエリアのようです。
-
こうしてみると西能見島は山がちなエリアですねー。
-
振り返ってみたあたりは江田島エリアと呼ばれているあたりです。
-
西能美島に近づいて来ました
-
西能美島は平地が少ない感じです
-
振り返ると江田島の入り口が大きく口を開けているのが見えます。
でも、陸地の影と重なり合っていて
島と本土の区別がが曖昧にも感じます。
これが瀬戸内海の風景なんですよね。 -
進行方向の右手には西能美島の山々がy威嚇に大きく見えます。
-
進行方向の左手には江田島の岬の小山が近くに見えます
-
江田島側のえ岬を回り込んで行きます。
この辺りは津久茂瀬戸と呼ばれる海域です。
Yの字の2つの半島が近づいている海域で
江田島湾を閉じるように狭まった海峡の海域です。 -
江田島側の小山が海に直接落ち込んでいますね。
穏やかな小山の割には険しい地形ですね。 -
GoogleMapを見ると江田島側に一軒の家が見えます。
あそこのあたりに「津久茂 船舶見送り」というポイントがあるようです。
あそこで道が途切れるようです。
あの場所で練習航海に向かう艦船を見送るそうです。 -
右手の西能美島に工場のようなものが見えています。
離れ小島かと思っていましたが
工業的な施設があったのは意外でした。 -
静かな入江には牡蠣の筏が浮いています
-
よくみたら江田島湾にはあちこちに牡蠣筏が浮いていました
-
牡蠣筏に船が何か作業をしていました。
手漕ぎの木造の小船ではなくて
ちゃんとした船だったのが意外です。
(←ものすごい偏見w) -
西能美島方面を見ると、、
牡蠣筏がびっしり浮いてます。
背後に民家も増えてます。 -
船の行く手に街に近づいて来ました
-
けっこう大きな街のようです
-
あら~?
造船所? -
江田島はこういった大きな産業がある島なんですね?
江田島の知識無さすぎ~w -
ん~~、、
なかなかの工業地帯である、、、 -
高田港に到着
-
タラップが降りていきます
-
ギギギーーー(←イメージ音w)
-
本当はけっこう静かに降りています
-
スタッフさんに見守られてタラップは降りていきます
-
ガッシャーン!(←イメージ音w)
本当は静かでしたw -
おじさん2名下船
-
仲良し二人旅~w
-
ここから乗船する人はいなさそう。
まぁ、次が終点だからあたりまえか。 -
スタッフさんが
私のためにお見送りしてくれました。
(←自意識過剰w) -
船は高田港を離れていきます
-
初めてきた高田港だけど
船出の時は少しだけ切ない気持ちになるのはなぜ? -
船は港を離れます
-
この港に来る事はもう無いんだろうな~
そう思うと一期一会という言葉が頭の中に浮き上がってきます。
なんか寂しい気分です。 -
桟橋を離れた船は船体を回転していきます
-
ゆっくり船は回転していきます
-
船は防波堤の出口に向かいます
-
防波堤の先端に小さな灯台があります
-
可愛い赤い灯台です
-
防波堤を出ると船が一気にエンジンをフルスロットルに!
-
ババババーー!!!
-
大きなクレーンがニョキニョキ立っています。
まるで恐竜の団体がいるようです。 -
進行方向の右手に西能美島が見えます。
この辺りの山は山脈と言った感じに見えますね。 -
高田港はもう遥か彼方です
-
まさか離れ小島にこれほど大きな造船所があるとは思いませんでした。
-
大きな江田島湾を船は先に進みます。
ここから右に見ていきます。 -
進行方向の右手には西能美島が続いています。
その右には、、、 -
なだらかな稜線が続く島です。
こちらの西能美島にも造船所があります。
その右には、、 -
江田島は見える範囲だけでも造船所が2つあるんですね。
そういう意味で産業があるかなり大きな島ですね。
江田島湾の入り口が遠くに見えます。
その右には、、、 -
江田島湾の入り口から江田島方面
その右には、、、 -
江田島の山がちな部分が見えます。
その右には、、、 -
江田島湾に浮かぶ牡蠣筏が見えます
その右には、、、 -
この辺りには牡蠣筏の数も多く浮かんでいますね。
その右には、、 -
牡蠣筏が多く浮かんでいます。
江田島も牡蠣の一大産地なんですね。
その右には、、、 -
こうして見ると江田島は大きな島です。
江田島は江田島と東能美島と西能美島の3つのエリアが1つの島になっていて構成されてます。
とても大きな島で瀬戸内海では4番目に大きな島だそうです。
1位は淡路島、2位は小豆島、3位は周防大島(屋代島)という順位なんだそうです。
江田島は意外に大きいんですよね。
その右には、、、 -
牡蠣筏がたくさん浮いていますね。
入り組んだ入江と静かな波が牡蠣の育つ環境にピッタリなんでしょうね。
この辺りから見えているのは東能美島にあたるのかな?
その右には、、 -
東能美島の小高い丘が連なっています
その右は、、、 -
そろそろ中町港に着きます
その右には、、、 -
中町港が見えてきました。
-
GoogleMapで見てみると、、、
中町港は西能美島と東能美島の接点にある感じなのでしょうかね? -
船が停泊してますね。
この船はあそこに行くようですね。 -
そろそろ接岸します
-
この船もけっこう大きな船ですね
-
この船の前に停泊するのかな?
-
あの狭いところに停泊するようです。
大丈夫でしょうか?? -
私、ペーパードライバーですが~
自動車教習所の頃は縦列駐車は大の苦手でした~w
私が運転免許をとった50年くらい前は、生意気な教習官が威張っていて最悪な時代でしたねーw
今なら大炎上ものでしたよ~w -
ソロリソロリ、、
船は桟橋に近寄っていきます。 -
シューーー、、
スムーズに接岸しました。
さすがプロですね。 -
タラップが降りてきました
-
ギギギッー(←イメージ音w)
ホントは静かでスムーズでした。 -
スタッフさんがテキパキ動いています
-
ガッシャーン!!(←イメージ音)
ホントは静かにタラップが降りましたw -
下船開始
-
無事に上陸しました。
瀬戸内シーライン [高速船]宇品→高田→中町 中町港<能美島>行
広島宇品港 11時23分発 → 中町港(能美島) 11時52分着
料金 980円 -
せっかくなので後ろに回ってきました
-
後ろ姿がスッキリしてますね
-
瀬戸ブルーという感じの色で塗られていました。
江田島のイメージカラーだそうです。 -
次の乗客が乗り込んでいます。
この船はこれから広島宇品港に向かう船になるんですね。 -
前に回ってきました。
高速船らしい顔ですね。 -
かっこいい~
双胴高速船ですねー。
2本足で立っている感じの船ですね。 -
無事に運んでくれてありがとう~
瀬戸ブルーという船名は約400名の応募の中から選ばれたそうです。 -
快適な乗り心地の船でしたねー
この瀬戸ブルーは江田島市の所有で運航は瀬戸内シーラインという会社のようです。 -
この瀬戸ブルーの就航日は2023年5月13日だそうです
-
全長は28.0m、総トン数91トン、最大搭載人員150人というスペックのようです
-
この船に双胴船を採用したのは
波が立ちにくく周辺の牡蠣筏への影響にも配慮された設計だった為だそうです -
広島宇品港 と江田島の高田港と中町港の間を所要時間約20分で結んでます。
今日ここまでの航海は短い航海で天気は曇り空でしたが十分に気持ちの良い船旅でした。 -
ターミナルビルに来ました。
この中町港旅客ターミナルは想像以上に綺麗で新しい建物でした -
この中町港旅客ターミナルは、2008年(平成20年)4月に新たに供用が開始されたそうです。
それで、まだ新しく感じるんですね。 -
では入りましょう
-
中はシンプル&クリーン
-
ちょうど正午過ぎですね。
帰りの料金、時間などをチェックします。 -
自動券売機がありました。
広島宇品港にあったものと同じタイプですね。
クレジットカードが使えるのも良いですね。 -
売店?
今は閉まってますね。 -
このお店は、、
お好み焼き鉄板焼き 日和
というお店なんですね。
この時間は閉まっていました。 -
待合所はこじんまりしてますが明るくて開放感がありました。
-
水槽がありました
-
ちょっとトイレに寄っていきますw
お年寄りは出せる時は出しておかないと
後々大変な目に遭いますからね~w -
スッキリしたのでブラブラ散歩しましょうかね~。
観光地図があるのでざっくり見ていきます。 -
では外に行きましょう
-
外に出ました。
バス乗り場とタクシー乗り場がありました。
バスは
長瀬海岸線
大柿~能美線
沖美線
の3系統出発しているようです。
一部は
小用~大柿線に乗り入れているかもしれません。 -
船との島内の交通の接続はそれなり便利そうです
-
この時間はターミナルビルの前は空いていました
-
お好み焼き鉄板焼き 日和の入り口はターミナルビルの外にもありました。
-
中町港旅客ターミナルから少し行くと
広島県道36号高田沖美江田島線がありました。 -
広島県道36号高田沖美江田島線の交差点には
ローソン 江田島能美町中町店がありました。 -
GoogleMapを見るとこの近辺にはこのお店以外にお店が無さそうです。
必要なものがあればここで調達するのが良いですね。 -
とりあえずこちらの方に行ってみます
-
海に沿って歩いていきます
-
綺麗に整備された歩道ですね
-
海に沿った歩道です
-
ここにも牡蠣筏が浮いてますね
-
向こうに見えるのは西能美島ですね。
現在歩いているのは東能美島ですね。 -
牡蠣筏は思った以上に陸地の近くに浮いてるんですね
-
少し沈んでる牡蠣筏もありました
-
結構たくさんの牡蠣筏が浮いてます
-
普段、牡蠣筏って見る機会が無いので
ワクワクしながらのお散歩です -
海に続くスロープがありました。
ここから船を海に下ろすのかな? -
休憩用の東屋がありました。
-
よく見たら沈んでる牡蠣筏がけっこうありますね
-
牡蠣筏は沈んでも平気なものなのかしら?
-
ここなんか、
ほどんど沈没してますね。
ま、牡蠣にとっては関係ないのかな? -
牡蠣筏がある風景は
日本画のような雰囲気を感じますねー -
正面に見えるのは江田島の津久茂山という山のようです。
標高は263mだそうです。
こうして牡蠣筏とセットで見るとなかなかの眺めです。
天気がよければもっと良いのですが
曇り空の幻想的な感じも現実感がなくて好きですね -
しばらく歩くとビーチ(←W)がありました
-
ここで水着になるのは少し度胸が必要そうですw
-
GoogleMapを見ながら、
こっちに行ってみます。 -
右手に切り通しがありました。
ここに入って行きます。 -
大きな建物がありました。
江田島荘というホテルのようです。
Googleマップで見てみたら、、、
料金はややお高めのお値段のようです。
木賃宿しか宿泊しない私には別世界ですね~w -
すぐそばに黒い建物がありました
-
えたじま温泉
と書かれていました。 -
日帰り温泉のようです。
-
月曜日は定休日なんだとさ、、、
行き当たりばったりの旅はこういう事は普通にありますね、、、 -
んじゃ、、、
こっちに行ってみるしかない。 -
えたじま温泉の横を通って行きます
-
東屋がありました
-
公園風に整備されてる場所に出ました。
ここから右に見て行きます -
砂浜が広がってますね。
向こうには防波堤が伸びていますね。
この右は、、 -
ここは人工ビーチなのかな?
GoogleMapにはヒューマンビーチ長瀬という名前が書かれていました。
ググってみたら長瀬海水浴場というのが本来の名前のようです。
やっぱり人工のビーチのようです。 -
防波堤のおかげで鏡のように波静かな水面です
調べたら
「まてがいの採捕禁止期間は5月1日~7月31日です。」
ということが書かれていました。
まてがいがいるんですね。
まてがいって??
と思って調べたら、、、
棒みたいな貝でした。
この右は、、 -
砂浜が弓形になって弧を描いています。
この右は、、、 -
水際の砂が穏やかで
外海のように漂流物がないのが良いですね。
この砂浜は400mあるそうです。
この右は、、 -
砂浜の幅もそれほど狭くないのが良いですね。
ジェミニ先生が言うにはこのビーチは1994年に完成した人工海浜だと言うことです。
それ以上は資料がないとジェミニ先生に言われました。
その右は、、、 -
先ほど見えた江田島荘が見えています。
思ったよりも大きなホテルでした。
この右は、、 -
江田島荘と公園が見えます。
この右は、、、 -
少しひいてみると
砂浜に面して建つ昭和風のリゾートホテルという感じでまったりしますね。
その右は、、 -
東屋の前に飲料水の自動販売機があります。
この右は、、 -
先ほど見た東屋ですね
この右は、、、 -
公園が続いています。
これでグルリと一周しました。 -
先ほど見えた防波堤の上は人が歩けるようになっていました
-
この先は誰かいるので、、、
コミュ障の私は行くのをやめます。
話しかけられると困っちゃいますからね~~w
(←ちょっと病気w) -
この辺くらいまでが安全圏ですね~
ここから先は話しかけられゾーンな気がするので(←w)
ここでUターンしますw
ここから右に見て行きます。 -
対岸の丘が海に映ってますね。
水面が鏡のようになっていますね。
この右は、、 -
江田島荘がビーチとセットになっていて
ホテルのロケーションの良さがわかりますね。
その右は、、、 -
江田島荘が水面に映って綺麗です。
小金持ちの為のホテルなのでここからの眺めも絵になりますね。
その右は、、、 -
防波堤が陸に続いています。
その右は、、、 -
江田島エリア方面の山が見えます。
では、ここから陸地に戻ります。 -
ここで今来た防波堤を振り返ってみました
-
ずっと人が立ってますねー。
よく見たら釣りをしてるようです。
魚はスーパーで買ってください!(怒!)
(←釣り人の釣竿で釣られた過去ありw) -
過去の釣り人から受けた嫌な体験を思い出してプンプン怒りながら歩いてると、、、
目の前の海の上に2つの小島が見えました。
ジェミニ先生に聞いたら
「公式な島名ではなく、地元では主に「夫婦島(みょうとじま)」などと呼ばれています。」
と言うことでした。 -
あの小島が2つになったのは歴史的な事件があったようです。
元々はひとつの島(岩塊)でしたが、戦時中の空襲によって分かれて2つの小島になったといわれています。
その時の様子は、
「1945年(昭和20年)7月24日および28日の呉空襲において、江田島・美能(長瀬海岸沖)に潜んでいた重巡洋艦「利根」は米空母機動部隊による激しい空爆を受けました。
直撃弾を多数受けて大破した利根は、浸水により航行不能となり、まさにこの夫婦島(トトウガ鼻)の目と鼻の先の浅瀬に浸水着底しました。当時、艦首を夫婦島の側へ向け、左舷に大きく傾いた状態で浅瀬に沈んだ姿が記録写真として残っています。」
と言う事です。
また、江戸時代の古文書(『芸藩通志』)などの絵図には「太郎石礒(たろういそ)」と表記されていた記録もあります。
と言う事です。 -
小さな岩場ですがなかなかすごい歴史があるんですね
-
よく見ると赤い鳥居があります。
これもジェミニ先生に聞くと
「船霊社(ふなだましゃ)」が祀られている島」
と言うことでした。
航海の安全や大漁を祈願するためだそうです。 -
ジェミニ先生は他にも教えてくれました。
「干潮時には浜辺からこの2つの小島へと続く砂州(トンボロ現象)が現れ、徒歩で渡ることができます。この現れる道は「ネイビーロード(群青の道)」などと呼ばれています。」
と言うことです。
小豆島とかにもそう言うのありましたっけ。 -
貝??
お魚さんもたくさんいますね。
釣り人に釣られるんじゃないよ~。 -
長瀬海浜公園の森がこんもりとしてます
-
長瀬海岸まで戻ってきました
-
長瀬海岸の看板がありました。
-
禁止事項が書いてあります。
ってことは、、
にわかには信じられないけど
これをする人が結構いるんだろうね。
私には非常識に思える行為でも
他の誰かには日常的な行為なのかー、、、、
人間の行いの不思議ーー、、、 -
平和関係のものがありました。
これを作った人もすでにこれの存在は忘れてそうですねーw -
東屋でちょっと一服します。
ホテルから持ってきたルイボスティーとおにぎりで小休止 -
誰もいない公園で海を見ながら食べるおにぎりは格別の味でした
-
今日は月曜日だからかとても空いています
-
こんな雄大な眺めを独り占めできるって贅沢です
-
ジェミニ先生が言うには
この公園は長瀬海浜公園という名称だと言う事です -
長瀬海水浴場に接する公園ですね
-
海水浴の時期は混雑しそうな整備された公園ですね
-
さてさて一服できたので先にいきましょう。
小さな橋を渡ります。 -
夫婦島(みょうとじま)を見ながら行きます
-
ん?
なんかある?
クジラ? -
スナメリでした。
しかもプラスチック回収ボックス
ここまで回収しに来るスタッフさんがいるんですね。
ご苦労様です~。 -
けっこう大きいですね。
それに作りが凝ってて立派ですね。
こんな立派なもの、
こんな人の気配の無い場所にあるなんて、、
悪い観光客に盗まれないのかな?
でも、、、
これ抱えてフェリーに乗ったらバレバレだけどねw -
橋を渡った先は広場があった。
海沿いを歩いてみる。
夫婦島を見ながら歩く。 -
こっちは海に降りる感じのところかな?
-
あっち方面は江田島湾の出入り口方面ですね
-
津久茂山の特徴ある山容と夫婦島の風景が趣があります
-
しばらくはこの場所でボーッとこの眺めを見ていました
-
さて、そろそろ動きましょう。
この一帯は何も無い広場になっています。
何かの行事に使われるのでしょうかね? -
あっちの方が眺めが良さそうです。
では、行ってみます。 -
来ました。
眺めが良いのでここから右に見て行きます。
ここの右は、、、 -
西能美島と江田島の津久茂山が見えます。
その間の境目が津久茂瀬戸で広島宇品港へ向かう航路が通って行くのですね。
その右は、、 -
津久茂やまと夫婦岩が眼前に見えます。
絵になる眺めですね。
その右は、、、 -
江田島方面の眺めです。
思った以上に山がちな島ですね。
あのあたりは昔から軍関係の施設があったようです。
個人的に興味の対象外なので今回は行かないです。
その右は、、、 -
江田島の遠景に、手前の東能美島の風景と牡蠣筏
その右は、、、 -
長瀬海水浴場と江田島荘が見えます
その右は、、 -
現在私がいる広場です
その右は、、、 -
私が現在いる東能美島の山がなだらかに下がったところにある中町港。
その向こうに見える山は西能美島
その右は、、、 -
遠くの山は西能美島
手前は桟橋があります。
ここから船が出ることもあるんですね。
その右は、、、 -
西能美島が海になだれ込んでいます
その右は、、、 -
津久茂山と夫婦島
その右は、、 -
夫婦島と江田島の山々
その右は、、 -
東能美島の山
その右は、、 -
東能美島の山と手前は広場
歩きながらクルリと撮影したので風景がダブってしまいました -
ここからは夫婦島が先ほどとは違う形で見えます
-
ここの夫婦岩は初めて見ましたが
なかなか絵になる形の島ですね -
こちらの桟橋には船が停泊してました。
こういった感じの船がここを利用してるんですね。 -
何かある
-
錨?
グーグル先生に聞いてみました。
「 戦後、江田島町にある古澤鋼材という企業から平成6年に寄贈されたものです。重巡洋艦「利根」の慰霊碑や資料館がある象徴的な場所にふさわしいモニュメントとして、この場所に据えられました。」
と言うことです。 -
へー、、
なんていう船の錨なんだろう?
もう一度グーグル先生に聞いてみました。
「特定の軍艦のものではなく、かつて呉海軍工廠(こうしょう)などで港湾の作業用(浮きドックや作業船などの係留用)に使われていた大型の錨(ストックアンカー)とされています。
そのため、残念ながら「〇〇という特定の船の錨」という名前はありません。
? 錨の本体には「2T NO4 昭和14-11」という文字が浮き出ており、昭和14年(1939年)11月に製造されたものであることが分かっています。」
と言うことです。 -
感慨深いです、、、、
-
錨の隣にスクリューがありました。
このスクリューも錨と一緒にここに飾られたそうです。 -
この沖合はアメリカ軍の爆撃で沈没した重巡洋艦「利根」の終焉の地であり、その爆撃でおびただしい犠牲者も出ました。
その鎮魂の意味もあったようです。 -
今となっては人知れず佇む感じになっています。
なんとも感慨深いです、、、 -
横にはこんなものもありました。
グーグル先生に聞いてみたら
「港湾の作業や船の上で重いものを吊り上げるために使われていた「三脚(さんきゃく)デリック」と呼ばれる小型の簡易クレーン(起重機)、あるいは重量のある錨や太い鎖を支えて固定するための専用の固定架台(アンカーベッド・スタンド)です。
この展示物も、隣にある大型の錨やスクリューと同時に、平成6年に古澤鋼材から一式として寄贈されたものです。」
と言う事です。 -
軍艦利根資料館がありました。
重巡洋艦「利根」は、真珠湾攻撃からミッドウェー海戦、レイテ沖海戦など、主要な激戦を戦い抜いた武勲艦でした。 -
戦争末期の1945年2月に海軍兵学校の練習艦として呉からここ江田島湾(能美島)へと回航されます。
1945年7月28日の夕暮れ時、アメリカ軍の攻撃で船尾から静かに長瀬海岸の浅瀬へと沈んでいきました。
この戦いにより乗組員128名がここで命を落としました。
このアメリカ軍の攻撃は凄まじく島に落ちた大量の爆弾によって地元の島民にも犠牲者が多数でたと記録されています。
民間人も容赦無く攻撃するのはアメリカ軍のどの作戦でも大前提なのですけどね。
ま、それでも勝てば官軍です。 -
ん、、、
開館日は限定されてるみたいです、、、 -
なるほど
-
ここに入ってる用紙を書いて、、
-
ここに入れると言うことですね。
そもそもが今日は開館日では無いので仕方ないですね。 -
中が見られないのは
行き当たりばったりの旅なので仕方ないですね、、、 -
一旦、表に出てから
隣接する公園に正面入り口から入り直しました。 -
なかなか綺麗に整備されている公園という印象です
-
この公園は利根公園というんですね。
重巡洋艦「利根」と関係がある公園なのは想像がつきますね。
この字って達筆ですね。 -
では入って行きます。
植え込みが綺麗に剪定されています。
なかなかに手がかかっていますね。 -
これだけ整備するにはお金もかかってるはず。
歩いていて気持ちが良い公園です。
グーグル先生が言うには
「この利根公園は1965(昭和40)年5月に地元の有志たちから土地の寄附を受け、生存者や遺族、地元市民らによって現在の敷地が「利根公園」として開園する。」
と言う事です。 -
石橋がありました。
ここは本来は池だったのかな? -
突き当たりに大きな石碑がありますね
-
軍艦利根の慰霊碑のようです
-
軍艦利根の戦死者の名前が書かれています、、、、
-
切ないです、、、
-
この場でなんと言えばいいのか、、
うまく心にしっくりくる言葉が出ませんが、、
この場で何が起こったのか
私は知ることができました。
そしてあなたたちがここで犠牲になった事を知ることができました。
それだけは間違いないことです。 -
ここにも錨がありました
-
船の乗組員のために捧げてるのでしょうかね?
-
船舶の放置禁止区域の禁止って事は、、、
そう言う船がたくさんある現状って事ですねw
ホント変な人がたくさんいる世の中ですね~ -
でもここからの眺めは穏やかでいいですね。
ここから見えるのが西能美島にあたりますね。 -
では、そろそろ戻りましょう
-
トロトロ歩いて中町港に戻ります
-
今日は結局晴れなかったな~
-
ここのビーチで水着のご披露もできなかったし~w
-
なんて、アホなことを考えながらぼんやりと海を見る。
砂浜の向こうは牡蠣筏と津久茂瀬戸方面ですねー。 -
なんだか、、
ものすごく遠くに来たような感じです。
でもここって広島から20分くらい船に乗ったら来れるんですよね。
そう考えると江田島は広島からものすごく近い島ですね。
広島って気分転換にいい場所が多い感じですね。 -
整備された遊歩道はぶらぶら歩きにピッタリです。
中町港が近づいて来ています。 -
牡蠣筏が浮かんでます。
その向こうに中町港が見えますね。
その背後には西能美島の宇根山(うねやま)が見えています。
地元では別名野登呂山(のとろやま)とも呼ばれているそうです。
標高 542m の山で江田島市最高峰だそうです。
車でもアクセスできるそうで瀬戸内海のパノラマが綺麗に見えるそうです。 -
綺麗な歩道が続いています。
のんびりと気分良く歩いて行きます。 -
歩いて右手に牡蠣筏が浮かんでいます。
こんなに近くで牡蠣筏を見られる機会はなかなか無いですねー -
津久茂瀬戸が綺麗に見えてます。
牡蠣筏がそちらを指してるように見えます。 -
牡蠣筏が沈んでますねー。
沈んでも平気なんですかね?
牡蠣は関係無いと思いますがね。 -
今日は目的もなく江田島に来ましたが
牡蠣筏がある風景が予想外に萌えました。
牡蠣筏を見られて良かったです。
こういったある意味
広島らしい風景は初めて見たかもしれません。 -
牡蠣筏の背後に家並みが見えます。
牡蠣筏は周りに家の無い、深い森に囲まれた奥まった入江に浮かんでいるイメージがあったので意外な感じがしました。 -
高速船が見えますね。
あそこが中町港ですね。 -
ここから牡蠣筏と高速船が見えますね。
この組み合わせが面白いですね。 -
正面にローソンが見えてきました
-
少し大きめのローソンですね。
車はお店の横にも数台止まっていますね。
ローソン 江田島能美町中町店 -
この近辺にはここ以外に商店が無いのでこのお店の存在は貴重ですね。
-
とりあえず入ってお買い物します。
中は思ったよりも人がいて混んでいました。
品揃えも良かったです。
では、買うものも買ったので港に戻りましょう。 -
中町港の入り口に着きました
-
中町港旅客ターミナルが見えました
-
ここを出発したのが随分前のような不思議な気分です。
昨日くらいにここから出たような気分です。
こういうのって逆・浦島太郎って気分? -
再びここに戻ってきました
-
お好み焼き屋さんはまだ閉まってる時間のようですね。
手前には美容院も入ってたんですね。
着いた時には全然気がつかなかったです。 -
中に入りました
-
チケット買いました。
-
ただいま14時13分。
程よい待ち時間で船に乗ることができそうです。
瀬戸内シーライン [高速船]中町→高田→宇品 広島宇品港行
中町港(能美島)14時24分発 → 広島宇品港 14時54分着
料金 980円 -
乗り場はここかな?
-
ん?
船が来た。
あれかな? -
接岸するみたいです
-
桟橋でスタッフさんの動きが慌ただしくなってきました
-
テキパキ
-
テキパキ
-
流れるような動きで作業を進めています
-
そろそろ行かないと乗り遅れますね。
ではサッサと船に行きます。 -
この船は船体のカラーはブルーではなくピンクなんですね
-
もう乗り込んでる人がいますね。
私もこんなとこでノンキに写真撮ってる場合じゃ無いですね。 -
この船はロイヤル千鳥という船のようです。
-
ではそろそろ私も乗り込みましょう
-
タラップを上がる瞬間は気分が盛り上がりますね
-
乗り込む前にちらりと船外を見てみる。
乗船する瞬間の快感です。
では参りましょう! -
乗船口に足拭きマットがありました。
瀬戸内シーラインという文字があります。 -
入り口は1階の中央にあります。
入り口の左はこんな感じ。
普通の椅子席ですね。
瀬戸ブルーよりも座席が多いのかな? -
入り口の右はこんな感じ。
ラウンジ風のソファが並んでますね。
ここは来た時に乗船した瀬戸ブルーとは違う感じですね。 -
では2階に上がって行きます
-
この船は2階にもソファ席がありますね
-
瀬戸ブルーよりも豪華な感じですね
-
2階の甲板にも座席がたくさんあります。
ここも瀬戸ブルーとは違いますね。 -
出港しました。
瀬戸内シーライン [高速船]中町→高田→宇品 広島宇品港行
中町港(能美島)14時24分発 → 広島宇品港 14時54分着
料金 980円 -
中町港の桟橋を離れました
-
船は桟橋を離れて旋回しています
-
眺める景色も回って行きます
-
西能美島の風景も流れて行きます
-
船首を時計回りに回転して行きます
-
中町港の桟橋が後方に見えてきました
-
桟橋にはすで船の後ろまで回って来ました
-
いったん、船のエンジンが静かになりました
-
エンジンが高鳴ってきました
-
ババババー!!
-
一気に船がダッシュしました。
さすが高速船!
フルスロットルで進みます。
速い! -
進行方向の右手には東能美島方面が見えます
-
進行方向の左に見える山は西能美島ですね。
こうしてみたらけっこう高い感じの山の島なんですね。 -
中町港はもうあんなに遠くになりました。
後方の山は東能美島ですね。 -
進行方向の右手の江田島側で、
現在は海上自衛隊関係の施設があるそうです。
その前には牡蠣筏がたくさん浮いてますね -
こうしてみたら江田島湾はかなり大きな入江ですね。
江田島湾には牡蠣筏がたくさん浮かんでいて波も静かです。 -
入り口が細く奥が広い江田島湾は外海の影響が少なそうですね。
そういう意味で海上自衛隊をはじめ古くから海軍があったのでしょうか。
同じ意味で牡蠣の養殖にも適しているのかな? -
普段、牡蠣筏が浮かんでいる風景を目にする機会がないので
今日の小旅行は非日常感がありますね -
進行方向の右手の前方に特徴ある形の津久茂山が見えています。
ここから右にグルリと見て行きます。 -
その右には、、
小山が連なり江田島方面の市街地が見えます -
その右手には、、
手前に重なるように東能美島があります -
その右手には、、、
東能美島の穏やかな山並み -
その右手は、、
東能美島と中町港と西能美島との境目の鞍部 -
その右手は、、
東能美島と中町港と西能美島との境目の鞍部 -
その右手は、、
西能美島の急峻な宇根山 -
その右手は、、
西能美島の宇根山 から平らかな山なみ -
その右手は、、
西能美島の平らかな山なみと津久茂瀬戸に一気に落ちこんでいる山麓 -
甲板は空いていて快適です。
このロイヤル千鳥は1993年(平成5年)8月、大阪の三保造船所で竣工したそうです。 -
誕生した際の船名は「わかしお」だったそうです。
瀬戸内海汽船グループの「広今あきなだ高速(旧・広島今治高速船)」が運航する、広島(宇品)~今治(愛媛県)航路の高速船として華々しくデビューしたそうです。 -
ところが!
1999年(平成11年)に西瀬戸自動車道(しまなみ海道)が接続・開通したことで高速船航路は縮小となりました。
そして「わかしお」は、広島~能美島(中町)を結ぶ町営航路を運営していた能美町交通局(当時)へドナドナされることになります。
この移籍に伴いすでに航行していた先輩の「ニュー千鳥」(1993年建造)に合わせて現在の「ロイヤル千鳥」へと改名されたようです。 -
進行方向の左手に造船所が見えてきました。
GoogleMapには中谷造船ドックと書かれていました。 -
牡蠣筏が近くにあるのにこの江田島湾には造船所があるのって大丈夫なんですね?
実は食用の牡蠣の養殖は海域に区別があるんですよね。
指定海域→そのまま生食用として出荷可能。
条件付指定海域→一定の基準はあるが紫外線殺菌した海水などで人工浄化(通常20時間以上)すれば生食用にできる海域。
指定外海域→必ず加熱調理用。 -
もしかしたらこの辺りは加熱用なのかもね。
私は牡蠣飯をよく作るのでこの辺りの牡蠣を食べてるのかもしれないです。
味は生食用よりも加熱用の方が良い出汁が出ますね。
タイで食べた牡蠣のオムレツ?が美味しくて、あれこれ調べて自分でもたまに作ってますね。
網焼きの焼き牡蠣も好きですねー。
私にとって牡蠣は生よりも焼いた方が香ばしくて旨味が出て美味しいと感じますねー。
生は美味しいというか少し微妙な気持ちになる。
なんでだろ? -
防波堤の先の赤い灯台が見えました。
-
高田港に入りました
-
高田港と中町港は近いですね。
高田と中町の街は一つにつながっていて
港が2つ街という感じなので大きい街なんですね。 -
高田港にはここから広島宇品港に向かうお客さんが乗船待ちをしていました
-
タラップが降りてきました
-
ギギギギー!(←イメージ音w)
-
人が集まってきました
-
ガッシャーン!(←イメージ音w)
乗船開始! -
この辺りの方が住宅が密集してるためか乗客が多い印象です
-
タラップを上げます
-
ギギギギー!(←イメージ音w)
-
閉まります
-
閉まります
-
出港しました
-
ズンズンと船は桟橋を離れます
-
高速船のエンジン音が変わりました。
一気に速度が変わりました。 -
船首を回転して行きます。
高田港の背後には造船所のクレーンが見えてます。 -
船が大きく回転します
-
防波堤の出口の赤い灯台が見えました
-
背後には高田の街が見えてます
-
ババババー!
-
一気に加速します
-
速い速い!
-
屋根のある甲板にいても海風が吹き抜けます
-
海風が頬を撫でていく感覚がとても良い心持ちです
これが私が船の旅が好きな理由の一つかもしれません。 -
江田島湾の出口が見えてきました。
-
江田島湾の出口にあたる津久茂瀬戸を目指します
-
進行方向の左手には西能美島が見えています
-
山頂は高さはありますが山容は平かな印象の島です
-
まるでハワイのダイヤモンドヘッドw
-
振り返ると船は江田島湾から遠ざかって行きます
-
進行方向の右手に江田島の津久茂の山裾が海に落ち込んでいます。
この辺りは津久茂瀬戸の一番狭いあたりになります。 -
あの家が見えているあたりに津久茂 船舶見送りと呼ばれるポイントがあるようです。
車道もあそこまでです。
あそこから先は道が無いようです。 -
津久茂 船舶見送りは来る時にも見えましたね。
江田島の港を出た練習航海に向かう艦船を見送るそうです。 -
振り返ったあちら方面の江田島の港から船が来るようです。
-
ここで津久茂瀬戸が終わり船が江田島湾を出ます
-
江田島湾を出ました
-
なかなか山がちな島なんですねー
-
振り返ると、、
右手の航跡は津久茂山の麓の近くを白く長くひいていました -
左手の西能美島からは少し距離がありました。
もしかしたら津久茂瀬戸の船の航路は右側通行なのかな? -
この広島宇品港と江田島の航路の歴史を調べてみました。
ことの始まりは1888(明治21)年、東京・築地から江田島に海軍兵学校が移転してきた事に始まります。
ほぼ同時期(1889年)に、陸軍の兵站基地として宇品港が近代港湾へ整備されたことで、両者をつなぐ海上交通が急速に重要視されるようになりました。 -
当時はまだ大規模な旅客会社はなく、地元の個人事業者たちが小さな木造の蒸気船(通船)を仕立て、兵学校の関係者や島民を運ぶところから航路の歴史がスタートしました。
-
終戦を迎えると、江田島は「軍の島」から「市民の島」へと変わり、航路の役割も生活や産業の維持へとシフトします。
戦後の1945年6月、瀬戸内海の海上交通を再編する形で瀬戸内海汽船が設立され、宇品発着の定期船ネットワークが構築されていきました。
1960年代に入ると、自動車をそのまま載せられるカーフェリーの時代が到来します。
古くから個人事業として宇品~切串航路を運営していた上村汽船も1964(昭和39)年からフェリー運航を開始。
1980年には、船の前後どちらからでも車が出入りできる「両頭型フェリー」を他社に先駆けて導入し、宇品~江田島間の最短ルートとして多くの通勤・通学客や車両を運びました。 -
振り返ると津久茂山のピラミッドのような形が目立っています。
平成に入ると島を取り巻く交通環境が激変し、多くの航路が統廃合や合理化を迫られる苦難の時代を迎えます。
江田島(能美島)は呉市側と陸続き(早瀬大橋など)でしたが、
さらに2013年(平成25年)に「第2音戸大橋」が供用開始されたことで、本土への車の流れが変わり、フェリーの利用者が大きく減少しました。
江田島市(旧町を含む)が運営していた「能美島(高田・中町)~宇品」の高速船・フェリーなどの公営航路は、経営難から民間への委託・移管が進みました。
また、利用が低迷した「大須~宇品」フェリー航路などがこの時期に廃止されています。
2016年、瀬戸内海汽船グループの「瀬戸内シーライン」が、三高~宇品航路を維持するために江田島汽船と合併。効率化を図りながら生活航路を守る体制が作られました -
現在の宇品~江田島航路は、単なる「住民の足」だけでなく、瀬戸内海の魅力を伝える観光・交流のインフラとしての役割を強めています。
2020年には瀬戸内海汽船グループによって観光型高速クルーザー「シースピカ(SEA SPICA)」が就航。
宇品から江田島、呉、御手洗などを巡る新しい瀬戸内クルーズの形を提案しています。
江田島が「オリーブの島」やサイクリングスポットとして注目されるようになり、宇品から手軽にアクセスできるフェリー(上村汽船の切串航路や瀬戸内シーラインの三高・小用航路など)は、国内外の観光客からも広く愛用されています。
という歴史があるようです。 -
江田島の航路で民間会社の競争が激しかったのが宇品と切串の航路だったそうです。
歴史も長かったそうで業者間の競争が熾烈だったようです。 -
今回の訪問の時に利用した宇品中町航路は
歴史が新しくて業者間の競争が無い時代に開設されたようです。 -
昭和の中期、江田島(能美島)の西側地域である旧能美町や旧大柿町にとって、県都である広島市(宇品)へ直接アクセスできるルートの確保は最重要課題でした。
-
民間事業者が参入しにくかった西能美地区の交通を確保するため、旧能美町が自ら運航を担う能美町交通局を設立しました。
宇品~高田~中町、そして能美ロッジ(国民宿舎)などを結ぶ、町営のフェリーおよび旅客船(のちに高速船)の運航をスタートさせました。 -
昭和の全盛期には、
より速く広島へ移動できるよう水中翼船が導入された時期もあり、島から広島への「速達ルート」として広く親しまれました。 -
2004(平成16)年、江田島内の4つの町が合併して現在の「江田島市」が誕生します。これに伴い、町営航路の歴史も大きな転換点を迎えます。
能美町交通局が運営していた船舶や航路は、新たに発足した江田島市企業局(交通課)へと引き継がれました。
地方自治体が自ら定期航路を維持する、全国的にも珍しい「市営の船」として、引き続き島民の足を守り続けました。 -
平成中期に入ると過疎化や陸路(音戸大橋・早瀬大橋ルート)の整備による利用者減少に加え、燃油価格の高騰が市営交通の経営を直撃します。
運航経費が重くのしかかっていたフェリー便の利用が少なくなったことから、江田島市は断腸の思いで中町・高田~宇品間のフェリー運航を廃止しました。
コスト削減のため、航路をすべて高速船(旅客のみ)へ切り替える効率化を図り、減便されたフェリーの穴を高速船の増便でカバーする体制をとりました。
これにより、現在の「高速船のみの航路」としての土台が作られます。 -
市が自ら運航を続けることが財政的に限界を迎えたため、経営の効率化と民間ノウハウの導入を目指し、航路の「公設民営化(指定管理者制度)」へと踏み切ります。
-
2015(平成27)年10月、江田島市企業局による直営運航が終了し、瀬戸内海汽船グループの瀬戸内シーラインに運航が全面委託されました。市が所有する高速船(ニュー千鳥など)を民間会社に無償貸与する形をとりながら、路線の維持を図りました。
-
瀬戸内シーラインの運航のもと、宇品~高田~中町を最速約30分で結んでいます。
2025年10月にはコスト高騰に伴う運賃改定が行われるなど、今なお厳しい環境にありながらも、住民の通勤・通学、病院へのアクセスに欠かせない命綱として毎日運航が続けられています。 -
かつては終点は能美ロッジ(国民宿舎)だったそうです。
全国でも極めて珍しい「海の上に浮かぶように建つ国民宿舎」として、1967(昭和42)年のオープン以来、島のシンボルとして半世紀近く愛され続けたようです。 -
しかし、、、
海上に建つという構造のため塩害などの影響の老朽化などで49年の歴史を重ねた2017(平成29)年3月、惜しまれつつも能美海上ロッジは閉館(休館)となりました。 -
ロッジの閉館に伴い、宇品からの高速船がわざわざロッジ前の桟橋まで行く必要がなくなり、航路は手前の「中町港」が終点となりました。
役目を終えたロッジの建物自体も、時間をかけて丁寧に解体され、海の上に浮かぶ独特の姿は姿を消しました。 -
しかし、、、
能美ロッジの歴史はそこで終わりではなく、形を変えて次の時代へ引き継がれました。
江田島市による跡地活用プロジェクトにより、2021年7月、ロッジの跡地に新たな温泉宿「江田島荘」がオープンしました。
建て替えによって海上建築ではなくなりましたが、素晴らしい江田島湾のオーシャンビューと極上の温泉(療養泉)は健在です。 -
2023年のG7広島サミットではドイツ随行団の宿舎となり、2024年には世界の権威あるホテル賞(ワールド・ラグジュアリー・ホテル・アワード)で3冠を達成するなど、今や日本を代表する高級宿に生まれ変わっています。
-
あの江田島荘はそんなすごいホテルだったんですね。
普段は木賃宿しか泊まらない私は物の良し悪しは全然見極められませんねーw
それと、、
現在の外観はそっけないくらいの昭和なデザインですが、
過去にあった建物は海上に浮かぶように建っていた建物だったという事に驚きです。
人は見かけによらないですねー。
人じゃないけどw -
海上ホテルはなかなかそそられますねー。
機会があれば泊まりたかったです。 -
この宇品中町航路は先ほどサラッと書きましたが
明治時代の頃からすでに存在はしていたようです。 -
海勝丸(かいしょうまる)という船が1905(明治38)年に就航したそうで、62トンの鋼鉄製蒸気船で、この航路のすべての始まりとなった船です。
-
その後浅見丸(あさみまる)が1907(明治40)年に就航。
能美島周辺の各港を細かく縫うようにして宇品へと結んでいました。 -
第七千代丸(だいななちよまる)は戦後「高田村三ヶ村交通事業組合」および「能美町交通局」が発足し、公営交通として最初に島民を支えた船です。
1948(昭和23)年の組合設立時に購入され、翌年から運航を開始した、町営船の歴史的第1号です。 -
その後ニュー千鳥(にゅーちどり)が1993(平成5)年に能美町営船としてデビュー。
江田島市営、そして現在の瀬戸内シーラインへと3つの時代を跨いで引き継がれ、長年この航路の顔として活躍し続けました。 -
スーパー千鳥(すーぱーちどり)は「ニュー千鳥」とともに航路を支えた俊足の高速船で、長きにわたり島民に愛されましたが、2023年5月に惜しまれつつ引退しました。
-
ロイヤル千鳥 / スーパー千鳥2は歴代の高速化を支えた名船たちです。
-
その後、車社会の到来に合わせ車や物資を運ぶために活躍したカーフェリーも導入しました。
現在は中町航路のフェリーは廃止されていますが、ユニークな名前が揃っていました。
ビューティーのうみは1998年に改名されて登場したフェリーで、引退後はフィリピンへ売却され海外の海の足となりました。
レインボーのうみは公営らしい親しみやすさを持つ名物フェリーの一つです。
ドリームのうみは2005(平成17)年に江田島市企業局の誕生直後に就航した、当時としては新しい大型フェリーでした。 -
瀬戸ブルー(せとぶるー)は2023年5月、ベテラン船「スーパー千鳥」の引退に伴って導入された新造の高速船です。
現在の宇品~中町航路の最新エースとして、快適な瀬戸内旅を提供しています。
という感じの船の歴史です。 -
時代の流れで船の様子も変化していってるのですね。
船に歴史あり
私に学習能力なしw
そんなことをしみじみ思う船旅ですw -
ロイヤル千鳥は最新鋭ではありませんが揺れも少なく快適な船です
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それに瀬戸ブルーよりも広い甲板は船好きな私には刺さりました
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とかなんとか言ってるうちに
宇品島が見えて来ました -
船は宇品島の横を通って宇品港に行きます
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宇品島の向こうにグランドプリンスホテル広島の頭がチョロっと見えています
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赤い灯台が見えて来ました
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宇品港に入る目印です
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遠くにビル群も見えて来ました
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少しずつ速度が落ちていきます
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この防波堤を入ると宇品港になります
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はい!
宇品港に入りました。 -
宇品港の建物がだんだん大きくなって来ました
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こうして見ると広島港宇品旅客ターミナルは大型ターミナルという感じに見えますね
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桟橋に近づいて来ました
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ゆっくりと航路を桟橋に合わせていきます
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もうすぐです
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この桟橋は長さがありますね。
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同時に数隻の船が停泊できそうです。
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スタッフさんが待ちの体制です
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飛ばされたロープを受け取って縛ってます
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タラップが開きます
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ギギギギー!(←イメージ音w)
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ゆっくり下ろしていきます
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ガッシャーン!(←イメージ音w)
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下船開始
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いや~、楽しかった~
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この船は昭和の船の楽しさがありますねー。
瀬戸ブルーより無駄のある船内が余裕を感じて私は好きかも。 -
ロイヤル千鳥。
ロイヤルの名は伊達じゃないって感じでした。 -
反対側にも船が停まっていました
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こっちの方が小型ですね
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いかにも早そうなフォルムです
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石崎汽船の船のようです
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ここから呉~松山の航路を運行しているようです
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松山まで1時間20分から1時間30分で結んでるようです
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ものすごく早いですね。
確かに早そうな感じはしました。
シートベルトが必要なタイプの高速船のような気がします。
壱岐島の時に利用した高速船と似てる気がしました。 -
広島港宇品旅客ターミナルに入りましょう
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いろんな航路があるんですね。
広島はこう言った船旅が豊富で羨ましいです。 -
宮島航路は先日体験しましたね。
あの船旅は楽しかったですね~。
以前来た時の体験から、
電車で行くよりも船の方が宮島は良いと思っていましたが、
今回も本当にその通りでした。 -
江田島と言っても港はたくさんあるんですよね。
着く港で印象も変わるんでしょうね。 -
自衛隊関連施設のバスのアクセスも書かれていました。
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広島港宇品旅客ターミナルの案内がありました
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立派な港です
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広島港宇品旅客ターミナルビル自体も大きいですね
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航路がたくさんあるのがうらやましいです
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せっかくなので広島港宇品旅客ターミナルビルの中をぶらついてみます
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まだ新しい雰囲気で明るい感じの作りですね
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2階に上がって来ました。
2階には店舗が並んでますね。 -
2階は人は少ないですがゆったりしていて清潔です
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せっかくなのでなんか食べていこうかなー
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おしゃれなカフェもありますねー
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なかなかおしゃれですねー。
でも、、、
お爺ちゃんには少しハードルが高いかもーw -
このフロアはゆったりしていて静かなのが個人的には落ち着きます
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こっちにもお店がありますね
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大鵬飯店?
中華料理屋さんみたいですね。 -
いろいろと定食があるようですね~
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お!!
カキフライ!!
カキフライは大好き~!
しかも広島だし~! -
迷わず即決!
では入りましょう~ -
窓際に案内されました
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眺めが良いですねー
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似島の安芸小富士がよく見えますねー
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こういう景色をボーッと見てると時間があっという間に過ぎます
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船がちょこちょこと行き交っています
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そして、
急に静まり返ります。
港の時間は波がありますね。 -
ここからは宇品島もよく見えます
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穏やかな時間が流れてます
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天井高のある広い店内です
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半端な時間なので店内は空いています
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というか、、、
私以外に誰もいません。 -
席間は広いですね。
というか広い店内ですね。 -
私一人で広いお店を独り占めですね
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なんだか、、
私だけのために、、、
申し訳ない気持ちになってしまいます。 -
カキフライ定食が来ました。
カキフライセット 1590円 -
広島でカキフライを食べる。
しかもさっき牡蠣筏を見たばかり。
なんだか気分が上がります。 -
ソーダ水の中を~
貨物船が通る~
というか、、
カキフライセットの上を~
高速船が通る~ -
良い眺めとカキフライ。
これはなかなか良い組み合わせです。 -
眺めも味の一部ですね~。
というか
ここの場合は味よりも眺めの比率の方が高いかも~w -
というわけで、
ご馳走様でした~。
エスカレーターで2階から1階に降りて行きます。 -
1階にも食堂がありました
うどんも良かったけどね~。 -
では建物を出ます
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建物を出たら目の前に広島港駅がありますね。
アクセスが抜群です。 -
電車好きな私はついついキョロキョロ見て回りたくなります
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電車が縦列駐車してますね
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ホームが長いので何両も停車してますね
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この駅はどことなく日本離れした雰囲気を感じます
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ヨーロッパの映画のシーンに出て来そうな駅ですね
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そろそろ乗車しましょう
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来た来た
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運転手さんが待ってますね
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スピードを落としてきます
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前には違う電車が停まっています
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一番前に来てみました
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隣の電車が先に出発しました
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次はこの電車が出発するようです
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そろそろ出発なので乗車します
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乗車しました。
一番いい席にチャッカリと陣取りました。 -
出発進行!
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対向の電車が来ましたね
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次々に電車が来ますね。
忙しい駅ですね。 -
運賃後払いです。
PASMOが使えました。
降りるときにタッチするだけです。 -
ここでPASMOをピッ!とやるだけです
-
私が現在乗車しているのは
広島電鉄1号線です。
広島駅から広島港を結んでいます。
全長約7.8kmあるそうです。 -
広島駅から広島港を結ぶ広島電鉄1号線(広島駅~広島港)の停車駅は全25駅です。
停車駅は
広島駅
↓
稲荷町
↓
銀山町
↓
胡町
↓
八丁堀
↓
立町
↓
紙屋町東
↓
本通
↓
袋町
↓
中電前
↓
市役所前
↓
鷹野橋
↓
日赤病院前
↓
広電本社前
↓
御幸橋
↓
皆実町六丁目
↓
広大附属学校前
↓
県病院前
↓
宇品二丁目
↓
宇品三丁目
↓
宇品四丁目
↓
宇品五丁目
↓
海岸通
↓
元宇品口
↓
広島港
という感じです。
けっこう駅がたくさんありますね。 -
この路線のルーツをたどると、、
1912年(大正元年)11月23日に広島電鉄の前身である広島電気軌道により、路面電車が初開業しました。
このときの路線に現在の1号線の一部である「広島駅前~紙屋町~御幸橋」の区間が含まれておりこれが1号線のルーツとなるそうです。 -
その後に1915年(大正4年)に御幸橋からさらに南の宇品(現・広島港)まで路線が延伸され、現在の1号線のベースとなるルート(本線・宇品線)がつながりました。
-
しかしその後、、
1945年(昭和20年)8月6日にアメリカ軍による原子爆弾の投下により、広島の街と路面電車は壊滅的な被害を受けました。
その際におびただしい数の職員や車両が被災しました。 -
しかしその後、、、
わずか3日後の8月9日には一部区間で運行を再開したそうです。
この事は街の復興を大きく勇気づけました。 -
1号線が走る宇品線(紙屋町~宇品間)についても、同年10月12日には復旧を果たし、いち早く市民の足として機能し始めました。
-
その後は、、、
昭和30~40年代、自家用車の普及(モータリゼーション)によって電車の速度が低下し、一時は廃止論も浮上しました。 -
しかし、広島電鉄は軌道敷内への自動車乗り入れ禁止の勝ち取りました。
さらに他都市(京都や大阪など)で廃止になった路面電車の車両を譲り受けることで危機を乗り越えました。
多種多様な車両が走る姿から、後に「動く電車の博物館」と呼ばれるようになります。 -
その後、、、
日本初の超低床路面電車(グリーンムーバーなど)の導入を勧め、お年寄りや車椅子の乗客も利用しやすい現代的なLRT(次世代型路面電車システム)へと進化を遂げました。
という歴史があるようです。 -
そうなんですよー。
今回の広島の旅行で思いのほか楽しかったのがこの路面電車に乗る事だったんですよー。
路面電車は他の街のも好きですが、広島の路面電車は現役間バリバリで活気を感じるんですよね。
路線網が広いし密なのが乗り物好きにはワクワクするんです。 -
運転手さんとアイコンタクトw
-
昔昔のその昔のこと、
まだまだピチピチボーイだった私はある日の昼下がりに本を読んでいて
広島電鉄家政女学校
という学校の存在を知りました。 -
1943年(昭和18年)4月に開校した全寮制の女学校です。
-
開校した目的は、
太平洋戦争の激化ために広島電鉄の男性職員が多く召集されました。
激減する男性の労働力の代わりに国民学校高等科を卒業した女子へ乗務を目的とした指導・教育のため創設したという流れがあったそうです。 -
当初、この学校の生徒は
「働きながら勉強も出来て給料も貰える。女学校卒業の免状も出る」
「ミシンやタイプライターも支給される」
をうたって募集されました。 -
女学校卒業資格と乗務による賃金の支給、また全寮制のため衣食住も約束されていたことから、生徒の多くは広島県北部・島根県・鳥取県の農山村部出身者が占めたそうです。
もうこの時点で芳しい香りが漂っていますねw -
普通学科のほかに電車ならびに路線バスの運行に関する授業も行われ多様です。
1年目には車掌業務で、2年目には電車の運転士業務で営業列車に乗務する実践教育が実施されたそうです。 -
一般授業と乗務は交替制で午前授業・午後乗務と午前乗務・午後授業の2グループで運営されたそうです
-
広島電鉄は1944年に軍部の要請により江波線・皆実線を開業させているが、同線の乗務にも同校生徒が従事したそうです
-
1945年8月6日
アメリカ軍による広島市への原子爆弾投下により広島電鉄関連施設も被爆しました。 -
爆心地から約2.1キロメートルに位置する校舎が焼失しました。
学生寮では朝食時間帯であったことから滞在者の多くは食堂で被爆しました。
教師1名および生徒30名が死亡したと記録に残っています。 -
この時間に乗務中に被爆し死亡した生徒も確認されているます。
-
運よく生存できた生徒は姉妹校である広島実践高等女学校に避難しましたが、同校が救護所となったため負傷者の看護にも当たったそうです。
-
被曝の3日後の8月9日に、、、
広島電鉄職員や軍関係者の懸命な復旧作業により本線己斐(現・広電西広島(己斐)) - 西天満町(現・天満町)間が単線で運転再開しました。
復旧1番電車の車掌をはじめ本校生徒も乗務しました。
あの被曝の3日後に復旧したというのは驚異以外の何者でもないですね。 -
しかし、、
1945年(昭和20年)9月に突然廃校となりました。
男性職員が復員したからというのがその理由と考えられます。
生徒たちは避難していた広島実践高等女学校の講堂で廃校通知を聞かされました。
突然の一方的な通達に生徒たちは茫然自失になり固まったと言われます。
その時、級長が「椰子の実」を歌いだすと皆で泣きじゃくり、翌日に同校から去ったそうです。 -
「働きながら勉強も出来て給料も貰える。女学校卒業の免状も出る」
「ミシンやタイプライターも支給される」
ということも全然無かったったそうです。 -
彼女たちの手には退職金はおろか反物二反以外の支給はなかったそうです。
-
また、学校教師や監督者の要請の元に、原爆投下から閉校直前まで連日、専攻科の在学生を中心に乗務や負傷者の介護を実際に行っていたにもかかわらず、その給与も支払われる事は無かったそうです。
当然のようにうやむやになったそうです。 -
その後の就学継続の支援・就職の斡旋・生活支援等も無く、当時の在学者達の学歴・卒業資格は国民学校卒業に留まったそうです。
約束だった女学校卒の免状も無しです。
ひどくな~~い?? -
さらに!!
彼女たちに課せられた不幸はこれだけではありませんでした。 -
この学校には「働いて給料を貰いながら学べる」ということで、市外の貧しい農村地域から応募・入学した者が多かったのです。
-
そんな彼女たちは被災した広島では仕事が無く故郷に戻る人も多かったそうです。
しかし!
そんな心休まるはずの故郷では、、、
「原爆には毒があり、それは移る!」
といった俗信が広く強く流布していたため、
郷里に戻ると彼女らはしばしば忌避の対象とされたという辛い現実が待っていました。 -
開校時の1943年第1期生は72人
1945年には309人が在学していたようです。
3年制学校であったことと開校から廃校までの期間が2年半のため卒業生は存在しないようです。 -
現在のゆめタウン広島の場所あたりにその学校はあったそうです
-
この学校について、
いろいろ調べて
いろいろ知るほどに
切なくなる話がたくさん出てくるので
やるせない気持ちになります。
名も無い人たちの苦労は知られることもなく
あっという間に忘れ去られます。
これが世の中っていう事ですかね。
イヤになっちゃいます、、、、 -
そんなこんなで長い歴史を持った広島電鉄ですが現在でも現役バリバリで良いですね
-
そろそろ中心地に近づいてますね
-
街の中心部は車が多いですね。
そんな道路でも専用の線路スペースをきっちり持ってる広島電鉄は強いですね。 -
こういった市内電車は最近の宇都宮のライトレールの成功を見るにもわかるように都心部の混雑の救世主的な存在ですね。
-
そろそろ私の下車する駅に近づきました
-
銀山町駅に到着。
ホテルに向かいます。 -
ホテルに到着~。
一旦お部屋でゴロゴロしてから~の
今日も音戸温泉でのんびりとくつろぎました。
その後、薬研堀で飲食してホテルに戻り早々にベッドへGO! -
ベッドに寝ながらGoogleMapで今日行ったところを見てみたら、、
あんなに歩いたのに江田島の一部、
というよりも、
江田島の中でもほんのちょっぴり
という感じの距離で心底がっかりしました、、
瀬戸内海で4番目に大きな江田島。
そんな事を実感しました。
ヒュ~~(←空気が抜ける音w)
では、おやすみなさい~~。
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