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山陽山陰にある4つの世界遺産(石見銀山・広島原爆ドーム・厳島神社・萩城下町)を、相方の希望で楽ちんのツアーで巡って来ました。<br /><br />旅程は下記。<br />4月22日 午後 羽田→萩・石見空港→益田(泊)<br />4月23日 益田→石見銀山→途中SAで昼食→広島・原爆ドーム→呉港→広島温泉(泊)<br />4月24日 広島→宮島→途中SAで昼食→元乃隅稲荷神社→長門湯本温泉(泊)<br />■4月25日 長門湯本温泉→角島大橋→瑠璃光寺・昼食→萩→津和野→萩・石見空港→羽田空港<br />この旅行記は角島・瑠璃光寺・萩・津和野を掲載しています。<br />表紙の写真は世界遺産の萩城下町風景。

山陽山陰の世界遺産めぐり(4)-----角島・瑠璃光寺・萩・津和野

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2026/04/22 - 2026/04/25

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旅行記グループ 山陽山陰の世界遺産めぐり

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山陽山陰にある4つの世界遺産(石見銀山・広島原爆ドーム・厳島神社・萩城下町)を、相方の希望で楽ちんのツアーで巡って来ました。

旅程は下記。
4月22日 午後 羽田→萩・石見空港→益田(泊)
4月23日 益田→石見銀山→途中SAで昼食→広島・原爆ドーム→呉港→広島温泉(泊)
4月24日 広島→宮島→途中SAで昼食→元乃隅稲荷神社→長門湯本温泉(泊)
■4月25日 長門湯本温泉→角島大橋→瑠璃光寺・昼食→萩→津和野→萩・石見空港→羽田空港
この旅行記は角島・瑠璃光寺・萩・津和野を掲載しています。
表紙の写真は世界遺産の萩城下町風景。

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
  • 4月25日 8時 長門湯本温泉のホテルを出発。田園地帯で泳ぐ鯉のぼりを眺めながら、角島大橋に向かいます。

    イチオシ

    4月25日 8時 長門湯本温泉のホテルを出発。田園地帯で泳ぐ鯉のぼりを眺めながら、角島大橋に向かいます。

  • 長門湯本温泉から30分ほどドライブして、日本海が見える海岸線沿いに出てきました。

    長門湯本温泉から30分ほどドライブして、日本海が見える海岸線沿いに出てきました。

  • 角島と本州側とを結ぶ角島大橋(全長1780m)を渡っています。<br />角島の人口は、600人~700人、この大橋は2000年に完成したもので、エメラルドグリーンの海を渡る絶景ドライブコースとして人気を集め、島は山口県の観光名所にもなっているようです。

    角島と本州側とを結ぶ角島大橋(全長1780m)を渡っています。
    角島の人口は、600人~700人、この大橋は2000年に完成したもので、エメラルドグリーンの海を渡る絶景ドライブコースとして人気を集め、島は山口県の観光名所にもなっているようです。

  • 角島の北西端、夢ケ崎に建つ角島灯台に来ました。<br />灯塔は総御影石造りで、塗装されていない灯台なんですって。

    角島の北西端、夢ケ崎に建つ角島灯台に来ました。
    灯塔は総御影石造りで、塗装されていない灯台なんですって。

  • 燈台の麓に咲いている花たち。

    燈台の麓に咲いている花たち。

  • こちらも。

    こちらも。

  • 再び角島大橋を走って本州側に戻って来ました。

    再び角島大橋を走って本州側に戻って来ました。

  • 橋を見下ろす展望台からの風景です。<br />沖合の角島と本州側との間にも島があります。角島大橋は、あの島を避けるように曲がって角島に繋がっています。島の原型を維持し景観に配慮した形になっているのでしょう。絶景~絶景。。

    イチオシ

    橋を見下ろす展望台からの風景です。
    沖合の角島と本州側との間にも島があります。角島大橋は、あの島を避けるように曲がって角島に繋がっています。島の原型を維持し景観に配慮した形になっているのでしょう。絶景~絶景。。

  • 農村地帯を走ります。<br />背後の山々に風車が幾つも建っています。日本海からの風を受けて廻っているのでしょう。

    農村地帯を走ります。
    背後の山々に風車が幾つも建っています。日本海からの風を受けて廻っているのでしょう。

  • 11時過ぎ 山口市内にある瑠璃光寺に来ました。このお寺の境内には、国宝の五重塔が建っています。この五重塔は、室町時代中期の1442年頃に建造されたもので、「法隆寺」「醍醐寺」の五重塔と並ぶ、日本三大名塔の一つとなっています。

    11時過ぎ 山口市内にある瑠璃光寺に来ました。このお寺の境内には、国宝の五重塔が建っています。この五重塔は、室町時代中期の1442年頃に建造されたもので、「法隆寺」「醍醐寺」の五重塔と並ぶ、日本三大名塔の一つとなっています。

  • 塔の内部には、阿弥陀如来坐像と室町時代に大内家の全盛期を築いた第10代当主大内義弘坐像が安置されています。

    塔の内部には、阿弥陀如来坐像と室町時代に大内家の全盛期を築いた第10代当主大内義弘坐像が安置されています。

  • こちらは瑠璃光寺五重塔の説明版。<br />

    こちらは瑠璃光寺五重塔の説明版。

  • こちらの山門を潜って瑠璃光寺に入ります。

    こちらの山門を潜って瑠璃光寺に入ります。

  • 瑠璃光寺の鎮守石殿。<br />瑠璃光寺は文明3年(1471年)に創建されました。こちらの石殿は、その後の1650年に寺の鎮守として造られたものだと。。。

    瑠璃光寺の鎮守石殿。
    瑠璃光寺は文明3年(1471年)に創建されました。こちらの石殿は、その後の1650年に寺の鎮守として造られたものだと。。。

  • お釈迦様の足の裏を描いた仏足石。

    お釈迦様の足の裏を描いた仏足石。

  • 寺の脇に金毘羅宮が見えていますので、上まで登ります。

    寺の脇に金毘羅宮が見えていますので、上まで登ります。

  • 金毘羅宮から瑠璃光寺を眺めてみました。<br />寺自体は、国宝の五重塔以外は予想に反して大規模なものではないみたいです。

    金毘羅宮から瑠璃光寺を眺めてみました。
    寺自体は、国宝の五重塔以外は予想に反して大規模なものではないみたいです。

  • 斜面に咲いている花にアゲハ蝶が・・・・自宅近所の公園でも同じようなショットは撮れますが、旅先でのショットは特別なもので嬉しくなります。

    斜面に咲いている花にアゲハ蝶が・・・・自宅近所の公園でも同じようなショットは撮れますが、旅先でのショットは特別なもので嬉しくなります。

  • 境内に建つ大内宏世の像。<br />彼は山口の街づくりや寺社の建立・保護に努めた大内家第24代の当主で、自慢の五重塔を眺めておられますwww。

    境内に建つ大内宏世の像。
    彼は山口の街づくりや寺社の建立・保護に努めた大内家第24代の当主で、自慢の五重塔を眺めておられますwww。

  • 長州藩36万石の藩主だった毛利家の墓所に来ました。<br />石塀で囲まれた墓所内には、13代毛利敬親と夫人ら毛利本家歴代諸霊の墓が幾つか並んでいます。

    長州藩36万石の藩主だった毛利家の墓所に来ました。
    石塀で囲まれた墓所内には、13代毛利敬親と夫人ら毛利本家歴代諸霊の墓が幾つか並んでいます。

  • 毛利家墓所に上る石段下に、「うぐいす張りの石畳」と呼ばれる参道があります。<br />石畳上で、手をたたくと反響して美しい音が返ってくるのです。試してガッテン・・・。

    毛利家墓所に上る石段下に、「うぐいす張りの石畳」と呼ばれる参道があります。
    石畳上で、手をたたくと反響して美しい音が返ってくるのです。試してガッテン・・・。

  • 公園内に移築された枕流亭に来ました。<br />1階フロアーは、この家で慶応3年(1867年)9月、倒幕の密議をしていたとする薩摩藩の西郷隆盛、大久保利通、小松帯刀、長州藩の木戸孝允、伊藤博文らの写真等が展示されています。

    公園内に移築された枕流亭に来ました。
    1階フロアーは、この家で慶応3年(1867年)9月、倒幕の密議をしていたとする薩摩藩の西郷隆盛、大久保利通、小松帯刀、長州藩の木戸孝允、伊藤博文らの写真等が展示されています。

  • 2階のこちらの部屋で彼らが密談をしていたらしいのですが・・・襖の一部が破れたままなのがリアル・・・

    2階のこちらの部屋で彼らが密談をしていたらしいのですが・・・襖の一部が破れたままなのがリアル・・・

  • 13時過ぎ 瑠璃光寺から約1時間ドライブして、世界遺産の萩城城下町に来ました。<br />こちらの地図に従って、江戸屋横丁から菊谷横丁など通って街を自由散策します。

    13時過ぎ 瑠璃光寺から約1時間ドライブして、世界遺産の萩城城下町に来ました。
    こちらの地図に従って、江戸屋横丁から菊谷横丁など通って街を自由散策します。

  • 円政寺の入口。<br />寺ですが石の鳥居もあって、神仏習合の形態が見られます。かって高杉晋作や伊藤博文らが学び、遊んだお寺とのことです。<br />

    円政寺の入口。
    寺ですが石の鳥居もあって、神仏習合の形態が見られます。かって高杉晋作や伊藤博文らが学び、遊んだお寺とのことです。

  • 板と漆喰塀が続く江戸横丁を歩いています。

    板と漆喰塀が続く江戸横丁を歩いています。

  • 青木 周弼のお宅。彼は日本屈指の蘭方医で、幕末当時 第13代藩主・毛利敬親の侍医を務めた方です。

    青木 周弼のお宅。彼は日本屈指の蘭方医で、幕末当時 第13代藩主・毛利敬親の侍医を務めた方です。

  • 旧佐伯丹下家屋敷。<br />佐伯丹下は、幕末期に直目付や撫育方仕組掛、奥番頭役など藩の要職を歴任し、多年藩の財政整理や岩国吉川家との交渉に尽力した方(現地説明版)。<br />現在は門柱に別名の表札が掲げられており、幕末時代の外観を維持したまま普通の住宅として使用されているようです。

    旧佐伯丹下家屋敷。
    佐伯丹下は、幕末期に直目付や撫育方仕組掛、奥番頭役など藩の要職を歴任し、多年藩の財政整理や岩国吉川家との交渉に尽力した方(現地説明版)。
    現在は門柱に別名の表札が掲げられており、幕末時代の外観を維持したまま普通の住宅として使用されているようです。

  • 桂小五郎の名で知られる、木戸孝允誕生の地。<br />こちらの屋敷は、国指定史跡となっており、敷地内には彼が生まれてから江戸に出るまでの約20年間を過ごした木造瓦葺の2階建て家が保存されており、誕生の間や幼少時代の手習いの書を表装した掛け軸、写真などが展示されています。

    桂小五郎の名で知られる、木戸孝允誕生の地。
    こちらの屋敷は、国指定史跡となっており、敷地内には彼が生まれてから江戸に出るまでの約20年間を過ごした木造瓦葺の2階建て家が保存されており、誕生の間や幼少時代の手習いの書を表装した掛け軸、写真などが展示されています。

  • こちらは庭があった場所で、現在はトイレや広場になっています。

    こちらは庭があった場所で、現在はトイレや広場になっています。

  • 御成道に出てきました。

    御成道に出てきました。

  • 御成道沿いにお土産店が並んでいます。

    御成道沿いにお土産店が並んでいます。

  • 黒板壁の家々が続く風情ある伊勢屋通り。<br />エアコンの室外機や電線が目障りですけど・・・

    イチオシ

    黒板壁の家々が続く風情ある伊勢屋通り。
    エアコンの室外機や電線が目障りですけど・・・

  • 菊屋家住宅の長屋門。<br />菊谷家は、毛利藩の御用商人として藩を支えてきた豪商です。 屋敷は藩の賓客をもてなす迎賓館のような役割も担いました。 江戸初期の建築で、現存する大型町家としては最古の部類に属し、400年の歴史があります(説明版)。

    菊屋家住宅の長屋門。
    菊谷家は、毛利藩の御用商人として藩を支えてきた豪商です。 屋敷は藩の賓客をもてなす迎賓館のような役割も担いました。 江戸初期の建築で、現存する大型町家としては最古の部類に属し、400年の歴史があります(説明版)。

  • 菊谷家住宅は庭園などが公開されています。<br />こちらは内部の一部を紹介した写真パネル。書院庭園、新庭庭園など由緒ある日本庭園が見られるようです。

    菊谷家住宅は庭園などが公開されています。
    こちらは内部の一部を紹介した写真パネル。書院庭園、新庭庭園など由緒ある日本庭園が見られるようです。

  • 菊谷横丁を歩きます。菊谷家住宅の敷地を囲んでいる白壁の塀が続きます。

    菊谷横丁を歩きます。菊谷家住宅の敷地を囲んでいる白壁の塀が続きます。

  • 白壁塀のこちらの角地は、昭和2年に内閣総理大臣となった、田中義一の誕生地です。彼は幕末のころ、かごかきの田中家3男として生まれました。

    白壁塀のこちらの角地は、昭和2年に内閣総理大臣となった、田中義一の誕生地です。彼は幕末のころ、かごかきの田中家3男として生まれました。

  • こちらは1839年に生誕した高杉晋作の誕生地。

    こちらは1839年に生誕した高杉晋作の誕生地。

  • 菊谷横丁を歩きます。

    菊谷横丁を歩きます。

  • こちらも。<br />雰囲気の良い幕末時代の住宅地です。

    イチオシ

    こちらも。
    雰囲気の良い幕末時代の住宅地です。

  • 高杉晋作誕生地のそばにある晋作広場。<br />ここには、「高杉晋作立志像」が建っています。

    高杉晋作誕生地のそばにある晋作広場。
    ここには、「高杉晋作立志像」が建っています。

  • 日本の夜明けが始まるような雰囲気の萩の城下町でした。

    日本の夜明けが始まるような雰囲気の萩の城下町でした。

  • 15時過ぎ 萩から約1時間ドライブして、ツアー最後の観光地、津和野に来ました。<br />お土産屋さんご主人のガイドで街歩きします。

    15時過ぎ 萩から約1時間ドライブして、ツアー最後の観光地、津和野に来ました。
    お土産屋さんご主人のガイドで街歩きします。

  • 殿町通りをガイドの説明を聞きながらぶらぶら歩きます。<br />綺麗に整備された美しすぎる街並みです。街の観光ポイントとのことですが、観光客の姿は、なぜか私たちのツアー客以外は見当たりません。

    殿町通りをガイドの説明を聞きながらぶらぶら歩きます。
    綺麗に整備された美しすぎる街並みです。街の観光ポイントとのことですが、観光客の姿は、なぜか私たちのツアー客以外は見当たりません。

  • 通り沿いに最初に目につくのは、この津和野カトリック教会です。<br />明治元年から明治6年(1868~1875)、長崎の浦上で捕らえられたキリスト教徒が、乙女峠にあった光琳寺に幽閉され、厳しい拷問により37人の殉教者がでました。このような悲しい歴史を偲び1928年にこの教会が建てられました(説明版)。<br />

    通り沿いに最初に目につくのは、この津和野カトリック教会です。
    明治元年から明治6年(1868~1875)、長崎の浦上で捕らえられたキリスト教徒が、乙女峠にあった光琳寺に幽閉され、厳しい拷問により37人の殉教者がでました。このような悲しい歴史を偲び1928年にこの教会が建てられました(説明版)。

  • 教会の塔がなまこ壁が続く街並みに溶け込んでいます。

    教会の塔がなまこ壁が続く街並みに溶け込んでいます。

  • なまこ壁と漆喰壁の土塀、掘割の川に泳ぐ色とりどりの錦鯉・・・優雅な歴史ある津和野の街です。

    イチオシ

    なまこ壁と漆喰壁の土塀、掘割の川に泳ぐ色とりどりの錦鯉・・・優雅な歴史ある津和野の街です。

  • こちらも。<br />花菖蒲の花が咲けばもっと美しくなると思います。

    こちらも。
    花菖蒲の花が咲けばもっと美しくなると思います。

  • 何度見ても美しすぎる日本の歴史ある街の風景です。

    何度見ても美しすぎる日本の歴史ある街の風景です。

  • 藩校養老館に来ました。<br />この建物は、津和野8代藩主亀井矩賢が人材育成を行う場所として、天明6年(1786)に創設されました。その後嘉永6年(1853)の大火により焼失されたため、安政2年(1855)に現在地に移設されました。<br />入口で若者が竹篭を手作りしていました。

    藩校養老館に来ました。
    この建物は、津和野8代藩主亀井矩賢が人材育成を行う場所として、天明6年(1786)に創設されました。その後嘉永6年(1853)の大火により焼失されたため、安政2年(1855)に現在地に移設されました。
    入口で若者が竹篭を手作りしていました。

  • 藩校養老館の敷地内には、道場や図書館など複数の建物が建っています。

    藩校養老館の敷地内には、道場や図書館など複数の建物が建っています。

  • こちらの建物は、剣や槍、居合等の術を学ぶ教場だった場所。<br />西周(近代日本哲学の祖)、森鴎外(文豪・軍医総監)らなど、後に全国に名を馳せた人達がここで学んでいます。

    こちらの建物は、剣や槍、居合等の術を学ぶ教場だった場所。
    西周(近代日本哲学の祖)、森鴎外(文豪・軍医総監)らなど、後に全国に名を馳せた人達がここで学んでいます。

  • 街を流れている津和野川です。川向こうにも雰囲気のある建物が見られます。

    街を流れている津和野川です。川向こうにも雰囲気のある建物が見られます。

  • こちらは津和野川に架かる津和野大橋。

    こちらは津和野川に架かる津和野大橋。

  • 津和野川大橋のたもとに鷺舞のモニュメントがあります。<br />鷺舞は、2匹の鷺が規則正しく両羽を大きく広げながら踊る舞いで、その所作には伝統と優美な厳格さを感じさせます。元々京都発祥ですが、 津和野に伝承されてから約400年、現在まで廃絶することなく奉納され続けており、国の重要無形文化財に指定されています。

    津和野川大橋のたもとに鷺舞のモニュメントがあります。
    鷺舞は、2匹の鷺が規則正しく両羽を大きく広げながら踊る舞いで、その所作には伝統と優美な厳格さを感じさせます。元々京都発祥ですが、 津和野に伝承されてから約400年、現在まで廃絶することなく奉納され続けており、国の重要無形文化財に指定されています。

  • 再び殿町通りを歩きます。<br />こちらは通りに面して建つ多胡家表門です。<br />多胡家は、津和野藩の筆頭家老色を藩主亀井家11代にわたり勤めました(説明版)。

    再び殿町通りを歩きます。
    こちらは通りに面して建つ多胡家表門です。
    多胡家は、津和野藩の筆頭家老色を藩主亀井家11代にわたり勤めました(説明版)。

  • こちらは津和野藩家老色の大岡家老門。<br />

    こちらは津和野藩家老色の大岡家老門。

  • 大岡家老門を潜った先に、現在も使われている津和野町役場があります。<br />一時警察署として使われていた建物ですが、昭和30年(1955)の町村合併で津和野町の役場となりました。

    大岡家老門を潜った先に、現在も使われている津和野町役場があります。
    一時警察署として使われていた建物ですが、昭和30年(1955)の町村合併で津和野町の役場となりました。

  • 殿町通りの先は商家が並ぶ本町通りとなります。

    殿町通りの先は商家が並ぶ本町通りとなります。

  • 萩・石見空港18時25分発のANA728便にて羽田に向かいます。<br />離陸すると、陸地側から日本海にT形状に突き出た建造物が幾つか見えています。 沿岸流によって海岸の砂が流されてしまうのを防ぐための防波堤と思われます。<br />羽田には定刻の20時に到着しました。<br /><br />最後までお付き合い頂き有難うございました。

    萩・石見空港18時25分発のANA728便にて羽田に向かいます。
    離陸すると、陸地側から日本海にT形状に突き出た建造物が幾つか見えています。 沿岸流によって海岸の砂が流されてしまうのを防ぐための防波堤と思われます。
    羽田には定刻の20時に到着しました。

    最後までお付き合い頂き有難うございました。

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