2026/04/01 - 2026/04/05
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nichiさん
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大阪所の南には、奈良時代に平城京の副都であった難波宮がありました。
高校時代の歴史の勉強で知ったぐらいで、詳しくは知りませんでした。
どこにあるか不明でしたが、第二次世界大戦後に発見されました。
大阪市歴史博物館で詳しく知ることができるようで、今回訪れてみました。
そもそも難波宮には前期と後期があることも知りませんでした。
奈良の都である平城京から京の都である平安京に遷都されたのではなく。間に長岡京を挟んでいたことは知っていましたが、短期間ではありますが後期難波宮があったのですね。
戦後発掘され、大都会大阪のど真ん中に奇跡的に保存された難波宮跡です。
あと、江戸時代に商人の街として発展した大阪の街。
この展示が面白くて一つ一つ丁寧に見て廻ってしまったシニア夫婦でした。
見応えあったな~
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地下鉄中央線の本町駅から地下鉄に乗ります。
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谷町四丁目駅で下車。
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地上に出ました。
雨が降ってます。
ここは難波宮跡です。 -
ココに大阪歴史博物館があります。
小泉八雲?
今、企画展やってるの?
と思ったら、4月11日からでした。
残念。 -
お目当ては、大阪歴史博物館の常設展です。
600円×2枚 -
エントランスホールからエレベーターで10階に上がると、この景色。
奈良時代の難波宮の大極殿です。
以前ココにあった、後期難波宮大極殿をビルの中に復元しています。
実物大です。 -
天平16年(744年)に聖武天皇によって難波宮に都を遷都する旨の勅命が宣言される日の再現なんだそうです。
朱の太い柱が何本も並んでいます。 -
官人たちが整列してます。
奈良時代へタイムスリップしました。
女官は、翳(さしば)を持っています。
これで高御座にあらわれた天皇の姿を隠すのだそうです。
左右9人に分かれ、天皇のお姿を隠したのだそうです。 -
こちらは、威儀命婦(いぎのみょうふ)といって、天皇お近くに仕える上級女官。
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こちらは侍従です。
天皇近くに仕える中務省のの役人です。 -
大阪の街のど真ん中にある難波宮跡の説明書きです。
どこに何があったかを示しています。 -
すぐ横の窓越しに難波宮跡を見下ろします。
大阪の街のど真ん中ですね~ -
大スクリーンでは宮廷の儀式のようす映像で紹介していました。
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難波宮発掘の先駆者である山根徳太郎博士の胸像越しに難波宮遺跡を見下ろします。
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1300年前、ここに都があったのですね。
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戦後に大阪の街のど真ん中で発見された難波宮跡。
1950年代から発掘行がわれました。 -
数々の奈良時代のものが発掘されました。
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舟形のは庭ですね。
奈良時代、難波は瀬戸内海路の発着点でした。
朝鮮半島や中国から様々な物資が入ってきたのですね。 -
出土品をひとつひとつ説明文を読んでいくと面白い。
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7世紀~8世紀、大陸と行き来した遣唐使船が難波から出航する想像図です。
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こちらは難波宮発掘現場の模型です。
孝徳天皇は難波に都を遷都し、宮殿は白雉3年(652年)に完成しました。
でもでも、朱鳥元年(686年)に全焼してしまいました。
これが前期難波宮です。
その後、天平16年(744年)に再びココに都が遷都されますが、後期難波宮と言われています。
この遺跡は、前期難波宮と後期難波宮の遺構が重なり合っています。 -
これが前期難波宮の模型です。
唐の都を参考にしたと言われています。 -
大阪の街のど真ん中で発掘中。
国道の横で前期難波宮の遺跡が発掘されました。
湧水を利用した石組み施設だそうです。 -
さあ展示室の奥へ。
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様々なものが出土しているのですね~
生活に使われたものですね。
生活は豊かだったのかな~? -
出土された瓦です。
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これは後期難波宮の瓦屋根の復元模型です。
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後期難波宮の模型です。
唐の都を参考にしたそうです。 -
この図、面白い!
左側の海に近い所が難波宮ですね(645年~)
真ん中が奈良の都である平城京(710年~)
下が藤原京(694年~)
一番上が京の都である平安京(794年~)
その下が長岡京(784年~) -
発掘された様々な土器。
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枝銭?
何のこと? -
古代の銭ってこうやって造られていたのね~
知らなかったな~ -
大阪城の天守が見えます。
大阪城は、石山本願寺があった所に秀吉が築城していますが、その石山本願寺は難波宮のすぐ近くにつくられたのですね。 -
大阪城のお堀が東の方に伸びていますね。
さあ9階へ。 -
9階に降りてきました。
戦国時代の大阪です。 -
ジオラマで再現されていました。
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永禄11年(1568年)の大阪堺の街のジオラマです。
各家の屋根の上には石が載ってます。
道にはバテレンが歩いています。 -
信長が京都へ上洛し、堺に軍用金を課した頃の堺です。
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道を基準に短冊形に地割が施されていました。
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この模型は?
大阪本願寺御影堂ですね。
天文2年(1533年)~天正8年(1580年)まであった浄土真宗の本山寺院です。
信長に攻められ明け渡したのですね。 -
この御影堂は親鸞の像を安置しており、多くの門徒が集まっていました。
大阪城は、もともとこの一帯にあった浄土真宗の寺院「大坂本願寺(石山本願寺)」の跡地を利用して築かれたのですね。 -
奥に進むと、橋が現れました。
ここは水運の街である大阪です。
大阪夏の陣が終わって戦国時代が終わると、家康によって大阪の街づくりが行われました。
掘割が行われ、水運が発達。
諸藩の蔵屋敷や米市、そして「天下の台所」と言われる街になりました。
で、この橋は安治川橋の模型です。
実物の2.7分の1のサイズで東寄りの部分が復元されています。
周辺の町によって維持・管理された町橋なんですね。
長さ77.8m、幅が4.5mの大きな橋だったようです。
この橋をくぐって奥に行きます。 -
江戸初期の大阪の街ですね。
大阪城から大川沿いに瀬戸内海に向けて街が広がっています。
そして大川から街中に水路が人がっています。
大川は瀬戸内海につながていますから、水運は発達したでしょうね~ -
安治川口です。
地図で見ると、左の河口近くです。
安治川の河口から遡って来た船が運んできた物資がココで小さな舟に積み替えられて、川や水路を使って大阪の街の中に運ばれていったのですね。 -
安治川口の少し上流にある安治川橋。
まだまだ河口近くですね。
先ほどの大きな模型の橋はこの安治川橋です。 -
安治川口の川湊の模型です。
川沿いには船宿が立ち並び、船頭や荷物の積み下ろしをする人で賑わったのですね。
大きな船と小舟が行き交っています。 -
そして次の橋。
難波橋です。
この橋は大川に掛けられていた橋で、幕府が管理した橋です。
長さ226.3m、幅は5.9mの橋だったようです。
27分の1の宿泊で復元しています。 -
難波橋のたもとの様子が描かれています。
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難波橋は安治川橋からかなり上流にあったことがわかります。
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そして難波橋の少し上流にあった天満青物市の様子です。
大阪近郊の農村で栽培された野菜や果物を毎朝仲買や小売人に売りさばく卸売市場です。
仲買や小売人は、こうやって買った荷物を担いで得意先に向かっています。 -
天満青物市の対岸にあった、八軒家着船場です。
ココは京都と大阪を結ぶ淀川交通の起点です。
旅人や運送に携わる人々で賑わった所です。
ココを出発した三十石船は淀川を遡り、枚方を経て京都の節にに至りました。
伏見までの上りの一日。下りに半日を要したそうです。 -
もう少し上流にあった堂島米市です。
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堂島米市の絵ですね。
蔵屋敷で発行された米切手を米仲買人たちが売買しています。
今でいう、先物取引です。
投機的な性格を持っていたのですね。
ココめ決まった米相場は飛脚などで各地に伝えられ、全国の米価や物価に大きな影響力があったようです。
大阪が全国の経済に大きな影響を与えていたことがわかります。 -
諸藩は、堂島や中之島のあたりにこのような蔵屋敷を設けていました。
多いときで130ほどあったそうです。
年貢米や特産物の為の蔵で、参勤交代の際に藩主が滞在することもあったようです。
経済的機能だけでなく、政治的・文化的機能も持っていた蔵屋敷なんですね。
で、この模型は、中之島にあった広島藩の蔵屋敷です。
跡地は大阪大学になっています。 -
こちらでは、広島から到着した年貢米の米俵を荷揚げしていますね~
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年貢米を積み上げて乾燥させ、蔵に収納しています。
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藩の役人と商人が何やら話し合っています。
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蔵屋敷の役人のもとに商人が集まり、米の落札者を決めています。
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この模型は、かつて中央区にあった、住友銅吹所です。
大阪の街のど真ん中で銅の精錬を行っていたのですね。
住友は愛媛に別子銅山がありましたから、鉱石をそこから船で瀬戸内海を運んでここで精錬していたのですね。
船着き場の目の前に精錬所があり、ココから運び上げていたのですね。
模型がグルっと廻って、建物の様子がわかるようになっています。 -
グルっと廻ると、裏側は住友家のお部屋です。
立派なお宅ですね~ -
中では、商人たちが畳で正座して食事しているのに対し、隣りの部屋では偉人が畳部屋のテーブルで食事をしている風景が表現されています。
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立派な日本のお庭もあったのですね。
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隣の建物では、職人たちが働いています。
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銅の精錬作業なんでしょうね。
でも、上半身裸。
暑いのは判りますが、危険ですね。 -
左右の建物が精錬所です。
敷地の中で一番広い建物です。 -
大勢の職人が働いています。
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こちらは大阪の商業の中心であった船場の街並みの復元模型です。
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街中の人々の様子が面白い。
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子供たちの声が聞こえそうです。
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富裕な両替商が多かった地域です。
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大きなお宅が多いですね。
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これは按摩さんかな?
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ほら貝拭いている人がいて、横の子供は耳をふさいでいます。
後ろにはお坊様。
手を合わせる人も。 -
この長い幟を持った人の職業は何だろう?
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この人は天秤棒で何かを担いで運んでいます。
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虚無僧がいる。
う~~ん。
この街の中に入ってみたいです。 -
裏長屋だってあります。
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子供を天秤棒で運んでる。
こんなことあったのですね。 -
旅人が町の人に道を聞いているのでしょうか?
見ていて飽きない。 -
これは、米をついている所です。
江戸時代はこうやって米をついていたのですね。
昔は、「米つき屋」という職業があって、このような「踏み臼」を持ち歩いて、依頼のあった家の前で米をついたのだそうです。
面白いですね~
当時の風俗が判ります。 -
橋を渡った所に芝居小屋が見えます。
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芝居小屋にはたくさんの幟が立っており、多くの人々で賑わっています。
大阪には多くの芝う小屋があり、歌舞伎や人形浄瑠璃で賑わったようです。
周辺は茶屋で賑わっていました。 -
演目の紹介の看板ですね。
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芝居の内容を示す人形が芝居小屋の前にあります。
細かくリアルにできていて面白い。 -
劇場の中の様子が見れるようになっていました。
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これは、仮名手本忠臣蔵の一場面だそうです。
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役者が花道を上がって行く所ですね。
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回り舞台の下が見えます。
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隣の部屋では古い文楽の人形が展示されていました。
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7階にやってきました。
そろそろユーミンのコンサートに行かなくてはいけないので、このフロアはサラッと・・・ -
明治初期には造幣局がつくられ、工場も多く造られ、大阪は急速な経済発展を遂げます。
町には地下鉄や公衆電話ができ、人々の生活も大きく変わりました。 -
昔懐かしい洋間ですね。
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昔の魚屋さん。
魚を包む新聞紙と釣銭が入ってる籠がぶら下がってる。
これは東京も一緒です。
私にとっては懐かしい光景。 -
八百屋さん。
昔は並んでる野菜で季節を感じたものです。 -
タイムスリップした街中を歩く感じですね。
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ここは、昭和初期の心斎橋を再現しているそうです。
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大阪の心斎橋筋は、東京でいえば銀座。
お洒落な街だったようですね。
ショーウィンドウが並び、「心ぶら」という言葉もあったそうです。
中でもヨネツ子供服は有名なお店で、作家の田辺聖子さんが子供の頃に着ていたそうです。
空襲で焼けちゃったそうです。 -
派手なネオンもあったようです。
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こちらは昭和初期の道頓堀・千日前です。
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多くの映画館や劇場で賑わったそうです。
さあ、大阪歴史博物館をあとにして、ユーミンのコンサートに行きましょう。。
つづく
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