2026/04/22 - 2026/04/22
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しろくまクンクンさん
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鷹栖観音堂へ行きました。
約1300年前(奈良時代初期)、宇佐神宮の神宮寺である弥勒寺の初代別当を務めた、英彦山中興の祖・僧法蓮によって開かれたと伝えられています。
もともとは対岸にある「鷹栖山観音寺」の奥の院として建立されました。現在は観音寺本体が無住の寺となりました。
観音堂(奥の院)は 岩壁に後背部をもたせかけた懸造りの御堂です。過去に何度か建て替えられており、現在の建物は江戸時代に再建されたものですが、堂内に安置されている3体の木彫仏は平安時代のものとされています。
観音堂のふもとには、参拝や休憩に広く使われる「大悲堂」や、祭祀等を行う通常の寺院建築「慈眼堂」があります。
宇佐市院内の石橋巡りをしました。
宇佐市院内町は「石橋の町」。駅館川(やっかんがわ)に合流する恵良川とその支流には江戸時代末期から昭和初期の石橋が75基架かり、うちアーチ橋は64基と、どちらも日本一を誇ります。材質となる石が豊富に採石できたこと.そして棚田や石垣などを組む技術を持った、優れた石工が多かったためと云われています。
高並神社へ行きました。
奈良時代初期(704年頃)、法蓮和尚が神社の後ろにある「宝性山」の山頂で神託を受け、祠を建てて祀ったのが始まりとされています。もともとは「百社宮」や「百社大明神」と呼ばれていました。
https://youtu.be/JFnrtwwIgB8
- 旅行の満足度
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 徒歩 バイク
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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駅館川沿いの道にあります鷹栖観音素掘りトンネルを通り抜けます。
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短いながら3つのトンネルがあります。
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鷹栖観音の行事
「鬼会」1月4日に開催され約1300年の歴史があります。締め込み姿の若者が約2mのたいまつをもって極寒の駅館川を渡り無病息災と五穀豊穣を祈願します。
「千日参り」1月10日に開催され年に一度この日にお参りすると千日分の後利益があるそうです。 -
参拝や休憩に広く使われる「大悲堂」です。
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かわいい狛犬と観音様です。
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天井の絵です。
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中央は「慈眼堂」左奥は奥之院の「観音堂」です。
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慈眼堂です。
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石造りの仁王様の奥にある石段を登り奥之院へ向かいます。
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奥之院「観音堂」です。
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石段途中からです。
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中央は阿弥陀三尊像ですが、左右の二つの石仏は2人なので道祖神なのかな??
双体道祖神が「お地蔵様」になったかもと「AI」の回答ですがわかりません。 -
結構張り出しています。
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堂内に安置されている3体の木彫仏は平安時代のものとされています。
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田園風景が広がります。
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奥之院の後ろにも観音様でしょうか?
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奥之院から見た大悲堂です。
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駅館川にかかるつり橋です。
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慈眼堂の横には多くの水子観音様です。
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鳥居橋へ行きました。
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左手の白い帯状のところは現在使われている橋です。
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宇佐市院内町は「石橋の町」。駅館川(やっかんがわ)に合流する恵良川とその支流には江戸時代末期から昭和初期の石橋が75基架かり、うちアーチ橋は64基と、どちらも日本一を誇ります。
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ルース台風にも耐えた5連アーチ気品ある「石橋の貴婦人」と言われています。
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打上橋です。
石の欄干は現代のガードレールとなり石橋は補強されています。
右下にありますのは水路用の石橋です。 -
院内町最古江戸時代文久3年竣工になります。
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高並神社へ行きました。
村の鎮守様のようで駐車場などなく石段下に駐輪しました。 -
大きな玉を抱えた狛犬と石灯篭に鐘楼です。
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舞殿と本殿です。
鷹栖観音堂と非常に深い歴史的繋がりのある神社です。鷹栖観音堂を開いたとされる伝説の修験者・「法蓮和尚」にまつわる伝承が色濃く残る、宇佐・国東地方の神仏習合文化を語る上で欠かせない聖地の一つです。 -
舞殿です。
奈良時代初期(704年頃)、法蓮和尚が神社の後ろにある「宝性山」の山頂で神託を受け、祠を建てて祀ったのが始まりとされています。もともとは「百社宮」や「百社大明神」と呼ばれていました。 -
天井には武者絵や明治天皇写真が奉納されています。
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本殿です。
主祭神として、応神天皇の皇子である菟道稚郎子命(京都・宇治の「宇治上神社」などで知られる学問の神様)を祀っています。 -
舞殿です。
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山間部の美しい景観です。
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風雨にさらされた角が取れた燈籠です。
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荒瀬橋へ行きました。
道の駅いんないにバイクを止めて歩いていきました。
2連アーチのめがね橋で、橋高18.3mと、町内で最も水面から高い石橋です。 -
恵良川です。
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この橋を手掛けたのは、宇佐市院内町周辺に数多くの傑作石橋を残した名石工・松田新之助です。
新之助が手掛けた他の石橋(例えば、近くにある5連アーチの鳥居橋など)と見比べると、この荒瀬橋は親柱がわざわざ上部に笠を載せた「灯籠」のような形に立体的に彫り込まれており、非常に意匠へのこだわりが強いことが分かります。単なる四角い石柱ではなく、橋の入り口を品良く引き締めるための装飾として施されました。 -
マンホールデザインも石橋です。
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富士見橋へ行きました。
関東だと富士山が見えるのが富士見橋ですがここは九州です橋から豊後富士と呼ばれる由布岳が望めるからだそうです。 -
大きな鯉のぼりもたくさんかけられています。
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この橋は工事半ばで一度、大音響とともに崩落しました。松田新之助は、田畑山の私財を投じ、名工としての意地と信念で再び挑戦し、翌年の大正14年(1925)、見事に完成したという逸話が残されています。
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富士見橋の展望台からです。
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地元の人に愛されているのがわかります。
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車道からです。
石橋は通行止めになっています。
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