2020/02/19 - 2020/02/26
4469位(同エリア4649件中)
しんちゃんちかさん
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この旅行記のスケジュール
2020/02/24
2020/02/25
-
飛行機での移動
13:05 プラハ国際空港 ー 18:05 モスクワ国際空港 アエロフロート航空 SU2013
-
飛行機での移動
19:45 モスクワ国際空港 ー 2/26 11:20 成田空港 アエロフロート航空 SU260
2020/02/26
-
飛行機での移動
11:20 成田国際空港到着
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この旅行記スケジュールを元に
2019年12月に行ったルーマニア・ブルガリアで、ますます中東欧に興味が湧きました。
その2ヶ月後に中欧4カ国のツアーが、今では考えられないお得な金額で出ているのを知って、お友達と行って来ました。
ちょうど新型コロナが中国に次いで日本でも流行し始めた時期で、ダイヤモンドプリンセス号では大変なことになっていました。
私たちはギリギリ行けましたが、向こうに行けば「汚染国から来た日本人」と見られ、中欧のこの4カ国ではこの時点で感染者はゼロだったにもかかわらず、帰って来れば「海外からウィルス持ち込まないで」という目で見られたような気がします(ーー;)
HIS impresso
美しき東欧4ヶ国5つの世界遺産を含む6都市を大周遊
ポーランド・ハンガリー・チェコ・スロバキア8日間
2020年
2/19(水)
13:20 成田国際空港 ー 17:35 モスクワ・シェレメチェヴォ国際空港 アエロフロート航空 SU261
21:10 モスクワ・シェレメチェヴォ国際空港 ー 22:00 ブダペスト・リスト・フェレンツ国際空港 アエロフロート航空 SU2468
メルキュール・ブダペスト・キャッスルヒル泊(ハンガリー、ブダペスト)
2/20(木)
ホテルYASMIN(スロバキア、コシツェ)
2/21(金)
ノボテル・クラクフ・シティ・ウェスト(ポーランド、クラクフ)
2/22(土)
ノボテル・クラクフ・シティ・ウェスト(ポーランド、クラクフ)
2/23(日)
ヴィエナ・ハウス・バイ・ウィンダム・アンデルス・プラハ(現OREA Hotel Andel’s、チェコ、プラハ)
2/24(月)
ヴィエナ・ハウス・バイ・ウィンダム・アンデルス・プラハ(現OREA Hotel Andel’s、チェコ、プラハ)
2/25(火)
13:05 ヴァーツラフ・ハヴェル・プラハ国際空港 ー 18:05 モスクワ・シェレメチェヴォ国際空港 アエロフロート航空 SU2013
19:45 モスクワ・シェレメチェヴォ国際空港 ー
2/26(水)
11:20 成田国際空港 アエロフロート航空 SU260
旅行代金 119,000円
サーチャージ 47,000円
現地諸税 5,540円
成田空港施設利用料 2,130円
成田空港旅客サービス料 530円
国際観光旅客税 1,000円
オプショナルツアー
アウシュビッツ強制収容所見学ツアー(昼食付) 90ユーロ(11,310円)
合計
186,510円
- 同行者
- 友人
- 一人あたり費用
- 15万円 - 20万円
- 交通手段
- 鉄道 観光バス 徒歩
- 航空会社
- アエロフロート・ロシア航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- エイチ・アイ・エス
-
2/24(月)12:59
この日は午前中、プラハ市内観光をして、11時くらいに解散後、フリーになりました
私はこの旅行の出発前から、プラハではユダヤ人街に行きたかったので、その話しをしていたら、お一人参加の女性もちょうど行こうと思っていた、ということで、ご一緒することに♪
お友達は付き合ってくれると言ってくれていたのですが、入場料も結構しますし、歩き回るのが疲れたと言っていて、どちらかと言うとショッピングが好きな方なので、ちょうどショッピングに行くというご夫婦とご一緒することになりました(^^)
旧市街広場で解散したあと、今夜観るオペラのチケットを買いに劇場のチケットボックスに行ったら、「良い席があるけど、この席はキャッシュオンリーなのよ」と言われました
クレジットカードが普通に使えるはずなのにおかしいな、とは思ったものの、明日には帰国するためチェコのキャッシュの残りは僅かで両替をして戻って来るから待ってて、とガイドさんのもとへ
確かに席は1階の中央で、真ん中よりも少し前の席、なんで空いてたの~というくらいのベストシート2席並び♪
前日夜~当日朝までネットで検索していたシートマップには出てなかった席です
どうしても買いたいので、ガイドさんに両替所を聞いて、事のいきさつを話すと何となく怪訝そうな表情…
無事チケットはゲットしたので、安心してランチへ♪
パスタはお味は良いのですが、イタリアのようにはいきません(^_^;) -
チケットは複数のシナゴーグを回れる共通チケットを買いました
結構高い印象でした
13:59
初めは、ユダヤ人地区ヨセフォフ(Josefov)にあるピンカス・シナゴーグ(Pinkas Synagogue)へ
キッパというユダヤ人男性が被る帽子のようなもので、簡易的に紙で出来たものが用意してありました
どうやら異教徒が入場する際に被るように促されているようです
教会で男性は脱帽しますが、シナゴーグでは反対に着帽するのですね
日本では『屋内では脱帽、屋外では着帽』が一般的
モスクでは国にもよりますが、女性は膝下まで見せないよう求められます
男性が求められるのはなにか新鮮な感じがしました
1535年に建てられたプラハで2番目に古い歴史を持つシナゴーグで、建築や歴史的な背景において以下の特徴を持っています
主な特徴と見どころ建築様式:天井には後期ゴシック様式の美しい網状の交差肋骨(リブ)ヴォールトが張り巡らされており、一部にルネサンス様式の要素も取り入れられています
中央の金属製格子:手前に見える精巧な黒い鍛鉄製の柵は、1793年に実業家のヨアヒム・ポッパーによって寄贈されたロココ様式の格子(グリル)です
これは、聖書(トーラー)を朗読するための壇である「ビマー(Bimah)」を囲んでいます
ホロコースト記念館:この建物は現在、ナチスによるホロコースト(ショアー)で犠牲となったボヘミア・モラヴィア地方のユダヤ人約8万人(正確には77,297名)の氏名と生没年月日が、館内の壁一面に手書きで刻まれた厳粛な慰霊碑・記念館となっています
テレジーン収容所の子どもの絵:2階では、第二次世界大戦中にテレジーン(Theresienstadt)強制収容所に囚われていた子どもたちが、過酷な環境の中で残した切なくも貴重な絵画のコレクションが展示されています
テレジンの子供達の絵は、以前、テレビで見ました
写真に撮ろうと思いましたが、数がありすぎたのと、あまりにも切なすぎて撮れませんでしたピンカス シナゴーグ 建造物
-
ヨゼフフ(ユダヤ人街)にある、ピンカス・シナゴーグ(Pinkasova synagoga)の聖櫃(アロン・ハ・コデシュ)
このシナゴーグは、第二次世界大戦後にホロコースト(ナチスによる大虐殺)の犠牲となったユダヤ人のための追悼記念館へと改装されました
聖櫃(中央の構造物): 本来はモーセの十戒の石板を模した聖書(トーラーの巻物)を納める最も神聖な場所です
両脇の壁面: ナチス・ドイツによって多くのチェコ・モラヴィア地方のユダヤ人が移送され、虐殺された強制収容所やゲットーの地名が刻まれています
左側: テレジーン(TEREZÍN)、マイダネク(MAJDANEK)、ルブリン(LUBLIN)、ワルシャワ(WARSZAWA)、リガ(RĪGA)、ダッハウ(DACHAU)、ベルゲン・ベルゼン(BERGEN-BELSEN)など
右側: アウシュヴィッツ(OŚWIĘCIM)、トレブリンカ(TREBLINKA)、ヘウムノ(CHEŁMNO)、ウッチ(ŁÓDŹ)、ミンスク(MINSK)、ザクセンハウゼン(SACHSENHAUSEN)、マウトハウゼン(MAUTHAUSEN)など
もっと館内の写真を撮って来るべきでしたが、どれもこれも目新しくて、どれを撮ったら良いか分からずこの2枚だけ… -
14:14
順路を進むと墓地に出ました
心の準備をしていなかったので、突然、映画のワンシーンかのように目の前に映った風景に息が止まりました
旧ユダヤ人墓地(Starý židovský hřbitov)
ヨーロッパに現存する最も古いユダヤ人墓地の一つであり、その独特で高密度な景観には歴史的な理由があります旧ユダヤ人墓地 建造物
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特徴と歴史的背景
・重なり合う墓(最大12層):当時、プラハのユダヤ人はゲットーの外に死者を埋葬することが許されていませんでした
さらに、ユダヤ教の戒律では古い墓を暴いたり移動したりすることが厳しく禁じられています
そのため、敷地が満杯になるとその上に新しい土を盛り、さらに新しい遺体を埋葬するという作業が何度も繰り返されました
場所によっては最大12層まで墓が積み重なっています
・ひしめき合う墓石: 新しい土層を追加する際、古い下層の墓石を引き上げて地表に並べ直したため、画像のように大小さまざまな時代の墓石が波打つ地面にびっしりとひしめき合い、傾きながら並ぶ独特の景観が生まれました
・埋葬された人数: 現在、地表で見ることができる墓石は約12,000基ですが、実際にはその地下に約10万人以上の人々が眠っていると推定されています -
1439年から1787年まで使用されていました
この地区の歴史は10世紀までさかのぼり、多くのユダヤ人がこのエリアのゲットー(居住区)で暮らしていました
ユダヤ教のお墓は、お花の代わりに、小石を置いて弔うようです
実際に、墓石の上に、小石が何個も置いてありました
中央の建物のようなお墓は、シナゴーグ建設時の資金提供者であるモルデカイ・マイゼルのもののようです -
この墓地で最も有名な、ラビ・ユダ・レーヴ・ベン・ベザレル(通称:マハラル)の墓碑
墓石の上に多くの小さな石(小石)や、願い事が書かれた紙片(メモ)が置かれているのが特徴的です
・小さな石(小石)の配置
ユダヤ教の伝統では、お墓参りの際に花ではなく石を置く習慣があります
花は枯れてしまいますが、石は「不変・永遠」の象徴であり、故人への永続的な敬意や「あなたを忘れていません」という訪問の証を意味しています
・紙片(祈りのメモ)の配置
ラビ・レーヴは、泥から怪物「ゴーレム」を作り出してユダヤ人のコミュニティを守ったという伝説をもつ高名な神秘主義者・哲学者です
彼には神秘的な力が宿っていると信じられており、世界中から訪れる人々が願い事や祈りを書いた小さな紙片を墓石の隙間に挟み、願いが叶うよう祈願していきます
墓碑の中央には、彼の名前(Löwe=ライオン)にちなんだライオンのレリーフが刻まれています
石は映画で見たことがありましたが、祈りのメモは初めて知りました -
14:21
次に入ったのは、「儀式の家(Ceremonial Hall / Obřadní síň)」
1911年から1912年にかけて、ユダヤ人の葬儀結社(ヘヴラ・カディシャ)によって擬ロマネスク様式で建てられました
元々は遺体安置所や儀式を行う場として使われていました
現在はプラハ・ユダヤ博物館の一部となっており、ユダヤ教の伝統的な葬儀の儀式や病者の看護、墓地の歴史に関する展示が行われています。儀式の家 史跡・遺跡
-
・キッテル(Kittel):左側にある白い衣服です
ユダヤ教徒が、高貴な祝日(ヨム・キプルなど)や結婚式、あるいは埋葬の際に着用する伝統的な白いリネンの儀式用ローブです
解説には「ボヘミア、20世紀初頭(Bohemia, early 20th century)」と記されています
・祈祷書と文書:右側や上段のステージには、ユダヤ教の礼拝で使われるヘブライ語の祈祷書(マハゾールやシドゥールなど)や、当時のユダヤ人コミュニティに関する記録文書が展示されています -
プラハユダヤ教葬儀結社(ヘヴラ・カディシャ)の葬儀殿および遺体安置所として、1906年から1908年にかけてネオ・ロマネスク様式で建設されました
アーチ型の美しいステンドグラス窓、天井から吊り下げられた重厚な真鍮製のシャンデリア、そして壁一面に描かれた細やかなアール・ヌーヴォー調のフレスコ画の装飾が特徴的です
左側の壁面には、ヘブライ語で祈祷文や葬儀に関する規則が記されています
現在はプラハ・ユダヤ博物館の展示施設の一部となっており、ガラスの展示ケース内にはユダヤ教の伝統的な葬儀や埋葬に関する歴史的な遺物、銀製品、絵画などが展示されています -
パロヘット(Parochet / 聖櫃を覆うカーテン)と呼ばれるユダヤ教の伝統的な儀礼用刺繍布
シナゴーグ(ユダヤ教会堂)内の最も神聖な場所であり、モーセ五書(トーラー)の巻物を納める「聖櫃(アロン・ハ=コーデシュ)」の前に掛けられる特別な帳(とばり)です
中央のモチーフ: ユダヤ教の象徴である7本枝の燭台「メノーラ(Menorah)」が、精巧な金糸や銀糸の刺繍で大きく描かれています
上部のデザイン: ヘブライ語の聖句や寄進者の名前が刺繍されており、その左右には王冠を支えるような2頭のライオン(ユダのライオン)の意匠があしらわれています -
この建物は、かつてユダヤ人の埋葬協会である「ヘヴラ・カディシャ(Hevra Kadisha)」によって、遺体の清め(タハラ)や葬儀の儀式を行う場所、および遺体安置所として1911~1912年に建てられました
現在はプラハ・ユダヤ博物館の施設の一部として公開されており、ユダヤ教における「病気、医療、そして死と埋葬に関する伝統や慣習」をテーマにした常設展示が行われています
この黒いドレスには、説明書きがあって、読んだのですが忘れてしまいました
調べたのですが、はっきりとした説明が探し出せませんでした
AIさんに聞いたところ、以下のような説明がありましたが、実際どうだったのか…?
訪問されて覚えていらっしゃる方が居られましたら、ぜひご教示下さい
黒い衣装・ドレス:ユダヤ教の伝統的な喪服(あるいは葬儀に携わる関係者や故人にまつわる衣服)
黒い巾着袋(バッグ):右側に吊るされているものは、お葬式や施しの際に使われる伝統的な巾着袋( alms bag / alms box に関連する装飾品)
幾何学模様の織物・サッシュ:左側の手前にかけられている、美しい刺繍が施された布製品 -
クラウセン・シナゴーグ (Klausen Synagogue)
1689年に起きたユダヤ人街の大火災の後、1694年に完成しました
プラハのユダヤ人街における最大かつ主要なシナゴーグの一つです
外観や内部構造に初期のバロック様式を色濃く残しているのが最大の特徴です
美しい漆喰のバレルヴォールト(樽型丸天井)や、印象的なアーチ型のステンドグラスの窓が当時の面影を今に伝えています
現在はプラハ・ユダヤ博物館の一部として管理されています
内部にはユダヤ教の伝統的な祭事、日常生活、Torah(聖書)などの貴重な儀式用具や歴史的な展示がされていますクラウセンシナゴーク 博物館・美術館・ギャラリー
-
クラウセン・シナゴーグと旧ユダヤ人墓地のすぐ外の角(U Starého hřbitova 通り)では、グラスハープ(ミュージカル・グラス)のパフォーマンスをされていました♪
この時は全く知らなかったのですが、実はこの方、チェコを拠点に世界中で活動する有名なグラスハープ(ミュージカル・グラス)奏者のペトル・シュパティナ(Petr Špatina)氏だそうです
ペテル・スパティナ氏は、世界屈指のグラスハープ奏者として知られ、30年以上のキャリアを持つベテランだそう
彼のグラスハープは、水の量を変えて調律された33個のワイングラスで構成されていて、リストの「ラ・カンパネラ」など、ジャンルを問わず、驚異的な指さばきで演奏することで有名なんだとか
この時はハリーポッターの「ヘドウィグのテーマ」を演奏されていました♪ -
14:53
次に旧新シナゴーグ(Altneuschul)に来ました旧新シナゴーグ 建造物
-
旧新シナゴーグの内部
1270年頃に建てられた、ヨーロッパで現存する最古のシナゴーグの一つです -
聖櫃の幕(パロヘット): 赤いベルベットの幕は聖櫃(アロン・ハ=コデシュ)を覆っており、ライオン、冠、ヘブライ語の碑文が刺繍されています
主な見どころと特徴
・ヨーロッパ最古の稼働中のシナゴーグ: 1270年頃に完成した、現在も礼拝が行われているものとしてはヨーロッパ最古のシナゴーグです
・パロヘット(聖櫃の幕): 中央に見える赤いベロア調の大きな幕は、トーラー(律法スクロール)を納める聖櫃の扉を覆う「パロヘット」と呼ばれる伝統的なカーテンです
・伝統的なユダヤの紋章: 幕の上部には、ユダヤの法(トーラー)の王権を象徴する「王冠」と、聖櫃を守る「2頭の獅子(ライオン)」が美しく刺繍されています
・ゴーレム伝説の地: このシナゴーグは、16世紀にラビ・レーヴが粘土から人造人間「ゴーレム」を作り出し、迫害からユダヤ人を守ったという有名な伝説の舞台としても知られています -
「新」シナゴーグとして建てられましたが、後に新しいシナゴーグができたため「旧新」と呼ばれるようになったそうです
中世のゴシック様式で建てられており、現在もユダヤ教の礼拝に使用されています
ラビ・レーヴが泥人形の「ゴーレム」を作り出したという伝説の舞台としても知られています -
15:11
次に来たのはマイゼル・シナゴーグ
16世紀後半にユダヤ人地区の有力者モルデカイ・マイゼルによって建造されました
当初はルネサンス様式でしたが、後に火災を経てバロック様式で再建され、現在の姿になっています
こじんまりとした建物ですが、屋根の上のダビデの星や尖塔がかわいらしい外観が特徴です
現在は礼拝堂としては使われておらず、プラハ・ユダヤ博物館の一部として、10世紀から18世紀にわたるボヘミア地域のユダヤ人の歴史を伝える貴重な展示施設となっています
第二次世界大戦中、ナチスがユダヤ人絶滅後の「絶滅した人種の博物館」を作るために、ヨーロッパ中から略奪した膨大なユダヤ文化財を保管する倉庫としてこの場所を使用しました
そのため、皮肉にも多くの貴重なコレクションが破壊を免れ、現在に遺されていますマイゼル シナゴーグ 博物館・美術館・ギャラリー
-
同じくマイゼル・シナゴーグ(Maiselova synagoga)
天井の美しいリブ・ヴォールト(交差肋骨丸天井)や、正面奥に鎮座するネオゴシック様式の聖櫃(アロン・ハ・コーデシュ)、そして色鮮やかなステンドグラスが大きな特徴です
確か旧新シナゴーグかマイゼルシナゴーグで、女性が入れないスペースと祈祷の時間で制限していたスペースがありました
スタッフが教えてくれたのですが、良く分かりませんでした
これでユダヤ人街散策は終わりです
シナゴーグ巡りみたいになってしまいました
もし次回行くことがあったら、シナゴーグ以外の街並みや建物、ユダヤ人の食べ物屋さんなどにも目を向けてみたいです^_^
巡った施設は
①ピンカスシナゴーグ
②旧ユダヤ人墓地
③儀式の家
④クラウセンシナゴーグ
⑤旧新シナゴーグ
⑥マイゼルシナゴーグ
スペインシナゴーグには行ってないのは、時間のため?それともチケットの施設数オーバーのため?
このほかにもシナゴーグや見るところはいくつもありました
観光客もいっぱいでした -
16:21
その後は、一緒に回っていた方が行きたかった聖ミクラーシュ教会へ
昨日の市内観光で外観だけは見ています
St. Nicholas Church (Malá Strana) Malostranský chrám sv. Mikuláše/ St. Nicholas Church in Prague - Lesser Town
Malostranské nám., 118 00 Malá Strana, チェコ
stnicholas.cz
+420 257 534 215
前の旅行記⑨でも書きましたが、実はプラハには「聖ミクラーシュ教会」が3つあります
①写真の教会:こちらはモルダウ川の川の西側 (プラハ城側)でバロック様式(傑作とされる)、ローマ・カトリック、巨大な緑のドーム、天井フレスコ画が特徴で入場は有料
②旧市街広場の聖ミクラーシュ教会:こちらもバロック様式ですが、マラー・ストラナのものとは異なり、現在はチェコスロバキア・フス派の教会として使われています
入場は無料
③観光地からは少し離れるプラハ10区ヴルショヴィツェ(Vršovice)地区
「Vršovice kostel sv. Mikuláše」
ミサや地域の行事、結婚式などに使われる普通教区の教会で、観光客向けというより、信者や住民のための場という性格が強い教会聖ミクラーシュ教会 (マラーストラナ) 寺院・教会
-
入り口のチケット売り場では結構並んでいました
天井画『聖ミクラーシュの神格化(祝聖)』
作者:ウィーンの画家 ヨハン・ルーカス・クラッカー(Johann Lukas Kracker)
制作年:1761年
特徴:総面積が約1,500平方メートルに及び、ヨーロッパ最大級の天井フレスコ画の一つとして知られています
建築構造や彫刻と絵画が一体化して見えるバロック様式の高度な「だまし絵(トロンプ・ルイユ)」技法が駆使されています
この天井画の制作時、画家は「完成するまで誰ものぞき見をしてはならない」と約束させていました
しかし、好奇心に負けた一人の修道士が柱の影から制作風景を盗み見てしまいました
それに気づいた画家クラッカーは、罰としてその修道士の姿をフレスコ画の柱の影に描き込んでしまい、公開時にその修道士は大いに恥じ入ったという伝説が残っています -
作曲家モーツァルトが演奏したオルガンがこの教会にあり、彼の追悼ミサが行われた場所としても知られています
ピンクと白の鮮やかな人工大理石の柱が立ち並び、彫刻家フランティシェク・イグナーツ・プラッツァーの手によるダイナミックな巨大聖人像が空間を引き締めています -
祭壇の左右には、白大聖堂のような美しい聖人たちの彫刻が配置されています
-
中央の祭壇画は『聖ヨセフの死(Smrt svatého Josefa)』
作者: ヤン・ルカーシュ・クラッカー(Jan Lukáš Kracker)
制作年: 1760年
描かれている内容: イエス・キリストと聖母マリアに見守られながら、穏やかに息を引き取る聖ヨセフの姿がドラマチックなバロック様式で描かれています -
聖ミクラーシュ教会(マラー・ストラナ)の概要
18世紀に建てられた盛期バロック建築の最高傑作の一つです
主祭壇中央には金色の聖ミクラーシュ(聖ニコラス)像が輝いています
主祭壇の両脇には、イエズス会の創設者である聖イグナチオ(向かって左)と、日本にもゆかりのある聖フランシスコ・ザビエル(向かって右)の白い巨像が並んでいます -
祭壇の上部には、ヨハン・ルーカス・クラッカーなど当時の著名な画家が手掛けた、ドラマチックな明暗対比(キアロスクーロ)が美しい大型の油彩画が飾られています
-
2階に上がってみました
プラハで最も高い屋内空間(約57メートル)を持つ巨大な中央ドームがあります
18世紀に製作された4,000本以上のパイプを持つ大オルガンがあり、かつてヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトがプラハに滞在した際に実際に演奏したことで非常に有名です
モーツァルトはプラハと繋がりが深かったのですが、亡くなった際、本国オーストリアではいろいろ大人の事情があって(苦笑)、シュテファン大聖堂の大きな聖堂ではなく、地下の小さな十字架礼拝堂Kruzifixkapelleでお葬式が行われたそうです
妻のコンスタンツェも参列せず、ごく親しい友人数名だけのひっそりとしたものだったそうですが、ここプラハでは世界で始めて追悼ミサが行われ、会場はなんとこの教会で数千人が参列して大規模に行われました -
18:05
旧市街広場に戻って来ました
オペラを見る前に軽い夕食です
Big Biteというピザ屋さん♪
Železná 1, 110 00 Praha 1 -
今夜のオペラはモーツァルトの「フィガロの結婚」
場所はエステート劇場
( Stavovské divadlo スタヴォフスケー劇場 )
Železná, 110 00 Staré Město, チェコ
narodni-divadlo.cz
+420 224 901 448スタヴォフスケー劇場 (エステート劇場) 劇場・ホール・ショー
-
18:29
1773年にノスチツ(Nostic)伯爵によってクラシック様式で建設された、ヨーロッパでも最も古い劇場の一つです
モーツァルト自身が「フィガロの結婚」をこちらの劇場で指揮したことでも知られています
「ドン・ジョバンニ」はこちらで初演されました -
18:29
1881年に火災で大部分が焼失しましたが、国民の寄付によって再建され、現在も当時の豪華な雰囲気のまま運営されています
ネオ・ルネサンス様式を取り入れた内装が特徴で、天井には精巧な絵画や装飾が施されています
映画『アマデウス』の撮影地としても登場しています
1834年には有名なチェコ語劇『フィドロヴァチュカ(Fidlovačka)』が初演され、その中の歌曲「クデ・ドムフ・ムイ(Kde domov můj)」が後にチェコ共和国の国歌となりました
1989年には大規模な修復工事が実施され、現在もなお、モーツァルト作品をはじめとするクラシック音楽や演劇の名作が上演されています -
18:34
廊下には歴史ある絵や写真が展示してありました
1791年に行われた神聖ローマ皇帝レオポルト2世のボヘミア王としての戴冠式を祝う舞踏会の様子
・タイトル: 1791年、プラハでのレオポルト2世のボヘミア王戴冠式に伴う舞踏会(Ball following the coronation of Leopold II as King of Bohemia in Prague in 1791)
・作者: カスパール・プルート(Caspar Pluth)
・制作年: 1791年~1792年頃
背景とエステート劇場
この舞踏会は、戴冠式の祝典の一環として劇場の隣に増設された仮設の広間で開催されました -
18:34
なんと、これは当日のキャスト表が額に入って、廊下に展示されていました
なんの展示か分かりませんでした(^^;)
プラハにある国民劇場(Národní divadlo)が主催した、モーツァルト作曲のオペラ
『フィガロの結婚』(チェコ語: Figarova svatba)のキャスト表
演目: フィガロの結婚(Le Nozze di Figaro)
劇場: エステート劇場(Ve Stavovském divadle)
日時: 2020年2月24日(月)19:00 開演終演予定: 22:15(第2幕の後に休憩あり)
指揮: Enrico Dovico
演出: Magdalena Švecová
フィガロ役: Jan Šťáva
アルマヴィーヴァ伯爵役: Jiří Hájek
伯爵夫人役: Marie Fajtová
スザンナ役: Jana Sibera -
18:35
オーケストラピット
今回のオーケストラとは異なりますが、学生時代に、ノイマン指揮のチェコフィルハーモニー管弦楽団が地元にも来た時に、聴きに行きました
今回の「フィガロの結婚」は何度か日本で観ているので、ストーリーやアリアも知っています
チェコ語ではなくて、イタリア語で上演なので良かった^ ^ -
18:56
まもなく開演です
皆さんお洒落していらっしゃいます♪ -
休憩になりました
それにしても、こんな素晴らしい劇場とベストな席なのに、私たちの服装ときたら…(≧∇≦)
市内観光とフリーの観光のあと、ホテルに戻って着替える時間もなく、そのまま来てしまったので、靴はスニーカー…
周りはドレスアップして来た方ばかり(~_~;)
本当に酷いね、とお互い穴があったら入りたい気持ちでした(大汗)
しかも後半は旅行の疲労で2人とも睡魔に襲われ…
本当に失礼なことをしました_| ̄|○
ブロードウェイでミュージカルを見た時も、旅の疲れで娘も夫も当然私も睡魔に襲われたのですが、学習してなかったですねー(涙)
こちらでは休憩になるとほぼ全員席を立ってロビーに移動するしてアルコールや飲み物を召し上がるようです
日本でもサントリーホールなどと似ていますが、この時は本当に全員一旦居なくなりました(このあと、私たちもいてはいけないような気がして(笑)トイレに立ちました) -
幕間の休憩が長いんですね
30分近くあったようです
それだけあれば、皆さん外に出て、思い思いに行動出来ますよね
ロビーは飲み物を注文される方で賑わっていました -
20:48
楽譜が光っちゃって残念! -
22:22
終わりました♪
(翻訳)
Národní divadlo: 国民劇場
DNES HRAJEME / TODAY: 本日の演目
WOLFGANG AMADEUS MOZART: ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト
FIGAROVA SVATBA: フィガロの結婚(チェコ語のタイトル)
LE NOZZE DI FIGARO: フィガロの結婚(イタリア語の原題)
opera: オペラ
こののちにロンドンで家族でミュージカル「レ・ミゼラブル」を観に行ったのですが、ここで学習したので(笑)、体調を万全にして、日にちも考慮してして満喫しました(爆)
劇場からは乗り換えなく1本で23時頃にホテルに着きましたが、夜のプラハの治安には何の不安もありませんでした
お友達もお部屋に戻っていて、洋服などお買い物を楽しんだり、ホテルでゆっくり出来たようです♪ -
2/25(月)6:54
帰国の日です
今日も美味しい朝ごはん♪
昨日のチケット購入でカードじゃなくて現金で支払って欲しいと言われた件を添乗員さんに話したところ、「何で~?!絶対使えるはずなのに…おかしいですよね。う~ん、チェコ人、たまにそうやって~自分の…にしちゃう人、いるんですよね」と( ̄▽ ̄;)
やっぱり!?
あんな良い席がポツンと2席だけ空いていたのも、おかしいと思ったんですよね(⌒-⌒; )
現地ガイドさんは、何か言いたそうだったけど、飲み込んだ感じでしたから…ウィーン ハウス バイ ウィンダム アンデルス プラハ ホテル
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10:46
ヴァーツラフ・ハヴェル・プラハ国際空港に着きました
往路と同じアエロフロート航空なので、モスクワ乗り換え、長旅です
市内では見なかったマスクをしている人も多いです
私たちも誰となく皆さんマスク姿になっていましたヴァーツラフ ハヴェル プラハ国際空港(PRG) 空港
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13:05 ヴァーツラフ・ハヴェル・プラハ国際空港 ー 18:05 モスクワ・シェレメチェヴォ国際空港 アエロフロート航空 SU2013
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13:08
CAさんは離陸する時は帽子を外すのですね
被っていた方がかっこいい(^_^)
この時のCAさん達はまだマスクはしていませんでした -
15:53
モスクワまでは軽食1回です
アリョンカチョコレート美味しい♪
このあと、モスクワは行きと同じシェレメチェボ空港に着きました
セキュリティーゲートでは、往路ではいなかった若いロシア人スタッフ(アエロフロート航空の?)が待っててくれて、次のゲートまで誘導してくれました
添乗員さんがおっしゃるには、たまにこういう丁寧なサービスがあるとか
往路と同じで、保安のおばさま(失礼!)がにらみを利かせて立っていたのは変わりません^ ^
相変わらずの長蛇の列でした
丸い建物(踊り場周囲)の壁に沿って行列が出来ているので、あとから来て並ぶのにびっくりした若い男性は、隠れてスキップして割り込みに成功していました
こういう場所にこそ、睨みをきかせられるおばさま(スタッフ)を配置して欲しいです -
空港の売店を見ましたが、モスクワ(市内も?)はすごく物価が高いですね!
添乗員さんが、Ray’sの蟹味ポテトチップスを買う、と言っていたので、一緒に行って見てみると小袋が700円もする(@_@)
しかも在庫が3袋くらい…
一つ譲って頂いて、買ってみました
空港だからこんなに高かったのでしょうか?
スーパーで買えば日本と同じくらい?
19:45 モスクワ・シェレメチェヴォ国際空港 ー 11:20 成田国際空港 アエロフロート航空 SU260
21:30
モスクワ→成田
機内食1回目 お魚をリクエストしました -
2/26(水)8:34
モスクワ→成田
機内食2食目
お友達は機内販売で腕時計を買っていました
そういえば、成田に着いてから、ある男性の参加者さんが添乗員さんに腕時計(Apple watch)をモスクワ・シェレメチェヴォ空港のラウンジに置いて来てしまった、と相談されていました
外してそのまま忘れて来てしまったようです…
戻って来たかなぁ(⌒-⌒; )
添乗員さんは、「このあとは南アフリカに飛ばされる~」と笑っていました
豪快な添乗員さんで、せっかくイヤホンとマイクがあるのに空港などで使わずに、人前で大声で話されるので、チャイナっぽくって周りの視線を感じてちょっと恥ずかしかったりしたり、焦ってパニクったりする彼女でしたが、すごく人間味溢れる方でした
ツアーに何回か参加していると、添乗員さんを見る目も育って来るのを感じましたが(笑)、彼女は現地ガイドさんが説明している時など、一緒になって聞いているのではなくて、常にメンバー全員を見ています
それぞれ一人一人に目を配り、尊敬出来る添乗員さんでした
プライベートなことも話してくださったりして、女子トーク炸裂したときもありました(*≧∀≦*)
誰もが彼女にお世話になった6日間でした♪
旅は一期一会ですが、お元気で世界を飛び回ってることをお祈りしています^ ^
成田に着いてもこの時は、まだ新型コロナウイルスの検査や隔離は行われておらず、普通に自宅に帰れました
ただし、出発時よりも明らかにマスクをしている日本人が多くなっていました
コロナ禍突入時のギリギリの海外旅行でしたが、時期的に卒業旅行とぶつかって、お若い方たち(それもお一人で)が多いツアーでした
笑っちゃうのは、九州から参加された医学部の卒業旅行の男性2人組、だいぶ前からオーロラを見たくて、カナダ?アラスカ?北欧?のどこか(聞いたのですが忘れました)を予約していて、代金も支払っていたのに、間近になって「取れませんでしたので、他のツアーにしていただけますか?」と言われたそうです…
ちょっとびっくりな話でしたが、その時点で予約出来るツアーがこれだったそうです(*_*)
そんなこともあるんですねー
今頃、立派なドクターになっていることでしょう^_^
私たちより年配のご夫婦も1組いらして、ドイツで子育てをされた時期もあったそうで、沢山の国を旅行されておられたので、1番良かったところをお聞きしました
奥様は「クロアチアのスプリット」と仰っていました
それが頭に残っていて、どんなところかなぁ~、と想像していたんです
その5年後に訪れることが出来ました♪
まさに、念じれば…ですね^ ^
その時のスプリットの旅行記https://4travel.jp/travelogue/12002243はアップしてありますが、個人的には(夫も)ボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルの方が惹きつけられました
旅行先の好み、印象は人それぞれ、それが面白いのです^ ^
これで2020年2月のハンガリー・スロバキア・ポーランド・チェコ4カ国ツアーはおしまいです
最後までお読みいただき、ありがとうございました
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