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2年近く忙しく(面倒で?)行けていなかった、お墓参りに出かけてきました。<br />我が家から石切は、大阪市内横断ルートで1時間以上、混んでいると2時間近く掛かる事と、日々の忙しさもあり足が遠のいてしまっていましたが、奥様の重大案件も無事終わったこの時期に、2年振りのお墓参りに出かける事といたしました。<br /><br />お墓参りを終えてすっきりとした気持ちで、石切劔箭神社に参拝し、少し前に情報番組で紹介されていた、石切劔箭神社の参道を少し歩いてきましたが、以前とは少し雰囲気が変わっていたように思います。<br /><br />透き通った青空の中、気持の良い散歩道でした。<br /><br />*墓参りからの石切ホテルセイリュウ宿泊記 ↓<br />https://4travel.jp/travelogue/11640786

お彼岸の墓参りから久し振りの石切剣箭神社参拝と参道散策

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2026/03/24 - 2026/03/24

36位(同エリア238件中)

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まつじゅん

まつじゅんさん

この旅行記のスケジュール

この旅行記スケジュールを元に

2年近く忙しく(面倒で?)行けていなかった、お墓参りに出かけてきました。
我が家から石切は、大阪市内横断ルートで1時間以上、混んでいると2時間近く掛かる事と、日々の忙しさもあり足が遠のいてしまっていましたが、奥様の重大案件も無事終わったこの時期に、2年振りのお墓参りに出かける事といたしました。

お墓参りを終えてすっきりとした気持ちで、石切劔箭神社に参拝し、少し前に情報番組で紹介されていた、石切劔箭神社の参道を少し歩いてきましたが、以前とは少し雰囲気が変わっていたように思います。

透き通った青空の中、気持の良い散歩道でした。

*墓参りからの石切ホテルセイリュウ宿泊記 ↓
https://4travel.jp/travelogue/11640786

旅行の満足度
4.5
観光
4.5
グルメ
4.0
同行者
カップル・夫婦(シニア)
一人あたり費用
1万円未満
交通手段
自家用車 徒歩
  • 墓は生駒山の中腹にあるので、駐車場から大阪市内を一望できます。<br /><br />あべのハルカスやナンバ、梅田の高層ビル群を望むことが出来ます。

    墓は生駒山の中腹にあるので、駐車場から大阪市内を一望できます。

    あべのハルカスやナンバ、梅田の高層ビル群を望むことが出来ます。

  • 駐車場を出て5分程で、石切劔箭神社の大鳥居を潜り、駐車場に到着です。<br /><br />この辺りの道も、墓を建立した頃とは随分と変わり、1979年着工の4.737kmの近鉄けいはんな線生駒トンネルも、まだありませんでした。<br /><br />

    駐車場を出て5分程で、石切劔箭神社の大鳥居を潜り、駐車場に到着です。

    この辺りの道も、墓を建立した頃とは随分と変わり、1979年着工の4.737kmの近鉄けいはんな線生駒トンネルも、まだありませんでした。

    石切劔箭神社 寺・神社・教会

  • 1985年に奉納された、神社の神門左手にある「石切劔箭神牛」です。<br /><br />石切神社の神事である「献牛祭」が復活したことを記念して奉納されたもので、は農業で使役した牛を労い、牛を飾って五穀豊穣と家内安全を祈願する神事だそうです。<br />

    1985年に奉納された、神社の神門左手にある「石切劔箭神牛」です。

    石切神社の神事である「献牛祭」が復活したことを記念して奉納されたもので、は農業で使役した牛を労い、牛を飾って五穀豊穣と家内安全を祈願する神事だそうです。

  • 絵馬殿(楼門)です。<br /><br />屋根には、劔と矢が輝き、左右には随神が祀られ、中には数々の板絵が展示されています。<br /> 一般的な神社の随神像は、豊かな髭を蓄えた老人の姿が多いようですが、こちらの随神像は「角髪」という、古代の髪型を結った若々しい姿で造られているようです。<br /><br />祭神は、古代の軍事氏族である物部氏の氏神、饒速日尊、可美真手命で、両神併せて「石切大明神」と総称されています。<br /><br />1960年建築で、本殿の工事監督を務めた大野新一氏の設計です。

    絵馬殿(楼門)です。

    屋根には、劔と矢が輝き、左右には随神が祀られ、中には数々の板絵が展示されています。
    一般的な神社の随神像は、豊かな髭を蓄えた老人の姿が多いようですが、こちらの随神像は「角髪」という、古代の髪型を結った若々しい姿で造られているようです。

    祭神は、古代の軍事氏族である物部氏の氏神、饒速日尊、可美真手命で、両神併せて「石切大明神」と総称されています。

    1960年建築で、本殿の工事監督を務めた大野新一氏の設計です。

  • 今は、太平洋戦争後に創設された「神道石切教」の総本山で、「神道石切教」は、独自の宗教法人によって運営されている神社だそうです。<br />旧社格は村社、延喜式神名帳に記載されている河内郡の式内社・「石切劔箭命神社二座」です。<br /><br />「石切さん」「腫れ物(でんぼ)の神様」として親しまれていて、境内は数々の変わったオブジェが点在する、独特の雰囲気を持った神社です。<br /><br />創建年代は、火災により社殿及び宝庫が消失したため、つまびらかではないですが、木積家の記録によると、皇紀2年(紀元前659年)に生駒山中の宮山に可美真手命が饒速日尊を奉祀されたのを起源とし、崇神天皇の御世に、現本社に可美真手命が奉祀された、と伝わっています。

    今は、太平洋戦争後に創設された「神道石切教」の総本山で、「神道石切教」は、独自の宗教法人によって運営されている神社だそうです。
    旧社格は村社、延喜式神名帳に記載されている河内郡の式内社・「石切劔箭命神社二座」です。

    「石切さん」「腫れ物(でんぼ)の神様」として親しまれていて、境内は数々の変わったオブジェが点在する、独特の雰囲気を持った神社です。

    創建年代は、火災により社殿及び宝庫が消失したため、つまびらかではないですが、木積家の記録によると、皇紀2年(紀元前659年)に生駒山中の宮山に可美真手命が饒速日尊を奉祀されたのを起源とし、崇神天皇の御世に、現本社に可美真手命が奉祀された、と伝わっています。

  • 水神社です。<br /><br />祭神は、罔象女神、天水分神で、水を司る二柱の神をお祀りされています。<br /><br />雨は、河内の農業にとって大切なもので、祈雨祈晴を願いが絶えることは無く、天水分神は「みくまり」が「みこもり(御子守)」に通じることから、安産、子育ての神としても、信仰されるようになっているようです。

    水神社です。

    祭神は、罔象女神、天水分神で、水を司る二柱の神をお祀りされています。

    雨は、河内の農業にとって大切なもので、祈雨祈晴を願いが絶えることは無く、天水分神は「みくまり」が「みこもり(御子守)」に通じることから、安産、子育ての神としても、信仰されるようになっているようです。

  • 手水舎です。<br /><br />柱には、「赤まむしドリンク」で有名な、(株)阪本漢方製薬の四代目 阪本昌胤氏の奉納と記載されていました。<br /><br />(株)阪本漢方製薬は、石切で1919年に創業された、関西では有名な会社で、赤まむし等の滋養強壮剤を世に送り出した会社です。<br /><br />昔歩いた時には、石切参道商店街の入口に、天狗の像等の阪本漢方製薬関係の物が沢山あった記憶があります。

    手水舎です。

    柱には、「赤まむしドリンク」で有名な、(株)阪本漢方製薬の四代目 阪本昌胤氏の奉納と記載されていました。

    (株)阪本漢方製薬は、石切で1919年に創業された、関西では有名な会社で、赤まむし等の滋養強壮剤を世に送り出した会社です。

    昔歩いた時には、石切参道商店街の入口に、天狗の像等の阪本漢方製薬関係の物が沢山あった記憶があります。

  • 石切神社の本殿です。<br /><br />社名は、神威が岩をも切り裂くほど大きく、鋭いことに由来していて、本殿・拝殿及び幣殿・透塀は、国の登録有形文化財となっています。<br /><br />元奈良県技師である吉田種次郎氏の設計で、1931年に中世寺社建築の細部意匠を引用した、近代社殿として建築されました。<br /><br />手前には、しめ縄が張られた2本の石柱が立ち、その奥に祭神を祀る本殿があります。<br /><br />この社殿の側には、正六角形が並んだ模様のパネルが配されています。

    石切神社の本殿です。

    社名は、神威が岩をも切り裂くほど大きく、鋭いことに由来していて、本殿・拝殿及び幣殿・透塀は、国の登録有形文化財となっています。

    元奈良県技師である吉田種次郎氏の設計で、1931年に中世寺社建築の細部意匠を引用した、近代社殿として建築されました。

    手前には、しめ縄が張られた2本の石柱が立ち、その奥に祭神を祀る本殿があります。

    この社殿の側には、正六角形が並んだ模様のパネルが配されています。

  • 拝殿前の楠は、東大阪市指定の天然記念物となっています。<br /><br />こちらは、お百度参りが全国的にも有名で、拝殿前とお百度石の間を、多くの人々が真剣な表情で、一心不乱に歩いています。<br /><br />石切神社は、いつからかデンボ(腫れもの)の神様として有名となり、病気治癒を願う人達が、熱心にお百度を踏んでおられます。<br /><br />お百度は、元々は100日連続で神社仏閣に通う「百日詣」が起源ですが、室町時代以降に願いを早く叶えるために、1日で100回往復する形に変化してそうです。

    拝殿前の楠は、東大阪市指定の天然記念物となっています。

    こちらは、お百度参りが全国的にも有名で、拝殿前とお百度石の間を、多くの人々が真剣な表情で、一心不乱に歩いています。

    石切神社は、いつからかデンボ(腫れもの)の神様として有名となり、病気治癒を願う人達が、熱心にお百度を踏んでおられます。

    お百度は、元々は100日連続で神社仏閣に通う「百日詣」が起源ですが、室町時代以降に願いを早く叶えるために、1日で100回往復する形に変化してそうです。

  • 本殿の裏側に、病気平癒の願いを込めて奉納する亀の形をした「祈亀」がありました。<br /><br />小さな亀を模した甲羅に、願い事を書いて水辺に置くことで、心願成就のご利益があるとされています。<br /><br />多くの神社では、「無事に帰る」「病気が返る」といった意味を持つ縁起物カエルが多いですが、石切神社は祈亀が有名のようです。

    本殿の裏側に、病気平癒の願いを込めて奉納する亀の形をした「祈亀」がありました。

    小さな亀を模した甲羅に、願い事を書いて水辺に置くことで、心願成就のご利益があるとされています。

    多くの神社では、「無事に帰る」「病気が返る」といった意味を持つ縁起物カエルが多いですが、石切神社は祈亀が有名のようです。

  • 穂積神霊社です。<br /><br />明治初期に、第104代宮司 木積一路氏が、本殿北側にあった石切小学校の前身となった穂積堂で、子弟教育に尽力されていましたが、1970年に焼失してしまい、穂積堂に祀られていた神様を、「穂積神霊社」としてお祀りした社です。<br /><br />病魔災難除け、学問向上の神様のようです。

    穂積神霊社です。

    明治初期に、第104代宮司 木積一路氏が、本殿北側にあった石切小学校の前身となった穂積堂で、子弟教育に尽力されていましたが、1970年に焼失してしまい、穂積堂に祀られていた神様を、「穂積神霊社」としてお祀りした社です。

    病魔災難除け、学問向上の神様のようです。

  • 遙拝所です。<br /><br />石切神社の上之社を拝するために、設けられたもののようです。<br /><br />こちらの境内だけを参拝する、所謂「片参り」は避けるべきと言われていますが、体調がすぐれない、時間が無い等の場合に、こちらの遙拝所から、上之社の方向へ向かって拝礼を行うことができるようです。<br /><br />ちなみに上之社は、我が家の墓地の近くにあるので、私達は先にお参りしてきたという事にさせて頂きます。

    遙拝所です。

    石切神社の上之社を拝するために、設けられたもののようです。

    こちらの境内だけを参拝する、所謂「片参り」は避けるべきと言われていますが、体調がすぐれない、時間が無い等の場合に、こちらの遙拝所から、上之社の方向へ向かって拝礼を行うことができるようです。

    ちなみに上之社は、我が家の墓地の近くにあるので、私達は先にお参りしてきたという事にさせて頂きます。

  • 神武社、祭神は神倭磐余彦尊(神武天皇)です。<br /><br />神武天皇が東征の際、哮ヶ峰(生駒山)を越えての大和入りは、先住民の抵抗も激しく大変な苦労を伴ったようです。<br />そこで、哮ヶ峰の麓の高庭白庭の丘(石切)で、高天原の神々に戦勝を祈願し、かたわらの巨石を高々と蹴り上げ、武運を占ったと伝えられているそうです。<br /><br />この神武天皇の蹴上げ石として伝わる巨石を、御霊代として祀っていて、武運の神様として信仰を集めているそうです。

    神武社、祭神は神倭磐余彦尊(神武天皇)です。

    神武天皇が東征の際、哮ヶ峰(生駒山)を越えての大和入りは、先住民の抵抗も激しく大変な苦労を伴ったようです。
    そこで、哮ヶ峰の麓の高庭白庭の丘(石切)で、高天原の神々に戦勝を祈願し、かたわらの巨石を高々と蹴り上げ、武運を占ったと伝えられているそうです。

    この神武天皇の蹴上げ石として伝わる巨石を、御霊代として祀っていて、武運の神様として信仰を集めているそうです。

  • 五社明神社で、祭神は恵比須大神、大国主大神、住吉大神、稲荷大神、八幡大神<br />の5柱です。<br /><br />五柱の神々を合わせて祀っている事から「五社明神社」となっていて、商売繁盛、大漁成就、五穀豊穣、産業隆盛の神として、様々な商売を営まれる方々の信仰を集めているそうです。

    五社明神社で、祭神は恵比須大神、大国主大神、住吉大神、稲荷大神、八幡大神
    の5柱です。

    五柱の神々を合わせて祀っている事から「五社明神社」となっていて、商売繁盛、大漁成就、五穀豊穣、産業隆盛の神として、様々な商売を営まれる方々の信仰を集めているそうです。

  • 石切神社から、近鉄石切駅迄続く、参道に向かいます。<br /><br />参道沿いには、100以上の店舗が並ぶ歴史ある商店街で、石切神社の門前町として、神社の発展と共に栄え、地域の人々にも愛されてきた、地元に根付いた商店街のようです。

    石切神社から、近鉄石切駅迄続く、参道に向かいます。

    参道沿いには、100以上の店舗が並ぶ歴史ある商店街で、石切神社の門前町として、神社の発展と共に栄え、地域の人々にも愛されてきた、地元に根付いた商店街のようです。

    石切参道商店街 名所・史跡

  • 文化庁が推進する「食の文化財」、石切は「おでん」だそうです。<br /><br />「石切おでん」は、石切神社の参道で100年以上愛されてきた、ご当地グルメで、あっさりとした甘めの出汁が特徴で、2024年度に食の文化財「100年フード」に認定されたそうです。

    文化庁が推進する「食の文化財」、石切は「おでん」だそうです。

    「石切おでん」は、石切神社の参道で100年以上愛されてきた、ご当地グルメで、あっさりとした甘めの出汁が特徴で、2024年度に食の文化財「100年フード」に認定されたそうです。

  • 石切参道は、道幅も軽自動車1台が通れる位の細い道を、結構な坂道を登っていく事になります。<br /><br />飲食店から食品、占い、漢方薬、衣料品、日用品等、他にはあまり見かけないような珍しいもの、懐かしいものを探し出せる(かも)商店街となっています。

    石切参道は、道幅も軽自動車1台が通れる位の細い道を、結構な坂道を登っていく事になります。

    飲食店から食品、占い、漢方薬、衣料品、日用品等、他にはあまり見かけないような珍しいもの、懐かしいものを探し出せる(かも)商店街となっています。

  • 参道を歩いていると、占いに始まり、大仏様からお不動さんまで、何でもありの信仰のデパートといった感じで、魑魅魍魎としたB級感が、石切の魅力であり本質であるのかな、と思えてきます。<br /><br />「占いの館・村(七福神)」という所には、「世界で2番目に大きい一角獣の牙」が展示されていました。<br /><br />世界で2番目?、一角獣って本当に居るの?等、突っ込むところ満載ですが、実際は、鯨の一種である「イッカク」の牙で、永遠の力や金運を授けてくれるユニークな開運スポットとして、参道名物になっているようです。

    参道を歩いていると、占いに始まり、大仏様からお不動さんまで、何でもありの信仰のデパートといった感じで、魑魅魍魎としたB級感が、石切の魅力であり本質であるのかな、と思えてきます。

    「占いの館・村(七福神)」という所には、「世界で2番目に大きい一角獣の牙」が展示されていました。

    世界で2番目?、一角獣って本当に居るの?等、突っ込むところ満載ですが、実際は、鯨の一種である「イッカク」の牙で、永遠の力や金運を授けてくれるユニークな開運スポットとして、参道名物になっているようです。

  • 昨年良く行った、大阪・関西万博で話題となっていた、ナウル共和国パビリオンが、石切参道商店街に2025年12月7日引越ししていました。<br /><br />大阪・関西万博のコモンズB館に出展していたようですが、見たかったのですがコモンズにあまり入っていないので、気になって石切でお目に掛かれるかもと思ったのですが、平日はお休みのようでした。<br /><br />石切神社は、9のつく日は祈祷がお休みのようで、参道のお店も休みが多いと聞いていたのですが、こちらの営業日は、分かりませんでした。

    昨年良く行った、大阪・関西万博で話題となっていた、ナウル共和国パビリオンが、石切参道商店街に2025年12月7日引越ししていました。

    大阪・関西万博のコモンズB館に出展していたようですが、見たかったのですがコモンズにあまり入っていないので、気になって石切でお目に掛かれるかもと思ったのですが、平日はお休みのようでした。

    石切神社は、9のつく日は祈祷がお休みのようで、参道のお店も休みが多いと聞いていたのですが、こちらの営業日は、分かりませんでした。

  • 参道にあった水掛け不動明王、母親から小さい時に私の守り本尊だと聞かされていたので、この歳になっても「不動明王」様がいるとお詣りする習性が身についています。<br /><br />こちらは寺院等では無く、大阪神輪講という所が管理しているらしいです。

    参道にあった水掛け不動明王、母親から小さい時に私の守り本尊だと聞かされていたので、この歳になっても「不動明王」様がいるとお詣りする習性が身についています。

    こちらは寺院等では無く、大阪神輪講という所が管理しているらしいです。

  • 駅方面に上って行くと、石切大仏なる大仏様が鎮座していました。<br /><br />(株)阪本漢方製薬の四代目 阪本昌胤氏が、1980年に建立したもので、脇に掲げられていた説明書によると、日本で3番目に大きな大仏とのことです。<br />高さは、台座を含め約8mで、大仏自体は約6mらしいですが、奈良・鎌倉に次ぐ3番目を自称しているのか、高岡大仏や岐阜大仏等と同様に、ここも「日本三大仏」を名乗っているのか等々、何の3番目なのか、大きさなのか、知名度なのか、謎に包まれたミステリースポットのようです。

    駅方面に上って行くと、石切大仏なる大仏様が鎮座していました。

    (株)阪本漢方製薬の四代目 阪本昌胤氏が、1980年に建立したもので、脇に掲げられていた説明書によると、日本で3番目に大きな大仏とのことです。
    高さは、台座を含め約8mで、大仏自体は約6mらしいですが、奈良・鎌倉に次ぐ3番目を自称しているのか、高岡大仏や岐阜大仏等と同様に、ここも「日本三大仏」を名乗っているのか等々、何の3番目なのか、大きさなのか、知名度なのか、謎に包まれたミステリースポットのようです。

  • こちらの参道には、占い、祈祷、鑑定、四柱推命等々のお店?が沢山あります。<br /><br />チョット覗くと、結構お客さんが入っていますが、一体何軒の占い関係の店があったのかは分かりませんが、相当な数があるのは間違いないですね。<br /><br />理由としては、石切神社が病気平癒だけでなく、悩みの解決を願う多くの参拝者が、全国から集まってくる場所というのが関係しているようです。<br /><br />1990年代以降の不況期に、商店街の空き店舗増加と、「悩みを聞いてほしい」というニーズが結びついて、占い店が集積するようになったと思われます。(知らんけど)

    こちらの参道には、占い、祈祷、鑑定、四柱推命等々のお店?が沢山あります。

    チョット覗くと、結構お客さんが入っていますが、一体何軒の占い関係の店があったのかは分かりませんが、相当な数があるのは間違いないですね。

    理由としては、石切神社が病気平癒だけでなく、悩みの解決を願う多くの参拝者が、全国から集まってくる場所というのが関係しているようです。

    1990年代以降の不況期に、商店街の空き店舗増加と、「悩みを聞いてほしい」というニーズが結びついて、占い店が集積するようになったと思われます。(知らんけど)

  • 近鉄石切駅に到着です。<br /><br />墓を建立した当時は、私は15歳位でしたので、母親と奈良から阿部野橋、鶴橋経由で電車で墓参りに来ていた記憶が少しだけですが残っています。<br /><br />車で来るようになってからは、こちらの駅に降り立った事は無いですが、随分と変わっている気がします。

    近鉄石切駅に到着です。

    墓を建立した当時は、私は15歳位でしたので、母親と奈良から阿部野橋、鶴橋経由で電車で墓参りに来ていた記憶が少しだけですが残っています。

    車で来るようになってからは、こちらの駅に降り立った事は無いですが、随分と変わっている気がします。

  • 駐車場を目指し、参道を降りていきます。<br /><br />石切神社に近い、この辺りには昔、阪本漢方のお店、石切大天狗大佛寺や天狗のモニュメントがあった(ような)記憶がありますが、石切大天狗大佛寺も、阪本氏が設立されたらしいですが、建物は閉鎖・撤去されていて、跡地周辺は「石切回廊」として新しい店舗等が並ぶエリアに変わっていました。

    駐車場を目指し、参道を降りていきます。

    石切神社に近い、この辺りには昔、阪本漢方のお店、石切大天狗大佛寺や天狗のモニュメントがあった(ような)記憶がありますが、石切大天狗大佛寺も、阪本氏が設立されたらしいですが、建物は閉鎖・撤去されていて、跡地周辺は「石切回廊」として新しい店舗等が並ぶエリアに変わっていました。

  • 「石切回廊」は、2022年7月にオープンした歴史・健康・食・癒やしをテーマとする複合商業施設です。<br /><br />商店街を含めた、地元の地域活性化の要請に応える形で始動した計画で、神社や商店街を含めた地域を巻き込みながら、「石切のわ」という任意団体を立ち上げ、地元の大学と建築士が協働で企画・設計から運営まで携わっている施設です。<br /><br />今後も、商店街沿いの空き店舗や、空地等を活用した計画を並行して進めていく予定のようです。<br /><br />建物内には、設計コンペの図面等が掲示されていましたが、気になるのは建築分野の人位だろうな、と思いながら見ていました。

    「石切回廊」は、2022年7月にオープンした歴史・健康・食・癒やしをテーマとする複合商業施設です。

    商店街を含めた、地元の地域活性化の要請に応える形で始動した計画で、神社や商店街を含めた地域を巻き込みながら、「石切のわ」という任意団体を立ち上げ、地元の大学と建築士が協働で企画・設計から運営まで携わっている施設です。

    今後も、商店街沿いの空き店舗や、空地等を活用した計画を並行して進めていく予定のようです。

    建物内には、設計コンペの図面等が掲示されていましたが、気になるのは建築分野の人位だろうな、と思いながら見ていました。

  • 少々歩き疲れたので、「石切回廊」にあった「つるぎ屋」で休憩です。<br /><br />こちらのお店は、大阪市内で和菓子を製造、販売して40年というノウハウを活かした、餅専門店のようです。<br /><br />イートインで「よもぎ餅」とクリームソーダを頂き、帰路に着きました。<br /><br />今回、これまで。

    少々歩き疲れたので、「石切回廊」にあった「つるぎ屋」で休憩です。

    こちらのお店は、大阪市内で和菓子を製造、販売して40年というノウハウを活かした、餅専門店のようです。

    イートインで「よもぎ餅」とクリームソーダを頂き、帰路に着きました。

    今回、これまで。

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