2026/02/20 - 2026/02/21
-位(同エリア519件中)
元杜鉄工さん
この旅行記のスケジュール
2026/02/20
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2026/02/21
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福井のお城巡り。
まずは北陸唯一の現存十二天守、丸岡城へ。小ぶりなれど凛々しい美しい天守でした。
翌日は、福井駅前の福井城と北の庄城へ。どちらも天守は無いですが、その分気軽に訪れることができました。
福井は「不死鳥の街」と呼ばれ、フェニックスをシンボルとしていることを知ることができたのは意外な収穫でした。
その後は、越前大野城や勝山城がある奥越地方へ向かいますが、別の旅行記で。
- 旅行の満足度
- 4.0
- 観光
- 4.0
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 4.0
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 3万円 - 5万円
- 交通手段
- 高速・路線バス 新幹線
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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北陸新幹線はくたか561号で芦原温泉駅へ。
芦原温泉駅 駅
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恐竜も湯につかる温泉地の玄関。しかし、今回の旅は温泉無し。
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芦原温泉駅14:55>>京福バス>>丸岡城15:13
バスで移動。在来線の丸岡駅からお城は結構離れています。 -
方角としては白山なのだけど何の山かはよくわかりません。距離的には手前の山なのだろうけど。まだまだ雪が残っています。
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到着。観光情報センターの解体工事中。
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工事現場を迂回すると丘の上に天守が見えてきます。
階段を登ると入場券売り場があります。天守は無人なのでここで受付。 -
450円で天守と近くの施設(手紙の館)の共通券になっています。
おまけ付きで嬉しい。 -
到着。無骨な天守台の石垣の上に木造天守が乗っかっています。
石垣から伸びる階段の位置関係からちょっと小田原城っぽい感じ。丸岡城 名所・史跡
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中の展示は少なめ。江戸時代のお城そのままなので。
模型はありました。五角形の珍しいお堀に囲まれていました。 -
階段は急。江戸時代のお城そのままなので。
現存天守の中でもロープがつくほど急なのは珍しいかも。 -
唐破風の下の窓からこんにちは。
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このお城の特徴は、瓦が石でできていること。
風雨や寒さに耐えられる福井県産笏谷石(緑色凝灰岩)が使われています。 -
昭和23年6月28日に発生した福井大震災での写真。この地域の被害も相当にあったらしい。
丸岡城は3階建てですが通し柱が無く、1階、2階部分が倒壊しても3階部分一部はなんとか原形をとどめました。
昭和に一度倒壊した物を立て直したという点では、ほかの現存12天守とは異なりますね。 -
お城のふもとのマチヨリマーケットへ。ちょっとしたお土産が売ってありました。
なぜか炭次郎がいました。 -
この建物の一角がお城の博物館になっていて、瓦や鯱が展示されていました。
見ごたえがあったのはシアターの映像。TVでもおなじみの城郭考古学者の千田先生がノリノリでお城の解説をしてくれます。 -
次は、歩いて数分の一筆啓上 日本一短い手紙の館へ。
共通券になっていたので来てみましたが、手紙に興味が無くてもお城を見に来たなら行って損はありません。一筆啓上日本一短い手紙の館 美術館・博物館
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3階のベランダから丸岡城天守を望むことができます。
映像で福井大震災からの丸岡城の復興の紹介もあり、当時の町長が尽力した功績を後世に伝えています。 -
それ以外は、地域の人の作品が展示してあったり。
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募集して集まった短い手紙が展示されている施設でした。
一筆啓上とは、のちの丸岡城主の父が陣中から妻にあてた18字の手紙文のことです。 -
バスの時間までお城の周りを一周歩いていると不思議な出会いがありました。
すれ違い時に声をかけられたのは、なんと福井大震災がきっかけでここに越してきたというおばあちゃん。実家は富山、生まれは満州という激動の時代を過ごし、いまも元気にひとり散歩されておりました。丸岡の人はいいとおっしゃっていました。
丸岡城17:33>>京福バス>>福井駅18:15 -
あちこちに恐竜がいる福井駅に到着。
福井駅 (福井県) 駅
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適当に駅中で夕食。若狭牛赤身ステーキ定食。
運動の後は肉がいいですね。 -
今宵のホテルは復興のシンボル、フェニックスのホテル。駅から若干離れますが、割とよかったです。
福井フェニックスホテル 宿・ホテル
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翌朝。このホテルのすぐ近くが福井城址。
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お堀沿いに歩いていくと横井小楠と三岡八郎の像。旅立ちの像と名付けられていますが、これは長崎へ出立する様子。
物資販売ルートの開拓に向かい、成功により藩の財政が著しく改善したとのこと。 -
アーチ橋がきれいに反射する朝の風景。あれを渡って中へ入れば、
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福井県庁。
手前に結城秀康公の騎馬像があります。城主にして徳川家康の次男。福井城址 名所・史跡
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一角に福井の名前の由来になった井戸があるというので行ってみました。
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しかし、冬季は積雪のため石垣の上に入れず、見ることはできませんでした。
この石垣も歪んでいるように見え、大丈夫なのか心配。 -
お隣の山里口御門の2階は見学ができました。無料。
まさかの開館時間が朝7時から18時。福井城は冬以外の朝に訪れるのがいいかもしれません。 -
中は奇麗です。土足厳禁。解説映像も何本かあって見ごたえあり。
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お堀の水は一部抜かれていました。石垣の角の上に立っていた坤櫓(ひつじさるやぐら)の復元工事中の様子。
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堀を渡った先の二の丸は中央公園になっており、芝生が広がっていました。
周囲は福井神社などがあり、石碑がいろいろとありました。
これには「不死鳥福井の市民」と刻まれています。隣に市民憲章があります。 -
こちらは震災記念碑。「突叢せる激震」と表現されています。
胸像は熊谷太三郎。当時の福井市町で、科学技術庁長官も務めた方。 -
福井のマンホールも不死鳥。シンプルでもカッコいいデザイン。
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一旦駅前に戻り、さらに南下して歓楽街を抜けるとあるのが北の庄城跡。
北の庄城址 柴田公園 名所・史跡
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柴田勝家が築いた9層もの立派な天守があったと伝わります。今は地下に石垣が眠るのみ。一部分が見えるように地面が掘られています。
当時のまちづくりが福井市の基礎となっています。
資料館もありますが、早く来すぎて開館前。 -
柴田勝家の妻がお市の方。絶世の美人だったらしい。
羽柴秀吉によって滅ぼされてしまいます。そんなことは横に置いて現代はモテ祈願の対象になっているようです。柴田神社 寺・神社・教会
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お市の方の3姉妹、長女が特に有名な茶々(淀殿)です。
柴田神社の横に小さな三姉妹神社もありました。 -
福井市内散策はこれにて終了。ここからはローカル線の旅です。
つづく。
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