2026/04/03 - 2026/04/03
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この旅行記のスケジュール
2026/04/03
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徒歩での移動
西武池袋線石神井公園駅から徒歩で、石神井公園ボート池へ
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この旅行記スケジュールを元に
石神井城址などがある「歴史と自然のスポット都立石神井公園」から、
桜をはじめ春の花々が咲き競う「練馬区立石神井松の風文化公園」を経て、
江戸時代の「ふじ大山道(現在の富士街道)」を西に進んで、
明治時代につくられた「田柄用水」跡が保存されている上流部への旅。
田柄用水は、地元練馬区内でも沿川の古くからの住民以外には知られていないが、多摩川の羽村堰から玉川上水で約40キロ、分岐した田無用水から受水して20キロを流れて板橋区東新町の桜橋で石神井川本流に注いでいた武蔵野台地上の田畑用の用水です。下流の滝野川などでは工業用や動力にも使われました。
表紙の写真は、自然がいっぱいの石神井三宝寺池で、魚を狙うアオサギ
- 同行者
- 一人旅
- 交通手段
- 高速・路線バス 徒歩
- 旅行の手配内容
- 個別手配
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今日のスタートは西武池袋線石神井公園駅から。
駅前の商店街を抜けて、河岸段丘の坂を降りると、石神井公園の石神井池(通称ボート池)で、池畔には遅咲きの桜が咲いている。石神井公園 公園・植物園
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青空を水面に映した中に咲く桜は、大木ではないが趣がある。
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ボート池の中には、なにやらオブジェが建つが、個人的には好きになれない。
石神井公園 公園・植物園
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オブジェは、「石神井池 聖 衣」と名付けられている。
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石神井公園のボート池の西には三宝寺池があり、こちらは静かな自然公園。
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こちらは、三宝寺池が流れ出す細長い下流部分(ボート池側)にある、「三宝寺池沼沢植物群落」。なるべく自然状態にしているよう。
三宝寺池沼沢植物群落 公園・植物園
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静かな池で、保護が行き届いているので大きなサギが魚を獲っている。アオサギか?
ほかにも、カルガモなどの鴨類や、カイツブリ、カワウ、などがやってくる。
まだここでは遭遇したことがないが、カワセミも見られるよう。 -
三宝寺池でも沼沢植物群落部分から下流部は、なるべく自然に近いように簡単な護岸になっている。
昔は赤土で滑るような遊歩道であったが、現在では池を一周する木道(手前の手摺)ができているのでサンダルでも歩くことができる。 -
三宝寺池から北側の崖にも桜が咲いている。
正確に言うと、三宝寺池は東に傾く標高50m前後の武蔵野台地の湧水池が拡大したものなので、ボート池の先、石神井川支流(現在は暗渠)が流れ出す東側は開けていて、昔は水田があり、現在は団地などが多い。
南側は石神井川本流の谷との間に標高50mの丘があるが、西側と北側は武蔵野台地が擂鉢状に窪んだ崖になっている。 -
三宝寺池の南側の丘には、石神井城跡がある。
この部分の遊歩道は、土で山道状。木々も鬱蒼と茂っている。 -
練馬区教育委員会の解説板
石神井城跡は、中世武士の豊島氏の城の跡とされる。
豊島氏は南北朝時代に石神井郷を領有していたが、室町時代の1477年に石神井城主・豊島泰経(豊島勘解由左衛門尉)が、江戸城主の太田道灌に攻められて落城したと伝えられる。 -
三宝寺池の岸辺に石碑があるが、城の中心は丘の上。
石神井城跡 名所・史跡
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こちらは、石碑の近くに建てられた東京都の解説板
石神井城の中心内郭跡は丘の上で約9ヘクタールという。
北に三宝寺池、南は石神井川が流れ当時は氾濫原で丘の基部に沿って所沢街道が走り、舌状に東西に延びた台地は守りやすかったのであろう。
東側の現ボート池南まで下がっていく尾根筋と、西側の台地鞍部を空堀などで重点的に守れば良い。 -
三宝寺池には「照姫伝説」が伝えられ、昭和63年からは「照姫まつり」が毎年開催されている。
照姫まつりで披露される物語では、落城のとき城主豊島泰経は三宝寺池で最後を迎え白馬に家宝を載せて三宝寺池へと飛び込んだというので、そこからこの「殿塚」がつくられたらしい。
実際には、平塚城(北区)へと難を逃れ再起を図ったが平塚城、小机城(横浜市)も敗戦した記録が残されているという。
娘の照姫も後を追って入水したと伝えられ、近くに姫塚もある。 -
ねりまの名木とされるシラカシ巨木の根元には、娘の照姫も後を追って入水したと伝えられ、この「姫塚」がつくられたと伝えられる。殿塚よりも立派。
姫塚 名所・史跡
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三宝寺池から北西側の丘に登ると、練馬区立の石神井松の風文化公園がある。
ここは元々は日本銀行のグランドだった記憶で、練馬区が買収して、都立石神井公園につながる緑地公園として整備したよう。花木が多い。
まだ4月初めだというのに満開のツツジ。
「乙女心」という品種なので、気が早いのかも。石神井松の風文化公園 公園・植物園
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こちらはハナズオウか。
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もちろん芝生の周辺には桜も多く植えられている。
公園内のこの近くに、気象庁のアメダス練馬観測所がある。
そのため東京都の天気予報では「練馬」の気温などがよく露出する。 -
練馬区が姉妹都市を縁組しているオーストラリアの都市との交流記念のサクラ。
毎年、区立中学の生徒の希望者で学内選考に勝ち残った生徒を、きちんと現地の予習学習をした上で、二週間ほどの短期ホームステイに送り出しているようで、人気がある国際交流などを継続している。 -
石神井松の風文化公園からその北側を東西に走る富士街道(江戸時代の「ふじ大山道」)を西に進む。
「ふじ大山道」の南側に、当時からの欅などの並木が8本だけ残されている。他は通行の邪魔で、殆ど伐採されてしまったよう。富士講で富士山登山をする夏などは暑い日射しを遮ってくれた並木だったのであろう。
この富士街道の主に南側に沿って明治4年に開削された田柄用水が、大正、昭和に入っても戦時中まで流れていた。戦時中に田柄用水中流に陸軍成増飛行場がつくられてそこは暗渠化、飛行場が空爆されたことで昭和20年に用水機能が停止、昭和30年代には通水も止まったらしい。 -
石神井公園・石神井城址と、富士街道(ふじ大山道)・田柄用水の位置関係。
写真の上部モノクロの地図は、帝国陸軍参謀本部陸地測量部2万分の1地形図(大正10年)の一部。
下部カラーの地図は、練馬区文化・生涯学習課作成の「練馬区文化財あんない」」収録の1.5万分の1地図(国土地理院地図から作成、平成30年承認)の一部。
縮尺が違うが、
上部モノクロの地図の富士街道の左端位置が、下部カラーの地図の「#55田柄用水跡」に対応する。
そこから上部モノクロの地図では富士街道の主に南側に波線で田柄用水が流れているのが描かれている。「北豊嶋」と書かれている文字にかかっている実線が標高50m等高線で北東に張り出している尾根筋。「北豊嶋」の「豊」の下の富士街道北側には「水車房」の記号を発見。
下部カラーの地図の「田柄用水」とあるのは暗渠や下水道本管。
下部カラーの地図で三宝寺池の南側の丘が#52石神井城址で、その南側に石神井川が流れているのが分る -
こちらがその「田柄用水跡」に建てられた練馬区教育委員会の解説板
田柄用水は、この憩いの森の長さ47m部分のみが、保存されているとされる。
このあたりで田柄用水が通っている富士街道は、武蔵野台地の、北は白子川の開析谷、南は石神井川の開析谷に挟まれた広い台地状の上を通る尾根筋の街道であり、三宝寺池北方では標高50mの等高線が北北東に膨らんだ尾根をつくり、等高線にほぼ直角に下っている。
アップダウンが殆どないので歩きやすく、大八車なども通り易かったのであろう。
遠くまで水を届ける用水は、尾根筋を通すことで遠方まで流れ下ることができる。田柄用水跡 名所・史跡
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ここは富士街道の南側で「けやき憩いの森」と呼ばれる屋敷森。
わずかに窪んだ地面が田柄用水の痕跡。 -
田柄用水跡には枯葉などが溜まり、年々浅くなっているよう。史跡保存が心配になる。
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