2026/03/15 - 2026/03/25
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gyachung kangさん
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昨年夏の過酷な暑さはどこへやら、ごくフツーに寒い日が続いた東京の今年の冬。こんな時は東南アジアの快適な陽射しを浴びたいなあ、そう思いながらスカイスキャナーを覗いていたら航空券を即お買い上げしてもうた。的を絞り入念に計画を練ってから出かける旅もいいが、キラッと光ったチケットを発見して出かける旅も高揚がある。思い立ったが旅時で。
長らくご無沙汰していたタイに行く。今回はこれまで足を踏み入れていないタイの北部。チェンマイを起点にして南にあるアジア屈指の遺跡が残るスコータイ、さらにミャンマー、ラオスとの国境へのゲートとなるチェンライを訪ねるタイノーザンツアー、その前篇です。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 20万円 - 25万円
- 交通手段
- 鉄道 高速・路線バス タクシー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- 大韓航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
- 利用旅行会社
- ブッキングドットコム
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今回の往復のフライトには大韓航空を利用した。ソウル仁川で乗り継いだ便は3月15日現地時間夜11時前、タイのチェンマイ国際空港に無事ランディング。扉が開いてブリッジへと一歩出た瞬間にすぐそれとわかる生暖かい気温感。うん、この瞬間が東南アジアへの旅の始まりだ。
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入国審査を終えスーツケースをピックアップ。エアポートタクシーのチケットを買って乗車する。市内中心部へは定額で150バーツ、距離にして僅か4,5キロしか離れていない。こんな便利な空港は滅多にお目にかかれない~
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宿に着いた。この時点で既に深夜12時前。レイトチェックインなんでレセプションには誰も待機していない。ってことは。
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宿主と事前にやりとりをしておいてアクセスコードをもらいカードキーをBOXから受け取る段取り。ピッピッピッとやって成功。
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部屋は2階。ベッドも大きいし水まわりも清潔。良好である。明日からチェンマイ基点の北部旅が始まる。安堵してご就寝!
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翌朝
チェンマイで初日の朝を迎えた。宿の周りをちょこっと散歩してみると早速の托鉢僧らしき姿。一日の始動感を感じるこの光景に久しぶりに出会えたな、やっぱりイイよね。 -
朝食を食べた後チェンマイの旧市街の街歩きに出かける。海外旅行の観光初日はまず自分の足で歩いて歩行速度でどんな街なのかを探る、これが私の基本パターン。チェンマイは北部タイを統治したラーンナー朝における1296年からの首都である。旧市街には至るところに寺院仏閣が残っているので自ずとお寺巡りになる。
まずいの一番に訪れたのはここ、ワット・プラ・シン。 -
1345年の建立。境内には黄金のチェーディー(仏塔)がある。チェンマイで最高格式を誇る寺院である。
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最初に構える堂内に入ると近所の学生らしき集団が朝のお勤めに出席中
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僧侶たちも勢揃い。こういうシーンは初めて立ち会った。私も旅の安全を祈願してお祈りし静かに退席。
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ワット・プラ・シンには仏塔の手前に本堂となるライカム礼拝堂がある。見ての通り内装が美しいのだが、この内壁に描かれた壁画が白眉だった。
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こ、こ、こんな壁画なんですよ一面に
こりゃあえらいこっちゃ -
ラーンナー朝時代の王や貴族たちの描写があり
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史実なのか寓話なのか、何らかの物語を表現したワンシーンがあり
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庶民の生活を活き活きと描いている
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当時のファッションまでリアルに記録
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川に落ちた女性を助けようとしているのか、あるいは身を投げたのか?上にいるのは半魚象!こんなん見たことがない。
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ところどころで剥落があるもののこれだけの規模で現存しているのは高音多湿の気候下で奇跡と言ってもいい。いやいや見落とさなくて良かった。
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んでもう一つ。ワット・プラ・シンには本堂以外にもお堂がある。入ってみると5人の僧侶たちが座禅状態。
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そっと近づいてみるとこれがワックスの人形であった。かつての高僧を再現したものだろうけどあまりの出来映えの高さに笑けてしまった。顔だけでなく首回りや腕の皺、皮膚まで蝋人形最高レベル。必見ス。
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次の寺院は旧市街の真ん中にあるここ
境内の奥に何か茶色いものが見える。 -
この寺院はワット・チェーディ・ルアン
巨大な仏塔は1411年に完成した。 -
基壇部が残り中央階段の両サイドにナーガ。1545年に起きた地震で上部が崩落した。1990年代にユネスコと日本が協力し修復作業を行い現在に至る。チェンマイのど真ん中にこんなスケールの仏塔があるなんて。間違いなくチェンマイのアイコンである。
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オリジナルの復元模型があった。建立時は高さ82メートル、地震で上部30メートルが崩落、ラーンナー朝の最大建造物であるという。往時は相当離れた場所からも見える圧倒的な存在感だったことは間違いない。
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境内に日本ではお目にかかることがない枝ぶりの樹木があった。見たことがない大きな花が咲いている。
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これ 沙羅双樹 でした。
祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響あり
沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす
平家物語のあの花である。なんだけど。日本に植生する沙羅双樹は実はナツツバキを指し花の色は白色。たいしてホンモノはこんな赤味がかった大ぶりの熱帯性植物。wiki調べで学習になった。白は日本的だが、私はこちらの強烈な個性に惹かれる。これぞ旅で出くわす異国情緒の真髄だから、うん、どうですかね? -
ここも旧市街にある寺院ワット・チェット・リン
歴代のチェンマイの王達が即位の際にこの池で沐浴をしたそうである。 -
南端にあるチェンマイ門市場にたどり着いた。私が大好きな東南アジアの市場の活気。生活感タップリ、いつ見てもコチラも元気が湧いてくる。
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チェンマイでの初ランチタイム。ためらうことなく最初からトムヤムクンスープで。甘い、辛い、酸っぱいがミックスされたこの味、本場で食べると一段上がりますなあー。お供のドリンクにはスイカシェイク。トムヤムとのマッチング度合いが言うこと無し。お値段200バーツなり。
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ランチ後、テンプルホッピング再開。この寺院はワット・パーパオ。建立されたのは18世紀でそれほど古くないがミャンマーのシャン族が移住して建てられたシャン様式。左手が本堂で一風変わっている。
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ワット・チェンユーン
これもミャンマースタイル。ミャンマーと言えば2010年に訪れたバガンの壮大な仏塔群を思い出す。あれは破格のスケールだった。タイ北部はミャンマーとの文化圏の重なりが歴史的にあるようだ。 -
旧市街から1キロ程北にあるのはワット・クー・タオ
これもミャンマー史上で最大版図を達成したタウングー王朝の王プレーンノーンの墓として1613年に建立されたミャンマー様式の仏塔。お団子を5段重ねにしたような独特なフォルム。で、このタウングー王朝、16世紀後半即ち日本の戦国時代の頃にはラーンナー朝やアユタヤ朝を属国にしてミャンマー全土に加えタイ全域を支配する大国だった。もちろん今のミャンマー現政権には面影の一片もない。権力の覇権の移ろいとはまさに無常。現在の超大国も200年先の行く末は誰にも分からない。 -
この日最後の寺院はこのワット・チェン・マン
1296建立。ラーンナー朝の開祖メンラーイ王が建てた寺院でチェンマイ最古の寺院。この画像では分かりずらいが手前仏塔には15体の象の彫刻が綺麗に残っている。 -
旧市街のちょうど真ん中あたりに広場があり三人の王の像がある。センターがラーンナー朝の初代王メンラーイ、右がピッサヌロークを首都としたスコータイ朝の最盛期の王ラームカムヘーン、左がラオス国境地方にあったパヤオ朝のカムムアン王。この三国は同盟関係にあったという。協力を誓い合う、そんなシーン。
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本日のテンプルホッピングは終了。結構歩いたな~。夕飯には全然早いがお腹が空いた。食堂に駆け込んで頼んだのはカオ・ソーイ。タイ北部筆頭のロコフード、揚げ麺で日本のあんかけ焼きそばにかなり近い味。このパリパリ+甘酸っぱいソースはクセになる。明日は移動日、宿に帰ってひと休み、夕飯食べたら恒例のパッキングじゃあ。
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あーさー
この宿は朝食込み。フライドエッグから始まる旅の朝、これがいいんだ。醤油も日本の醤油よりタイの醤油のほうが合ってるような気がする。 -
チェンマイの朝
旧市街を囲むお堀の風景は穏やかだった。この時間帯は交通量もまだ控えめ。朝のランニングに励む市民も普通にいる。 -
宿付きの車で送ってもらいチェンマイのアーケードバスターミナルへ到着
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私は前回のスペイン旅行で重宝した予約サイトのomioを使ってこの日の移動バスの予約を入れていた。まずは運行するバス会社を探して窓口へ向かう。予約画面を見せるとスタッフが発券、支払いは予約時の登録クレカで済んでいるのでここでバタバタすることも無い。実に便利だ。
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バスに乗ると水とパンが配られた。これから目指す先はチェンマイの南300キロにあるスコータイ。5時間半の長い移動になる。
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私を乗せた満席のバスはまさかの途中休憩無しノンストップで午後3時前スコータイのバスターミナルに到着した。トゥクトゥクが無くソンテウで市の繁華街にある今夜の宿へ。今やトゥクトゥクの稼動数も年々減っているのかもしれないな。
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今宵のお宿はスンナリ見つかった。今は一地方都市のスコータイ、いかにものゲストハウスで笑
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女性スタッフは最低限の英語を駆使してチェックイン対応してくれた。それでよかですよ。
案内された部屋はコテージスタイルの一室。へえ。 -
洗面台がオシャレだし
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シャワールームも工夫の跡が見られる
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ポットも水もお茶もあり
これで2泊1165バーツ、日本円5800円は良心的なお値段。なんか10年前の東南アジア旅行の値頃感に出会えた気がする。いいねいいね。 -
バス移動で昼ごはんを逃している。近所の食堂でチャーハン調達。70バーツ。スコータイは物価が安いんかいな笑
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スコータイの住宅街の裏道をぶらぶら
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プチトマト、栽培してます
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路地で小さな女の子が三輪車に乗る
毎日訪れるこの平穏な夕方が何にも代え難い、そんなことを考える時間が最近増えてるんだよなあ -
スコータイでの夕飯どころを探してみる
セオリーだが車がビュンビュン走るようなストリートには飲食店は期待できない。大概そこから一本入った裏側にあるはずなんで。 -
私の見立ては合っていた。
ここだ。
この店構えは間違いなく地元の支持率が高めの食堂。 -
メニューも豊富。私のチョイスは海老のスパイシースープ。お兄さんがお客さんご飯いる?と聞いてくれたんで白米つけて。うん、確かにトムヤムクンとは別物の味。ホーローの器がタイらしいいい味出してる。旨い。
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翌日の朝、遂に来ました、待望のスコータイ歴史公園!
スコータイには流しのタクシーが殆どいなかった。宿泊しているゲストハウス周辺にはトゥクトゥクの待機場所も見当たらず前の晩にグラブの登録を行いグラブタクシーを予約、約束時間キッカリに宿の前に現れ12キロ離れた歴史公園に私を送ってくれた。
お天気最高、時刻は7時半、今日は一日時間をかけてじっくりとスコータイの遺跡群を鑑賞する。 -
チケットオフィスにて歴史地区全域をカバーするコンバインチケットをゲット。400バーツ。
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次は歴史公園を効率よく回るための必須アイテム、自転車をレンタルする。これがないとね。一日30バーツ。
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公園内の導線案外もしっかり整備されている
よっしゃ~ 行ってみましょう!! -
真っ先に視界に入ってきたのは
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基壇部の上に並ぶ列柱
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静かに佇む仏陀の坐像
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ここはワット・マハータート
1238年に成立したタイ族による最初の国家スコータイの王室寺院があったサイトである。 -
基壇部にはレリーフが残る
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9世紀以降インドシナ半島の一大支配勢力はクメール人によるアンコール朝だった。アンコールが徐々に支配力を弱める中、現在のロッブリーを都とするモン族中心のラブォ王国が興り、そのラブォから独立するかたちで雲南から南下したタイ族がこの地を都としスコータイ王国を建国した。従って建造物にはクメール文化からの系譜が部分的に残っている。
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仏陀の坐像がある一角の横には仏塔が並んで奥へと繋がっている
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奥には高さ8メートルある背筋を伸ばして立つ仏像
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この立ち姿の仏像は対になってもう一体
こちらは両腕を下げ顔の表情も微妙に異なっている -
奥にも坐像
柱の変色と劣化が800年の耐久の証 -
長年の重みに水平バランスがあ、危うい
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ワットマハータート、私が着いたときにはおそらく一番乗りだったが後続の観光客がやってきた。こちらフランスだったか、実は白人の観光客も意外に団体旅行してるんだよね。
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このワットマハータート、中を歩いていると伽藍の配置が複雑に見えるのだが濠の対岸のこの位置から眺めるとわかりやすい。中央に最も高い細長い仏塔があり両脇に8メートルの仏立像が横並びとなる。
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次なるサイトへ
池の向こうに大きな仏塔がある -
見学者を出迎えてくれるのはこの黄色い花を咲き誇らせる樹木
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この木はラーチャプルック、異名はゴールデンシャワー、タイの国花である。
今まさに満開、これは綺麗だ、ビューティフル! -
ここはワット・スラ・シー
右側の釣鐘型の仏塔はスリランカ様式を汲んでいる -
そして貴重なウォーキングブッダ象
片足重心、反対かかとを上げる姿が定番。仏像と言えば座る、立つ、寝るが三様態だがスコータイ王国全盛期に発達したのがウォーキングブッダで言わばこの歴史遺構のシンボルと言ってもいい。身体は曲線的で優美である。 -
ゴールデンシャワーの余りの見事さに見落としがちだがこの歴史公園は他の植物にも眼を奪われる。これブーゲンビリアですかね。
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こちらはプルメリア、でしょう。
美しい花を眺めて心が荒むことはない。微笑みの国と言われる源泉は実は一年を通じて色とりどりの花に囲まれた生活にあるのでは?ね、そんな気がしてきた。 -
んでワット・スラ・シーの南にはこのワット・トラパン・ングン。仏塔と坐像。
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ワット・トラパン・ングンにもウォーキングブッダがある。これは背後煉瓦の浮かし彫り。動きのある仏像って確かにスコータイ以外では出会った記憶ないですなあ。
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自転車を漕いで次のサイトへ
木の合間に寸胴型の建築物が -
これか
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ワット・シー・サワーイ
今までに見てきた様式とは明らかに異なっている -
ワット・シー・サワーイは元々出発点が違っていた。
12世紀の終わり頃にクメール人が建立したヒンドゥー教の寺院、即ちスコータイ王国が建国されるより以前の建築物ということになる。徐々にアンコールの影響力が弱体化し未完成であったが15世紀に仏教寺院として改修完成したのがこのお寺の歴史になる。スコータイ王国がこの地に仏教寺院を建築していく過程でシー・サワーイを破壊することをぜず残した、という選択が今となっては尊かった。 -
3基のプラーン、これがクメール建築の特徴。だが私の記憶ではアンコールに、はたまたプリアヴィヘアにもこれと似た遺構がない。だよね。思い出したのアユタヤの遺跡か。3連基ではないがフォルムだけ見れば上部が丸みを帯びた寸胴スタイルはアユタヤの仏塔と類似点があるような。どうでしょう?
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外壁にはナーガや仏陀のレリーフも残っている
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ワット・シー・サワーイを出て歴史公園の城壁内を北へ
この像はスコータイを最盛期に導いた第3代君主ラームカムヘーン大王。彼はタイ史における三大王の一人に数えられる名君と言われている。チェンマイの3人の王像の右側の人物、あの人ね。 -
これがター・パー・デーン
スコータイが建国するより100年程前、12世紀前半にアンコール朝の支配時代に建築されたヒンドゥーの祠堂である。この歴史公園の中で最古の建築物。ほぼ全員が素通りするであろうなあ、もっと注目してやってよ。 -
城壁の外、北エリアにやって来た。
誰もおらん。気に入った。
このサイトは空間が広くてなかなか雰囲気がある。 -
ここはワット・プラ・パーイ・ルアン
真っ先に見えてくるのがかなり高さのある崩落した仏像。明らかにウォーキングブッダである。これは惜しい、惜し過ぎる。もう少し残っていたらなあ~。 -
で、その奥にあるのがこの仏塔。これも巨大。これまた惜しい。基壇部に損壊が進んだ仏像がギリギリ残った。
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最奥にあるのがこのプラーン。シー・サワーイとよく似ているが現存するのは一基のみ。
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サイト全体がこの状態にありながら非常に綺麗な状態で残ったナーガのレリーフ
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このサイト、侵食が進んでいるのは一目瞭然。それもそのはずでプラ・パーイ・ルアンはクメールの支配力が強かったスコータイ以前のラヴォ王国時代、12世紀末に建築された古い遺跡であることがその理由。クメールのヒンドゥーとおそらく後から作られた仏教のウォーキングブッダが共存する特異な寺院となり、新たにワット・マハータートが建立されたことで地位が下がり荒廃が進んだ、というわけか。そう考えると歴史の無常感がググッと湧き上がってくる。
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さらに先に自転車を漕いでいく。プラ・パーイ・ルアンから西方向、ここで初めて休憩スポットが登場。
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この日は気温が上がっていた。たぶん32℃前後、タイのホットシーズン入りの時期である。パイナップルシェイクでひと涼み。タイのフレッシュフルーツは何を頼んでも顔がゆるんじゃうくらい美味い。
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さて。
ひと息入れたあと、いよいよ私がいちばんこの目で見たかったサイトに向かう。
目の前に重厚感のある壁が立ち塞がって、、、 -
きたあー これじゃあ~!
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WOw! 特大の坐仏像。こいつは間違いなく大仏だ。
ここはワット・シー・チュム。大仏のサイズは高さ15メートル横幅11.3メートル、名前はアチャナ仏。
大仏は1292年ラームカムヘーン王時代に建立が開始され寺院全体は14世紀末に完成。三方が分厚い壁に囲まれてさらに前面も入り口が1.5メートル程のスリット状になっているので至宝オーラがズバ抜けて高い。 -
沈黙のまましばしアチャナ仏と向き合う。
私がこれまで実際に参拝した中でいちばん印象に残っている仏像は中国山西省大同の世界遺産、雲崗石窟第20窟の三世仏である。三世仏は立地と仏像自体の美術性で強烈な存在感を放っていたが、このアチャナ仏には唯一無二の魅力がある。 -
それはこの指先である。右手の指先は金箔が施されなんとも言えないカーブを描いて優雅に右膝の上に置かれている。訪れる全ての人を分け隔てなく受け入れる、そんなメッセージに見えてくる。間違いなくこんな大仏は世界に二つとない。
-
夢のようなアチャナ仏フィンガーツーショットが実現
脱帽正座お祈りをして厳かに退室 -
歴史地区城壁外の北エリアから西側のエリアに移動する。
その道中で道脇に立つ告知板を発見。2007年にスコータイ歴史地区を訪れた一人旅の日本人がこの先にある遺構付近で事件の被害者となった事案だった。この事件はご本人の名前も含めて当時大きく報道されたので私も記憶している。未解決のまま今に至りタイ警察は逮捕に結びつく有力情報に対して報酬金を提示していることが書かれていた。決して風化させてはいけない、私もそう思う。 -
この西側エリア、あるのは畑と野原だけ。進行右手の傾斜地に人工的に作られた参道が現れた。
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ん、ありますねえ
-
ここはワット・サパーン・ヒン
12メートルもあるプラ・アッタロートという名前の仏像が丘の上にすっくと立っている。13世紀末の完成だが保存状態は悪くない。 -
丘の上から見渡すとスコータイ地方の平野がこの通り
そう言えばサパーン・ヒンの仏像から少し距離を置いて銃を携行した軍の隊員一名が常駐警備。私が男性と見るや警護対象に及ばずと思ったのか即スマホ操作に専念しておりました。まあね、わかるけどさあ。 -
手持ちのペットボトルの水が尽きかけた。サパーン・ヒンからの炎天下の自転車行で歴史公園内に帰還。一角にある飲食店に入って遅目のランチをとる。鴨のヌードルスープ。こいつぁ濃厚~!失われた塩分を取り戻した。
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スコータイ歴史地区、最後の見学場所は城壁の外南側1.6キロ先にあった。
この時間帯、完全なる逆光。だがかなりデカい。 -
これまた激しく剥落しながらも名残りはクッキリ残るウォーキングブッダ。スコータイの遺跡的特徴はやっぱりこれなのか。
ここはワット・チェートゥポン。スコータイ朝後期の寺院である。境内のスケールは大きく今も列柱や仏塔が僅かながら残る。 -
で、ブッダがある壁はなんと東西両面の浮かし彫だった。東向きのウォーキングに対して西向きはスタンディングのブッダが彫られていた。あっちゃあ、またしても。せめてどちらかが健在であれば一級品の遺跡になったのに。ホームランになり損ねた大ファール、ああ、ワット・チェートゥポンよ、無念じゃ。
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そんなこんなあんなで世界遺産スコータイ歴史地区『私が行って見たかった全遺跡サイト自転車ソロツアー』は午後3時に無事終了。自転車を返却し城壁内で営業中のカフェで休憩をとった。よく冷えたオレンジシェイクで喉を潤し、
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頼んだスイーツはお久しぶり!のマンゴーライス
マンゴーにミニミニの和傘が立っている謎の演出があってこれをかわいいと言うべきかどうなのかビミョ~
まあでも美味かったから全てオッケー🙆
今日一日お疲れ様でした☆
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