2026/03/07 - 2026/03/08
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nekosaruさん
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1泊2日で鹿児島へ行った。
【初日】
空港→霧島→鹿児島→指宿
朝8時に鹿児島空港に降り立った。
レンタカーで霧島神宮に向かう。
朝でも土曜日だからかそこそこ参拝の人がいる。
霧島神宮の祭神はニニギノミコト。
ニニギノミコトといえば天照大神の孫で大神の命で三種の神器を携え葦原(あしはら)の中つ国に降り立ち、以後国を治めることになった、という「天孫降臨」の神様。この霧島神宮の奥が高千穂の峰、宮崎との県境、天孫降臨の地と言われる所だ。
溶岩の流れた傾斜地の上に建つというので霧島神宮の本殿は大きく高くなって見え壮観な厳粛さを感じる。
拝殿で参拝する。この拝殿も日光東照宮を思い出すような豪華さで国宝だ。
拝殿前庭の大きな御神木、樹齢800年といえば鎌倉時代からだからありがたい。
拝殿の左手の亀石坂をおりてみた。この坂は西郷隆盛や坂本龍馬お龍が通った参道だという。所々崩れてはいるけど大きな樹木の中の石段を結構おりてゆく。風穴とか亀石があると案内にあったが見つけれず石段の下まで下りると小さな祠と枯れた川床にたどり着く。
この川は御手洗川(みたらしがわ)、霧島の七不思議の一つだという。
川の水は十一月から四月頃まではほとんど枯れてるが、五月頃から非常な勢いで岩穴から湧き出し小川となって流れだすという不思議な川だそうだ。
階段をもどり展望テラスへ行くと遠くにうっすらと桜島の影が見えた。
お土産屋さんに寄ったあと早めの昼ご飯で黒豚トンカツを食べに「黒豚の館」に行く。
土曜日は10時半開店なのでその時間に行ったら数組の開店待ち行列だったがすぐに入店、注文出来た。
人気1位という黒豚熟成プレミアムロースかつ定食はやわらかくてさすがに美味しかった。
桜島を見に城山公園の展望台に行く。無料の駐車場から少し歩くと桜島を正面に望めるスポットがあった。海外の観光客も多くシニアボランティアの方も片言の英語で写真撮ってあげたり説明したりしていた。ぼくたちも写真撮ってもらった。
車で少し下ると西南戦争 最後の司令部 西郷隆盛 洞窟がある。
数人ぐらい入れる小さな洞窟が大木の根元に2つ、150年前に起ったことを伝えていた。
説明板
『1877年(明治10) 9月24日、午前4時政府軍の城山総攻撃が始まりました。 城山に立てこもる薩軍兵士は、わずか300余。これを囲む政府軍は、何重ものをめぐらし、その数4万。死を決した西郷は、夜明けを待って、5日間すごしたこの洞窟を出ました。桐野利秋、別府晋介、村田新八、池上四郎と いった私学校の幹部たちも一緒です。この日の西郷の出立ちは妻のイトが縫った編の単衣に白い兵児帯。ゆっくりと岩崎谷を下ります。その時流弾が西郷の腰に命中。別府の介錯をあおいで49歳の生涯を閉じたのです。
西南戦争というのは、不平士族の反乱のあいつぐ中、西郷を慕う私学校の 生徒たちが、政府の挑発によって引き起こした暴動が始まりです。首謀者の 引き渡しか全面戦争か、その結論を出したのは「おはんらにやった命」とい う西郷の一言でした。2月15日、ついに挙兵 熊本で政府軍と激しい攻防 をくりかえすも、近代兵器の前に敗退。7ヶ月にわたる大乱の最後を西郷 は故山(こざん)城山で迎えたのです』
その洞窟から下り坂を下り、通りを越えたところにその「西郷隆盛終焉の地」はあった。大きな楠の根元に碑は立っていた。洞窟から歩いてもわずか10分ほどだろう。
日本を変えた偉大な先人の最期の地。
説明板には
『一波乱の道、ここに尽きるー
「晋どん、もうここらでよか」
ズドン、ズドン!2発の銃弾が西郷隆盛の腰を大腿部 を撃ち抜きました。城山洞窟を出てわずか300m、650 歩でついに途は閉ざされたのです。「晋どん、もうここらでよか」東を向き、皇居を伏し拝む西郷に、別府音介 の介錯の太刀が振り下ろされました。1877年(明治10 月24日)のことです。西郷を敬愛する私学校生徒 を中心に強大な反政府勢力となった薩軍が2月15日に 年ぶりの豪雪をついて熊本に軍を進めて以来、7ヶ月もつづいた「西南の役」が終わったのです。
熊本城の攻防、田原坂の激戦に破れ、人吉から宮崎、 延岡に追われた薩軍はついに解散。西郷以下の幹部は 宮崎県北の可愛岳を突破し九州の中央山脈を縦走する 難行軍の末、故郷鹿児島を死に場所に選んだのです。岩崎谷の銃声がやみ、西郷の死体が発見された時、政府 軍の総司令 山県有朋中将は「翁はまことの天下の豪傑 だった。残念なのは翁をここまで追い込んだ時の流れだ」と語り、いつまでも黙祷したということです』
去年行った熊本の田原坂、その戦いの地からここまで7ヶ月戦っての西郷隆盛の「もうここらでよか」という最期の言葉は心に沁みる。信長の「是非に非ず」の思いと重なる。その心境は非業の死を遂げた英雄にしかわからないだろう。
たった祖父や曾祖父の時代の出来事、彼らの戦いも今の日本の礎だ。
そこからほど近く日本を変えた薩摩の鶴丸城跡などを訪ねるために黎明館の駐車場に駐車した。ここは係りの人にこの辺りの観光だと伝えると無料で駐めさせてくれありがたい。
庭園跡、天障院篤姫像から再建されたご楼門、大通りの石垣に沿って西郷隆盛銅像を巡った。
興味深かったのは楼門近く西南戦争の銃弾や砲弾の跡が残った石垣だ。その痕跡は戦いの激しさを今に伝えている。
鹿児島市を離れ今日の宿泊地、指宿へは途中道の駅などゆっくり寄って約2時間弱、夕方4時半頃到着。
ホテル付属の砂風呂に入った。団体客が来る前だったので待たずに約15分ゆっくり入ることが出来た。
じわっと下から蒸されている感じで気持ちよかった。癒される。砂をかける係りのおじさんが気前よくスマホのシャッターを押してくれた。
あとから写真を見るとマネキンのような顔が並んでいて滑稽だった。
【2日目】
指宿→知覧→鹿児島→桜島→鹿児島→空港
宿を出てサンキュー北指宿店でローカルなお土産をゲットして約30分で知覧特攻平和会館へ行く。
特攻平和会館は南九州知覧文化会館の奥にあった。
手前の駐車場に停めてしまったけど会館の裏辺りにもいくつか駐車場はあった。
公園の一角にもゼロ戦が展示されていた。
特攻平和会館の中もお昼前後でも日曜日だからか人は多い。
中には特攻隊員の顔写真や遺書、遺品、海中から引揚られたゼロ戦などが展示されていた。
じっくり見たいけどその展示の多さで時間が足りない。音声案内が200円で借りれたのでそれを使う。展示の中から数点を紹介してくれる。この音声案内は訪問時間が限られているなかでありがたかった。
話を聞いているだけで涙が出てくる。
国のため、家族のため、愛する人のため若い命を自ら散らした特攻隊員。
彼らがいちばん望んでいた平和な暮らし、いま日本はそんな国になっている。
感謝しかない。
そして僕らは彼らが望んでいた平和な日本を次の世代に幾代も幾代も伝えていく、それが彼らの尊い犠牲に報いるいちばんのことだ。
ここへ来て彼らの思いをじかに見て感じてその思いをまた新たにした。
会館の隣の観音堂で英霊のみたまのやすらかなるをお祈りして近くの武家屋敷群を通って鹿児島市に向かう。
約1時間で鹿児島市中心部、近くのコインパーキングへ車をおいて天文館むじゃきのかき氷白熊を食べにいく。
午後2時前で15分ぐらい待ちだった。
一人一品は注文することになってるみたいなんで白熊レギュラー2ケと両棒餅(ぢゃんぼ餅)を頼んだ。レギュラーサイズは一人では結構量多かったからこのくらいでちょうどよかった。
フェリー埠頭近く県営第二駐車場に車を停めて桜島フェリーに乗った。
15~20分間隔で約20分250円の船旅だ。船上デッキは桜島を面前に見て気持ちいい。
桜島埠頭に到着し、近くの月読神社から鹿児島市方面を望んだり道の駅で買い物したりして島滞在30分で帰りの船に乗船。料金は桜島側で交通系で払えた。
夕食はきびなごの刺身を食べにわかな(吾愛人)というお店に。5時開店だけど4時半すぎで2組待ち。開店時には20人以上の列になっていた。
空港に戻る時間まであまり余裕なかったので無事席に着いたらすぐに決めてたメニューをオーダー、おでんなどは仕込みされてるのかすぐに出てきた。
お店は個室や仕切られたテーブル席など席数もスタッフも多くとてもいい感じだ。
刺盛りや鳥刺などおいしく食べてお代もとてもリーズナブルでやはり並ぶだけある料理屋さんだった。
空港まで高速で約50分、レンタカーを返却して帰り便に無事搭乗した。
この鹿児島旅行は1泊2日と短かったが霧島、西郷最期の地、指宿の砂風呂、知覧特攻会館や桜島、美味しい食事など充実したものになった。
特に西郷最期の地と特攻会館はやはり肌で感じるものがあった。来て、見て、訪問してよかった。
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霧島神宮、うしろの峰は天孫降臨の高千穂に連なる
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きらびやかな装飾は薩摩の財力を感じさせる
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樹齢800年というご神木
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亀石坂、昔はここから神宮へ登った道らしい
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御手洗川、いまは枯れてるけど、五月頃から非常な勢いで岩穴から湧き出し小川となって流れだす、ニニギノミコトが天孫降臨の際高天原から持ってきた真名井の水が混ざった澄んだ水を湛えるとのこと
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神宮の展望テラスからうっすら桜島が、見えた
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黒豚トンカツ
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城山公園から見た桜島、ボランティアの方が説明してくれた
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西南戦争 最後の司令部 西郷隆盛 洞窟。追い詰められ本当にここで数日を過ごしたそのとき西郷の思いは無念だったのか、それともなんだったのか、この国の未来へのどんな思いだったのか、、を考え感じさせてくれる小さくて大きなこの場所だ
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西郷隆盛終焉の地、大きな楠の根元に碑が立つ
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先程の洞窟から続くこの坂、ここが西郷隆盛最期の地になる
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鶴丸城跡楼門近くの石垣に残る西南戦争の弾痕
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再建された鶴丸城跡楼門
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知覧特攻平和会館、館内には多くの参観者がいる、外国の人たちも多い
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引揚られたゼロ戦も展示されている
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三角兵舎(復元)
「三角兵舎は特攻隊員の宿舎でありました。
各地から集まった隊員は 二~三日後には雲のかなた。 沖縄の空に散りました。 出撃の前夜はここで壮行会が催され酒を酌み交わしながら隊歌をうたい、薄暗い裸電球の下で遺書を書き、また別れの 手紙をしたためて、 出撃していったのです」 -
かき氷白熊のお店前、少し待ちの列
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結構ボリューミー
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フェリーから見た桜島、往復40分と滞在30分でのショートトリップ
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桜島の月読神社から鹿児島市方面を見る
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夕御飯で地元料理
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おいしくてしかもお値打ちでした
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