2025/01/19 - 2025/01/25
597位(同エリア608件中)
赤い彗星さん
この旅行記スケジュールを元に
スリランカ3日目は、スリランカで最も有名な観光地で行程の目玉でもあるシーギリヤロックへの登頂。
朝から天気がすぐれませんでしたが、シーギリヤロックに着いた頃には、大雨とも土砂降りとも形容できるレベルの雨脚となってしまいました。
ちゃんと乾季を選んで旅行したのですが、ガイドさん曰く、この年は通年より雨が多いとのこと。頂上からの壮大な風景を拝める可能性は全くない大雨の中、巨大な一枚岩に挑みます。
- 旅行の満足度
- 4.0
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アヌラーダブラから、本日の宿泊先となるホテル・シーギリヤに到着。
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ホテル中央のプールの形や光の当て方がお洒落。
このプールの先にシーギリヤ・ロックが見えるとのことですが、ライトアップなどはされておらず、ただの暗闇でした。 -
部屋は広く天井も高いので、空間的な開放感を感じる部屋です。
ベッド横の荷物置きも広いので、二人で利用する際もスーツケースを並べておくことが出来ると思います。 -
客室の水回り部分。
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バイキング形式の食事は、完全にバランス無視で食べたいものを食べるタイプなので、取り皿には不健康そうなメニューが並びます。
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翌朝、ホテルのプール越しにシーギリヤロックが見えていました。
ホテル シーギリア ホテル
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スリランカで最も有名と思われる観光地シーギリヤロック登頂日は、残念ながら生憎の天気となってしまい遠くに巨大な一枚岩が霞んでいます。
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シーギリヤロックの駐車場に止められていたトゥクトゥク。
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シーギリヤミュージアム前の石碑。
通常の雨が降っているレベルではなく、大降りの天気です。 -
シーギリヤロック見学前にまず博物館でお勉強します。
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入口脇に飾られていたシーギリヤレディ。
写真かと思いましたが、模写した絵画かもしれません。 -
博物館は、日本から贈与されたもののようで、入口にはスリランカと日本の国旗が並べられ、日本語での説明もされていました。
スリランカは、第二次世界大戦で敗戦国となった日本が、国際社会に復帰するきっかけを作ってくれた親日国ですね。 -
約150年ぐらい前(1894年)に撮られたシーギリヤロックの写真。
密林の間から一枚岩が飛び出ている風景は、現在と大きく変わっていないようです。 -
頂上には何本か木も生えています。
木陰代わりに植えたものなのか、種が飛んできて根付いたものなのかは分かりませんが、しっかりと根を張って大きく育っています。 -
写真を見ただけで、「こわっ!」となるシチュエーション。
何がどうなっているのかはよく分かりませんが、吊り橋みたいな状況に思えます。こんな高所で心もとない足場には、私は立つのも座るのも無理と断言できます。 -
昔のスリランカ紙幣にデザインされたシーギリヤロック。
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博物館には、発掘された石像なども展示されています。
シーギリヤ博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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シーギリヤロックの模型。
日本のような城郭ではなく宮殿があったようですが、水と食料さえ尽きなければ難攻不落の場所ですね。攻城兵器なども届く高さではないですし。 -
女性を現したスリランカの土偶ですね。
スターウォーズのキャラクターでも見かけたような独特の髪型をしています。 -
子供が作った粘土細工みたいな造形の出土物。
首輪も付いているし、犬かなあ。 -
シーギリヤロックの壁面に描かれたシーギリヤレディは撮影禁止ですが、博物館のレプリカは撮影可能です。
シーギリヤ レディ 洞穴・鍾乳洞
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シーギリヤレディの壁画レプリカ①
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シーギリヤレディの壁画レプリカ②
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アリの巣みたいになっていますが、遠目に見るとこのような感じです。
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現在は足しか残っていませんが、世界中の子供たちが描いたシーギリヤロックのライオンの絵が展示されていました。日本のお子さんが描いたものも勿論ありました。
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細い木々が集まって、1本の大木のようになっています。
数える時はどうするんだろう。根が繋がっているからとかで、単位は1本だったりするのかな。 -
シーギリヤロックの前面には、池が備わった庭園が設けられています。
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シーギリヤロックに掘られた溝から、低い場所に雨水が流れ込むように水利システムが備わっていて、最下部の水田などの灌漑施設まで水を供給できるようになっていたそうです。
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高温多湿な国なので水に困らない地域にも思えますが、日本でも地域や年によっては渇水になることも多いので、給水システムは貴重な資源を維持するための大切なインフラだったんでしょうね。
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池の側面の石垣には、地下に繋がる穴が設けられていて、一定の量を超えると地下通路を経由して下流に水が供給される仕様になっているそうです。
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正面に聳え立つ巨大な一枚岩。頂上や周囲含めて、7年かけて高さ200Mの大岩に宮殿が造られました。日本だと間違いなく御神体として祀られて、社や鳥居が建てられるんだろうなと思います。
シーギリヤ ロック 自然・景勝地
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登頂する前に天気回復しないかなあと淡い期待も持っていましたが、雨も激しいままだし、これは無理そうやね。
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自然石に石垣や煉瓦造りの通路などが融合しています。
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巨大な岩が重なり合った隙間に通路が造られています。
アヌラーダブラのイスルムニヤ精舎でも同じような光景を観ましたね。
頂上までは、約1,200段の階段を登る必要があります。段数的には、山寺くらいかな。 -
この辺りの風景は、すでに建物が失われて石垣だけ残っている日本の城郭と大差ないですね。
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切断や裁断をしようとしていたのか、何かしらの建物の一角だったのかもしれませんが、岩に残る溝は雨水を集めるための加工かもしれないですね。
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ハチに注意の看板。女王蜂を中心に攻撃的なフォーメーションを組んでいて、やる気満々な様子が溢れています。
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何をするためのものなのかは分かりませんが、スリル満点の足場が組まれていました。発見当時の調査で使われた足場が残されているのかもしれないですね。
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急で長い階段が続きますが、手すりもあって水はけもいいので、雨の日は手すりもなく足元が滑る可能性がある石段と比べて、こちらの方がはるかに登りやすく感じます。
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階段を一気に登り切って、ライオン広場にやってきました。
眼下を観ましたが、雨で景色は霞んでしまってほぼ靄の状態です。 -
ライオン広場は流石に観光客が多かったのですが、少しでも土砂降りの雨を避けるために木々の下に避難しているので、人にさえぎられることなくライオンの足を見ることが出来ました。
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シーギリヤロックを建造したカッサパ1世は、庶子の王子であったため、正統な後継者ではありませんでしたが、父王を監禁して王位を簒奪した後に殺害。正統な後継者であった弟は、命の危険を感じインドに亡命しました。
インドに追放した弟の反撃を恐れたカッサパ1世は、首都をアヌラーダブラからシーギリヤに遷都し、堅牢な一枚岩の上に宮殿を築きました。しかし約20年後、インドから兵を率いてシーギリヤに到達した弟のモッガラーナに戦で敗れ、自ら命を絶っています。 -
シーギリヤロックの頂上に到達。
頂上付近は、厚い霧に覆われていて眼下の景色など望むべくもありません。
ライオン広場から頂上までは通路も狭く、激しい雨で石段は上から水が流れ落ちてくるような状況で、滑って転落したりしないように足元に全集中で写真を撮る余裕が全くありませんでした。 -
頂上に組まれた石段跡が、シーギリヤロックの最高到達点です。
横には大きな水溜りが出来ていました。
この最頂上部は、ベッドルームとして使用されていたそうです。 -
頂上にあるプールの色も天気のせいでよりくすんでいて、工事現場の大きな水溜りのようになっています。
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レンガ造りの壁に囲まれた場所に設けられた玉座。
玉座の後ろの石の壁には細い溝が設けられており、そこに水を流す事で玉座の温度を下げる工夫がされていたと考えられています。 -
玉座の周囲は、開けた広場のようになっています。
形は違うけど、ちょっとマチュピチュっぽいかな。
本家より、東洋のマチュピチュ(別子銅山)により近いけど。 -
遺跡が霧で霞んでいる風景は、神秘的ですし雰囲気も素晴らしいのですが、やはり開けた高所に来たら、そこから雄大な風景を眺めたいなあ。
テレビ番組で見たけど頂上からの風景は素晴らしかった。直接行った場所だけど、あくまで見たのはテレビでの風景のみ... -
頂上見学を終え、先ほど登ってきた階段を下って行きます。
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階段からライオン広場が小さく見えています。
徐々に雨も弱まり、霧が晴れつつあります。 -
ガイドさんの話では、王様が使っていたエレベーター的な乗物を動かすために使用していた溝らしいのだけど、階段を歩きながらの話だったので、具体的にどのように利用していたのか聞けなかった。この浅めの溝がどのように利用されていたのか、全くイメージも浮かばない。
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通路を挟んだ形で残されている雄々しいライオンの足先。
これだけだと恐竜の足にしか見えない。 -
現在はライオンの足の先しか残っていませんが、当時はライオンの顔も造られ、大きく開かれた口から岩山を登っていくような構造だったのではないかと推測されています。もしかしたら、ライオンではなくスフィンクスの顔が..無かったでしょうね。
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岩の中腹の遺跡跡。
どのような建物が建っていたのかは分かりませんが、等しい大きさで区画整理された跡が残されています。 -
頂上から下る途中で、シーギリヤレディを鑑賞に向かいます。
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せり出した岩場のおかげで雨を凌いで歩くことが出来ます。
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シーギリヤレディの壁画見学場所まで、MIRROR WALLと呼ばれているツルツルに磨かれた壁が続きます。現在は、鏡のように姿が映るわけではありませんでしたが、かつては壁画が映るように磨き上げられていたそうです。
対面の岩場には、かつて多くの壁画が描かれていたそうですが、長年風雨に晒されて完全に失われてしまっています。 -
シーギリヤレディが描かれた壁面に至る通路の入口に到着しました。
かつて岩壁を覆っていた数百人から千人とも伝わっている女性の肖像画の中で唯一現存している個所が、シーギリヤレディとして現在も見ることが出来る壁画群です。 -
博物館で先程レプリカを観ましたが、螺旋階段を登って本物のシーギリヤレディに会いに行きます。シーギリヤレディ周辺の壁面には、岩の階段らしきものもなく、当時は一体どのような方法で岩の窪みに到達していたんだろう。縄梯子とかなのかなあ。
ジャングルに埋もれていたシーギリヤロックが発見されて調査が始まってから、約30年後にシーギリヤレディが発見されたそうです。 -
風景としては一面ジャングルですが、靄しか見えなかった時と比べて、随分と遠くまで見渡せるようになってきました。
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振り返るとMIRROR WALLが、明らかに人工物であることが分かります。
内側から見るとかなりしっかりとした壁に見えたのですが、外から見るといつ倒れてもおかしくないような心もとなさを感じます。 -
シーギリヤでは、アヌラダプーラで頻繁に見かけたハヌマンラングールとは、別の種類のお猿さんトクモンキーが跋扈しています。
ラングール種より、猿と聞くとイメージするお猿さんに近い容姿かと思います。
階段の手すり部分に座っていたので、真横通過時に写真を撮ったけど、このお猿さんも目が合うと攻撃しちゃうタイプなのかな。 -
岩をくり抜いた場所に石のソファが残っていました。
見張りや門番用ではなく、高貴な人用の設備でしょうね。 -
行きのルートでも同じような巨大な岩が重なり合った隙間の通路を通りましたが、帰りのルートでも同じような重なり合う岩の間に設けられた通路を通りました。雨除けとして助かる通路なんですけどね。
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香川の寛永通宝の銭形砂絵のような造形の石組。
何のためのものか確認しなかったけど、仏塔の礎石とかかもしれないですね。
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