2026/01/14 - 2026/01/14
1463位(同エリア1500件中)
きみちゃんです。さん
- きみちゃんです。さんTOP
- 旅行記38冊
- クチコミ603件
- Q&A回答1件
- 62,857アクセス
- フォロワー2人
この旅行記のスケジュール
2026/01/14
-
車での移動
福岡市9:00→長府観光会館11:15 ※九州自動車道利用(途中休憩1回)
-
徒歩での移動
長府観光会館11:15→日頼寺11:25
-
徒歩での移動
日頼寺11:40→旧野々村家表門11:45
-
徒歩での移動
旧野々村家表門11:55→長府藩侍屋敷長屋12:00
-
徒歩での移動
長府藩侍屋敷長屋12:10→忌宮神社12:10
-
徒歩での移動
忌宮神社12:25→乃木神社12:30
-
徒歩での移動
乃木神社13:00→横枕小路13:05
-
徒歩での移動
横枕小路13:05→古江小路13:10
-
徒歩での移動
古江小路13:10→菅家長屋門13:15
-
徒歩での移動
菅家長屋門13:20→長府毛利邸13:25
-
徒歩での移動
長府毛利邸14:00→笑山寺14:10
-
徒歩での移動
笑山寺14:20→功山寺山門14:20
-
徒歩での移動
功山寺山門14:20→功山寺仏殿・法堂→高杉晋作回天義挙の銅像14:50
-
徒歩での移動
高杉晋作回天義挙の銅像15:00→長府観光会館15;20
-
車での移動
長府観光会館15;55→福岡市18:35 ※九州自動車道利用(途中休憩1回)
もっと見る
閉じる
この旅行記スケジュールを元に
下関の長府は毛利5万石の城下町です。練塀が続く街並みに観光コースはほとんどがよく整備された練塀に囲まれた歩きやすい石畳が続きます。江戸時代から明治時代にかけての多くの史跡もありますが、意外に知られていないのか訪れる観光客も少ないようです。そんな街をゆっくり散策しました。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 4.0
- グルメ
- 3.5
- ショッピング
- 3.5
- 交通
- 3.5
- 同行者
- 家族旅行
- 一人あたり費用
- 1万円未満
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
車で関門国道トンネルを抜けて、国道9号線を北東に約7㎞(約10分)ほど進むと、左手に写真の長府観光会館が見えてきます。無料駐車場があり、お土産購入、休憩、簡単な食事ができる場所です。
長府観光会館 お土産屋・直売所・特産品
-
先ず初めに訪れたのは日頼寺です。臨済宗東福寺派です。毛利元就の法号である日頼洞春から日頼寺としたそうです。
-
日頼寺本堂です。臨済宗東福寺派の寺院です。本堂前には真中に蛙が立っている枯山水の庭があるので、真っすぐ本堂に向かえず、庭の周りを迂回するように歩いていくことになります。ご本尊は阿弥陀如来で、脇侍は観音菩薩と勢至菩薩でした。
日頼寺 寺・神社・教会
-
日頼寺から練塀の続く道を長府藩侍屋敷長屋の方に歩いていると、訪問予定地に入れていなかったこの門がありました。旧野々村家表門です。同家は禄高130万石の御馬廻格の上級武士の家柄でした。 当時身分相応の建物にするよう御定書があったそうで、地位に合った普請だと思います。
旧野々村家表門及び練塀 名所・史跡
-
さらに道を進むと壇具川(だんぐがわ)に架かる壇具橋そばに長府藩侍屋敷長屋がありました。
長府藩侍屋敷長屋 名所・史跡
-
長州藩上級武士の邸宅であったようです。重厚な感じがする寺社建築様式を取り入れているようです。
-
長府藩侍屋敷長屋の内部の様子です。お雛様が飾ってありました。テーブルや椅子が置かれていて休憩場所として利用されています。
-
長府藩侍屋敷長屋の見学を終えて壇具橋を渡ると、川沿いにきれいな石畳の道が現れました。ここで川沿いの道を歩かず、忌宮神社を目指します。
-
忌宮神社(いみのみやじんじゃ)の一の鳥居です。拝殿の方向を見ます。鳥居の奥に神門が見え拝殿はその奥になります。神門手前には鬼石があります。新羅の武将であった塵輪を倒しその首を埋めたとされる場所です。
-
忌宮神社の拝殿です。城下町だった長府の中心にあります。仲哀天皇が西国平定の時に滞在した豊浦宮の跡とされています。仲哀天皇、神功皇后、応神天皇をご祭神とし、古事記や日本書紀にも登場する非常に歴史ある神社です。
忌宮神社 寺・神社・教会
-
長府藩11代藩主毛利元義が参勤交代の帰路に京都伏見稲荷大社に詣で、分霊を勧請したものです。産業繁栄を祈願して創建したもので、1848年に現在地に移されました。
-
続いて忌宮神社の拝殿の裏手にあるきれいに整備された石畳の道を歩いて乃木神社にやってきました。陸軍大将として知られ、明治天皇大葬の日に殉死した乃木希典(まれすけ)をご祭神として1920年に創建されています。
-
東京にも乃木神社はありますが、乃木将軍が幼少期から青年期を過ごした長府だけにその存在には特別な意味があるのでしょう。社殿には乃木将軍が総督として赴任した台湾との縁で、阿里山の桧材が使われているそうです。
乃木神社(山口県下関市) 寺・神社・教会
-
国家君が代に歌われている「さざれ石」です。漢字で書くと以砂礫になります。砂を以って石になるという意味でしょうか?小さな石が集まりが石灰がその石の間隙を埋めて、ひとつの大きな石になったものです。長い年月の経過を象徴するものです。
-
明治天皇大葬の日に殉死した乃木希典、静子ご夫妻の像です。この像は乃木神社拝殿と復元された旧宅の間にあります。
-
乃木希典大将が幼年時代を過した家が境内に復元されていました。時代もありますが、質素倹約を心掛ける。またそれが当たり前だった時代が目の当たりにできます。
-
幼年時代を過した家の中を見ることができます。六畳と三畳くらいの二間、押入れ、土間という極めて質素な生活だったことがわかります。質素倹約を一生涯心掛けていた乃木将軍の変わらない生活は、こんなところに原点があったのでしょう。
-
乃木神社のすぐ近くにある横枕小路です。道幅が非常に狭い小道で両側を練塀卯で囲まれています。城下町だった長府の面影を残す風情のある光景が見られます。うっかりすると見逃してしまいそうな道です。
横枕小路 名所・史跡
-
横枕小路に比べて道の幅、長さともにある古江小路です。長府で城下町の雰囲気が感じられる場所の一つです。この道の両側にある練塀は戦を想定したものでもあります。道の幅がそれほどないので容易く、両側から挟撃できますし、敵が混乱しやすいように曲り角があり迷路のようにもなっています。
古江小路 名所・史跡
-
古江小路でひときわ目立つ建物がこの菅家長屋門です。長府藩初代藩主毛利秀元(有名な毛利元就の孫)が、京都から招いた侍医の菅家の長屋門です。
古江小路 菅家長屋門 名所・史跡
-
東西方向にある古江小路の西側の入り口(長府毛利邸側)にある古江小路を示す石柱です。切通しと書かれているので、この辺りにあった丘を掘削してこの道を作ったのでしょうか?
-
古江小路を抜けるとすぐの所に長府毛利邸の表門があります。
-
長府毛利家14代当主である毛利元敏が東京からこの地に戻り、1903(明治36年)年に完成した邸宅です。観光客にも開放されているので、ぜひ訪れたい所です。
長府毛利邸 名所・史跡
-
功山寺の山門のすぐ手前にある笑山寺です。珍しい山号なので功山寺を参拝する前に石段を登ってお参りしました。長府藩祖毛利秀元により創建された曹洞宗のお寺で、毛利家の菩提寺でもあります。
笑山寺 寺・神社・教会
-
功山寺山門です。立派な二重門(1階と2階の間に屋根がある)の山門です。屋根の反り、深い軒に禅宗寺院の建築様式を見ました。長府城下町で最も訪れてみたかったスポットで、ワクワクしてきました。
功山寺山門 寺・神社・教会
-
功山寺の法堂です。この左側に仏殿は独立して建てられています。内部の様子はうかがうことはできませんでした。仏殿の裏手には毛利家の墓所があります。
-
功山寺境内にある高杉晋作の決起の像です。三条実美をはじめ五卿が潜伏していた功山寺を選んだことに意義があります。総勢たった80名での挙兵でしたが、大きな衝撃を与え、明治維新へとつながった出来事です。
高杉晋作 回天義挙の銅像(高杉晋作 決起の像) 名所・史跡
-
長府散策のスタート地点にもなった長府観光会館に戻ってきました。ランチは館内の「ふくの関」でいただけます。しばらくここで休んでからお土産を購入し帰福しました。※下関では「ふぐ」は「ふく」と言われます。
ふくの関 長府観光会館店 グルメ・レストラン
利用規約に違反している投稿は、報告する事ができます。
コメントを投稿する前に
十分に確認の上、ご投稿ください。 コメントの内容は攻撃的ではなく、相手の気持ちに寄り添ったものになっていますか?
サイト共通ガイドライン(利用上のお願い)報道機関・マスメディアの方へ 画像提供などに関するお問い合わせは、専用のお問い合わせフォームからお願いいたします。
この旅行で行ったスポット
もっと見る
この旅行で行ったグルメ・レストラン
下関(山口) の旅行記
旅の計画・記録
マイルに交換できるフォートラベルポイントが貯まる
フォートラベルポイントって?
0
28