2025/11/06 - 2025/11/06
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山口県下関市に鎮座する長門國一宮 住吉神社は、長い歴史を有する由緒ある神社で、日本三大住吉の一つとして知られています。
境内には国宝の本殿を有し、古来より長門國の総鎮守として崇敬を集めてきました。
山陽新幹線新下関から南東2km、徒歩でも30分ほどとアクセスも良好で、参拝や観光に訪れる人々にとって便利な立地です。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- 交通
- 3.5
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
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山口県下関市に鎮座する長門國一宮 住吉神社は、長い歴史を有する由緒ある神社で、日本三大住吉の一つとして知られています。
境内には国宝の本殿を有し、古来より長門國の総鎮守として崇敬を集めてきました。
山陽新幹線新下関から南東2km、徒歩でも30分ほどとアクセスも良好で、参拝や観光に訪れる人々にとって便利な立地です。
長門國一宮 住吉神社 社頭全景。
大鳥居右に「長門一宮 住吉神社」の社標があり、社頭左の神池に浮かぶ小島には厳島神社が祀られています。
大鳥居の先の神橋を越えた参道の先の石段を登り詰めた先には荘厳な社殿が広がっています。 -
社頭左には社殿の見取り図が掲げられています。
石段を登り詰めた先には楼門があり、社殿の周囲を透かし塀で囲われています。
境内の中心には、重要文化財に指定されている拝殿と、九間社流造で五つの千鳥破風が連なる壮麗な本殿が並び、住吉神社の威容を今に伝えています。 -
写真は社頭左の神池の小島に鎮座する厳島社の全景。
創建時期など詳細は不明ですが、社名から祭神は市杵島姫命と思われます。 -
参道中ほどの神橋。
恐らく左の神池は以前は写真右側にも同様に広がっていたと思われ、現在は埋め立てられ宝物館が建っています。 -
神橋から楼門に続く石段を望む。
-
上。
新橋右側の宝物館、残念ながら非公開です。
下。
石段右の手水舎と左に神社解説板がある、内容は以下。
『長門一宮 住吉神社
御祭神 (本殿向って左から)
第五殿 建御名方命(たけみなかたのみこと)
第四殿?神功皇后 (じんぐうこうごう)
第三殿 武内宿祢命(たけうちのすくねのみこと)
第二殿 応神天皇(おうじんてんのう)
第一殿 住吉大神、荒魂(主神) (すみよしのおおかみ・あらみたま)
御由緒
今から一七八四年前、住吉大神の御神託により、神功皇后が現在地に、その『荒魂』を鎮祭され、以来、延喜式内・名神大社、長門国一宮、国幣中社(明治四年)、官幣中社(同四十四年)、神社本庁別表神社(昭和二十二年)として現在にいたる。
拝殿には『住吉荒魂本宮』の懸額がある。
御神徳
『荒魂』とは、積極果敢に物事を成就させ給う御神威の顕現(お示し)であり、古来特に勝神としての信仰が強く、交通安全、(新車祓)海上安全、厄祓、清祓等の祈願が多く、(特有性) 家内安全、商売繁昌、五穀豊穣、学力向上、当病平癒等はもとより(通有性) こうした『進路守護』の御神徳は、何時の世も高く仰がれるところである。
祭典(主なるもの)
和布刈祭・旧元旦 、御田植祭・五月第三日曜日
神幸式・九月秋分の日、河流祭・十二月十五日
御齋祭・十二月八日~十四日、例祭・十二月十五日
御社殿 本殿(国宝)、拝殿(重文)
宝物 銅鐘(重文)、唐鞍(重文)
社叢 八○余種の樹林(県指定) 』 -
石段脇の青銅狛犬は、一般的に見られる威厳や畏怖の表情とは異なり、慈愛と親しみを感じさせる面持ちが特徴です。
その朗らかな表情は参拝者に安心感を与え、神社の象徴的存在として親しまれてきました。
しかし、昭和18年(1943)、戦時中の金属供出により軍需物資として徴用され、青銅製の狛犬は失われてしまいます。
以来、コンクリートの複製が設置され、往古の姿を偲ぶ存在となっていました。
終戦70年を迎えた平成27年(2015)、復元計画が立ち上がり、神域を守る神獣として往古の姿で蘇ったもの。 -
石段を上り詰めた先の朱に彩られた楼門。
室町時代建立の楼門ですが、現在の門は明治34年(1901)に再建された入母屋造の檜皮葺、三間一戸の楼門で国の登録有形文化財に指定されています。
山口県神社庁の住吉神社解説から抜粋編集した内容は以下。
『当社は、延喜式に載せる名神大社で、のち、長門國一宮を称しているが、古く仲哀天皇の御后、神功皇后の創祀。
仲哀天皇の崩御は、天皇が神の教えを信じなかったためで、皇后の征韓は神の教えに従われた結果であった。
凱旋の時、再び神から「吾が荒魂を穴門の山田村に祀れ」との神誨をうけられた。
そこで、神恩奉謝のために、この地に祠を立てて三神の荒魂を祀られた。
これが当社の起源である。
『西暦200、日本書紀』。
伊弉諾大神が筑紫の日向の橘の小戸の阿波岐原で、禊ぎ祓いされ、住吉の大神が出生されたことにより、古来住吉の大神が禊ぎ祓いの神として、朝野の厚い崇敬をお受けになっている理由から、厄除け・方位除(進路守護)、海上・交通・工事安全、家内安全、安産・初宮詣・初誕生祭・七五三詣、合格、年祝い、商売繁昌、社運隆昌、心願成就、病気平癒、出向祭典の地鎮祭、竣工・開所・家祓など広く崇敬をあつめている。
古くから多くの文化人の崇敬を集め、有名な中世の歌人宗祇の「新撰菟玖波集」をはじめ、「銅鐘、住吉神社法楽百首和歌、金銅牡丹唐草透唐鞍」(重要文化財)など40点を宝物館に保管。
現在の本殿(国宝)は応安3年(1370)に大内弘世の寄進。
拝殿(重文)は天文8年(1539)に毛利元就が奉建。
本社東に境内摂社の蛭子社(事代主神)、若宮神社(穴門直践立命)、境内末社の田尻社(山田大宮司家祖神)、七社(伊勢・八幡・加茂・春日・松尾・平野・稲荷の京都七社)、稲荷社(宇賀の御魂神)、高元社(須佐之男命)、本社北に采女社(山田家祖先のうちの女神)。
本社西に検非違使社(火須勢理命)。
本社南に嚴島社(市杵嶋姫命・田心姫命・湍津姫命)。
境外末社が本社西に天神社(菅原道真公)、本社東に打下社「貴船社を合祀」(猿田彦命・高龗神・大歳神・菅原道真公)がある。
住吉神社の境内を覆いつくすように生い茂る樹林は住吉神社社叢として、古来より神域として崇められ保護され、昭和28年、山口県天然記念物に指定されている。』 -
楼門手前を守護する石造狛犬(寄進年未確認)。
尾をピンと立て、鬣を強調したフォルムは犬というよりライオンのような勇ましい姿をしていました。 -
楼門から境内拝殿の眺め。
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住吉神社の楼門をくぐる際、ふと天井を見上げると、明治34年に寄進された十二支と東西南北が描かれた干支方位盤が掛けられているのが目に入ります。
古来、人々は天体観測によって方位や時刻を知り、航海や農耕に役立てましたが、現代人には用のないものかもしれない。 -
楼門の左右の間に安置されている随神像。
鎌倉時代の作とされるが、作者不詳で県の文化財リストには登録されていなかった。
実物は約800年前のものとは到底見えない、とても綺麗な状態です。 -
毛利元就が寄進した拝殿と大内弘世が寄進した本殿の眺め。
拝殿左には神門があり、西参道、西駐車場に通じています。 -
拝殿に掲げられている額には「住吉荒魂本宮」とあり、有栖川宮幟仁親王(1812-1886)の揮毫によるものです。
-
山口を訪れるにあたり、住吉神社の九間社流造に五つの千鳥破風が連なる本殿の姿は一度は見ておきたかった。
全体として視線を釘付けにする意匠は少なく、建立された中世以降から、透彫りの欄間を用いたりして装飾の意匠に拘りを持つようになっていきますが、住吉神社はその狭間の時代かもしれません。
因みに神社境内の本殿、拝殿の解説内容を下に書いておきます。
『国宝(建造物)
住吉神社本殿一棟
九間社流造、正面五ヵ所千鳥破風附、檜皮葺
附 玉殿5基、棟札4枚
昭和二十八年十一月十四日指定
応安三年(1370)長門国守護大内弘世が再建、 以後、何度も修理が施されていますが、再建当時の室町初期の神社建築様式を留めています。
祭神を祭る本殿は、一間社流造の五つの社殿を相の間(あいのま)で連結した九間社流造の様式を採っていますが、正面に千鳥破風が設けられ、流造としては異例です。
身舎(もや) 側面は一間で、正面には浜床(はまゆか) および浜緑 (はまえん)が取りついています。
また、組物、軒廻り、墓股などの構造意匠は非常にまとまりがよく、優れています。
重要文化財(建造物)
住吉神社拝殿一棟
桁行三間、梁間一間、一重、切妻造、妻入、檜皮葺
昭和二十九年九月十七日指定
天文八年(1539)、安芸国(広島県)の戦国大名毛利元就 (もうりもとなり)が建立した、四方吹放ちの建物です。
木鼻、墓股、組物などの細部手法に創建時の特徴が見られます。
この種の拝殿を縦長に配置する例は少なく、本殿とともに貴重な文化財です。』 -
当日は特別拝観期間中で、透塀右の神門から本殿前庭に立ち入ることが許されており、九間社流造を間近で見ることができました。
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目を引くのは五つの本殿の相の間の板戸絵に描かれている花鳥図だろう。
本殿左から春夏秋冬の四季の花鳥図が描かれています。
春「桜と鴨」、夏「柳と白鷺」。 -
秋「紅葉と鷹」、冬「柿と鵜」。
400年間吹曝だった板絵は判別不能なまで劣化していたが、宇部在住で国選定保存技術者の馬場良治氏により復元され公開されていた。
前庭に立ち入れること自体稀な体験であり、修復され、往時の色彩を取り戻した板戸絵を、間近に見られることなど今後ないだろう。 -
参拝の後本殿左側に回り込んでみました。
写真は本殿左から拝殿と楼門の眺め。 -
左から本殿の眺め。
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真横から見ると流造の特徴が良く分かる。
本殿左の突き当りには境内社も祀られています。 -
大宮司家祖神を祀る「采女社」。
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本殿左の鐘楼(右)の腰壁に解説があり、それによると文字通りの鐘楼堂で、古記録によれば天文八年(1539)に毛利元就が拝殿・鐘楼を修造した記録が残り、四隅の丸柱の先に突き出た木鼻の紋様に室町期の様相が現れている。
方形瓦葺の屋根は令和7年に葺き替えられたもので、高麗時代初期の鐘楼は重要文化財で宝物館に収蔵されている。
大きさは高さ約142cm、口径が約79cm、重さは800kgのものという。
左は検非違使社(火須勢理命)。 -
社殿右の儀式殿の前から東に進んだ先に写真の境内社が祀られています。
右の瓦葺の三社相殿には右から七社(伊勢・八幡・加茂・春日・松尾・平野・稲荷の神)。
中央の蛭子社(事代主神・蛭子神)は住吉三神が鎮座する以前より祀られてきた地主神。
左は田尻社(大宮司家祖神・天満大神)・若宮神社(穴戸直・践立命)。
若宮社は神功皇后五十九年(228)に勝山村に鎮座していたが、明治になって当社に遷座。
左の社が高元社(須佐之男命)、中国自動車道建設に伴い遷座。
ここから左は杜の高みに続く参道があり、その左に稲荷神社が祀られています。 -
稲荷神社全景。
祭神は宇迦之御魂命、猿田彦命、大宮売命。
天保十年(1839)、伏見稲荷より勧請し、藤山村に祭祀されていたが、平成十五年(2003)に当神社に遷座されたもので、社が建つ小高い丘は恰も狐塚のような趣きが漂っています。 -
稲荷神社の社頭前に武内宿祢命お手植の大楠が聳えています。
本殿の第三殿に長寿の神として祀られ、幹の内部には畳二帖ほどの樹洞があり、小さな鳥居と社が祀られています。
以上で境内社の参拝は全て終え、西参道から駐車場に向かいます。 -
西参道から手水舎、神門の眺め。
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その背後に宮地築始祈念碑 神籠石(こうごいし)という大きな岩が安置されています。
立札には「東の斎宮の旧跡と相応ずるもの、東に祀る庭のしるしである」 -
西鳥居をくぐり社頭へ。
ここにも文化十一年(1814)に寄進された手水鉢、常夜灯は更に遡り寛政十一年(1799)の先人が寄進したものです。
それとて仲哀天皇9年創建とされる、長門國一宮 住吉神社の長い歴史の一コマでしかない。 -
『長門國一宮 住吉神社』
創建 / 仲哀天皇9年(200)
祭神 / 住吉大神(表筒男命、中筒男命、底筒男命)の荒魂、応神天皇、武内宿祢命、神功皇后、建御名方命
境内社 / 恵美須社、七社、検非違使社、妥女社、厳島社、稲荷社
所在地 / 山口県下関市一の宮住吉1-11-1
参拝日 / 2025/11/06
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