2025/11/05 - 2025/11/05
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kimi shinさん
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錦帯橋で知られる錦川の清流を望む岩国市横山。
訪れた日は冬の晴れ間が広がり、絶好の旅行日和になりました。
錦川右岸の吉香公園北側、岩国城ロープウェー麓駅の右側に鎮座するのが「白山比神社」です。
白山信仰の息吹を今に伝える「白山比神社」は、地域の人々にとって心の拠り所であり、旅人にとっても穏やかな時間を与えてくれる場所です。
今回は、白山比神社境内の様子や歴史を綴っていきたいと思います。
- 旅行の満足度
- 3.5
- 観光
- 3.5
- 交通
- 2.5
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 自家用車 徒歩
-
錦帯橋で知られる錦川の清流を望む岩国市横山。
訪れた日は冬の晴れ間が広がり、絶好の旅行日和になりました。
錦川右岸の吉香公園北側、岩国城ロープウェー麓駅の右側に鎮座するのが「白山比咩神社」です。
白山信仰の息吹を今に伝える「白山比咩神社」は、地域の人々にとって心の拠り所であり、旅人にとっても穏やかな時間を与えてくれる場所です。
今回は、白山比咩神社境内の様子や歴史を綴っていきたいと思います。
吉香公園への入口とも言える錦帯橋。
優美な曲線を描く五連の木造橋は岩国市のシンボルと言っても過言ではない。
後方の標高200mの城山の頂には日本100名城の一つ岩国城跡があり、昭和37年(1962)に再建された岩国城が岩国の街を見下ろしています。 -
城山へは岩国城ロープウェーで僅か3分ほどで尾根まで運んでくれます。
「白山比咩神社」は麓駅の右側の突き当たりに鎮座しています。
当日もインバウンド客で賑わっていましたが、公園の外れに位置するこの辺りではあまり撮影会は開かれていなかった。 -
社頭全景。
城山を背にして建つ笠木の反り具合が大きな石造の明神鳥居は、由緒によれば元禄7年(1694)に寄進されたもの。
由緒は社頭右手に立てられています。 -
白山比咩神社由緒。
『この神社は白山比咩神(別名 菊理姫の命)、大己貴の命(別名 大国主命)を祭っている。
創建年代は明らかでないが、伝えられたところによると、加賀国石川県白山神社の分霊を移し祭ったものという。
永興寺伝記によると、もとは永興寺の鎮守社であったと記してあり、永興寺所蔵の神興には、永禄2年(1559)正月の字が刻まれている。
萩の近藤清石の風土記によると、鎮守社云々は誤りで一時永興寺僧徒の奉仕したことが推し図られるとしている。
社前の石鳥居は元禄7年(1694)吉川広紀(岩国藩主)の御寄進で、石柱に宇都宮遯庵(漢学者)の碑文がある。
享保12年(1727)に再建された大規模の社殿は明治23年(1890)に消失した。
現在の建物は明治31年2月(1898)に完成したものである。』 -
社頭の狛犬、寄進年を見忘れましたが、白い阿形の姿から、さほど古いものではないかもしれない。
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鳥居には「白山比咩神社」と彫られた木製の額が掛けられています。
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鳥居正面の手水舎。
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手水舎の右手に神門と境内社「錦川水神社」。
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「錦川水神社」全景。
「揁謝水恩」・「恭仰神徳」と刻まれた注連柱の先に切妻の遥拝門があり、その前から参拝する事になります。 -
錦川水神社由緒。
「御祭神 弥都波能売神。
岩国市を貫流する錦川は、古代より優れた水質と豊富な水量によって近代産業誘致の原動力となり、一面天下の奇橋錦帯橋によって観光面に於ても岩国市今日の繁栄をもたらしたものであるが、近来世情一般に動もすれば、此の偉大な水恩に対する感謝の念薄れつつ有るを愁へ、岩国市観光協会が神社を建立して永々錦川の守護神として崇め、水恩に感謝すると共に岩国市永遠の発展を祈念すべし昭和49年11月10日竣工せしものにて、偶々前年第六十回伊勢神宮式年御遷宮に際会し神宮の古材の一部の御分譲を得て当白山比咩神社境内に建立せしもので有ります。」
昭和49年と比較的近年に創建されたものです。
時に暴れることもある川ですが、天然の要害岩国城や美しい造形美を見せる錦帯橋など、錦川あってのもの。
田畑を潤し、観光資源をもたらしてくれる、錦川の恵みに感謝する趣旨から水の神を祀ったものだ。 -
門に掲げられている「錦川水神社」の額。
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本殿全景。
祭神は弥都波能売神。 -
以下は山口県神社庁より白山比咩神社解説。
『貞観18年(876)加賀の白山比咩神社を勧請、元慶8年(884)社殿を創建、天正年間には毛利輝元公により神田を賜る。
江戸時代の慶長年間(1596~)、吉川広家が岩国の地に移封されてからは封内の鎮守と仰がれ、吉川家歴代の産土神として崇敬される。
享保年間(1716~)、本殿の大造営、同13年(1728)、神社林として城山の一部を賜わる。
元禄7年(1694)、大鳥居の建立等歴代藩主の尊崇は厚かった。
当時の社殿は壮麗豪華にして工作の妙を極め、殊に拝殿・楼門の如きは精彩粉飾を尽し、関西の東照宮と言い伝へられていた。
しかし、惜しくも明治23年(1890)、火災により建造物全部を悉く消失する。
当神社は、安産の神として古より崇敬者多く、氏子内には難産の例なし(旧県社)。
主要祭典
鎮火祈願神舞・湯立神事(7年毎旧暦1月17日)、疫祓神事(毎年4月15日)』 -
切妻瓦葺の四脚門。
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四脚門から社殿の眺め。
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虹梁の龍の透かし彫り。
色合いの違いをみると、あとから付け加えられたものかもしれません。 -
神門をくぐった先の注連柱と境内全景の眺め。
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入母屋瓦葺の拝殿正面には2間ほどの向拝と大棟に千鳥破風が施されています。
拝殿の意匠は控え目で、視線を集める凝った意匠は少なく、ある意味で白山神社らしさを感じる。
現在の拝殿は平成16年(2004)の火災で焼失、平成17年(2005)に再建されたもので、神紋は八曜に月のように見え、軒丸瓦や本殿の大棟にも、この神紋があしらわれています。
また拝殿前に一対の銅製燈籠がありますが、撮り忘れていたようです。 -
拝殿左から見た本殿。
大棟には5本の鰹木と外削ぎの置千木、千鳥破風の上に2本の鰹木と置千木が施されており、向拝柱も見られることから流造のようです。 -
拝殿左の白山宮常夜灯。
寄進者の名は読み取れないが、3世紀前の正徳4年(1715)に寄進されたもののようです。
貞観18年(876)、遠く離れた加賀の白山比咩神社から、誰が周防国に勧請したか、そこは分からなかった。 -
境内の右手の不明社。
Gマップでは御霊神社とあり、鎌倉権五郎命(鎌倉景正)を祀るとされますが、拝殿額、本殿の神名札が見当たらず、創建等調べてみても定かにはならなかった。 -
拝殿の格子天井には干支方位神や四季の草花が描かれています。
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不明社本殿。
流造で3本の鰹木、外削ぎの置千木が載せられ、巴紋があしらわれています。 -
本殿海老虹梁と木鼻の意匠。
大きな本殿ではありませんが妻壁や桁隠しなどにも装飾が施されています。 -
境内から見る神門。
かつては関西の東照宮と称された白山比咩神社ですが、今の落ち着いた佇まいの方が似合っていると思います。
本来ならば吉香神社にも参拝したいところですが、撮影会も終わる気配もなく、鳥居だけ撮影し吉香公園を後にしました。
白山比咩神社・錦川水神社
創建 / 不明
祭神 / 菊理姫命、小白山比咩命、大己貴命
境内社 / 錦川水神社、不明社
所在地 / 山口県?岩国市横山2-8番12号?
参拝日 / 2025/11/05
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