2025/10/12 - 2025/10/13
1445位(同エリア5128件中)
jokaさん
旅行二日目
計画ではいつもの早朝散歩でひがし茶屋街と主計町茶屋街を探索したのち、兼六園の早朝開園に立ち寄る予定でした。
が、無情にも雨…
昨日大活躍だったレンタサイクル『まちのり』も使えないとなると予定を大幅に変更せざるを得ないかも。
さて、どうなることやら。
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4時半起床。
計画では5時にはホテルを出てひがし茶屋街と主計町茶屋街を散策。そこから兼六園の早朝開放へ移動するはずでした。
が、外はそこそこの雨。八割がた予想していましたがやはりダメだったか。二度寝をすると起きられなさそうなので昨日購入しておいたひらみぱんさんの惣菜パンでのんびり朝食タイム。 -
5時30分過ぎ、暇を持て余してしまい雨の中出かけることにしました。
アーケードがありがたい。 -
一縷の望みをかけるもやっぱり降ってますね。
金沢の中心(と勝手に認定)、広坂交差点も交通量まばら。人影は皆無。 -
兼六園の早朝入園にやって、あれっ!閉まってる…
下調べ不足でやってしまったか? -
よかった~
早朝入園は出入口が限られているようですね。 -
蓮池門口から無事入場。
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水面を見れば雨の勢いは一目瞭然。
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雨に煙る庭園も乙なもの。
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震災の影響がこんなところにも。
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霞ヶ池
中央に見えるは蓬莱島。権力者はみんな大好き不老長寿。 -
唐崎松
十三代斉泰が琵琶湖の松の名所唐崎から取り寄せたのだそうです。雪の重みによる枝折れを防ぐために施される雪吊りは、冬の訪れを告げる風物詩としても有名。 -
雁行橋
雁が列をなして飛んでいるように見えることから命名されました。一枚一枚の形から亀甲橋とも呼ばれます。 -
明治紀念之標
中央の像は日本武尊(ヤマトタケルノミコト)。西南戦争で戦死した郷土軍人の霊を慰めるために建立されたもので、日本最初の銅像と言われています。 -
当時から人気者だったようです。昔の写真が大好物。
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築山を登り東屋でひと休み。別名”紅葉山”と呼ばれるほど秋には美しく色づく場所だそうです。
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龍石とは?
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たしかに!
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成巽閣
十三代斉泰が継母であり先代の正室であった眞龍院隆子の隠居所として建築。大名正室のためという性質上、一階が武家風、二階が数寄屋造りという他に類を見ない貴重な構造となっており、国の重要文化財に指定されています。
隆子は五摂家である鷹司家出身だったことがこの特別待遇に関係あるのかもしれません。 -
こんな興味深い建物があるとは知りませんでした。
兼六園は早朝散歩だけの予定だったので、再訪する時間がとれそうにありません。
う~ん、これはリサーチ不足! -
廃藩置県後成巽閣は県の管理となりますが、明冶42年東宮殿下、後の大正天皇の北陸行啓が決まり、宿泊場所に困った県が前田家に返還して宿泊所として改修するように命じます。その際に警備用として設置された煉瓦塀の一部だそうです。
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梅園はどこか涼やか。
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終戦間際の昭和20年6月、政府の命令により軍用機の燃料にするため松脂を採取した跡だそうです。
兼六園はメジャー観光都市の目玉観光地であるにも関わらず、どこか秘宝館的な雑多感や思想強めな雰囲気が漂っていておもしろい。 -
時雨亭
五代綱紀が兼六園を作庭した当時からあった別荘。明治初期にいったん壊されてしまいましたが、平成になって復元。
ふだんは庭を見ながらお茶と茶菓子をいただける茶室として営業中。この連休中は大茶会が開かれているようです。 -
随身坂出口から退園。
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金沢神社
11代藩主治脩(はるなが)が兼六園に藩校を建て、その鎮守社として学問の神であり前田家の先祖である(と前田家が主張している)菅原道真の舎利を納めて創建した神社です。 -
のちに藩校は他の場所に移されましたが、神社だけこの地に残り、共に祀られている災難除け、金運などの神である白蛇龍神ともども藩主の崇敬を得たそうです。
神門両脇に控えるのは随身様という神像。随身坂の由来とも言われています。
いつものごとくご挨拶だけ。 -
旧津田玄蕃邸
前田家家老津田玄蕃の屋敷跡。もとは大手町にあったものを大正時代に移築したそうです。 -
威風堂々たる立派な表口。
玄蕃は代々当主の通り名で、初代正勝は織田信長、滝川一益、豊臣秀次などといった名だたる武将に仕えた有能な人物だったようです。 -
前田家二代藩主利長に仕えた当初は二千石だったのが、代々加増を重ねとうとう一万石という大名クラスの重臣となりました。
十二家の重臣を合わせると二十万石を優に超えるというのが凄まじい。加賀百万石の面目躍如といったところでしょうか。 -
雨の中の兼六園。思ったより楽しめました。
まったく予習してこなかったため、見逃しているものもたくさんあるとは思いますが。 -
こちらが随身坂かと思いきやどうやら違うようでした。
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道の反対側に昨晩訪れた石神神社が見えたのでちょっと寄り道。
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昨夜の禍々しさはありませんが、やっぱり右の道は通りたくないな。
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途中で雨が止んだら自転車でひがし茶屋街へ足を伸ばしてもいいかなと思っていましたが叶わず。近江町市場で朝食いただくか迷うも面倒なので大人しく帰ることにしました。
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ここは早朝か夜に限りますね。
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そら豆チェアと名付けました。
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雨の日は大変です。お茶会がんばってください。
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まんま現代アートになりそう。
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昼間人が行き交う館内で観るより、誰もいない館内を外から観る方がよっぽど満足度が高いかも、、
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ラビットくんたちはちゃんと整列済み。
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この辺りは平和ですが、道路一本向こう側の片町のアーケード街には道端で倒れこんでいる若者多数。
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朝食で賑わうホテルのエントランスを抜けて最上階の大浴場へ。朝の方が圧倒的に雰囲気が良かったです。サウナも利用者少なめで快適。一時間半ほど満喫しました。
身支度整えてホテルを後に。 -
外に出ると、あれ?止んでる。
あと三時間早ければ早朝茶屋街散歩ができたのに… -
これは目立つ!
ローカルマンホール界の傾奇者といったところか。 -
あまり空腹も感じないけど、なんとなく気になって寄ってみました。
パンブラザースアベ
装飾もネーミングセンスも独特です。 -
間違い探しかのようなサンドたち。この微妙な違いにこだわるのがパンブラザース流か?
神経衰弱ができそうです。 -
サンドに心惹かれるも今の自分にはボリューミーすぎるのでフツーの惣菜パンを物色。
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店長おすすめの最後ひとつに決めました。
美味しかったです。 -
ホテルから5分も歩くとこの風景。長町武家屋敷跡です。
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公民館ですらこの貫禄。
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水路のある町にハズレなし。
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まだ9時前だというのにこの賑わい。外国人ホイホイであることを願いましたが、残念ながら目的地でした。
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武家屋敷跡 野村家
千二百石取りの藩士、野村家の邸宅跡です。 -
玄関には見事な甲冑。さすが利家の金沢入城に直臣として従ったという名門です。
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野村家は馬廻組組頭をはじめとする各奉行職を歴任した上級藩士の家柄。この屋敷ももとは3000坪の敷地だったのですが、廃藩置県以降徐々に切り売りされて今に至ります。建物の主要部分も支藩だった大聖寺藩の豪商久保彦兵衛の屋敷を移築したものだそうです。
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豪華絢爛と落ち着いた雰囲気が同居する素敵な空間。
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天袋の襖絵もお見事。すべて狩野派の加賀藩お抱え絵師、佐々木泉景作だそうです。
襖類がすべてガラスかプラスチックで覆われていたのにちょっと驚きました。インバウンドが増えるとどこもこういった対策せざるを得ないのは残念だけど仕方がない。日本人のマナーも年々悪化しているのでしょうが… -
この上段の間は北前船主の中でも最大の勢力を誇った彦兵衛が大聖寺藩主との謁見に使用していた部屋をそのまま移築したもの。一介の商人が自邸に大名をたびたび迎えていたという事実が当時の久保家の隆盛ぶりを表しています。
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上段の間に使用されていた釘隠。多種多様でどれも手が込んでいます。襖の引き手も同様、贅を尽くした造りです。
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仏間の掛け軸には玄奘法師。
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庭も小ぶりながら素晴らしい。海外の日本庭園専門誌で上位常連だったとか。
それで欧米人が多いのか。 -
縁側の下まで続く池の配置も良いですね。
色とりどりの錦鯉はどれも横綱クラスの風格でした。観光客が餌をあげているわけではなさそうなので、単に世話が行き届いているだけだと思います。 -
背の低い潜り戸の先には
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茶室だそうです。
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二階にあるとは珍しい。
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メインルームは先客がおいでなので隣りの部屋から。
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あちらが茶室でこちらは控えの間になるのでしょうか?
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窓際の風情がなんとも♪
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使い込まれた床の間の一枚板もいい色に仕上がっています。
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空いたので茶室へ。
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シンプルかつ機能的な茶室らしい造りですが、窓が大きく開放的なのでとても清々しい雰囲気。
希望すればこの部屋で抹茶と和菓子をいただけるようです。 -
窓際に座って庭を眺めていると、ガイドの方がいろいろと解説してくれました。
庭の中で一際高く聳えるのは山桃の木で、江戸初期にこの屋敷が建てられた時からのもの。故郷の尾張を偲んで多数の植物を配したけれど気候が異なるため枯れてしまい、その中で唯一生き残ったのがあの木なのだとか。
本来山桃はあんなに高く成長しないらしく、生き残るために必死に伸びたと考えると胸にくるものがありますね。 -
鬼川文庫
野村家の展示資料館です。 -
認定書も展示されているのは珍しい気がします。いかにも個人資料館といった感じで趣き深い。
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右が朝倉義景、左が明智光秀からの感謝状。
著名な武将であれば華やかな戦働きが頭に浮かびがちですが、戦さを終えてからこうしてせっせと書状にサインしている姿の方がリアリティがあって好きですね。 -
後からも観光客続々。早めに回れてよかった。
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旧加賀藩士 高田家跡
こちらも野村家に比べると見劣りするとはいえなかなか立派な門構え。五百五十石ということなので、わたしの感覚からすると結構な高給取りという感じがします。 -
長屋門と庭の一部が再現されているようです。
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長屋門の片側には仲間(ちゅうげん)部屋。
使い捨て兵士である足軽と武家の使い走りなどを行う小者との間に位置するというのが中間(仲間)の語源とされています。その後戦国時代が終わると足軽が必要でなくなり、仲間が武家に仕える最下級の身分となりました。 -
当然暮らし向きは厳しく、食事こそ主人の家で賄を食べることができましたが、給金は安いため草鞋づくりなどの内職をして生計を立てていました。そのため大半が生涯独身だったようです。
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門開口部の反対側には厩。こちらでは二頭の馬を飼っていたそうです。
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一般藩士とはいえこれだけの屋敷に住めるのだから大したもの。
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香林坊を流れる鞍月用水とこの長町を潤す大野庄用水は、どちらも犀川を水源とする生活用水路です。
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大半が民家だというのがなおさら凄い。
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前田土佐守家資料館
おもしろそうだけど残念ながら立ち寄る時間がありません。
前田土佐守家とは加賀藩二代藩主利長の弟である利政(厳密にはその子である直之)を祖とする直之系前田家のこと。利政は能登22万石の大名でしたが、家康の出兵要請に応じなかったため領地を没収。その後祖母にあたるまつの尽力により加賀藩に家老待遇で召し抱えられたという経緯だそうです。 -
いつの間にか頭上には晴れ渡る青空。
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武家屋敷跡から徒歩10分ほどでにし茶屋街。手前の和菓子屋さんも訪問予定ですが、とりあえず一通り歩いてみます。
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にし茶屋街はひがし茶屋街と同じく1820年に開かれました。明治13年(1880年)の大火で一度全焼したのち再建されて現在に至ります。
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比較的硬派なイメージのにし茶屋街にも忍者売りのお店がありました。
それでもどこか控えめで好感持てます。 -
通りの一番奥のこちらへ。
甘納豆かわむら
店名の通り甘納豆の専門店。テイクアウトの賞味期限6分のモナカで有名です。 -
お目当ては10時開店の二階のカフェなので、お土産に甘納豆を物色がてら時間を潰すつもりです。ちなみに現在9時30分。
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整理券があるかもしれないので念のため店員さんに確認してみると「カフェ営業してますよ」と???
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詳細はよくわかりませんが二階へ上がるとたしかに営業中。しかも貸し切り状態。
そりゃそうだ。みんな10時開店だと思ってる。 -
風通しのいい窓際角の席へ。
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う~む、これは悩ましい…
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季節限定のパフェやわらび餅など魅力的なメニューに目移りしそうな気持ちを抑えて初志貫徹。
かわむらプレート
定番及び季節限定の甘納豆や和菓子のオールスターズ。 -
どこから手を付けるか迷いますね。
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懇切丁寧な解説付き。
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まずはアイスクリームからかな。
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入店から20分経ってもまだ貸し切り。
三連休、メジャー観光地の金沢、定番にし茶屋街の人気店とは思えない快適空間♪ -
窓の外は大正浪漫。落ち着くな~
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たまらずクラフトビールを発注。まさかのおつまみ被り。
もう一軒は取りやめて、ここでゆっくり過ごすことに決めました。 -
クラフトビールの美味しさに目覚めつつある今日この頃。
結局一時間近く本を読みながらのんびりと幸せな時間を過ごしました。
ご馳走様でした♪♪♪ -
お土産探索を再開するも、気分が満たされてしまって何も欲しくない。
というわけでレジでテイクアウトの注文を。 -
受け取りは店内から少し離れたテイクアウト専門スペースで。
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定番らしき塩豆あんとマスカルポーネ。
賞味期限6分の噂のアレです。 -
すぐ脇のイートインスペースでいただきます。
美味しいアイスもなかだと思いますが、個人的にはそれ以上でもそれ以下でもありませんでした。 -
もう10時半だというのにこの状態。
午前中のにし茶屋街は超おすすめ! -
西検番事務所
芸妓たちの稽古場や管理事務所として大正12年に建てられました。茶屋街なのに洋風建築というのが粋でいいですね。 -
西茶屋資料館をのぞいてみます。
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一階は大正時代の大ベストセラー作家、島田清次郎にまつわる資料展示スペースです。
まだ幼い頃、父と死別して母の実家であるお茶屋で過ごした日々が彼の人生観の根底にあると言われているようです。その生家跡地に建つのがこの資料館。 -
経歴を読む限り、典型的な昔の破滅型自己陶酔系文豪タイプ。欠落感を抱えて生きていく辛さはわかる気もしますが、要は周囲に迷惑かけまくってるダメ人間。芥川さんあたりと同じ香りがしますね。
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二階は清次郎が育った吉米楼の内装を再現。
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本日初の自転車に乗って移動。
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途中道に迷ったこともあって予定より10分遅れて到着。
近江町市場南端近くのサイクルポートに自転車を返却してお店へ急ぐ。 -
大國鮨
メニューは昼晩とも“おまかせ”のみという硬派なお店。予約の電話を掛けたら「予約は二名様からです。その時間ならたぶん大丈夫」とのことだったので、開店ちょっと前に到着する予定でした。 -
扉を開けると6名のお客さんがすでに食事中。しばらくお待ちくださいとのことで店の隅で腰掛けて待つ。
女将さんがカウンター端に席を用意してくれて無事着席。大将との会話から判断するにネタが予約分を含めてちょうどわたしで売り切れらしい。あぶな~~ -
実際わたしの入店後20分の間に予約無しのお客さんが10組近く訪れましたがネタ切れを理由に全てお断りされていました。ほんとに紙一重…
この時点で“本日予約で満席”的な表示を店前に出していました。 -
冷や汗を拭いつつ乾杯♪
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メニューはこれ一本。潔し!
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あじとのどぐろ
今更ながらのどぐろの美味しさに気付きつつある今日この頃。 -
がんどが入荷無しとのことでカンパチと的鯛。的鯛のねっとり絡みつく食感が最高です。
ちなみにがんどとはブリの一歩手前のサイズのこと。 -
とろといくら
脂ノリノリの大トロよりこのくらいの霜降り加減が好きです。 -
甘えびと白海老
大人になるまで海老を食べられませんでした。物心つく前に食べ過ぎて嫌いになったと親から聞いたことがあります。白えびのねっとり感がお気に入り。 -
白貝、梅貝
バイ貝大好き。この表記初めて見ました。 -
煮いか、あなご
さすが魚介の豊富な金沢だけあって地魚が多いですが、提供方法は一手間加えたものが多く、江戸前に近い印象です。 -
蟹味噌巻き
11月になれば香箱蟹が使われるのでしょうか? -
わたしだけ提供が三皿分ほど遅れて始まったので最後まで残ることになりました。
この時点で11時45分なので、予約は一時間単位なのだと思います。 -
ご馳走様でした♪♪♪
接客も丁寧で大変心地良い時間を過ごすことができました。 -
このあとひがし茶屋街に行くか金沢城公園に行くかしばし迷って徒歩で後者へ。途中趣きある神社を発見。
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尾崎神社(金沢東照宮)
四代光高が幕府の許可を得て勧請した東照宮。ちなみに光高からみて家康は曽祖父にあたります。
元は金沢城北の丸に造営されましたが、第二次大戦中に陸軍が駐屯するに際して現在地に移築されました。明治期の神仏分離で尾崎神社に改称されたとのこと。 -
小さいながらもちゃんと権現造。現在の境内からはほとんど本殿は見えません。
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尾山神社の裏門(東神門)?から金沢城公園へ。
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もとは二の丸御殿にあったものを移築してきたと伝えられています。二の丸御殿の大火災の際には欄干に彫られた二匹の龍が水を噴出したおかげで焼失を免れたという伝説があるとのこと。
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鼠多門と鼠多門橋。明治時代に焼失してからつい五年前に復元されたばかりとのことでまだピカピカです。昨日ライトアップで訪れた時とはまた違った雰囲気。
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玉泉院丸庭園
饗応や外交の場であった兼六園に対して、こちらは藩主のプライベート庭園。より趣味的な色合いの強い造園となっているようです。 -
順路をぐるっと回って反対側から。
合同庁舎の控えめな佇まいがまるで借景のように馴染んでいます。 -
色紙短冊積石垣
“石垣の博物館”と呼ばれるほど多種多様な石垣が存在する金沢城ですが、なかでも最も有名なのがこちら。
色紙(方形)、短冊(長方形)といった形状に綺麗に成形された色とりどりの石が見事に組み合わされています。最初から観賞用に造られたまさにアート作品。
上部にはV字型の石樋が残り、往時には滝が流れていたそうです。 -
三十間長屋(重要文化財)
解説によると“現在の長さは二十六間半”となっていましたが、幕末に再建された際に縮んだのかも。
こちらは内部見学無料です。 -
内部にはだだっ広い空間が広がっています。
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梁の組み方が芸術的。まさに用の美!
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三十間長屋を出て順路を進み、ふと横を見ると実は城内で最も高い場所にいることに気づきました。
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いつの間にか森の中。もとからこんな大自然があったとは思えないけど…
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なるほど!本丸跡か。
築城時(関ヶ原以前)には五層の巨大な天守閣が聳えていたそうですが、度重なる火災(おそらく落雷?)で徐々に規模が縮小し、いつしか放置されるようになったとのこと。すでに徳川の世で自由に築城できなくなっていたという事情もありそうです。
それで二の丸御殿が名実共に城の中心となったのでしょう。 -
辰巳櫓跡
本丸の東南角を守る立派な櫓が建っていた模様。本丸の衰退と共に徐々に荒れ果てていったようです。 -
見下ろすとかなりの高さですが、石垣が三段の階段状になっていて肝心の防御力という点では疑問符がつく。
調べてみると明治時代に駐屯した陸軍が崩れていた石垣を修復した際この形状にしたそうです。段差を設けて大砲でも設置したのか、単に面倒だっただけか? -
丑寅櫓跡
本丸の北東を固めていた櫓跡。この下の石垣は城内最古だそうです。 -
城内の他の部分からかなり突出した位置にあることがわかります。
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石垣を真横から見る機会はあまりないのでありがたい。
なんとなく今村翔吾さんの『塞王の盾』が頭に浮かびました。 -
鶴丸倉庫(重要文化財)
明治時代の建築と思われていたのが近年の調査で幕末に建てられたと判明したため重要文化財の指定を受けたとのこと。 -
現在二の丸御殿の大規模復元工事中。
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復元建築にはあまり興味が湧かないのでわざわざ観にくることはないかな…
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五十間長屋への入場口。ここだけ有料です。
復元建築に興味薄いわたしには一瞬意味不明でしたが、大金かけて再建したんだから回収しないといけないのか。そりゃそうだ。 -
もちろん内部はピカピカです。しかも五十間ですからね。とにかく広い。
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木材の継ぎ方がいろいろ紹介されていました。
どんな巨大な城でも櫓でも、昔はすべてこのように木を継いで建築していたというのが今更ながらに凄い。 -
男はみんな大好き模型コーナー。
さっきまで歩いていた場所なので空想が捗る。こうして見ると本丸が一番守りの固い位置にあるのがよくわかります。 -
こういうのを見ると石頭のわたしにも技術の継承という意味でも復元建築が必要なことが理解できます。
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復元建築とはいえ建築基準法的には釘を使わざるを得ないんでしょうね。正直ちょっと興ざめ。せめて木製の釘ならば。
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天守閣の建築模型。
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この微妙な反り具合がたまりません。
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各部屋の解説付きの二の丸御殿間取り図。これが一番楽しめました。
不動産広告見ながらその部屋での生活を想像するの結構好きなんですよね。 -
CGによる二の丸御殿完成予想図も良かった。時間切れのため泣く泣く途中で離脱しました。もっと前半にしてくれれば…
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“百万石”への誇りが凄い。
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徒歩10分ほどで到着。
松の湯
某サウナアプリ石川県ランキング2位。外観は小洒落た町場の銭湯です。 -
入浴+サウナで860円という銭湯プライス。助かります。
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銭湯とは言えインバウンド対策も怠りなし。ルールを理解できない人が入ってくるとトラブルの元なのでお断りしてほしいのが本音ですけど。
日本人にもたくさんいるか… -
特別お金をかけているわけではないのにどこか特別感があります。
オーナーのセンスの良さかな。 -
各国語対応のパンフレット。ただ置いてあるだけではなくてちゃんと装飾になっているのがお見事。
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浴室内も爽やかかつ機能的でとても居心地がいい。サウナ室は広くはないけど清潔感あってゆったり座れる。これまた落ち着くな~
トドメは整い場。狭いスペースを上手に活用して非常に快適な空間づくりに成功しています。
時間が迫っているので一時間半ほどで泣く泣く退出。 -
最近のお気に入りで水分補給。染みる~♪
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噂以上の素晴らしいサウナでした。
こんな銭湯が町の中心にあるなんて羨ましい! -
大した距離ではないけど汗をかきたくないので最後の自転車移動で駅まで。
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画像では伝わらないほどの大混雑にちょっと怯む。
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ただモノではオーラ漂う後ろ姿。
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やっぱりこいつも百万石関連か。
ひゃくまんさん
石川県の公式観光PRキャラクターだそうです。町のあちこちにいたみたいですけどお初にお目にかかりました。 -
金沢百番街 あんと
金沢の誇る巨大名店街。ここを見て回るだけでも半日潰れそう。 -
観光客でごった返すショッピングエリアを通り抜けて食堂エリアへ。
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15時前という半端な時間にも関わらず五組待ち。受付&LINE登録を済ませるも、最悪弁当でも購入して新幹線内で食べる覚悟もしておきます。
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ひゃくまんさんを探せ!
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タコ飯美味しそう!これでもいいな。
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目についた限定のきんつばは残念ながら売り切れ。ノーマルタイプでもいいから買っていくか、などと考えていたらLINEの呼び出しが。
早い!まだ10分しか経ってないのに。 -
慌てて店に戻ります。
黒百合
魚介は満喫したし能登牛も食べた。残るは金沢おでん。立地も相まって行列の絶えない人気店です。 -
手書きのメニューが食欲をそそります。
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お疲れ様♪
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大好物の玉子&梅貝に名物の車麩という欲張りセット。
車麩がこんなにもおでんに合うとは!これは大発見!!
正直この組み合わせ三回転で充分かも。 -
太刀魚のたたき
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忘れちゃいけない大根と気まぐれでふきを。
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地元の日本酒に切り替えたところでぬたと黒づくりを注文。黒づくりとはイカの塩辛にイカ墨を加えたもの。少なくとも江戸時代には金沢名物として定着していたようです。
新幹線の時間が迫ってきたのでそろそろ退散。
ご馳走様でした♪ -
自宅に戻ってからの締めのスイーツを求めて。
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これまた大好物の豆大福。ちょうどいい大きさのがありました。
もっと金沢らしいモノをと思わなくもないけど、好きなんだからしょうがない。
今思えば、せめてさっきのきんつばにすればよかった。 -
原哲夫と天野喜孝を足して五倍に薄めたようなキャラデザが味わい深い。
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時間も差し迫った今になっておもしろそうな品物があれこれ目に付く。
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これでいいや!
あと15分あったらいろいろと買い込んでた気がします。 -
立ち去り際にこれが目に留まる。残念無念……
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そういえば駅の催事に出店するとインスタに書いてあったな。
念のため覗いてみたけどすべて売り切れでした。 -
さすがメジャー観光地。細部にも手抜かりなし。
訪れる前は定番過ぎて物足りないのではないかと心配していたのですが、まったくの杞憂に終わりました。何より観光都市金沢の完成度が高い。
比較的規模感がコンパクトなので、インフラ整備も含めて一つの有機体みたいなまとまりを感じました。
京都÷7 = 金沢 = 飛騨高山×5 ぐらいのイメージかな? -
荻窪で途中下車。
麺家龍~Ryo~
ここ数年食べた家系ラーメンの中では一番のお気に入り。スープが滑らかかつ旨味たっぷりで、コッテリ濃厚で知られる早稲田の『武道家』出身という経歴から想像つかない味だったので、初訪問時にとても驚いたことを覚えています。
その時パッと頭に浮かんだ言葉が”ちょっとワイルドな『飛粋』”。蒲田の名店と関係があるのかどうかいまだに謎のままです。 -
チャーシューがこれまた絶品。煮豚ではなく焼豚で、ほんのり燻製香らしきものをまとった肉肉しい食感です。柔らかいんだけど噛み応え十分。なのでいつもチャーシューメンを注文してしまいます。
オープン時はライス無料だったのが、今や大ライス150円。たった三年前の話なのに大昔のことのようです。
本日も大変おいしゅうございました。ご馳走様でした♪♪♪
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