2025/05/03 - 2025/05/03
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rinnmamaさん
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表紙の写真・ジャンヌダルクの塔(Jeanned‘Arc)ジャンヌダルクが幽閉されたという塔で、1204年にフランス・国王フィリップによって建立された城の一部。
(モネの庭と合算で20806歩・夫が疲れはてルーアン大聖堂が未踏に)
(2025年11月27日・投稿)
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「ルーアン」
モネに愛されたノルマンディーの古都。
ノルマンディー公国の首都として栄えた街は、歴史と文化が詰まっており、町の中心にはセーヌ川が流れていて、その輝かしい歴史を伝えています。
クロードモネは1892年から1893年にかけて、大聖堂を題材にとして連作に取り組んだとされています。
同じ対象を異なる時間帯や光の条件で捉え、30点以上のも描き続けました。
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「ルーアン大聖堂」
大聖堂の建設は西暦1145年に始まり、約400年後の西暦1544年に完成した、カトリックの大聖堂です。
戦争の影響を受けた建造物の一つで、第二次世界大戦中には爆撃によって建物の一部が損傷しました。
1965年に大規模な修復工事が完了しており、ルーアン市の象徴的存在として多くの人々に愛されています。
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「ジャンヌダルク終焉の地」
15世紀、英仏百年戦争のさなか、突如現れた救国の少女「ジャンヌ・ダルク」
敗色濃かったフランスを奇跡的な勝利に導いたにもかかわらず、魔女として断罪される。1431年5月30日、わずか19歳のジャンヌは此処ルーアンで火刑に処された。
時間の関係と雨で行けませんでしたが、処刑場になった旧市場広場Pl.du vieux-Marcheには、ジャンヌダルク教会Eglise Ste・Jeanne d'Arcが建っています。
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☆☆2015年12月、アルザス地方を旅した時に立ち寄った「Reims/ランス」のノートルダム大聖堂横の広場に、凛々しい「ジャンヌ・ダルク」の騎乗姿の像がありました(pcを変えて写真を添付できないのが残念)
後、「モンサンミッシェル」のSaint Pierre/Saint Michelの入り口にジャンヌダルク像があるんですよね。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 同行者
- カップル・夫婦(シニア)
- 交通手段
- 鉄道 徒歩
- 航空会社
- JAL
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もう少し「モネの庭」に滞在したかったのですが、ルーアンも行ってみたかったので、後ろ髪を引かれる想いで来ました。
駅までのバスの時刻は到着時に確認しておきました。
本数は少な目です。ヴェルノン ジヴェルニー駅 駅
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パリ行きの列車が来ました。
私達のみルーアン行きに乗る感じでした。
パリ行きは12時52分。
私達ルーアン行きは「13時05分」ルーアンには「13時46分」に到着予定。
この路線は本数が限られていますので、しっかりと予定を組みました。 -
ファースト車両/ほぼ貸し切り状態^^)
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セーヌ川通過
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ルーアン駅到着・13時46分。
帰りは17時33分・18時29分のどちらかの予定でしたが、夫が疲れ17時33分にしたので、約4時間の散策でした。
モネの庭は薄曇りでしたが、晴れ間も見えてラッキーでしたが、ルーアンについたら曇天・・やっぱりノルマンディーの空だと再認識^^;ルーアン リヴ ドロワ駅 駅
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駅前の雰囲気
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駅横の大きな教会。
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駅を振り返る。。坂道になっています。
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駅から下ってきた横道
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大きな交差点を渡り、真っ直ぐ進みます。
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ジャンヌ:ダルクの塔「Jeanned’Arc]
存在感を放ちつつ、ひっそりと街中にある、ジャンヌダルクが幽閉されたという塔。
1204年にフランス国王フィリップによって建立された城の一部。
今は「脱出ゲームの会場」のようですね。ジャンヌ ダルクの塔 建造物
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イチオシ
この塔を見たかったので、先に来ました。が、失敗。
本来なら一番の目的の「ルーアン大聖堂」に行くべきでした。 -
雰囲気の良い道路に出ました。
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木組みの家を見ながら歩きます。
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道路標示。
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下って・・
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人通り無し・・
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イチオシ
お洒落な建物
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良い感じ・・
この街には木組みの民家が2000軒以上残っているそうです。
また、建造された年代のバリエーションも豊富なのも特徴の様です。 -
古い教会です
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閉まっていますね。
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広場に出た所でポツポツと小雨。。
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また、教会。。
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「サン・ゴダール教会」のようです。
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「ル セック デ トゥルネル博物館」
鉄工芸品を専門に展示しているユニークな博物館。
ゴシック教会の建物を利用しており、歴史と芸術が融合した空間に、中世から19世紀にかけての美しい鉄製品が展示されています。 -
此処で、本降りになったので雨宿り(^^)
可愛いワンちゃん。
もう、子供と同じですね! -
雨宿りでこの建物に入場。
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雰囲気は暗めです。。
この時点で何処か分からず見学。。
ローマ時代から20世紀のものまで、ヨーロッパ中の鉄工芸品を紹介。ル セック デ トゥルネル博物館 博物館・美術館・ギャラリー
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アイロンだと思います
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ランプ類
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綺麗な展示で思わず見とれました^^
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ありとあらゆる道具類が、丁寧に分類展示されています。
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元教会内の雰囲気
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秤と説明図
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この大理石に動物は?
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大工さんが使うものみたいに思いましたが・・
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時計は好きなので見入って・・
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さあ、帰ります。
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雨は結構、降り続いていますが・・向こうを見ると塔が見えます。
「サン・マクレール教会」だと思います。
15世紀から16世紀にかけて造られたとか・・
その向こう側に「Aitre Saint -Maclou」という墓地が有名のようでしたが、行けませんでした。
この街で最も知られた木造建築があるのは「サン・マクルー教会」のすぐ前に佇む民家だそうで、17世紀の建築で街で一番大きな靴屋として営業していた。 -
ナポレオン像らしい?
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「市庁舎」修道院の一部でかって修道士の宿舎であった建物だった。
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「サン・トゥアン教会・Abbatiale Saint-Ouen」
750年に建造されたノルマンディー地方では、かなり大きな力を持っていたベネディクト派の修道院。
ジャンヌダルクは、この修道院で自らの信仰を否定するよう強いられて、それを受け入れさせられてしまったようです。
その結果、彼女は宗教裁判で有罪となり、火刑に処されたという事らしいです。サン トゥアン教会 寺院・教会
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閉まっていました。
此処で観光客の方が入場出来ないか、電話で問い合わせしていましたが無理でした。
調べましたら「金・日」休み。10時~12時・14時~18時オープン。 -
イチオシ
「見事なファサード」
修道院内部は80ものステンドグラスが教会を彩る。
著名なフランスのオルガン製作者「アリスティド・カヴァエルコル」が、最後に手掛けたオルガンは必須のようですよ。 -
この窓のステンドグラスを見てみたかったです。
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この教会の横は公園になっているようです。
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雨が酷くて夫が疲れてきてしまって・・・大聖堂まで行けませんでした。
この辺りでタクシーと思ったのですが、生憎通りません。。 -
不明・・
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イチオシ
カフェかレストランへ入りましょうと、路地を彷徨いました^^;
雨などの被害から守るため、木の骨組みの表面をアルドワールズと呼ばれる板石で覆っているのが特徴だそうです。
アルザス地方の木組みも見た事がありますが、壁の造りが違う事がわかります。
多分、ノルマンディー地方は雨が多いから、この造りなんでしょうね~ -
素敵な木組みの家。
今回は雨が酷くなって、残念ながら木組みの家も沢山写せませんでした。 -
不明
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木組みの街並み。
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何処をどう歩いたか分かりませんが、カフェのある通りに出たのですが、食事が出来そうな感じかな~と、のぞき込んでいましたら、男性2人がお声掛けしてくださいました。
食事がしたいのですが・・と言いましたら「お勧めですよ」と、お店の名刺を出し「すぐ其処」と教えて下さいました。
少し前に日本に旅行してきたという事で、たぶんキョロキョロ探している日本人がいると、お声掛けくださったようでした。
夫が疲れ果てていたので、本当に助かりました。 -
今日は私が魚。。
この方向の方がアップで見れる為・・
フランスのプレートの飾りつけは、流石と思います。 -
夫は鴨肉。
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お腹も満たしたし、雨も上がったので「大聖堂」に行こうとしたら、夫はもう帰りたいという。。
え~~でしたが、雨に濡れて冷えてしまったようでしたので、断念しました。
目的地には先に行くべきでした(汗) -
で。。歩きだしたら見つけてしまいました(笑)
直ぐ横の広場の「ルーアン美術館」ルーアン美術館 博物館・美術館・ギャラリー
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大聖堂は諦めたけど「モネのルーアン大聖堂」の絵があると言って立ち寄ってもらいました。夫は途中で休んでいました^^;
1801年に皇帝ナポレオンの命によって作られた由緒正しき美術館で、今日フランスでも屈指の所蔵作品を誇ります。 -
枚数が多くなりますが、モネの絵を中心にくっつけました。
物凄く広くてビックリ・・それに無料なんです。
入り口で無料のロッカーに荷物を預ける方式でした。 -
入って直ぐの広い空間の絵画。
カラヴァッジオやルーベンスなど15世紀から20世紀の名だたる絵画、彫刻、装飾芸術が集められ、ロシア正教美術や20世紀美術の豊富なコレクションも特徴となっている。
モネに愛されたこの街の美術館は、パリをのぞけばフランスで最も印象派の作品が充実しているのだそうです。 -
コメントも写してきたのですが、暇を見て追記致します。
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彫像も数点、飾られていました。
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大きなパネル展示
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美術館横の雰囲気
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内部の展示・・ここも後日追記します。
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カラヴァッガス。
ミケランジェロ・メルシ、イル・カラヴァッジョはこう語った。
「キリストの鞭打ちコラムへ」 -
ピアノの弾き語りを聞きながら、まったり~~休憩。。
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チャールズ・ボーソン(メッツ又はヴィック・シュル・セイユ1609-パリ1667年)
「聖母被昇天」
{表面化には異物}
この小品は1640年頃に描かれたとみられ極めて謎めいた作品です。縁が酷く損傷した支持身体は、重ね合わせたスレート板で作られており、小さな楕円形の空洞には、この作品にはほとんど使われていなかったと思われる素材、アべンチュリンガラスがつめられいます。
絵からは、そのからは、その斑点模様や空洞に固定するために使われた接着剤、又はモルタルが確認できます。このタイプのガラスは1626年に初めて言及され、ムラーノ島で一時期製造されていましたが、その製造は長きによって解明されていません。(上部のみ翻訳) -
「クラウディウス・ジャカン」リヨン1803-パリ1878。
説明分は翻訳機です「ジャンヌダルク」
イギリス軍の捕虜となった彼女は、戦闘後ルクセンブルク伯爵の監視下.ラーヴェンの監獄に移送された。 -
アレクサンダー・エヴェレスト・フラゴナール。
「火葬場の上のジャンヌダルク・1822年頃」 -
ジョージ・ウイリアム・ジョイ(ダブリン1844年―ダブリン1925年)
「ジャンヌ・ダルクの眠り1895年」
ジャンヌは眠りに落ち、両手は祈りのしぐさを形作っている。
彼女の足元には、ぼんやりと神秘的な光輪をまとった天使が、休息する戦士を見守り、翼で彼女を包み込んでいる。
この神秘的な幻影は、現実世界を霊的な世界へ導く。
ジョージ・ウイリアムは特定のエピソードに言及せず、いかなる物語も排除し、ジャンヌの姿に焦点を当てている。
途中までの翻訳です。。ご興味のある方は続きをどうぞ。。 -
イシドール・パトロワ(ノワイエ1815-1844年パリ)
「処刑に向かうジャンヌ・ダルク、ルーアン1867年) -
ポール・ドラロッシュ(イポリットとして知られる)1797年パリ―1856年パリ。
「病に伏したジァンヌ・ダルクが牢獄でウィンチェスター枢機卿に尋問にされる1824年」
ウィンチェスターの枢機卿ヘンリー・ボーフォードによるジャンヌ・ダルクの尋問は、いかなる史料にも基づいていない。
画家ポール・ドラロッシュは、ボーヴェ司教ピエール・コクションの代わりに、この判事を使用したことで、イングランド人の役割を際立たせようとしたに違いない。
血のようなに赤い法衣をまとい、恐ろしい眼差し向ける高位聖職者は、画面の片隅に追いやられた独房の中で、疲れ切った表情の素朴な羊飼いの娘と対峙する。
ヒロインは華麗さを欠いている。
壮大さとは、もはやポーズを取る事ではなく、自らの運命を受け入れることであるからだ。彼女は神の信仰にのみ支えられている。
1824年のサロンに出品されたこの作品は、特に評価を得た。
悲劇的な運命が生み出す感情を描こうとした、ロマン派の偉大な作品の道をひらいたのである。 -
レオン=フランソワ・ベヌーヴェル(1821年パリ―1859年パリ)
「彼女の声を聞くジャンヌ・ダルク、1859年」 -
大好きな時計のコレクションもありました。
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彫像も沢山ありました。
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イチオシ
この美術館で気に入った作品です。
フランソワ・ロージュ氏を希望(マロム1823年―1896年パリ)
「野原の女性たち・18882年」 -
この絵画も好き。
チャールズ・チャップリン(レ・ザンデリ1825年―パリ1891年)
「ロトゲーム・1865年」
1865年から国庫納入品でルーアンに移管された。
チャップリンは18世紀後半のフランス絵画に着想得た図像を通して、子供時代の喜びを描き出し、当時の社会的な制約を明らかにしています。
少女たちの世界は、まさに家庭という空間に限られています。
キリスト教的な解釈では、遊びは時間の浪費と、悪魔の誘惑と結び付けられています。
しかし、彼女たちは神の保護下におかれています。
壁にピンでとめられたと思われる聖母子像、その背後に挟まれたツゲの小枝、そしてゲームテーブルの引き出しから目立つように出ているロザリオなどが、このことを物語っています(自動翻訳) -
ウィリアム・パロット(アヴェリー1813-チルトン1869)
「ルーアンの景色・サンローラン教会」「大時計とアレトゥ―サの噴水」「大聖堂の後陣」 -
ピエール=オーギュスト・ルノワール(1861年―1919年CAOMS)
「鏡を持つ女性」 -
クロード・モネ(1840年パリ―1926年ジヴェルニー)
「14歳のブランシュ・オシュデの肖像・1879年から1880年頃」
ブランシュ・オシュデ=モネの国家遺贈、1848年国庫寄託、1952年。 -
クロード・モネ(1840年パリ―ジヴェルニー1926年)
「シャンテルスルの高台から眺めるセーヌ川」 -
クロード・モネ。
「ヴェトゥイユの近郊の丘」 -
クロード・モネ
「ヴェトゥイユ村」 -
イチオシ
クロード・モネ。
「ルーアンの全景・1892年」
オデット・アンコート夫人の遺贈、F.R.A.M.および国立遺産基金の協力により1995年に購入 -
クロード・モネ。
「ヴェトゥイユのセーヌ川、1879年」
MNR250 ・第2次世界大戦の終わりに回収された作品で、1954年に国からルーアン美術館に譲渡されました。出所が判明しており、略奪された作品ではありません。
以下、その経緯の説明が書かれています。 -
メアリー・フェアチャイルド・マック(ニューヘブン1858年―NY1946 年)
「バラとユリ・1897年」
米国ミズーリ州の7セントルイス美術学校で絵画を学び、女性によるデッサンの機会を訴えました。奨学金を得て1885~1888年にかけて、パリのアカデミージュリアンで学びました。(途中略します)
1890年以降夫の彫刻家と共に、ジヴェルニーを頻繁に訪れ、1886年以来設立されていたアメリカ人芸術家コロニーと交流を深めた。
1909年に離婚後、米国に戻り画業を続けました(以下。略) -
印象派を代表する画家・カミーユ・ピサロ(セント・トーマス1830-パリ1903)
「チュイルリー庭園、雪の効果」
「ルーアンのホワエルディュ―橋、日没、霧」もあるようでしたが、私はこの1枚のみ見つけただけ・・ -
クロード・モネ。
「シヴェルニー近郊のケシ畑・1885年」
NNR639.第2次世界大戦の終わりに回収された作品。正当な所有者への返還を持って、1954年に国によってルーアン美術館に寄託された。
この絵画の来歴は、1889年から1949年まで不明です。
1949年、バイエルンで「オットー組織」の隠し場所から再発見された。
パリのSS将校ヘルマン・ブランドルが率いた、この組織はルーアンに保管された歌クロード・モネの「キジのいる静物画」(MNR637)を、ドイツへ移送した張本人でもあります。 -
イチオシ
拡大で・・
「続きの翻訳」
占領下、この略奪活動は、特にパリの裏社会を通じて闇市場で大量の絵画を購入し、美術館の来歴の秘密保持を行いました。
更なる調査により、この絵画が占領下で非常に活発に活動していた、パリの画商「ラファエル・ジェラールとアルフレッド・ダバー」の手に渡ったという仮説が裏付けられる可能性があります。
この作品の正当な所有者を特定するのに役立つ情報をお持ちの方は、美術館の管理者にご連絡下さい。 -
クロード・モネ(パリ1840-ジヴェルニー1926)
「ルーアン大聖堂の入り口、灰色の天気・1892年」
1820年から1893年にかけて、モネはルーアン大聖堂の西門を、変化する光の下で眺める様子を描いた28点の連作を制作しました。
そのうち20点はジヴェルニーで完成し、1894年の日付がつけられ、翌年デュラン=リュエル美術館で展示されました。
この作品はドガ・セザンヌ・ピサロ・ルノワールらの感嘆を呼び起こし、クレマンソーに熱烈論考を執筆させるきっかけを与えました。 -
モネの絵画スペース・
「上の続きの翻訳」
この風景は、グラン・ポン通り81番地にあったモーキ雑貨店から描かれました。
霧のベールから姿を現す建物は、グレーとブルーのモノクロームで描かれ、、時計の文字盤のオレンジ色のアクセントだけが、温かみを添えています。
1892年3月、モネは妻に宛てた手紙に中で、炭鉱夫が大聖堂の依頼を一つ、自分の依頼を一つ、そしてルーアン美術館の依頼を一つ、最初にリストアップしてほしいと依頼してきたと伝えています。
これは、モネの作品を綿密に追跡し、ルーアンでの活動における物流上の困難を海象しようと、尽力していたフランソワ・ドボーの事をさしています。
1894年タマトゥ―ルがこの連作の最初の購入者となりましたが、美術館への作品購入が具体的におこなっていまん。 -
イチオシ
曇り空に描かれた「ルーアン大聖堂」見学に行けませんでしたので、ここで記録。
街のシンボルと言えるノートルダム大聖堂の歴史は4世紀に遡ることが出来、最初期の建物は841年にヴァイキングによる攻撃を受けて、大きく破壊された。
現在の建物は12世紀初頭に再建され以後、改築を繰り返し姿を変えたもので、700年以上にも及ぶ、ゴシック建築の変革を垣間見れる。
現存する古い建物は、北側にある12世紀の「サン・ロマンの塔』で「ジャンヌ・ダルク」と名付けられたフランスの大聖堂としては、最も重い鐘(9,6トン)を備えている。
また、15世紀のステンドグラス・19世紀に備え付け加えられた尖塔はの高さは、151メートルにも及び、フランスで最も高い教会としても知られている。 -
クロード・モネ。
「道路、雪の効果、日没・1869年」
MRN1002 ・正当な所有者への返還を持って、1995年に国によってルーアン美術館に寄託されました。
以下は省略。 -
クロード・モネ。
「サン・ドニ通り、1878年6月30日の祝賀」
フランソワ・デポーの寄贈、1909年1月34日。
この都市風景は、1878年6月30日に開催された万国博覧会を記念した「平和と労働の祭典」を描いています、1870年の敗北とコミューンのトラウマのあと、この祭典は国の復興と、長らく脅かされていた共和国の確立を祝う機会となりました。
わずか数時間で制作されたこの作品では、旗と群衆が多数の断片的な筆致で表現されています。この技法によって形態が溶解され、通りの向こうに掲げられた「Vive la France/フランス万歳」の横断幕の青い文字が宙に浮かんでいるかのようです。
最後の文章は未翻訳。 -
クロード・モネ。
「ポール・ヴィレのセーヌ川・1894年」
(フランソワ・デポーによる寄贈) -
ブラッシュ・オシュデ=モネ(パリ1865-ニース1947)
「水辺のポプラ木々」
(フランソワ・デポールによる寄贈・1909)
エルネスト・オシュデとアリス・オシュデの娘である。
1892年に母が長年交際していた画家・クロードモネと結婚したことで、モネの継娘となりました。
ブランシュは継父の唯一の弟子であり、屋外での制作に同行しました。
1897年、彼女は画家の長男ジャン・モネと結婚しました。
二人はルーアンに定住し、ブラッシュはそこで何度か作品を発表しました。
1914年に夫が亡くなった後、彼女は継父のもとに移り住み、モネの死後ジヴェールの庭園の保存に尽力を尽くしました。
「印象派にはベルト・モリゾ、マリー・カサット、エヴァ・ゴンザレス、マリー・ブラックモンといった、注目すべき女性画家がいたが、ブラッシュ・オデュデ=モネは印象派に関わった数少ない一人で、ルーアン美術館には、後者の作品もいくつか所蔵している。 -
イチオシ
アルフレッド・シスレー(1839年パリーシュ―ル・ロワン1899)
「モレ教会、凍えるような天気・1893年」
フランソワ・デポーにより寄贈・1909年1月47日」
1889年11月、シスレーはモレ=シュル=ロワン(セーヌ=エ=マルヌ県)に永住の地を定めた。村のゴシック様式の教会が、彼の家の荷をを見下ろしている。
1893年から1894年にかけてシスレーは、この建造物のあらゆるバリエーションを描いた14点のキャンバス制作した。
この連作は、モネの「積みわらとポプラ」シリーズ、そして同じく中世の建造物の題材とした「大聖堂」シリーズの呼応と言えるだろう。
二人の画家は共に即時性の表現を重視していたが、それぞれ異なるアプローチをとった。モネが光の中の建造物を溶け込ませるのに対し、シスレーはその重厚な存在感を強調した(自動翻訳) -
アルフレッド・シスレー。
「ウェールズの海岸・1897年」 -
アルフレッド・シスレー
「ウェールズ、レディース・コア」 -
アルフレッド・シスレー
「曲がりくねった道、セーヌ川の眺め」 -
アルフレッド・シスレー。
「太陽に昇る道・1893年」
(フランソワ・デポーによる寄贈) -
アンリ・オットマン(ANCENIS・1877 -VERNON 1927)
アンリ・オットマンは1903年、ブリュッセルのサロン・ド・リブレ・エステティックに初出展しました。数年後に再作されたこの作品で、画家は印象派が大切していた幾つかのテーマを、再び取り上げています。
それは、愛するもの―画家の妻ーの肖像画であると同時に、家庭生活の喜びを称える風俗画でもあるのです。
幅広で不連続な筆致と、ドレスとテーブルクロスの青と緑の影を特徴とする、この作品は間接照明による室内風景と、太陽が降り注ぐ屋外風景のコントラストを巧みに表現した、印象派の画家たちの足跡を辿っています。
以下、続きの文章翻訳は割愛。 -
ジャック・ヴィヨン(ダンヴィル1875-ピュトー1963)
「レイモン・デュシャン=ヴィヨンと彼の妻がバックギャモンをしている」
☆「バックギャモンとは」知らなかったので調べました。
2人で遊ぶボードゲームの一種で「西洋すごろく」とも呼ばれます。
盤上に配置された双方の15個の駒を、どちらが先に全てゴールさせることが出来るかを競う。
世界最古のボードゲームとされるテーブルズの一種である。
日本には飛鳥時代に伝来し、雙六の名で流行したが、賭博として遊ばれたため、朝廷に禁止されている(ウィキペディア調べ) -
アメデオ・モディリアーニ(リヴォル1884-パリ1920)
「窓の前に立つポール・アレクサンドル・1913年」
(ブレーズ・アレクサンドルとフィリップス・アレクサンドル夫妻から寄贈1988)
1906年にイタリアからパリに到着したアメデオ・モディリアーニは、翌年ポール・アレクサンドル(1881ー1968)と出会いました。
1909-1913年にかけて、画家は友人であり主要なパトロンでもあった、この若き医師の肖像画を5点制作。この作品は連作の最後を飾る作品です。
この作品には彼独特の作風のエッセンスが凝縮されています。
細長い顔と、首、瞳孔のなさ、洗練された鼻などです。
この幾何学的な作風は、ガボンのファン族の仮面から着想を得ています。
モディリアーニとポール・アレクサンドルは、アフリカ美術への共通の関心を持っていました。友人が収集したコートジボワールのバウレ地方の美術品も、モディリアーニの多くの作品に影響を与えました。 -
アメデオ・モディリアーニ(ラヴ―ヌル1884-パリ1920)
「十字架の前の聖ヨハネ・アレクサンダー」 -
アメデオ・モディリアーニ
「横顔の女性の顔」
珍しいアングルだったので写しました。 -
フランティシュク・クプカ(オポカンド・ボヘミア1871-ピュトー1957)
「赤のジゴレット」
この方は知りませんでしたが、オレンジ好きなので1枚写しました。 -
ルーアン美術館「10時から18時・無料」
夫が疲れ切っていたので、大急ぎの鑑賞で幅広い収蔵絵画の為、鑑賞時間が足りませんでしたが、楽しませて頂きました。
美術館内部も素晴らしかったです。
まだ、写してきたのですが、いつの日か編集出来たらと思っています。 -
ルーアン駅。立派で歴史を感じます。
ルーアン リヴ ドロワ駅 駅
-
隣接する時計塔も素敵です。
-
17時33分の列車でパリのサンラザール駅に向かいます。
-
サンラザール駅到着・19時04分。
サン ラザール駅 駅
-
こんな素敵な渡り廊下があるんだ~と、見上げました。
-
ホテル到着。疲れました~~
今まで天気に恵まれすぎていて、夫も私も上着を薄手しか持って行かなかったのが失敗でした。夫は珍しく寒い寒いと・・
やっぱり、ノルマンディー方面に行くには、用心をしてユニクロダウンを持っていけばよかったです。翌日から夫は熱が出始めて・・ダウン。
下は朝食会場(朝食は付けていないので、分かりません)ホテル ロイヤル オペラ ホテル
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この旅行記へのコメント (6)
-
- ポテのお散歩さん 2025/11/28 23:13:02
- ノルマンディー
- rinnmamaさん こんばんは!
ノルマンディーってお天気が変わりやすいんですね。
海外では1204年頃の建物も こうして残っているって凄いですね。
歴史上の人物に因む建物を見て、思いを馳せる事が出来るんですから
少しだけでも過去に近づいた気持ちになります。
アルザス地方の木組みは、ドイツで見る木組みに近かったですが
ノルマンディーの木組みは、組まれている木の柱が多いなと感じます。
そして窓に花が飾られてないですね(^^)
でもアルザス地方よりも都会的な感じがします。
旅行中、雨が降ると辛いですね。
気温が下がると より辛くなりますが、
温かい食べ物を食べると、心も体も落ち着きますね。
モネの絵も見る事が出来て、無料♪
そしてお写真も撮って良いなんて、日本と違いますね。
ご主人様、熱を出されたそうで大変でしたね。
旅は少しでも荷物を軽くしたいですが、気温の変化は困りものです。
そう思って、傘や上着を持って行っては 使わず無駄に終わって
重い思いをよくするのですが。。。ホント、荷物は難しいです(*^-^*)
ポテ
- rinnmamaさん からの返信 2025/12/01 21:37:44
- RE: ノルマンディー
- ポテさん こんばんは
京都の紅葉も終わりでしょうか?
息子から孫を見ながら、紅葉狩りに出かけようか?と誘われたのですが、インバウント+日本人の観光客の混雑を思ったら、行きたくないな~と思ってしまって、孫には会いたいけどと断りました。ポテさんは何処か紅葉狩りにお出かけされましたか?
>
> ノルマンディーってお天気が変わりやすいんですね。
> 海外では1204年頃の建物も こうして残っているって凄いですね。
> 歴史上の人物に因む建物を見て、思いを馳せる事が出来るんですから
> 少しだけでも過去に近づいた気持ちになります。
☆以前、エロルタに出かけた時も、不安定な天候でしたし・・
欧州旅の楽しみは歴史上の建物が、住宅地の街並みに溶け込んで、悠久の雰囲気を楽しめる事ですね。
日本は木造という事もありますが、建て替えが始まると新興住宅地化してしまいますものね。
> アルザス地方の木組みは、ドイツで見る木組みに近かったですがノルマンディーの木組みは、組まれている木の柱が多いなと感じます。
> そして窓に花が飾られてないですね(^^)
> でもアルザス地方よりも都会的な感じがします。
☆アルザス地方の木組みの空間は広めかも・・それと、漆喰の様だったと思います。
ノルマンディーの木組みとの違いを知らなかったので、じっくり見てこなかったのですが、写真をみると石がはめ込まれていて、その石の大きさによって木を組んでいる感じですね。木組みってどこも同じと思っていましたので、気候で違う事を知り勉強になりました。
> 旅行中、雨が降ると辛いですね。
> 気温が下がると より辛くなりますが、 温かい食べ物を食べると、心も体も落ち着きますね。
☆この旅行中で雨はこの時のみでした。
初めは曇天だったので、先に大聖堂に行けばよかったと反省中です。
お腹がすくと寒さも身に沁みますね^^;
>
> モネの絵も見る事が出来て、無料♪
> そしてお写真も撮って良いなんて、日本と違いますね。
☆以前は海外も写真不可でしたが、今はほとんどの美術館はフラッシュ無しなら、撮影可能ですので、記念に写せて有難いですね。
それと、ここは無料ですから(^^)余談ですが、ルーブルは来年1月から45パーセントアップされ、約6000円になるそうです。
まあ、あの広さの収蔵品の維持だけでも大変ですものね!
> ご主人様、熱を出されたそうで大変でしたね。
> 旅は少しでも荷物を軽くしたいですが、気温の変化は困りものです。
> そう思って、傘や上着を持って行っては 使わず無駄に終わって
> 重い思いをよくするのですが。。。ホント、荷物は難しいです(*^-^*)
☆遠出の時は傘と上着は持っていくのですが、いつも寒がらない夫が寒いというので、いやな予感が^^;疲れがたまってきたようで、翌日から熱が出始めてしまいました。
初パリの予定も狂いだしましたが・・あと少しパリの街歩きに続きます。
インフルエンザも猛威を振るいだしましたので、お気をつけて下さいね。
有難うございました。
rinnmama
-
- aoitomoさん 2025/11/28 22:34:51
- ジャンヌ・ダルクに思いを馳せるルーアン見所いっぱいですね~
- rinnmamaさん こんばんは~
ルーアンも見所いっぱいで、4時間では全然足らないですよね。
一方で雨では歩くのも大変でハードな観光であったと思います。
『ジャンヌ・ダルクの塔』から『ルーアン大聖堂』までは徒歩1キロですが、
古い教会や石畳の坂道、興味をそそる博物館に、東にある『サン・トゥアン教会』など
十分に楽しめていると思います。
『ルーアン大聖堂』が観光の優先順位の高ければ、先に『ルーアン大聖堂』に訪れて
引き返しながら、ルーアン散策をすれば良かったようにも思います。
しかし『ルーアンらしさ』を肌で感じながら街を歩くことも大切ですから、
それを直感で楽しまれている歩き方も大切ですしrinnmamaさんらしい旅の醍醐味だと思います。
ご主人も疲労と寒さで大変でしたが、ぎりぎりまでrinnmamaさんに
付き合ってくれていたのだと思いますよ。
最後に急ぎ足とはいえ『ルーアン美術館』をしっかり楽しめたのも収穫です。
また、美術館編も期待してます。
aoitomo
- rinnmamaさん からの返信 2025/11/30 18:05:13
- RE: ジャンヌ・ダルクに思いを馳せるルーアン見所いっぱいですね~
- aoitomoさん こんばんは
何時も有難うございます。
寒くなって歩いて買い物に行く気力が減退して、体力低下を気にしているのですが、知人に会って立ち話をしていたら、彼女はコロナ禍くらいからジム通いし始めて、ほぼ毎日歩いて行っているというのでビックリ!それで、夫と1週間の無料体験に行こうな~と検討中。aoitomoさんの様も続けていらっしゃいますよね~凄いです。。
>
> ルーアンも見所いっぱいで、4時間では全然足らないですよね。
> 一方で雨では歩くのも大変でハードな観光であったと思います。
☆4時間は短いと思って大聖堂のみと思って行ったのに、見れなかったとは(苦笑)
初めはルーアンに1泊予定だったのですが、翌日が日曜日で美術館無料日だったので、無料に負けて日帰りに・・ここで雨は想定外でした(^^;
>
> 『ジャンヌ・ダルクの塔』から『ルーアン大聖堂』までは徒歩1キロですが、
> 古い教会や石畳の坂道、興味をそそる博物館に、東にある『サン・トゥアン教会』など
> 十分に楽しめていると思います。
☆木組みの家を見つけてしまったのも、失敗でした。
>
> 『ルーアン大聖堂』が観光の優先順位の高ければ、先に『ルーアン大聖堂』に訪れて
> 引き返しながら、ルーアン散策をすれば良かったようにも思います。
☆そうなんです。大聖堂を見てから市内を散策すべきでした。
ジャンヌダルクの塔は、駅の近くなので帰りで十分だった。ただ、大聖堂で時間を使いすぎて、美術館へ立ち寄る時間は無かったかも・・・
>
> しかし『ルーアンらしさ』を肌で感じながら街を歩くことも大切ですから、
> それを直感で楽しまれている歩き方も大切ですしrinnmamaさんらしい旅の醍醐味だと思います。
☆この年になっても思い込んで見入ってしまうと、プラン通りに行かなくなってしまって・・来年、孫とフランスに行くのですが、サッカーチケットが手に入らなかったら、ルーアンへ再訪しようと考えています。その時はノンビリと(笑)
>
> ご主人も疲労と寒さで大変でしたが、ぎりぎりまでrinnmamaさんに 付き合ってくれていたのだと思いますよ。
☆1日の歩数を見てビックリでした。モネの庭でも歩いてので総歩数が2万歩でしたので。夫はお腹が空いていたのも我慢してくれたので、後悔しました。
ルーアンの日程を最後日にすれば良かったと、このプランニングは失敗でした。
>
> 最後に急ぎ足とはいえ『ルーアン美術館』をしっかり楽しめたのも収穫です。
> また、美術館編も期待してます。
☆美術館は思いがけず素晴らしかったので、最低限の絵画を鑑賞出来て良かったです。
この後に、パリの美術館巡りなので、いつになるか分かりませんが編集出来たらと思います。
余談ですが昨日、なでしこで谷川萌々子選手が先制点を入れてくれましたし、バイエルン2029年まで契約延長になりました(^;^)夫が大喜びです。
rinnmama
-
- norisaさん 2025/11/28 05:43:38
- ジャンヌダルクの終焉の地
- rinnmamaさん
おはようございます。
いよいよルーアンですね。
ここは何かと有名です。
ジャンヌダルクの終焉の地としても歴史に名を残していますね。
しかし、二十歳にもいかない娘さんが何で歴史上最も有名な戦士になれたのか?
これは未だに分からない史実ですーー。
さて、雨模様の中街歩きを楽しまれましたね。
最初の寺院もさすがの貫禄です。
しかし、旦那様が疲れて大聖堂に行けなかったのは誤算でしたね。
旅は誤算がつきものですがーー。
一方偶然?発見された美術館は素晴らしいですね!
モネやシスレーなど私も好きな画家の秀作が満載のご様子。
ここは行ってみたいものです。
これからパリですね。
次回も楽しみにしています!
norisa
- rinnmamaさん からの返信 2025/11/29 12:10:22
- RE: ジャンヌダルクの終焉の地
- norisaさん おはようございます。
先日、名古屋城近くに行ったので、久しぶりに名古屋城内を散策(新市長様が外回りの城内を無料入場にして下さったから)紅葉も終わり掛けでしたが、海外の方も結構いらしていました。
>
> ここは何かと有名です。
> ジャンヌダルクの終焉の地としても歴史に名を残していますね。
> しかし、二十歳にもいかない娘さんが何で歴史上最も有名な戦士になれたのか?
> これは未だに分からない史実ですーー。
☆旅行記には書きませんでしたが、火あぶりで灰になるまで焼き尽くされ、セーヌ川に流されたので、お墓は無いようですね。
ウィキペディアで生涯を検索しても、何処までわかっているのか?という感じですが、ジャンヌの存在は神格化されるほどの存在だったのでしょうか?
>
> さて、雨模様の中街歩きを楽しまれましたね。
> 最初の寺院もさすがの貫禄です。
> しかし、旦那様が疲れて大聖堂に行けなかったのは誤算でしたね。
> 旅は誤算がつきものですがーー。
☆ルーアンは教会の多い街で有名のようですね。
何処で鐘の音が鳴る街・・それとどの道を歩いても木組みの家があり、散策も楽しまったですが、雨。。
到着時には雨では無かったので、大聖堂に行くべきでした(汗)
モネの庭も歩き通しで、私の歩調にはついてこれない夫でした。
それと、昼食は列車で簡単なサンドのみでしたので、エネルギー切れでしたね。
(私は食べなくても慣れて平気なんですが・・・^^;)
> 一方偶然?発見された美術館は素晴らしいですね!
> モネやシスレーなど私も好きな画家の秀作が満載のご様子。
> ここは行ってみたいものです。
☆お腹も満たされた夫が少し復活したので、いざ大聖堂と意気込んだのですが、もう気力がない模様を見て、駅へ向かう途中で美術館を見つけられてラッキーでした。
大聖堂・大聖堂の頭の中で、美術館の存在が薄れていたから・・
一応、調べており立ち寄りたかったので、最後のチャンスでした(笑)
夫は大聖堂の絵画を見たら、まったり休んでもらって、私は大急ぎで鑑賞^^
ただ、ものすごい広く迷路のように部屋があって、年代別の絵画も凄い数。
norisaさんにお勧めの美術館です。ルーアンも素敵な街ですし・・
次からまた定番の初パリの夫のお付き合いでして、以前の旅行記の再来編になりますが、お付き合いをお願いいたします。
書き込み有難うございました。
rinnmama
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