2025/02/01 - 2025/02/02
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2025/02/01
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2025年1月-2月に行った地中海周遊旅行の旅行記です。
2025年1月27日-2月13日の18日間で、地中海に面する北アフリカ諸国(エジプト、リビア、チュニジア)と、マルタ及びイタリア(ローマ)の5か国を巡りました。初の北アフリカ旅行でしたが、予想以上に良い国ですっかりハマったので、次は行ってない内陸部含め再訪したいと感じました。
旅程は以下の通りです。
1月27日(月) 往路(羽田発)
1月28日(火)-2月1日(土)
エジプト旅行(4泊5日)
訪問都市:
カイロ→アレクサンドリア(泊)
→エル・アラメイン→アレクサンドリア(泊)
→カイロ(泊)→ギザ→カイロ(泊)
2月1日(土)-2月5日(水)
リビア旅行(4泊5日)
訪問都市:
トリポリ(泊)→サブラータ→スルマン
→トリポリ(泊)→クサール・ハッジ
→ジャードゥ→タルメイサ→ガリヤン
→トリポリ(泊)→ホムス
→レプティス・マグナ→トリポリ(泊)
2月5日(水)-2月9日(日)
チュニジア旅行(4泊5日)
訪問都市:
チュニス→カルタゴ
→シディ・ブ・サイド→チュニス(泊)
→エル・ジェム→スース(泊)→チュニス(泊)
→ジャンドゥーバ→ブラ・レジア
→ドゥッガ→テブルスーク→チュニス(泊)
2月9日(日)-2月12日(水)
マルタ旅行(3泊4日)
訪問都市:
ルア→ヴァレッタ→スリーマ(泊)
→イムディーナ→ラバト
→ヴィットリオーザ→スリーマ(泊)→ルア(泊)
2月12日(木)-2月13日(金)
ローマ旅行(日帰り)・往路(羽田着)
!!!
※旅行記執筆時点の2025年11月時点では、外務省の海外安全ホームページにて、リビア全土に「レベル3:渡航は止めてください。(渡航中止勧告)」もしくは「レベル4:退避してください。渡航は止めてください。(退避勧告)」の勧告が出ています。リビア渡航をされても責任は負いかねますので、ご自身の責任でお願い致します。リビアは状況の変化が激しい国ですので、必ずご自身で情報収集をするようにしてください。
!!!
今回よりエジプトからリビアへと舞台が変わります。2011年以前は「ジャマーヒリーヤ体制」と呼ばれる独裁国家ながら、安定した国家として観光業も発達していたリビア。2011年のアラブの春を発端として発生した第一次内戦によるカッザーフィ政権の崩壊。そして、その後2014年から始まった第二次内戦。2020年に内戦は終結し、その後統一政府が発足しましたが、徐々に安定の方向に向かっているものの、未だ混乱が続いています。とはいえ、リビア政府自体も観光業を復活させたいようで、外国人旅行者向けのeVISAが開始され、この状況にも拘わらず外国人旅行者が戻りつつあります。
リビアでの外国人旅行者による旅行は、カッザーフィ政権時代から変わらず、ガイドと観光警察が同行するツアーでなくてはなりません。つまり、自由旅行はカッザーフィ政権時代から出来ない国なのです。それは変わらないようで...
というわけで、旅行会社に依頼してプライベートツアーを企画して貰い、リビア渡航を実現しました。リビアの玄関口となるトリポリ・ミティガ空港は周辺国からのフライトも多く、周遊旅行を組みやすいという点も助かりました。
リビア旅行の初日は、リビアを代表する世界遺産の一つであるサブラータの都市遺跡へ。航空便が遅延するというトラブルがありましたが、無事に入国出来てサブラータ遺跡を満喫することが出来ました。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 5.0
- グルメ
- 5.0
- ショッピング
- 4.5
- 交通
- 4.0
- 同行者
- 一人旅
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- レンタカー 徒歩 飛行機
- 航空会社
- エジプト航空
- 旅行の手配内容
- 個別手配
-
2025年2月1日(土)
カイロ発のエジプト航空はトリポリ・ミティガ空港に10:07着。
この日、トリポリ近郊は霧?靄がかかっていて景色があまり見えなかったのが残念でした。「謎の国」リビアを旅するにあたり、トリポリ空港は軍用機や軍用車も多く見えましたが、軍民兼用のため撮影は止めておきました。
トリポリ・ミティガ空港は元々使われていたトリポリ国際空港が内戦での被害によって使用出来なくなったため、新たな国際空港として運用されている空港。元々は1923年のイタリア植民地時代に造られた伊空軍の「メッラーア航空基地」でした。空港としては小規模で、こぢんまりとしています。
遅延の影響で結局空港への到着は11時過ぎになってしまいました。
空港では外国人入国の列に並び、入国カードはないけど外国人向けの入国審査には時間が掛かります。地球の歩き方に載っていたパスポートのアラビア語併記は必要ありませんが、入国にはビザが必須なので事前に大使館での領事ビザを申請するか、eVISAを申請します。eVISAの方が楽です。
というわけで無事入国し、ガイドと観光警察の2人と合流。列並んでる時腹痛だったので、早速空港のトイレを利用。空港のトイレもペーパーが無くてシャワーだけだったので、外国人はリビアの洗礼を味わいました。
空港でSIMカードが買える他、国内でも普通に制限なくネット使えます。ミチガ空港 (MJI) 空港
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空港を出て早速貸切車に乗ってサブラータ遺跡見学へと向かいます。
向かう道中でお店に寄って飲み物とおやつを購入。到着が遅くなって小腹が減ったのでこれで空腹を紛らわします。ガイドに良い天気で良かったね~と言われましたが、普通に靄ってるけどこれが良い天気なのか...?
んでもって、冬のリビアは意外と寒い!
ハイウェイで見る限りはトリポリと近郊の町では内戦の傷跡は最早感じられず、復興と活気を感じます。警察や軍は多く、たまに検問所がありますが、沿岸エリアでは特にチェックとかはされませんでした。途中のザーウィヤで大渋滞にハマりました。地中海沿岸はどこまでも町が続いている感じで、リビアはこのあたりに人口が集中しているのがわかります。
道中、ガイドと色々話をしましたが、リビアは旧イタリア植民地ですが、イタリア語は通じないようです。ガイドも喋れませんでした。ただ、お年寄りのリビア人と英語で話したりすると、イタリア訛りがあるのかNorthとNordとうっかり言ってしまったりとかがあるようです。ミチガ空港 (MJI) 空港
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そんなこんなでリビア1日目の目的地、サブラータに到着!
こちらはチケット売り場ですが、ツアー代金に含まれているので、チケット代は払わず。駐車場近くには出店が出ていますが、地元民向けな感じのモンしか売っておらず、サブラータ遺跡らしい土産はありませんでした。レプティス・マグナはチケット売り場周辺に土産物店が並んでいるので対照的な感じ。あと、一応ちょっとした飯屋もあります。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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遠くにローマ劇場が見えます。
サブラータではベテランおじいちゃんの専属ガイドが付いて案内してくれます。遺跡専門に特化したガイドが案内してくれるのは嬉しい!ユーモアに交えた面白い解説でとってもサブラータ観光が楽しめました。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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サブラータ遺跡は世界遺産に登録されています。
なので、入り口には世界遺産のモニュメントが。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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向こうには地中海が見えます。
晴れてほしかったなぁ~サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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奥に見えるのはサブラータ遺跡に付属するローマ博物館。
別途入場料がいるようですが、現在は閉館中です。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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サブラータ遺跡はトリポリから西に67kmにある都市遺跡。
紀元前12世紀頃からフェニキア人が築いた町。紀元前517年には現在のチュニジアに位置するカルタゴの衛星都市となり、サハラ以南との交易の中継地点として栄えました。カルタゴ滅亡後はローマ支配下となり、周辺は「ローマの穀倉地帯」となり、古代ローマらしい都市になってきました。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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このあたりは住居地区。
サブラータが栄えたのはアントニヌス・ピウス帝、マルクス・アウレリウス・アントニヌス帝、ルキウス・ウェルス帝、コンモドゥス帝、セプティミウス・セウェルス帝の5人の皇帝の時代でした。その後は栄光も陰りはじめ、365年には地中海沿岸を襲った大地震を契機に大きく衰退していきました。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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やはり砂漠地帯ということもあるためか、遺跡のあちこちに当時のモザイク画が保存状態良く残っています。特に保存状態の良いモザイクは博物館に移送されて保管されているそうですが、野ざらし状態のモザイクも非常に保存状態が良いです。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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サブラータ遺跡、てっきり誰もいない感じかと思っていましたが、地元の人たちの憩いの場というか公園的な感じになってました。地域に愛される世界遺産って良いですよね。外国人旅行者っぽいのは自分一人。とはいえ、ほとんどの人は劇場近くや神殿のほうに集中している感じで、他のエリアは人がほぼおらず独り占め出来る感じです。東洋人は珍しいらしく、リビア人の女の子が日本語で話しかけてくれたりもしました。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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サブラータ遺跡の「ベスの塔」。
塔の周辺はサブラータ遺跡で唯一フェニキア時代から手付かずとされている一帯が広がっており、三角形の塔は各面に古代エジプトの神ベス、人々、ヘラクレスが彫られています。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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ベスの塔を別の角度から。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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古代の街道。西はカルタゴ、東はレプティス・マグナ、南はサハラ砂漠に道が続いていたとのこと。まさに交易都市らしい立地です。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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彫刻も美しく残っています。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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こちらがフラウィウス・ティルスの噴水。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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フラウィウス・ティルスの噴水は、カルドの広場正面に位置する噴水。
サブラータの市民フラウィウス・ティルスの名を冠しており、水路建設に力を尽くした人物として名が残っています。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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カルドの広場。
カルドとは碁盤の目状に道路を配置したローマの新設植民都市において多く採用された十字に直交する幹線道路のこと。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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このあたりは南のフォーラム神殿。
列柱に囲まれ、大理石やモザイクタイルが敷かれた広場があります。2世紀に建てられた南のフォーラム神殿は西側の神殿部分は長方形の堀として残っています。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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列柱はイタリア産の雲母大理石が使われました。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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あちらに見えるのがアントニヌス神殿。
地元の人達と思われる観光客の姿も見えます。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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サブラータ遺跡のアントニヌス神殿。
マルクス・アウレリウス・アントニヌス帝と、共同皇帝ルキウス・ウェルス帝に捧げられた神殿で、166年~169年に完成しました。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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神殿の上に登ってみます。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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神殿の上からの眺めも最高です。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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神殿の上部はこんな感じ。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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アントニヌス神殿から見た海側。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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こちらはローマ劇場が見えます。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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あちらに見えるのがさっき言ったベスの塔。
右側には博物館が見えます。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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さっきアントニヌス神殿から見えた石柱へ。
こちらはリベル・パテル神殿(ディオニュソス神殿)。
リベル・パテルは古代イタリアの豊穣の神で、ローマではギリシャ神話のディオニュソス(バッカス)と同一視されました。2世紀に造られた後、365年の地震で倒壊し、そのまま再建されずに放置されています。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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こちらはサブラータのクリア(元老院)。
柱廊玄関の一部であったアーチが残っています。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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クリア(元老院)の柱廊玄関アーチ。
列柱には雲母大理石も使われています。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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サブラータのビーチ。晴れていたら絶景だろうなぁ。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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オリーブ圧搾所地区。
ユスティニアヌス帝のバシリカから東側に位置する地区は、オリーブを圧搾してオイルを取り出す施設の遺構が残っている商業地区です。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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これなんかはまさにオリーブ用の碾き臼。
巨大な碾き臼で潰されて抽出された油は、水と混ぜ合わせることで上澄みだけを採取する方法で生成されました。現在と同様に、一番搾り、つまりエクストラヴァージンオイルは調理用、二番目はマッサージ用に使われ、最後に取られて残った油はランプとして灯りに使われました。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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当時の町並みを想像しながら歩きます。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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観光に来ていたリビア人の家族と出会いました。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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浴場の横に併設されたトイレ跡。
北アフリカのローマ遺跡のトイレ跡の中でも特に保存状態が良く、ここに座って写真を撮るのが定番のようです。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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海に向いた浴場(テルマエ)跡。
1世紀から2世紀にかけてギリシャ人が作ったという浴場。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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かつては内陸から水道を引いて浴場の湯にしていたそうですが、大震災で被害を受けた後は海水を使って浴場の湯にしていたそうです。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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曇っていても美しい地中海。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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浴場跡には保存状態の良いモザイクの床が残っています。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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イタリア植民地時代に敷設された鉄道跡。
1923年、イタリアの植民地時代にサブラータの発掘調査と修復は開始され、その際に遺跡を覆っていた大量の土砂を運び出すためにトロッコが作られました。それとは別に、イタリア植民地時代にはイタリア領トリポリタニア(後にイタリア領リビア)の首都であったトリポリから、西部のズアーラを結ぶ鉄道が敷設されており、その道中にあるサブラータにも鉄道駅が作られており、イタリア時代はトリポリとサブラータを鉄道で行き来することが可能でした。なお、イタリア時代の鉄道は独立後に解体され、結局今に至るまでリビアでは鉄道路線は存在しません(一部実験的な路線はありますが)。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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段々とローマ劇場が近づいてきました。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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モザイク画がサブラータで最も多く残っているのがこのあたり。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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素晴らしい保存状態!
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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様々な模様があります。
中央下側のモザイクは銀杏の葉みたいですね。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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風雨に晒されてもこの保存状態の良さは驚きです。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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まんじの柄もありました。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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こちら側は劇場に向かう道ですが、そちらは後で。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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遠くに二本の柱が見えます。
あちらがサブラータのキリスト教会。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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キリスト教会跡に到着。
4世紀後半に建てられた3廊式のバシリカで、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)がヴァンダル人をサブラータから撃退した後に改築しています。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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ここにもモザイクの床が残っています。
こちらはカラフルですが草が生えているためか保存状態はまずまず。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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こちらはサブラータの旧港に面する灯台の跡だそうです。
もう土台しか残っていませんが、巨大な灯台だったのがわかります。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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オケアノスの浴場跡。
温浴室(テピダリウム)には素晴らしいモザイクの床が!サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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サブラータ遺跡でも特に端っこにあるイシス神殿に到着。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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サブラータ遺跡のイシス神殿。
古代エジプトのイシス神を祀る神殿で、エジプトのイシス神殿を模したもの。1世紀後半に完成し、イシスは船乗りたちの守護神だったそうです。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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更に向こうには円形闘技場があるようですが、ここから700mほどあってちょっと遠いので、そちらには行きませんでした。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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さて、一通りサブラータ遺跡を見たのでローマ劇場へ。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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劇場の後方から中に入ります。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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劇場の舞台に出ました。
劇場は地元の人たちの憩いの場となっており賑わっています。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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舞台から見た観客席。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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サブラータのローマ劇場は何と言っても3層構造の楽屋が特徴的。
劇場の後方部分がここまで保存状態良く残っている場所は中々ありません。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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幅37m奥行7mの舞台の下にはVIPルームや着替え室など3部屋がありました。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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舞台の基部にはレリーフが残っています。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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有力者たちの宴のレリーフ。
左側にいるのはセプティミウス・セウェルス帝とカラカラ帝だそうです。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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ケーリュケイオンの杖を持つメルクリウス神。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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劇場で上映された演劇を表しています。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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こちらはヘラクレス神。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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多くの人で賑わっていて活気がありました。
地元の人にとっては公園のような立ち位置なんでしょうか。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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観客席の上の方からローマ劇場。
なお、劇場は元々5,000人を収容できたそうですが、現在修復されているのは1,500人分の観客席だそうです。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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観客は外壁に設けられたアーチから入場します。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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舞台後方の保存状態の良さは本当に圧倒されますね。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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劇場を外側から。
劇場はコンモドゥス帝の治世から建設が開始され、2世紀中に完成しました。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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現在復元されている範囲だけでも巨大な建造物であることがわかります。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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劇場の前に存在する邸宅跡に最後に寄ります。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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保存状態はそこまで良くないですが、モザイクの床が残っています。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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後ろにはローマ劇場が見えます。
サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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たっぷりサブラータ遺跡を観光!
めちゃくちゃ見応えありました!
遺跡のガイドさんとはここで別れて、元のガイドさんと合流。
サブラータを離れて遅めのランチを食べに。サブラータの古代遺跡 史跡・遺跡
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サブラータの町にもレストランがあるようですが、近くのスルマンという町に来ました。
Babel Café & Restaurant カフェ
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ランチはスルマンのBabel Cafe&Restaurantに来ました。
Babel Café & Restaurant カフェ
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記念すべき初のリビアン・ランチ!
ルズ・ビル・クドラ(ベジタブルライス)にラムのケバブを注文しました。
ベジタブルライスは辛くてスパイシーで美味い!ニンジンやひよこ豆が入った野菜ピラフです。ラム肉のケバブも肉肉しくて美味い!Babel Café & Restaurant カフェ
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こちらはアラビア語でショルバと呼ばれる、リビアのスープ。
リビアやチュニジア、トルコ等オスマン帝国の影響がある国では料理頼むとスープが出てくるのは定番ですね。ひよこ豆のまろやかな味わいに、ピリッと唐辛子が効いて美味い!レモンを絞って食べるのが現地流です。Babel Café & Restaurant カフェ
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焼きたてアツアツのパンも美味しい!
ごちそうさまでした。Babel Café & Restaurant カフェ
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食後、すぐ近くのスイーツ店へ。
Babel Café & Restaurant カフェ
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色んなスイーツがあってオシャレです。
Babel Café & Restaurant カフェ
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こちらはバンバルというリビアの伝統菓子。
Babel Café & Restaurant カフェ
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リビア版アーモンドクッキーという感じです。
一つ食べてみました。しっとりした食感でイケる。
結婚式のときに食べるお菓子だそうで、リビア版コンフェッティみたいな感じでしょうか。コンフェッティより甘くなくて好きかな。Babel Café & Restaurant カフェ
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ランチやスイーツを食べてお腹いっぱい。
サブラータ観光も終えたことなので、トリポリのホテルに向かいます。Babel Café & Restaurant カフェ
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沿岸部の道路では工事が多く、出稼ぎのブラックアフリカ人を多く見ました。カッザーフィ政権期の頃から肉体労働は彼らの仕事のようです。
そういった関係で、渋滞時にはブラックアフリカの子どもや女性が水とかを売りに来ます。少しでも家計の足しにしようと頑張っているのでしょう。
夕方のトリポリは特に大渋滞なので、エジプトに負けず劣らずのカオスっぷりでクラクションが凄いです。検問があるというのも理由の一つかな。 -
トリポリのホテルに到着しました。
今回のリビア旅行は全てトリポリを拠点とした日帰り旅行なので、このホテルに4連泊します。料金はツアー代に含まれていますが、通常は1泊145リビアディナール(4,547円)のようです。 -
ホテルの室内。部屋めっちゃ広い!
カードキーで入るタイプで日本のビジホっぽい。
調べたらカタール資本のホテルっぽくて本店はドーハにあるみたいです。
勿論冷蔵庫やWi-Fi、アメニティもしっかり。 -
おお!バスタブもあるじゃん!
これだけで旅の疲れを一気に癒せます。 -
遺跡見学で結構疲れたので、今日は散策とかせずにホテルでのんびり。
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夜はホテルで夕食を食べることにしました。
併設のレストランにメニューを伝えたら、何とルームサービス。
部屋まで届けてくれます。すげぇー。 -
サマック・ミシュウィー(Grilled Fish)
スパイシーな魚のグリルです。香ばしい焼き加減に野菜でさっぱり。
値段は40LYD(1,107円)。 -
Tuna Salad(ツナサラダ)。
文字通りツナサラダ、ですがツナ多すぎるだろ!超贅沢だなぁ。
ツナというよりマグロ!って感じです。ボリューム凄い。
ツナ、トマト、玉ねぎ、オリーブ。
これで10LYD(276円)。ホテルでこの安さ凄いな。
フライドポテトも同様に10LYD(276円)でした。
リビアの物価はエジプト程ではないですが、かなり安いです。
というわけで、夕食を食べてゆっくりと休みました。
明日は内陸部のナフーサ山地へと向かいます。
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