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《2025.June》80th,THE DAY IN OKINAWAを訪ねる旅そのⅢ~式も私も本線逸脱編~<br /><br />旅3日目を迎える朝はしっかり寝ることができた気がする。昨年まではどうしても日が上ると同時に室温が上がって来るために〝もう一眠り〟が出来なかった記憶があるのだが、除湿のまま一晩エアコンをつけたままにできたのでその影響であろう。朝食は他の客人より遅く8:30からをリクエスト。他の方々は各々行動に移っておられるために私一人になる。ヤポネシア自慢の朝食を頂いて満足する。ガッツリ系ではなく品の良いお食事もたまには良いだろう。6月23日慰霊の日。コロナ禍で中断後は三回目となる今日もヤポネシアで迎えることとなった。<br /><br />先だって会場を確認しているために、敢えて式典中にずっと居ようとは考えてはいない。正直お焼香だけできれば良いとそんな風に考えるようになった。出掛けにバタバタするのも嫌なので頃合いを見計らってお会計を済ませる。一泊二食付きで7,700円。そこにリピーター割を入れて6,930円、年々上がる宿泊代金ではあるが、物価上昇のことを考えれば致し方ないと思う。<br /><br />今日は旅行貯金から始めようと考えていたので、10:00前のゆっくりした出発をする。出掛けにオーナーさんから〝相部屋〟の相談を受ける。要は6月22日という日が最も混み合う日になるので、応相談にはなるが来年相部屋でも構わないか?と聞かれた。思うところはあったが状況はわからなくもないので、まあ仕方がないですねとは答えておいた。私らが宿泊予約を入れるのは年末年始と言った半年前のこと。つまり早いうちに部屋を押さえるので、間際の予約が受けられないということらしい。しかし前もって予約をしているからその日に合わせている訳であり、別に空いている日であれば日を変えても良いというのが私の考えではある。ならば別に6月22日でなくても良いと考えているので、日を変えるかも知れませんと曖昧に答えておいた。まあスタッフ同様の扱いで宿泊したこともあるのでわからなくもないが、相部屋で気を使って泊まるのもどうかと思う。それこそ10年前に初慰霊の日の沖縄旅行だった頃は、本島周遊のみの行程だったために時間的な余裕はあったが、ここ最近〝沖縄本島から行くことが出来る離島〟まで足を延ばしているために、日程的にも常宿2泊することがキツくなっているのも事実である。そのような理由から来年以降は未定ではあるが、宿泊日をずらせて泊まるか、相部屋の話が来た段階で考えようかとも考えている。いずれにせよ今年から事を荒立てる必要はないので、いつもの如く〝また来年〟という決まり文句を挨拶をして、車が見えなくなるまで手を振り続けるいつもの送り出しを受けて出発した。<br /><br />いつもはファミリーマート糸満米須店に立ち寄って、一服&amp;ナビセットをするのだがたまには趣向を変えようと大戸浜海岸へと向かった。ここはあの幕末に通訳として活躍したジョン万次郎が、日本に帰国した際に最初に上陸したとされる場所である。車を停めて少し歩けばその遺構があるのだが、駐車場界隈はサーフボードを抱えた若者達で賑わっているだけであった。<br /><br />三日目の旅行貯金は思いつきではなく、粗方のコースは組んである。後は追悼式参列との時間の兼ね合いだけである。先ずはお年玉用の2,000円札を仕入れにコザ信用金庫小禄支店に向かう。新札が発行になったので、2,000円札の新券がないことは知ってはいるが、それでも比較的綺麗なお札を探してくれた行員さんに頭が下がる。もしコザ信用金庫に口座開設ができるならばぜひ利用したいと思う。勿論現実的にできることではないことを知ってはいても…という訳で2,000円札をゲットし、旅行貯金のための郵便局巡りにシフトする。小禄・小禄金城・小禄鏡原・小禄泉原郵便局を回ったところでひと息入れて、追悼式へのシャトルバス乗場兼臨時駐車場を目指すことにする。最も近い場所が沖縄県農業研究センターだったのでそこに向かうが、まさかの満車であった。こんなことってある~?と疑問に思いながらも、近い順に駐車場を回る。結局満車だったが移動距離も短いという理由で沖縄晴明の丘公園に少し列に並んで駐車し、出発待ちのシャトルバスに急いで乗り込んだ。<br /><br />沖縄晴明の丘公園から平和祈念公園までは5分ほどで到着できるが、既に13:00を過ぎていた。式典テントも開放されていると思いきやまた続いていたようだ。お焼香の前に平和の礎に参ろうとするが、それはそれでVIPの退場のために道路封鎖されて横断ができない。年を追うごとに〝主役は誰?〟と首を傾げたくなる展開になって行く。取り敢えず道路を横断し平和の礎の祖父の名前の前で手を合わす。家族四人仲良くしてねと声をかけながら…。次いで平和の灯火まで行ってから栃木の塔を経由して、開放されたテント下でお焼香の順番を待つ。かなり遅い時間だったので待ち時間も短くて済み、手を合わせる。これで私の戦後80年沖縄戦全戦没者追悼式参加は終了。シャトルバスで沖縄晴明の丘公園へと向かう。<br /><br />シャトルバスの待ち時間も20分程度であれば苦にもならない。しかし近隣の道路は式典参列者を乗せたバスや路駐の車等で結構混雑しており、到着迄には少々時間を費やした。沖縄晴明の丘公園に戻って来た際になぜ駐車場が満車だったのかという理由を知る。以前程駐車場として開放されている場所が少ないことに加えて、シャトルバスに投入されている車両数が少ないことだった。沖縄でもドライバー不足の問題があるために致し方ないことで、バスの定員に合わせて一般来場者に駐車させていることがその理由であった。日本全国同じ悩みを抱えているバス業界、それによる制約が出ることもまた仕方がないことなのであろう。まあ駐車場迄は戻って来たので一服の後車へと戻り、午後のコースを回って行くとする。<br /><br />那覇国場・一日橋・首里汀良・首里郵便局と巡ったところで16:00を迎え、定時の時間営業の局巡りは終了となる。次に立ち寄った首里北郵便局は郵便専門の局なので局舎の写真だけを撮影して出発し、次いで浦添パルコシティへと向かう。ここは地元企業のサンエーが核店舗となっているモールであるが、中に入っている浦添パルコシティ郵便局は、始業時間が10:00のため貯金業務は17:00迄となっているために立ち寄った。しかし田舎者の性である〝迷子〟になり、インフォメーションで教えて貰ってなんとか辿り着く。今回の本島に於ける実績は9局となり、レンタカーを返車するだけだとタカを括っていたら、再び田舎者になってしまった…。車を停めた場所がわからないのだ。局に行くまで結構歩いたので北方向の場所に停めたはずだがわからない。仕方がないので車のリモートキーを押しながら、鍵の開閉がしている場所を探す。駐車する時に車を停めた場所を撮影しとけば良かった…と思っても後の祭り。結局30分程費やしてなんとか車に辿り着いた。最後にやらかしてしまった…。<br /><br />そんなこんなで1時間以上パルコシティに滞在して出発する。普通ならば20分程で到着できる距離だが通勤時間帯の混雑で先に進まない。それでもなんとか指定給油所に到着し、最後の給油をして無事アクアレンタカー那覇空港営業所に返車時間迄に辿り着くことができた。2泊3日で230kmの走行距離は、那覇・浦添・宜野湾・西原から南側しか移動していないことを考えれば、いかに同じ場所を行ったり来たりしていたかが良く分かる。まあこんなドライブもありだろうと良いように解釈し、旅の友となってくれたN-BOXクンに別れを告げる。営業所から空港への送迎は19:00が最終なのでギリギリ間に合ったことになる。いつもなら結構混雑している空港への道のりだったが、通勤時間のピークを過ぎていたために15分程度で到着。ドライバー氏にお礼を言って空港ターミナルビルへと入って行った。<br /><br />本来ならばチェックインして保安検査…とバタバタする筈だが今回に限ってはのんびりしている。明日は久米島に向かうために今宵は泊港近くに宿泊するためだ。という理由により暫く空港ターミナルで涼んだ後、初めてのゆいレール那覇空港駅に向かう。沖縄でもICOCAで決済ができるのは本当に便利になったと思う。乗車車両は1000系の第4編成、ゆいレールが完成した時からの古参車両である。2両編成だが意外にも利用客は多い。地元の方もおられるが殆どが観光客それも外国人。京都でもオーバーツーリズムが問題になっているが、やはり地元民からすれば、大きな荷物を持ち込む観光客は邪魔以外何者でもないだろう。私自身もそう思われているのだろうと考えながら、バックを膝の上に乗せてちゃっかり座っていた。そして15分程で美栄橋駅に到着する。駅からホテル迄の道中には飲食店が立ち並ぶが先ずはホテルに着いて荷物を置きたい気持ちが先に立つ。歩くこと6分で本日の宿であるホテルルートイン那覇泊港に到着し、チェックインを済ませ今宵の寝床5階517号室喫煙シングルの部屋に辿り着いたのであった。<br /><br />ひと息ついてから夕食を食べに部屋を出たが、今日一日時間に振り回された感がありどっと疲れが出て来てしまった。私自身悪い癖だと思っているのだが、疲れてしまうと食欲が減退してしまうために、食べないこともしばしばあるある。そこまで酷くはなかったのでコンビニ弁当を購入し、部屋で食べることにした。食後ひと息ついている姿を自撮りしてみたが、やはり疲れた様子は誤魔化せない。明日からの久米島もNo Planで十分回れる場所なので、先ずは疲れを取ることと、明日寝坊しないように旅先では珍しく早寝することにした。出発の朝を含めてずっと早起きをしていたことはかなり辛かった…。という訳で汗を流して早々に寝ることにしたzzz…。そんなこんなで本島最後の夜は更けて行くのであった。<br /><br />   《続く》

《2025.June》80th,THE DAY IN OKINAWAを訪ねる旅そのⅢ~式も私も本線逸脱編~

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2025/06/23 - 2025/06/23

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2025/06/23

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《2025.June》80th,THE DAY IN OKINAWAを訪ねる旅そのⅢ~式も私も本線逸脱編~

旅3日目を迎える朝はしっかり寝ることができた気がする。昨年まではどうしても日が上ると同時に室温が上がって来るために〝もう一眠り〟が出来なかった記憶があるのだが、除湿のまま一晩エアコンをつけたままにできたのでその影響であろう。朝食は他の客人より遅く8:30からをリクエスト。他の方々は各々行動に移っておられるために私一人になる。ヤポネシア自慢の朝食を頂いて満足する。ガッツリ系ではなく品の良いお食事もたまには良いだろう。6月23日慰霊の日。コロナ禍で中断後は三回目となる今日もヤポネシアで迎えることとなった。

先だって会場を確認しているために、敢えて式典中にずっと居ようとは考えてはいない。正直お焼香だけできれば良いとそんな風に考えるようになった。出掛けにバタバタするのも嫌なので頃合いを見計らってお会計を済ませる。一泊二食付きで7,700円。そこにリピーター割を入れて6,930円、年々上がる宿泊代金ではあるが、物価上昇のことを考えれば致し方ないと思う。

今日は旅行貯金から始めようと考えていたので、10:00前のゆっくりした出発をする。出掛けにオーナーさんから〝相部屋〟の相談を受ける。要は6月22日という日が最も混み合う日になるので、応相談にはなるが来年相部屋でも構わないか?と聞かれた。思うところはあったが状況はわからなくもないので、まあ仕方がないですねとは答えておいた。私らが宿泊予約を入れるのは年末年始と言った半年前のこと。つまり早いうちに部屋を押さえるので、間際の予約が受けられないということらしい。しかし前もって予約をしているからその日に合わせている訳であり、別に空いている日であれば日を変えても良いというのが私の考えではある。ならば別に6月22日でなくても良いと考えているので、日を変えるかも知れませんと曖昧に答えておいた。まあスタッフ同様の扱いで宿泊したこともあるのでわからなくもないが、相部屋で気を使って泊まるのもどうかと思う。それこそ10年前に初慰霊の日の沖縄旅行だった頃は、本島周遊のみの行程だったために時間的な余裕はあったが、ここ最近〝沖縄本島から行くことが出来る離島〟まで足を延ばしているために、日程的にも常宿2泊することがキツくなっているのも事実である。そのような理由から来年以降は未定ではあるが、宿泊日をずらせて泊まるか、相部屋の話が来た段階で考えようかとも考えている。いずれにせよ今年から事を荒立てる必要はないので、いつもの如く〝また来年〟という決まり文句を挨拶をして、車が見えなくなるまで手を振り続けるいつもの送り出しを受けて出発した。

いつもはファミリーマート糸満米須店に立ち寄って、一服&ナビセットをするのだがたまには趣向を変えようと大戸浜海岸へと向かった。ここはあの幕末に通訳として活躍したジョン万次郎が、日本に帰国した際に最初に上陸したとされる場所である。車を停めて少し歩けばその遺構があるのだが、駐車場界隈はサーフボードを抱えた若者達で賑わっているだけであった。

三日目の旅行貯金は思いつきではなく、粗方のコースは組んである。後は追悼式参列との時間の兼ね合いだけである。先ずはお年玉用の2,000円札を仕入れにコザ信用金庫小禄支店に向かう。新札が発行になったので、2,000円札の新券がないことは知ってはいるが、それでも比較的綺麗なお札を探してくれた行員さんに頭が下がる。もしコザ信用金庫に口座開設ができるならばぜひ利用したいと思う。勿論現実的にできることではないことを知ってはいても…という訳で2,000円札をゲットし、旅行貯金のための郵便局巡りにシフトする。小禄・小禄金城・小禄鏡原・小禄泉原郵便局を回ったところでひと息入れて、追悼式へのシャトルバス乗場兼臨時駐車場を目指すことにする。最も近い場所が沖縄県農業研究センターだったのでそこに向かうが、まさかの満車であった。こんなことってある~?と疑問に思いながらも、近い順に駐車場を回る。結局満車だったが移動距離も短いという理由で沖縄晴明の丘公園に少し列に並んで駐車し、出発待ちのシャトルバスに急いで乗り込んだ。

沖縄晴明の丘公園から平和祈念公園までは5分ほどで到着できるが、既に13:00を過ぎていた。式典テントも開放されていると思いきやまた続いていたようだ。お焼香の前に平和の礎に参ろうとするが、それはそれでVIPの退場のために道路封鎖されて横断ができない。年を追うごとに〝主役は誰?〟と首を傾げたくなる展開になって行く。取り敢えず道路を横断し平和の礎の祖父の名前の前で手を合わす。家族四人仲良くしてねと声をかけながら…。次いで平和の灯火まで行ってから栃木の塔を経由して、開放されたテント下でお焼香の順番を待つ。かなり遅い時間だったので待ち時間も短くて済み、手を合わせる。これで私の戦後80年沖縄戦全戦没者追悼式参加は終了。シャトルバスで沖縄晴明の丘公園へと向かう。

シャトルバスの待ち時間も20分程度であれば苦にもならない。しかし近隣の道路は式典参列者を乗せたバスや路駐の車等で結構混雑しており、到着迄には少々時間を費やした。沖縄晴明の丘公園に戻って来た際になぜ駐車場が満車だったのかという理由を知る。以前程駐車場として開放されている場所が少ないことに加えて、シャトルバスに投入されている車両数が少ないことだった。沖縄でもドライバー不足の問題があるために致し方ないことで、バスの定員に合わせて一般来場者に駐車させていることがその理由であった。日本全国同じ悩みを抱えているバス業界、それによる制約が出ることもまた仕方がないことなのであろう。まあ駐車場迄は戻って来たので一服の後車へと戻り、午後のコースを回って行くとする。

那覇国場・一日橋・首里汀良・首里郵便局と巡ったところで16:00を迎え、定時の時間営業の局巡りは終了となる。次に立ち寄った首里北郵便局は郵便専門の局なので局舎の写真だけを撮影して出発し、次いで浦添パルコシティへと向かう。ここは地元企業のサンエーが核店舗となっているモールであるが、中に入っている浦添パルコシティ郵便局は、始業時間が10:00のため貯金業務は17:00迄となっているために立ち寄った。しかし田舎者の性である〝迷子〟になり、インフォメーションで教えて貰ってなんとか辿り着く。今回の本島に於ける実績は9局となり、レンタカーを返車するだけだとタカを括っていたら、再び田舎者になってしまった…。車を停めた場所がわからないのだ。局に行くまで結構歩いたので北方向の場所に停めたはずだがわからない。仕方がないので車のリモートキーを押しながら、鍵の開閉がしている場所を探す。駐車する時に車を停めた場所を撮影しとけば良かった…と思っても後の祭り。結局30分程費やしてなんとか車に辿り着いた。最後にやらかしてしまった…。

そんなこんなで1時間以上パルコシティに滞在して出発する。普通ならば20分程で到着できる距離だが通勤時間帯の混雑で先に進まない。それでもなんとか指定給油所に到着し、最後の給油をして無事アクアレンタカー那覇空港営業所に返車時間迄に辿り着くことができた。2泊3日で230kmの走行距離は、那覇・浦添・宜野湾・西原から南側しか移動していないことを考えれば、いかに同じ場所を行ったり来たりしていたかが良く分かる。まあこんなドライブもありだろうと良いように解釈し、旅の友となってくれたN-BOXクンに別れを告げる。営業所から空港への送迎は19:00が最終なのでギリギリ間に合ったことになる。いつもなら結構混雑している空港への道のりだったが、通勤時間のピークを過ぎていたために15分程度で到着。ドライバー氏にお礼を言って空港ターミナルビルへと入って行った。

本来ならばチェックインして保安検査…とバタバタする筈だが今回に限ってはのんびりしている。明日は久米島に向かうために今宵は泊港近くに宿泊するためだ。という理由により暫く空港ターミナルで涼んだ後、初めてのゆいレール那覇空港駅に向かう。沖縄でもICOCAで決済ができるのは本当に便利になったと思う。乗車車両は1000系の第4編成、ゆいレールが完成した時からの古参車両である。2両編成だが意外にも利用客は多い。地元の方もおられるが殆どが観光客それも外国人。京都でもオーバーツーリズムが問題になっているが、やはり地元民からすれば、大きな荷物を持ち込む観光客は邪魔以外何者でもないだろう。私自身もそう思われているのだろうと考えながら、バックを膝の上に乗せてちゃっかり座っていた。そして15分程で美栄橋駅に到着する。駅からホテル迄の道中には飲食店が立ち並ぶが先ずはホテルに着いて荷物を置きたい気持ちが先に立つ。歩くこと6分で本日の宿であるホテルルートイン那覇泊港に到着し、チェックインを済ませ今宵の寝床5階517号室喫煙シングルの部屋に辿り着いたのであった。

ひと息ついてから夕食を食べに部屋を出たが、今日一日時間に振り回された感がありどっと疲れが出て来てしまった。私自身悪い癖だと思っているのだが、疲れてしまうと食欲が減退してしまうために、食べないこともしばしばあるある。そこまで酷くはなかったのでコンビニ弁当を購入し、部屋で食べることにした。食後ひと息ついている姿を自撮りしてみたが、やはり疲れた様子は誤魔化せない。明日からの久米島もNo Planで十分回れる場所なので、先ずは疲れを取ることと、明日寝坊しないように旅先では珍しく早寝することにした。出発の朝を含めてずっと早起きをしていたことはかなり辛かった…。という訳で汗を流して早々に寝ることにしたzzz…。そんなこんなで本島最後の夜は更けて行くのであった。

   《続く》

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
ホテル
5.0
グルメ
5.0
ショッピング
5.0
交通
5.0
同行者
一人旅
一人あたり費用
5万円 - 10万円
交通手段
高速・路線バス レンタカー JALグループ ANAグループ JRローカル 徒歩
旅行の手配内容
個別手配
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