2025/04/14 - 2025/04/14
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薔薇の咲く庭さん
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この旅行記スケジュールを元に
クイーンエリザベス号に乗船してこのクルーズの最後の寄港地は高知です。高知には一昨年の五月にモネの庭を訪ねて来ているので、少し新鮮味に欠けますが、カツオのたたきをひろめ市場で食べる事を楽しみにしていました。
釜山のチャガルチ魚市場のように市場の中で鮮度の高い鮮魚を食べられる機会はそうあるものではありません。私はあまりカツオは好きではありません。カツオの匂いが苦手だからです。ところがひろめ市場で食べたカツオは全く生臭くなく、私が知っているカツオとは別物でした。
高知城のすぐ近くにある高知県立高知城歴史博物館には、高知に関する新しい知識を得る事ができて有益でした。
また、土佐藩主の下屋敷の場所にある高知三翠園温泉 湯殿 水哉閣で温泉に浸かることが出来てこれで、別府、長崎、鹿児島、高知の4つの寄港地すべてで温泉を楽しみました。
同じ場所を訪ねてもまた違う楽しみ方があると感じる旅です。
次の日は一日航海日で明後日は下船します。
最後の旅を楽しみました。ご覧いただけると幸いです。
温泉巡りの旅 40 高知三翠園温泉 湯殿 水哉閣
- 旅行の満足度
- 4.5
- 観光
- 4.5
- ホテル
- 4.5
- グルメ
- 5.0
- 交通
- 4.5
- 一人あたり費用
- 30万円 - 50万円
- 交通手段
- 船 私鉄 徒歩
-
早朝目が覚めました。
昨夜見た月の道と同じ方角に太陽が昇ってきているのでとても不思議な感じがしました。航海して船の位置が変わるので月と太陽の出る位置が同じになるのでしょう。
面白いです。 -
日が完全に昇りました。静かな海です。今日もいい一日になりそう!
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朝食はリド・レストランに行きました。リドの意味が気になったので調べてみました。
「リドとは甲板(デッキ)の中でも船尾側にある部分のことをいいます。小型船の場合は船尾にまとまったスペースを確保することは構造上難しいのですが、大型客船などではリドの部分にレストランや簡易喫茶室、プール、大浴場や映画館といったパブリックスペースが備えられていることが多いです。」
なるほど、今まで乗船した船にもリドという名前のレストランがありました。 -
たっぷりサラダもいただきます。
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何と言っても嬉しいのはみそ汁とご飯海苔が手に入ることです。
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食事が終わって部屋に帰ろうとすると、昨日リドレストランで会ったヘルシンキからいらしたトラムの運転手さんに会いました。
お互いに再会を喜び合って、昨日はどこへ行ったのかを聞きました。
彼女はシャトルバスでドルフィンポートまで出て、その近くあった公園で盆栽の展示があったので見てきたそうです。日本の文化に興味があり盆栽を見られてとても嬉しかったと、満足した顔で言っていました。
よかったですね。私たちは予定通り船で桜島に渡り、火山を見て、帰りに温泉に入ってきたことを伝えました。
彼女はこの後横浜港で下船して、2,3日東京を見学してFIN AIRでヘルシンキに帰ると言っていました。私たちもFIN AIRでヘルシンキへ行ったことを伝えました。
とてもいい航空会社で快適な旅が出来ましたと言うと、FINN AIRにを誇りに思っていると言っていました。
どうぞまた日本をお訪ねください。よい旅を!お互いに!
そう言って別れました。 See you again ! -
パイロット船が近づいてきます。高知港はもうすぐです。
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ここが出口です。地方の港は大きなビルの建物はないので一階の地面に近い所の出口から降りることになります。
東京港は2階でした。横浜港は3階でした。出口がどこになるのかは当日にならないと分からないので少し不安になります。 -
降りるとずらりと観光バスが並んでいました。シャトルバスや寄港地ツアーのバスです。2000人からの乗客をさばくのですから寄港地のバス会社からバスを調達するのは大変だと思います。
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シャトルバスではりまや橋観光バスターミナルまで来ました。そこからは「とさでん」に乗って高知城前まで行きます。とさでんはSUICAが使えるのでとても便利です。
路面電車(とさでん交通) 乗り物
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高知城前で下車してお城の方へ向かってい歩いて行くと、高知城が見えてきました。
遠くからも見える高台にあります。高知城 (高知公園) 名所・史跡
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追手門の説明がありました。
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続々と観光客が押し寄せてくる感じの高知城です。ひっきりなしで途絶えることがありません。
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石垣がとてもきれいに積んでありました。
この石垣は三の丸石垣というそうです。1601年から10年を要して完成させています。石垣に使用されている石材はチャートが主で砂岩、石灰岩も一部使用されています。安土城で始められた自然石を生かした野面積みというそうです。三の丸には壮大な御殿が建築されていたそうです。
しかし、1650年の地震や豪雨で崩壊し、修理した記録が残っているそうです。
平成12年に調査をしたところ、割れたり、孕んだりしている石(小石をたくさん孕んだ状態)が多く平成16年から21年にかけて4億円をかけて改修工事をしています。 -
この丸いものは何?
と思ったら井戸でした。この井戸を眺めていると後ろから、英語で話しかけられました。USAからいらした女性で、一人旅をしているそうです。この丸いものが何なのかをやはり不思議に思ったそうです。簡単な井戸の説明をしました。
私たちはどこから来たのかを訪ねられて、居住地を言うと、
「新幹線できたの?」「いえいえ、船で来ました」
「え?それってクイーンエリザベス号?」「そうです」
「私もクイーンエリザベス号できたの。」
とお互いに乗船客であることを驚きました。
彼女はタクシーで船から来たそうです。私たちはシャトルバス、市電できたことを話しました。
寄港地ツアーに入らず、一人で自力であまり英語の通じない日本を旅行するのは
勇気がいるように思います。去年も油津で一人旅の女性にあったことを思い出しました。何とかなるものなのですね。
お互いに「Have a good trip!」と言って別れました。 -
見上げると素敵なお城ですね。
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本丸まで来ました。記念撮影をしました。
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さて、お城の中に入りました。最初に見たものはこの絵です。NHKの大河ドラマで山内一豊と妻の松が放映されてたことを思い出します。タイトルは「功名が辻」だったように記憶しています。思い出させる絵がありました。
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山内家の家紋がありました。三ツ柏と呼ばれているそうです。土佐藩船の船印として使われていました。土佐出身の岩崎弥太郎が三菱を起こした時、山内家と岩崎家の家紋も統合させて会社のロゴを作ったそうです。確かに三菱のマークにとてもよく似ています。
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二の丸欄間です。
実家の前の家にも欄間があり、子供心にも見事な欄間であったことを覚えています。祖母は家を建て直すときに親戚の誰かが受け継いでほしいと思ったそうでしたが、現代建築の家にはそぐわなくて結局壊すことになりました。
この欄間は花を付けた梅だそうです。 -
三ノ丸欄間です。割とシンプルに見えます。土佐では有名な名工だそうで・・・。(失礼)
水に蓮根だそうです。 -
この欄間も私の実家の家の物よりシンプルに見えました。
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このような書院造りのお部屋もあったので。
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さすがにこのお部屋はありません。奥に剣士がいたのでしょう。
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お城の上の階に登ってきました。鯱がすぐそこに見えます。青銅製だそうです。
雄雌一対で阿吽の相を表しているそうです。 -
お城の天守閣からの眺めです。二の丸が見えます。
高知城は6階建てですが外から煮ると屋根のひさしは4重で4階建てに見えます。実際に中に入ってみると6階です。つまり5階部分が窓がなく、大坂城のように古い時代の天守の型式を残しているそうです。 -
お城の天守閣からの眺めです。方向は分かりません。二の丸が見えます。
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お城の天守閣からの眺めです。
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お城の天守閣からの眺めです。
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お城の天守閣からの眺めです。
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お城の天守閣からの眺めです。
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お城の天守閣からの眺めです。
長曾我部の祖先は秦の始皇帝だそうで、その子孫が土佐に来国して土佐国主となり土佐を平定したと家譜の軍記物に書かれているそうです。(?)
関ヶ原戦で西軍について改易となった長曾我部氏に代わって山内一豊が入国します。
すんなりと領主交替が出来たのではなく騒動がありましたが一豊が平定しています。 -
ここでも記念撮影をしました。確かに天守閣にいます。
しばらく天守閣にいました。 -
城内の展示室には坂本龍馬的紋服が展示されていました。複製品で本物ではありません。
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終戦から15年目の高知市の写真がありました。焼け跡はビルの林になっていたそうです。
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その時の高知城です。戦火を免れて残っていました。
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戦時中はお城が残っていることが、人々の心の支えになっていたことでしょう。
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下城します。途中の坂道からもお城が見えてなかなかいい景色です。
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山内一豊の妻の松の銅像がありました。この方は本当に良妻賢母で有名です。夫の一豊よりこの方の像があるのは理解できます。
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高知城 追手門の所まで降りてきました。
高知城追手門 名所・史跡
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石碑があります。
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門をくぐってお城の外へ出て写しました。
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ここから見えるお城も素敵です。
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記念撮影。ボランティアのおじさんが撮ってくれました。
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お城を出て道路を横断したところにある高知県立高知城歴史博物館に入りました。
ここには貴重な資料があると口コミで知りました。
3階から見学が始まります。鎌倉時代の日本地図がありました。
この時代は「なんとなくこんな感じ」で地図を作っていたようですね。まるで大まかで驚きます。高知城歴史博物館 美術館・博物館
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ヨーロッパで作られた1595年の日本地図です。安土桃山時代です。鎌倉時代(1185年~1333年)より400年くらい後の時代なので形がだいぶ整ってきています。
イエズス会士でポルトガル人が作ったそうです。四国全体が大きく「Tonsa(土佐)」「Ava(阿波)」「Samuqui(讃岐)」「Hyo(伊予)」の表記があります。 -
江戸時代の土佐国図です。紀州徳川家の文庫にあったそうです。時代は不明。
中央に高知城が書かれています。形もかなり正確であるように思います。
1615年に一国一城令によって廃城になったお城が書かれているので江戸時代前期の物と考えられるそうです。 -
高知城の解説がありました。確かに外から見ると屋根の数から4階建てに見えます。
四重五階(四重六階)高さ18.5m 四重望型天守
独立式天守・本丸全体の構えで最終防御拠点として機能する。
破風が大きくて見事ですね。 -
デジタル化されていてボタンを押すとその部屋の説明が表示されました。
本丸御殿。ほとんど使われることがなかったそうです。 -
三の丸御殿はお正月の行事など、たくさんの家臣が集まる時に使われたそうです。
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2代土佐藩主山内忠義の具足が飾られていました。
兜は細川忠興からの贈り物だそうです。
実践的な作りだそうです。 -
この兜は、牛の生皮を膠(にかわ)水に浸して柔らかくし、重ねて木槌(きづち)でたたいたものだそうです。鉄のように見えませすが皮です。なるほど皮からも兜が作ることが出来るのですね。
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お茶の道具、茶入れ(尾戸焼き)が飾られていました。茶道はたしなみとして必要だったのでしょう。
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安政南海地震についての記録がありました。
1854年に東海地震と安政南海地震(マグニチュド8.4)が連続して発生し、東海地震では2~3千人、安政南海地震では数千人が犠牲になったという記録が残っているそうです。171年前のことですが記録が残っているのには驚きました。 -
「地震日記」という名前の記録です。1858年まで余震が続きコレラの感染症の記述もあるそうです。
171年を経た現在でも地震への備えは高知にとって大事なことなのだと実感しました。 -
これが、その「地震日記」の原本です。
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安政南海地震から92年後の昭和21年に紀伊半島南西沖を震源とするマグニチュード 8.0の昭和東南海地震が発生しました。約2時間後に南海トラフ地震が起きています。
高知県で670人が犠牲になっていることが記録されていました。 -
その時の四万十市中村の様子の写真です。
北川村「モネの庭」マルモッタンを見に「土佐くろしお鉄道ごめん・なはり線」に乗った時に線路は高架で津波が押し寄せた時に避難できるようになっていたことやところどころに避難タワーがあったことを思い出しました。高知県は過去の教訓から常に地震への備えをしているのですね。 -
土佐出身の歴史上の重要人物が紹介されていました。
吉田茂・・第45・48-51代 内閣総理大臣 -
寺田寅彦・・日本の物理学者、随筆家、俳人。
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幸徳秋水・・日本のジャーナリスト、思想家、共産主義者、社会主義者、無政府主義者(アナキスト)。高知県四万十市中村京町で生まれる。
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浜口雄幸・・大蔵大臣(第25代)、内務大臣(第43代)、内閣総理大臣(第27代)、立憲民政党総裁などを歴任。
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牧野富太郎・・「日本の植物学の父」の呼び名で知られ、日本各地に牧野の名前を冠した顕彰施設が存在する。多数の新種を発見し、命名も行った近代植物分類学の権威。
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中浜万次郎・・江戸時代末期(幕末)から明治にかけての日本の旗本・英語通訳・翻訳家・教育家である。アメリカ合衆国を訪れた最初の日本人の一人であり、日米和親条約の締結の際に通詞(通訳)候補として江戸に召喚。教授などでも活躍
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紀貫之・・平安時代前期から中期にかけての貴族・歌人。下野守・紀本道の孫。
土佐には歴史に名を遺した有名な偉人がたくさんいるのに驚きました。 -
高知県立高知城歴史博物館から歩いて3、4分の所にあるひろめ市場に来ました。
一昨年に高知に来た時に訪ねることが出来なかった市場です。
釜山にあるチャガルチ魚市場のように、ここで購入した海鮮をすぐに食べることが出来るのが魅力です。ひろめ市場 グルメ・レストラン
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ずらりと並んだ食材。パック詰めになっているのですぐに食べられます。
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お目当てはカツオのたたき。厚切りで今朝水揚げされたカツオです。
凄く獄美味しい!
今まで食べたカツオの中で一番の味です!
こんなにも生のカツオが美味しいとは思いませんでした! -
こちらはしめさばのお寿司。お店の人に聞くとこれが一番の人気商品だそうです。
これもなかなかの美味! -
市場ですが来ている人はほとんど観光客のようでした。
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笑顔で食べています。
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美味しい!
カツオがこんなに美味しいとは思いませんでした! -
お店の前にちょっとしたテーブルと椅子があって、買ったものをその場で食べられます。もちろんお酒も飲めます。ただ、長居はできないようです。次々とお客さんが来るからです。
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奥の方へ進むとたくさんの席があって、ここではゆっくりと飲んだり食べたりできるようになっていました。グループで来て盛り上がっている人たちもいました。
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お腹がいっぱいになったので、次の目的地へと向かいました。もちろん温泉です。
行ってみて驚きました。
高知三翠園温泉 湯殿 水哉閣は元々は土佐藩主の下屋敷の場所にあるのです。 -
門構えが立派です。
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名前は一豊の湯。なるほど、納得します。
この温泉は鏡川という川のほとりにあって川の眺めを見ることが出来ました。
温まってとてもいい気持になりました。 -
そろそろ船に帰る予定時刻です。雨が降り出しました。
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エリザベス号のシャトルバスの停留所のデンテツ・ターミナルビル前でシャトルバスを待ちました。走行中にとさでんの市電の写真を撮ることが出来ました。
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デザインが違う電車も走っています。
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船に戻ると雨が上がって夕日が差していました。白黒のちょっと不気味な景色です。9Fのリドレストランから見えた景色です。
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やがて、出航の時間が迫って、見送りによさこいの踊りを岸壁で披露してくれました。
9Fのリドレストランからは音が聞こえません。 -
慌てて3Fのデッキに下りましたが、もう最後の方で残念ながら踊りを見ることはできませんでした。いつかよさこいを本格的に見える所で見に行きたいと思いました。
8月は暑くて難しいのですが、冷房の効いた部屋から見ることはできないのでしょうか? -
エリザベス号の写真スポットです。写真撮影に日にプロが塞いでいてここから写真を撮ることはできません。
-
この日のドレスコードはスマート・アタイアで特別な日ではなかったので悠々と写真を撮ることが出来ました。
楽しかった船旅もあと一日。終日航海日で横浜へ戻ります。
明日は卓球の試合に誘われているので参加する予定です。後はのんびりと船の中を散策して最後の船旅を楽しむことにしましょう。
~ 旅は続く ~
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この旅行記へのコメント (2)
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- yamayuri2001さん 2025/10/24 10:48:26
- 高知
- 薔薇の咲く庭さん、こんにちは。
高知城は、お城の中へ入って見学されたんですね。
とても羨ましいです。
私が高知城に到着した時、
丁度、お城の閉門の時間で、
中に入れなかったんです。
中はどんな風になっているんだろう?と、
残念に思いつつ、城の庭を散策しました。
薔薇の咲く庭さんのご実家にも、
欄間があったんですね。
私の実家にも欄間があり、時々ぼーっと眺めていました。
幼い頃の思い出ですが、なぜか鮮明に覚えています。
ひろめ市場で、新鮮なカツオをお召し上がりになったのですね。
私も6月に、気仙沼で鮮度の良いカツオを食べましたけれど、
本当に絶品ですよね。
お魚は鮮度が一番だなと、実感した瞬間でした。
そんな鮮度の良いお魚を、地元で食べれるなんて、幸せですよね。
yamayuri2001
- 薔薇の咲く庭さん からの返信 2025/10/25 13:08:39
- Re: 高知
- yamayuri2001さま
yamayuri2001さん コメントをいただきありがとうございます。
yamayuri2001さんにとって高知城に行くことはそれほど難しいことではないと存じますので、次回には是非開いている時間に訪問されるとよいかと存じます。
それより、yamayuri2001さんの親子三代Hawaii旅行は誰でもできることではないのでとても羨ましいと思われる方がたくさんいらっしゃるかと存じます。
よく話には聞きますが、私にはとても難しいことです。
いいですね。yamayuri2001さんは本当に親族に恵まれていらっしゃると存じます。
yamayuri2001さんも欄間のある家で成長されていて、あの凄い模様は子供ながらに見とれていらしたことを想像できます。共通点があって嬉しいです。
私は先日、西安の兵馬俑の観光から帰ってまいりまして、まだ疲れが残っています。
雨の中、ものすごい人だかり(五重)をかき分けて、もっていった一眼レフのカメラで必死に写真を撮ってきました。見応えはありましたが、もっとゆっくり見たかったです。10年ほど前にいらした方の話ではそんなに混んでいなかったとのこと。今や凄い観光地です。
西安に7泊して中国四千年の歴史を見てきましたが、三食中華料理とトイレ事情の悪さににうんざりで、「痩せた」と言われます。
大阪万博へも動けなかった猛暑を取り返すように予定を組んでいって参りました。
次回のHawaiiへ行く2月までの間に時間が取れそうなので頑張って今までの旅行記を書こうと思っています。
やっと涼しくなったかと存じましたら、秋を通り越して冬がやってきたような気温です。どうぞくれぐれもお体ご自愛くださいね。
お便りありがとうございました。
薔薇の咲く庭
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