2025/04/26 - 2025/04/27
338位(同エリア1181件中)
さるおさん
足利フラワーパークの写真だけで優に100枚を超えた今回の旅。旅行記の構成をどうするか考え、"フラワーパーク"と"フラワーパークじゃない方"に分けることにしました。"じゃない方"の旅行記だけに中身が薄い? イヤイヤ、旅行記は拙いですが、足利は穏やかな歴史ある町でした。
行程:JA足利アグリランド(いちご狩り)→あしかがフラワーパーク(別旅行記)→ホテル・ルートイン足利駅前→鑁阿寺 →足利学校
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関西から栃木は遠い。先ず新幹線のぞみで東京まで。GWの"のぞみ"は全席指定。あれ止めてくれんかなあ。旅行の予定なんて、そんなに簡単に立たないし、予定通りに行かないものなんだよね。東京で東北新幹線に乗換て小山で下車。"小山"と書いて"おやま"と読む。緑の窓口で"こやま迄"と切符買おうとしたら"何県のこやま?"とキレ気味に聞かれた。ムスッとしながら"栃木県ですっ!"って答えたけど、間違えていたのは私だった。
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小山で両毛線に乗換、あしかがフラワーパーク駅で下車。そのままフラワーパークに・・・と思わせておいて、向かったのは駅から徒歩7分「JA足利アグリランド」。
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何しに来たかというと「いちご狩り」。栃木は"いちご王国"ですもの。栃木のイチゴ、食べたいじゃんね。
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30分2000円は、○ッタクリだと思ったけど(後で調べたら相場でした)、ここまで来たからね。ビニールハウスに入る。一組の若いカップルと一緒に一つのハウスに入れられた。なんかお邪魔して申し訳ないけどオバサンのせいじゃないからね。係員の采配だから。カップルは奥の方に、オバサンはハウス手前でイチゴを狩る。
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御覧の通り足元にイチゴ。土埃が付いてる気がして食べる気しないのよね。ウェットティッシュ持ってくりゃ良かった。イチゴ狩りってこんなもん? 前行った所は、腰ぐらいまで高さがあったけど・・・。でも2000円払ってるから食べずには帰らないよ(笑)。で、5,6粒いただきました。一粒、400円ほど。高いイチゴだな。
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「スカイベリー」という品種。入るハウスは係員が決めるので品種は選べない。「スカイベリー」は果実が大きく、甘くてジューシーらしい。贈答用などの高級ブランドとして2014年に誕生。『このいちごの素晴らしさが大空に届くように』との想いを込めて命名された。大粒の方が甘くておいしかった。粒が小さいのは、まだ成長中で熟れていないのだと思う。
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イチゴの花。
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養蜂もしているらしく蜜蜂が飛んでいる。
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還暦過ぎたオバサン一人のイチゴ狩りが盛り上がるわけがない。15分程度で撤収。あとはカップルだけにしてあげよう。オバサンは野暮じゃないよ。
直売所で地方発送ができるか聞いたらできないと言われ写真だけ撮っとく。栃木と言えばの「とちおとめ」。 -
「あしかがフラワーパーク」に向かう。フラワーパーク内の詳細は別の旅行記で。
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藤の写真だけ載せておこう。
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7時半ごろ、あしかがフラワーパーク駅。
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本日の宿「ホテルルートイン足利駅前」。
大浴場が売りだが、一回一回フロントでパスカードを受け取らなければならず面倒だった。しかもこの日は満室とかで、8時過ぎ、お風呂が混んでると断られ、9時過ぎ、フロントが混みあっておりカードが受け取れず、10時過ぎ、やっぱりお風呂が混んでいて、11時前、やっと入れた。 -
この夜、昼間相当歩いて疲れている筈なのに藤の花の妖気に当たったのか、なかなか寝付けず。深夜過ぎてうつらうつらし始めたと思ったら、寝呆けたみたいで自分の叫び声で目を覚ます。ハッとしたのも束の間、隣部屋が"ドンッ"と壁を叩いて威嚇してきた。真夜中に大声上げられたら腹立つ気持ちはわかるけどさ。怒鳴りこまれたらどうしょうと思ったらビクビクして余計目が冴えた。
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眠れぬままに朝食。大根の豚バラ煮、まったく味が染みてない。
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8時半、ホテルをチェックアウト。ホテルから徒歩5分ほどの「鑁阿寺 」へ。
朝早い時間だったせいか参拝客も少なく凛とした雰囲気。名刹。 -
「鑁阿寺」
鎌倉時代に足利義兼によって建立された真言宗大日派の本山。本尊は源氏、足利氏の守り本尊である大日如来。約4万平方メートルに及ぶ敷地は、元々は足利氏の館であった。現在でも、四方に門を設け、土塁と堀がめぐらされており、平安時代後期の武士の館の面影が残されている。 -
本堂は火災で失ったものを、後、足利尊氏の父・貞氏により再建したもの。鎌倉時代に当時中国の最新の寺院建築様式の一つであった禅宗様をいち早く取り入れた。
密教寺院における禅宗様仏堂の初期の例として、また関東地方における禅宗様の古例として平成25年(2013年)に国宝指定。 -
「大銀杏」(天然記念物)
樹齢約650年、周囲約10m。見上げる巨木、お見事。 -
「足利学校」
足利学校は、日本で最も古い学校として知られ、その遺跡は大正10年に国の史跡に指定されている。 足利学校の創建については、奈良時代の国学の遺制説、平安時代の小野篁説、鎌倉時代の足利義兼説などがあるが、歴史が明らかになるのは、室町時代、上杉憲実が、鎌倉から僧を招いて初代の庠主(校長)とし、足利学校の経営にあたらせるなどして学校を再興してからのこと。応仁の乱以後も引き続く戦乱の中、学問の灯を絶やすことなくともし続け、学徒三千といわれるほどに隆盛し、イエズス会の宣教師フランシスコ・ザビエルにより「日本国中最も大にして、最も有名な坂東の大学」と世界に紹介された。 -
入場料を払ったら頂けるのがこの入学証。受付の方が"入学おめでとうございます"の言葉を添えてくれる。ところが入場料を払ったのに私は何も頂けず。私の前の人が"おめでとうございます"と声を掛けられていたのは、偶々誕生日か何かだったのかとその場を離れたが、入場チケットも無いのはおかしいよねと再度受付へ。受付の方、"すみません"と言って入学証を渡してくれたが、結局"入学おめでとうございます"の言葉はいただけなかった。オイラ拗ねるぞ。
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有名な「学校」の門をくぐる。
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「孔子廟」
テレビで住民が孔子の論語を唱えられる町があると言っていた。どこの町かは覚えていないが、足利市じゃないかという気がする。 -
「 宥座之器」
自らの戒めとするために身近に置いてある道具のこと。
この器は「水が入っていない空の時は傾き、水を適度に入れるとまっすぐに立ち、水が満ちるとひっくり返り全てこぼれる」という。これは、中庸の大切さを説いており、「過ぎたるは及ばざるがごとし」の語源でもある。 -
「方丈」(講義が行われていた場所)内部。ここの右の方でアニメ映像が流れ、相当イケメンに書き換えられた小野篁が論語の授業をしてくれる。"さあ、私の後を復唱して・・・"、イケメン小野篁に促され、他に観光客がいないことを良いことに"子曰く・・・"と論語を復唱する。足利学校の生徒の気分を疑似体験できて面白かった。
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そのアニメの論語授業で、いくつかの論語が紹介された。聞いている時は、孔子は良い事を言うなあと強く感心したのだが、授業が終わった途端、内容が一向に思い出せない。良い事を言った、それは判っている。良い事なのだけど、何を言ったのだろう? さっき聞いたことが、もう思い出せない。復唱までしたのに・・・。ボケとは恐ろしい。
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余りにも気になったので、もう一回アニメを見ることにした。孔子は、こう言ったのだ。"過ちて改めざる、是を過と謂う"。二回聞いて思い出した。耳に痛い言葉だ。
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恥ずかしい話だが、今日の今日まで、"子曰く(し、いわく)"の"し"とは教師の"師"だと思っていた。孔子の"子"だったのね。
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「方丈」外から見たトコ。建物は復元したもの。
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足利市では、1920年ごろにモダンな柄と斬新な色使いが人気の「足利銘仙」が生産量で日本一になったそう。“昭和レトロ“流行だもんな。こういうのって見てるだけで楽しい。近くの歴史観で銘仙柄の着物や甲冑を着て街歩き体験ができるみたい。
※銘仙とは、絣と呼ばれる手法を用いた平織りの絹織物の一種。他の着物と比較するとカジュアルな印象で、大正から昭和にかけて女性の普段着やお洒落着として日本中で流行。足利銘仙は、他の銘仙と比べると手頃な価格で入手できた。デザイン性が高いことも特徴。 -
「足利駅」
中学生の頃、何人かのペンフレンドと文通をしていて、(ペンフレンドとか文通とか死語だな)、その中に足利市の男の子がいたことを、この町に来て思い出した。私は飽き性で暫くすると返事を書かなくなり文通は終ってしまった。人間関係にどこか淡泊な私は、このような不義理を何度か繰り返している。60を過ぎると思い出し後悔することが幾つかあるものだ。 -
<オマケ>
東京駅で駅弁購入。帰りの新幹線でお昼ご飯。昼からビール付き。 -
帰宅して、もう一個購入していた駅弁(4トラでも人気の「牛肉どまん中」)で晩酌。二食続けて駅弁。いいのよ、駅弁も旅の楽しみだから。
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