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明石を歩きました。<br />明石焼きを食べて、以前から行ってみたかった高山右近が城主だった船上城の跡を観に行きました。<br />船上城跡はすっかり荒れていて、遠くから見学しましたが、大変残念でした。<br />近隣のお寺などもまわって、魚の棚商店街でお土産を買いました。<br />その後、明石城公園でひと休み。<br />公園内に行きたかったカフェがありました。

兵庫さんぽ  明石を歩きます♪明石焼きを食べて出発!高山右近の船上城跡など~魚の棚でお買い物♪♪

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2025/04/21 - 2025/04/21

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hijuno

hijunoさん

この旅行記のスケジュール

2025/04/21

この旅行記スケジュールを元に

明石を歩きました。
明石焼きを食べて、以前から行ってみたかった高山右近が城主だった船上城の跡を観に行きました。
船上城跡はすっかり荒れていて、遠くから見学しましたが、大変残念でした。
近隣のお寺などもまわって、魚の棚商店街でお土産を買いました。
その後、明石城公園でひと休み。
公園内に行きたかったカフェがありました。

旅行の満足度
5.0
観光
5.0
グルメ
5.0
ショッピング
5.0
同行者
一人旅
交通手段
高速・路線バス JRローカル 自家用車 徒歩
  • JR明石駅を出て、明石城跡のお堀のそばを歩きます。

    JR明石駅を出て、明石城跡のお堀のそばを歩きます。

  • お堀から道を隔てて、江戸時代初期に建てられた長屋門があります。

    お堀から道を隔てて、江戸時代初期に建てられた長屋門があります。

  • 門は閉ざされており、中には入ることはできないようです。<br /><br />明石藩の歴代家老や重臣の屋敷だったところです。<br />近くにあった、船上城からの移築だそうです。<br />船上城は高山右近が城主だったお城でした。<br /><br /><br />

    イチオシ

    地図を見る

    門は閉ざされており、中には入ることはできないようです。

    明石藩の歴代家老や重臣の屋敷だったところです。
    近くにあった、船上城からの移築だそうです。
    船上城は高山右近が城主だったお城でした。


    織田家長屋門 名所・史跡

  • 太鼓鋲、蝶番、飾り金具は室町時代の様式だそうです。

    太鼓鋲、蝶番、飾り金具は室町時代の様式だそうです。

  • 説明板がありました。

    説明板がありました。

  • 家紋でしょうか~

    家紋でしょうか~

  • 朝から明石焼きを食べに行きます♪<br /><br />大好きなクリスマスローズや

    朝から明石焼きを食べに行きます♪

    大好きなクリスマスローズや

  • 可愛い花たちがあちこちに。

    可愛い花たちがあちこちに。

  • 途中見かけたお店。<br /><br />なんだか可愛いです♪

    途中見かけたお店。

    なんだか可愛いです♪

  • 春の花、キョロキョロしながら歩きます。

    春の花、キョロキョロしながら歩きます。

  • 黄色、元気な色です。

    黄色、元気な色です。

  • マンホールも。<br />天文台の画。<br /><br />明石は、東経135℃子午線上のまち、、です。<br />

    マンホールも。
    天文台の画。

    明石は、東経135℃子午線上のまち、、です。

  • キョロキョロしながら海の方向へ歩いていきます。<br />途中、お寺や神社も多かった。。

    キョロキョロしながら海の方向へ歩いていきます。
    途中、お寺や神社も多かった。。

  • こちらのお店。<br />「明石焼きのいまなか」さん。<br /><br />

    こちらのお店。
    「明石焼きのいまなか」さん。

  • 開店10時まで少し時間があったので、すぐそばの伊弉冊(いざなみ)神社へ。<br />

    開店10時まで少し時間があったので、すぐそばの伊弉冊(いざなみ)神社へ。

  • 詳しい説明板がありました。<br /><br />主祭神は伊弉冊大神。<br /><br />歴史も古く、別所氏が三木城主になってからは五十石の社領が寄進されるなどしています。<br />松林のある広大な敷地だったようです。<br />15世紀になると、戦いや放火、明石空襲などによって度重なり焼失しています。<br /><br />その都度再建され、いまも崇敬されている神社だそうです。<br /><br /><br /><br /><br />

    詳しい説明板がありました。

    主祭神は伊弉冊大神。

    歴史も古く、別所氏が三木城主になってからは五十石の社領が寄進されるなどしています。
    松林のある広大な敷地だったようです。
    15世紀になると、戦いや放火、明石空襲などによって度重なり焼失しています。

    その都度再建され、いまも崇敬されている神社だそうです。




  • 拝殿。<br />

    拝殿。

  • 三本松とよばれる松がありました。<br />二代目とあります。

    三本松とよばれる松がありました。
    二代目とあります。

  • この奥にもお社がありました。

    この奥にもお社がありました。

  • 本殿。

    本殿。

  • 福徳三宝荒神社とありました。

    福徳三宝荒神社とありました。

  • 石燈籠も古いものらしく、安政の文字が見えました。

    石燈籠も古いものらしく、安政の文字が見えました。

  • 10時開店で、お店へ。<br />外には待つための椅子もありましたが、この時間、私だけです。<br /><br />ご主人のお話も楽しくて、タコ漁が近年とくに減少しているお話、深刻です。<br /><br />

    10時開店で、お店へ。
    外には待つための椅子もありましたが、この時間、私だけです。

    ご主人のお話も楽しくて、タコ漁が近年とくに減少しているお話、深刻です。

  • ここの明石焼きは化学調味料を使用していない食材を使って焼かれているそうです。<br /><br />

    イチオシ

    ここの明石焼きは化学調味料を使用していない食材を使って焼かれているそうです。

  • フワフワの明石焼きです。<br />なんともいえず、柔らかく、優しいお味♪♪<br /><br />16個900円はとてもリーゾナブルだとおもいました。<br />半分程食べて、おなかいっぱいになってしまいました。

    フワフワの明石焼きです。
    なんともいえず、柔らかく、優しいお味♪♪

    16個900円はとてもリーゾナブルだとおもいました。
    半分程食べて、おなかいっぱいになってしまいました。

  • お出汁も昆布から。<br />とても美味しいお出汁でした。<br />ミツバがなんともまた合います~

    お出汁も昆布から。
    とても美味しいお出汁でした。
    ミツバがなんともまた合います~

  • お持ち帰りも快く包んでくださり、帰宅して夫といただきました♪<br />冷たいままで、十分美味しくいただきました。<br />ありがとうございます♪

    お持ち帰りも快く包んでくださり、帰宅して夫といただきました♪
    冷たいままで、十分美味しくいただきました。
    ありがとうございます♪

  • おなか一杯になり、歩いて消費しないと。。<br /><br />近くの漁港へ。<br />港町です。

    おなか一杯になり、歩いて消費しないと。。

    近くの漁港へ。
    港町です。

  • 遠くに明石海峡もみえましたよ。

    遠くに明石海峡もみえましたよ。

  • このあたり、神社、お寺が多いように感じます。

    このあたり、神社、お寺が多いように感じます。

  • 実相院とありました。

    実相院とありました。

  • 善楽寺に来ました。<br />善楽寺は戒光院、実相院、円珠院の総称だそうです。<br />明石でも最も古いお寺だといわれ、法道仙人によって7世紀半ばに建てられたと伝わっています。

    善楽寺に来ました。
    善楽寺は戒光院、実相院、円珠院の総称だそうです。
    明石でも最も古いお寺だといわれ、法道仙人によって7世紀半ばに建てられたと伝わっています。

  • 平安末期には平清盛が再興したと言われていますが、戒光院には、清盛の供養塔の石造五輪塔がありました。<br /><br />

    イチオシ

    地図を見る

    平安末期には平清盛が再興したと言われていますが、戒光院には、清盛の供養塔の石造五輪塔がありました。

    善楽寺 寺・神社・教会

    1183年に甥の忠戒律師が清盛の恩に報い、建てたといわれる平清盛五輪塔があります。 by hijunoさん
  • 大きな五輪塔です。

    大きな五輪塔です。

  • 駒札の説明によると、1183年に清盛の甥の忠快律師がこちらのお寺の僧であったときに清盛への恩に対して、この五輪塔を建てたそうです。<br /><br /><br />清盛はこちらのお寺には、自らの念事仏や寺領500石を寄進しています。

    駒札の説明によると、1183年に清盛の甥の忠快律師がこちらのお寺の僧であったときに清盛への恩に対して、この五輪塔を建てたそうです。


    清盛はこちらのお寺には、自らの念事仏や寺領500石を寄進しています。

  • このような石表示がありました。

    このような石表示がありました。

  • 源氏物語にゆかりのものも。<br /><br />源氏物語の登場する明石の入道の「浜の館(たち)」跡にみなされ、

    源氏物語にゆかりのものも。

    源氏物語の登場する明石の入道の「浜の館(たち)」跡にみなされ、

  • 5代藩主 松平忠国が建てた「光源氏古跡明石の浦の浜の松」の石碑もありました。

    5代藩主 松平忠国が建てた「光源氏古跡明石の浦の浜の松」の石碑もありました。

  • 牧場の朝、、の歌碑もありました。

    牧場の朝、、の歌碑もありました。

  • カラフルな衣のお地蔵様。

    カラフルな衣のお地蔵様。

  • ちょっと読みにくいですが、、、、縁起もありました。

    ちょっと読みにくいですが、、、、縁起もありました。

  • お地蔵さま、近隣の方がお参りされていました。

    お地蔵さま、近隣の方がお参りされていました。

  • 圓珠院では伝宮本武蔵作庭のお庭がありました。

    圓珠院では伝宮本武蔵作庭のお庭がありました。

  • 境内。

    境内。

  • こちらが、宮本武蔵の作庭と伝わるお庭です。<br />遠近法を取り入れた、端正なお庭でした。

    イチオシ

    こちらが、宮本武蔵の作庭と伝わるお庭です。
    遠近法を取り入れた、端正なお庭でした。

  • 宮本武蔵は1618年、明石城初代藩主の小笠原忠政に招かれ、明石を訪れ、町割りや、屋敷の造営などにも関わっていたそうです。<br /><br />多くのお寺の作庭にも携わっているといわれています。<br />こちらもそのひとつ。<br />宮本武蔵と明石、深いつながりがあるようです。<br /><br />宮本武蔵と明石、、深い関わりがあるようです。

    宮本武蔵は1618年、明石城初代藩主の小笠原忠政に招かれ、明石を訪れ、町割りや、屋敷の造営などにも関わっていたそうです。

    多くのお寺の作庭にも携わっているといわれています。
    こちらもそのひとつ。
    宮本武蔵と明石、深いつながりがあるようです。

    宮本武蔵と明石、、深い関わりがあるようです。

  • 橋を渡って、

    橋を渡って、

  • こんな散歩道もあります。

    こんな散歩道もあります。

  • 明石の観光スポット。。。。そういえば、、明石原人発見の地もまだ行っていなかった、、、いきたいなぁ~今日は無理そうですが。

    明石の観光スポット。。。。そういえば、、明石原人発見の地もまだ行っていなかった、、、いきたいなぁ~今日は無理そうですが。

  • 桜もだいぶん、葉桜になっていました。。でもきれい。

    桜もだいぶん、葉桜になっていました。。でもきれい。

  • 椿でしょうか、、、こんな小さな花弁のもの、はじめてみました。

    イチオシ

    椿でしょうか、、、こんな小さな花弁のもの、はじめてみました。

  • 高山右近が領主だった船上城の跡です。<br /><br />周囲をぐるぐる、場所が分からず、近隣の方にお尋ねしましたら、<br />もういまは、近くの公園からしか望むことができないと教えてもらいました。<br /><br />衝撃を受けました。<br /><br />以前写真でみましたが、こんもりと森のようになった一角に祠があり保存されていたと思ったのですが、<br />樹々は伐採されて、そのまま放置されています。

    イチオシ

    高山右近が領主だった船上城の跡です。

    周囲をぐるぐる、場所が分からず、近隣の方にお尋ねしましたら、
    もういまは、近くの公園からしか望むことができないと教えてもらいました。

    衝撃を受けました。

    以前写真でみましたが、こんもりと森のようになった一角に祠があり保存されていたと思ったのですが、
    樹々は伐採されて、そのまま放置されています。

  • かろうじて、小さな祠は残っていますが、あまりにも放置された様子にショックを受けました。<br /><br />周囲を住宅で囲まれ、田んぼの真ん中にぽつり。<br /><br />お城の跡とはいえ、やはり歴史の一部、保存ができるなら、整備されてほしいなぁ~とおもいました。<br /><br />遺跡もどんどん、住宅開発のために消滅しています。<br />なんだか、悲しくなってしまいました。<br />

    かろうじて、小さな祠は残っていますが、あまりにも放置された様子にショックを受けました。

    周囲を住宅で囲まれ、田んぼの真ん中にぽつり。

    お城の跡とはいえ、やはり歴史の一部、保存ができるなら、整備されてほしいなぁ~とおもいました。

    遺跡もどんどん、住宅開発のために消滅しています。
    なんだか、悲しくなってしまいました。

    船上城跡 名所・史跡

  • こうやって、歴史の遺産は消滅していくのでしょうか。。<br /><br />きっと宅地開発や周囲の田畑の関係や様々な要因があって、現状になっていることは想像ができますが、、、、

    こうやって、歴史の遺産は消滅していくのでしょうか。。

    きっと宅地開発や周囲の田畑の関係や様々な要因があって、現状になっていることは想像ができますが、、、、

  • フェンスから、ぼんやりと長い時間眺めていました。<br /><br />高山右近、高槻の城主だったのですが、そこは石垣も残り、お城跡は公園として丁寧に保存されていました。<br />高山右近に対してのリスペクトを強く感じました。<br /><br />それにくらべ、この城主跡はあまりにも悲し過ぎます。<br />少しでも残された原型は保ち、ここにも高山右近が領主となっていたことがわかるようにしてほしいです。

    フェンスから、ぼんやりと長い時間眺めていました。

    高山右近、高槻の城主だったのですが、そこは石垣も残り、お城跡は公園として丁寧に保存されていました。
    高山右近に対してのリスペクトを強く感じました。

    それにくらべ、この城主跡はあまりにも悲し過ぎます。
    少しでも残された原型は保ち、ここにも高山右近が領主となっていたことがわかるようにしてほしいです。

  • 消えかけている城跡を胸がつぶれる思いでみていました。

    消えかけている城跡を胸がつぶれる思いでみていました。

  • 公園からしかしっかり望めないとわかりました。<br /><br />しかし、船上城跡を訪ねる人は、ここからしか望めないことはわかりませんん。どこかにそんな案内板も必要だとおもいました。<br />お城跡には、たどり着けないことも、明示してほしいです。

    公園からしかしっかり望めないとわかりました。

    しかし、船上城跡を訪ねる人は、ここからしか望めないことはわかりませんん。どこかにそんな案内板も必要だとおもいました。
    お城跡には、たどり着けないことも、明示してほしいです。

  • ここには、こんな詳しい説明板もあります。

    ここには、こんな詳しい説明板もあります。

  • お城の周りには多くのお寺もあります。<br />のちに、回ってみたいと思っていたお寺も、高山右近が礼拝所として使い、キリスト教禁教令のあとも信徒が十字架を壁に隠していたともいわれています。

    お城の周りには多くのお寺もあります。
    のちに、回ってみたいと思っていたお寺も、高山右近が礼拝所として使い、キリスト教禁教令のあとも信徒が十字架を壁に隠していたともいわれています。

  • お城のまわりの様子です。<br />屋敷もあります。

    お城のまわりの様子です。
    屋敷もあります。

  • こちらの説明によると<br />1585年に豊臣秀吉の国替えにより、高山右近は高槻から6万石で鬱kされています。この時築城しますが、もともと別所吉親の林ノ城を整備拡充したものとも考えられているようです。<br /><br />南蛮貿易が盛んな時期で、大型船を二隻、秀吉が右近に与えています。<br />秀吉の右近に対しての期待、信頼がうかがえます。<br /><br />武家屋敷や城下町が形成されていきますが、<br />1587年バテレン追放令により、高山右近は、領地没収の上、追放されてしまいます。<br />2年余りの短い城主でした。<br /><br />その後は秀吉の直轄領となり、関ヶ原の戦い以降は池田氏一族が明石には一されます。<br />1615年の一国一城令によりお城からの防備攻撃のための施設、櫓や構え、塀などが取り除かれた屋敷に変わり、1620年の明石城完成ののちに廃城となっています。

    こちらの説明によると
    1585年に豊臣秀吉の国替えにより、高山右近は高槻から6万石で鬱kされています。この時築城しますが、もともと別所吉親の林ノ城を整備拡充したものとも考えられているようです。

    南蛮貿易が盛んな時期で、大型船を二隻、秀吉が右近に与えています。
    秀吉の右近に対しての期待、信頼がうかがえます。

    武家屋敷や城下町が形成されていきますが、
    1587年バテレン追放令により、高山右近は、領地没収の上、追放されてしまいます。
    2年余りの短い城主でした。

    その後は秀吉の直轄領となり、関ヶ原の戦い以降は池田氏一族が明石には一されます。
    1615年の一国一城令によりお城からの防備攻撃のための施設、櫓や構え、塀などが取り除かれた屋敷に変わり、1620年の明石城完成ののちに廃城となっています。

  • たった2年間の高山右近の領主の時代でしたが、その影響は大きく、キリスト教に入信した信徒は多かったそうで、周囲のお寺もキリスト教の礼拝所となるなど、右近の影響は大きかったようです。<br /><br /><br /><br />なんだか、寂しく、もう消えかかったお城跡をあとにします。

    たった2年間の高山右近の領主の時代でしたが、その影響は大きく、キリスト教に入信した信徒は多かったそうで、周囲のお寺もキリスト教の礼拝所となるなど、右近の影響は大きかったようです。



    なんだか、寂しく、もう消えかかったお城跡をあとにします。

  • 近くの神社へ。<br /><br />若宮神社。<br />16世紀ころに建立された歴史のある神社。

    近くの神社へ。

    若宮神社。
    16世紀ころに建立された歴史のある神社。

  • 漁業大量永続の碑がありました。

    漁業大量永続の碑がありました。

  • 小さな社もあります。

    小さな社もあります。

  • そして、宝蔵寺へやってきました。

    そして、宝蔵寺へやってきました。

  • 本堂。<br />本尊は木製の毘沙門天。<br />海中から引き上げられた像だそうです。<br />このお寺は高山右近が領主になってから礼拝所としても使われてきました。<br />キリスト教の禁教令が出てからも信徒が壁に十字架を埋め込んだそうです。<br />2年間という短い領主の期間にも多くの影響を与えた高山右近です。

    イチオシ

    本堂。
    本尊は木製の毘沙門天。
    海中から引き上げられた像だそうです。
    このお寺は高山右近が領主になってから礼拝所としても使われてきました。
    キリスト教の禁教令が出てからも信徒が壁に十字架を埋め込んだそうです。
    2年間という短い領主の期間にも多くの影響を与えた高山右近です。

  • 碑と駒札の説明がありました。

    碑と駒札の説明がありました。

  • 本尊が海中から引き上げた毘沙門天の木像であったことが記されています。

    本尊が海中から引き上げた毘沙門天の木像であったことが記されています。

  • めじかの松の碑と説明。

    めじかの松の碑と説明。

  • 言い伝えによると<br />昔、小豆島から渡って来た雌鹿が沈んだところが赤石となり、<br />そこに植えた松が大きな松にそだったそうです。<br /><br />初代の松はお隣の若宮神社まで伸びた大きな松だったそうですが、<br />戦災により焼失しています。

    言い伝えによると
    昔、小豆島から渡って来た雌鹿が沈んだところが赤石となり、
    そこに植えた松が大きな松にそだったそうです。

    初代の松はお隣の若宮神社まで伸びた大きな松だったそうですが、
    戦災により焼失しています。

  • 現在の松。

    イチオシ

    現在の松。

  • お地蔵様。

    お地蔵様。

  • 石仏がお祀りされていました。

    石仏がお祀りされていました。

  • 本堂も立派でした。

    本堂も立派でした。

  • 魚の棚にきました。

    魚の棚にきました。

    魚の棚商店街 市場・商店街

  • 商店街です。<br />

    商店街です。

  • 明石焼きのお店も沢山あります。

    明石焼きのお店も沢山あります。

  • 食器やさん。

    食器やさん。

  • セールをしていたので、夫用にちいさなワッパのお弁当箱を購入しました。

    セールをしていたので、夫用にちいさなワッパのお弁当箱を購入しました。

  • 新鮮なお魚たち。

    新鮮なお魚たち。

  • 大好きなハセ蒲鉾店へ。

    イチオシ

    大好きなハセ蒲鉾店へ。

  • 天ぷらの種類が豊富で、何を買おうか、迷います♪

    天ぷらの種類が豊富で、何を買おうか、迷います♪

  • たこ天はマストです♪♪

    たこ天はマストです♪♪

  • タココロッケも買ってしまいました♪

    タココロッケも買ってしまいました♪

  • 可愛い。。。

    可愛い。。。

  • 海のお惣菜も豊富です。

    海のお惣菜も豊富です。

  • 穴子の天ぷらも買いました。<br />どれも美味でした♪♪

    穴子の天ぷらも買いました。
    どれも美味でした♪♪

  • 夫のお弁当用のワッパです。<br />小さめです。

    夫のお弁当用のワッパです。
    小さめです。

  • 駅の方まで帰ってきました。<br />せっかくですから、お城跡にあるカフェによってみることにしました。

    駅の方まで帰ってきました。
    せっかくですから、お城跡にあるカフェによってみることにしました。

  • お堀も大きい。

    お堀も大きい。

  • 公園内の見取り図。

    公園内の見取り図。

  • 入口に、漁業に尽力を尽くされた中部幾次郎の像がありました。

    入口に、漁業に尽力を尽くされた中部幾次郎の像がありました。

  • 明石城跡、公園になっています。

    明石城跡、公園になっています。

  • 石垣も残されています。

    石垣も残されています。

  • 石垣の様子も美しい~

    石垣の様子も美しい~

  • 公園内の地図。

    公園内の地図。

  • 時うち太鼓の様子が入口付近にあります。

    時うち太鼓の様子が入口付近にあります。

  • 説明。<br />

    説明。

  • 江戸時代の大切な時計、合図だったのですねー

    江戸時代の大切な時計、合図だったのですねー

  • カフェへ。<br />疲れてしまいました~

    カフェへ。
    疲れてしまいました~

  • セルフのお水、、ありがたい^^

    セルフのお水、、ありがたい^^

  • 可愛いカフェのようす。

    可愛いカフェのようす。

  • お城の櫓をみながら、休みます♪<br />お城の櫓、高山右近が領主だった船上城から移されたとききました。

    イチオシ

    地図を見る

    お城の櫓をみながら、休みます♪
    お城の櫓、高山右近が領主だった船上城から移されたとききました。

    明石公園 (明石城) 公園・植物園

  • お庭も素敵です~

    お庭も素敵です~

  • オープンになっていて、お城跡、庭園を眺めれます。

    オープンになっていて、お城跡、庭園を眺めれます。

  • ちょっと周りをゆっくり歩いて、帰ります。

    ちょっと周りをゆっくり歩いて、帰ります。

  • お城あと、電車の中からも見えました♪

    お城あと、電車の中からも見えました♪

  • 電車の中から、明石海峡大橋も見えます♪<br />長いなぁ~

    電車の中から、明石海峡大橋も見えます♪
    長いなぁ~

  • 帰り道、春の花を満喫♪

    帰り道、春の花を満喫♪

  • チューリップや

    チューリップや

  • 忘れな草も。

    忘れな草も。

  • 名前知らないんですけれど、可愛い白い花♪<br /><br /><br />春満喫です。<br /><br /><br /><br /><br />最後までお付き合いいただいて、ありがとうございます^^

    名前知らないんですけれど、可愛い白い花♪


    春満喫です。




    最後までお付き合いいただいて、ありがとうございます^^

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この旅行記へのコメント (2)

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  • sukecoさん 2025/05/08 16:53:31
    明石焼き♪
    hijunoさん、こんにちは~

    明石焼き、美味しそう!!
    お出汁で食べる明石焼き、最近食べていません。。。
    表紙を見てから、お腹がぐぅぐぅ鳴っております(笑)
    三つ葉入りのお出汁にたっぷり漬け込んで食べたいな♪
    たこ天などの天ぷらさんもイイですねー
    明石は食も魅力です!

    それにしても、船上城跡は残念でしたね。
    もう少し大切に保存してほしいです(ガーン)
    あんなに荒れちゃっているのは、寂しいな~

    春の可愛らしいお花たちに癒されました♪

     sukeco

    hijuno

    hijunoさん からの返信 2025/05/08 18:18:42
    フワフワで優しい味の明石焼きです^^
    sukecoさん

    お便りありがとうございます^^
    そうなんです、明石焼き、お出汁で、あの三つ葉がアクセントで、時々ムショウに
    食べたくなってしまいます。
    こちらのお店は化学調味料を一切使わず、お出汁も北海道の昆布を使って
    丁寧につくられていました。

    明石と言えば、タコなんですが、近年はタコの漁獲量がめっきり減ったようで、
    市場をのぞいても、大きなタコがなく、小さなタコがちょこんと売られていて
    驚きました。
    以前は生きているタコが脱出を試みて、逃げ出したりしていました。
    ついつい、天ぷらものを沢山買ってしまって、おすそわけしたいくらいです。笑

    船上城跡は、まるでゴミ置き場みたいになっていて、悲しくなりました。
    お城跡の保存は難しいと思うのですが、こうやって消滅していくのは寂しいです。
    公園にある説明板は新しく、ピカピカで、その対比がありすぎでした。
    宅地開発や田んぼ畑、いろんな問題が絡んでいるかもしれませんが、せっかく残った
    遺蹟、なんとか大切に保存できないのか、切に願います。

    春のお花って、どうしてこんなに心にしみるのでしょうか。。
    どの花をみても、春を待ってましたとばかり、咲いているようにおもえます。

    明日はまた雨になるようですね。
    今は、何の季節なんだろう~と混乱するときがあります。笑
    でも春をもう過ぎていっているのですよね。

    hijuno

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