2025/03/26 - 2025/04/02
276位(同エリア399件中)
stedさん
今回、仕事の合間を見つけて参加できるツアーがあったので、参加しました。
まだ冬の寒さが残る季節ですが、少しずつ春に近づいてきているタイミングで、現地の寒さは日本と変わりませんでした。
今回のツアーの行程は成田からポーランド航空の直行便でワルシャワに入り、1日目はワルシャワからショパンの生家があるジェラゾヴァ・ヴォラを経由してコペルニクスの生家がある世界遺産の街トルンへ、さらにポズナンまで走り、初日のホテルに到着しました。
2日目はポーランドが建国され10世紀から11世紀まで最初の首都だった町ポズナンを訪ね、さらに北のベニスと呼ばれ、運河と橋がたくさんあり、街の至る所に妖精の像が置かれているヴロツワフの町に行きました。
3日目はキリスト教ゆかりの地を巡ります。宗教戦争が終わり、プロテスタントが認められた時に建てられた教会があるシヴィドニツァ、ローマ教皇だったヨハネパウロ二世が生まれ育った地ヴァドヴィツェ、そして聖地エルサレムに見立てて造られたという教会のあるカルヴァリア・ゼブジドフスカに行きました。ポーランドがこれほどキリスト教徒深い関係にあることに驚きました。
4日目はクラクフから65キロ離れたオシフィエンチムに向かいました。オシフィエンチムには第2次世界大戦でアウシュビッツ、ビルケナウの両強制収容所が置かれ、大量のユダヤ教徒が虐殺されました。とても寒い日でしたが、多くの見学者が来場していて、特に若い学生が勉強のために来ていました。日本でも広島に若い人たちが訪ね、原爆被害について学ぶことと同様だと感じました。しかし、驚いたのはイスラエル国旗を肩にかけて来場する人が多いことです。ガザ地区でパレスチナ人虐殺を繰り返すイスラエル人がアウシュビッツに来て、何を考えるのでしょうか。
- 旅行の満足度
- 5.0
- 観光
- 5.0
- ホテル
- 3.5
- グルメ
- 4.5
- 交通
- 5.0
- 同行者
- 社員・団体旅行
- 一人あたり費用
- 50万円 - 100万円
- 交通手段
- 観光バス 徒歩
- 航空会社
- LOTポーランド航空
- 旅行の手配内容
- ツアー(添乗員同行あり)
- 利用旅行会社
- 阪急交通社
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クラクフのホテルの朝食です。
ブッフェでいろいろなメニューから選べるので、ついつい食べ過ぎてしまいます。 -
朝8時過ぎにアウシュビッツ強制収容所に到着しました。
すでに多くの観光客や学生たちが並んでいました。
ガイドさんから今日は観光に来たのではありませんと説明がありましたが、その通りだと思ってやってきたので、しっかり学びたいと思います。オシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
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地下にある待合室のような場所でガイドレシーバーを受け取ります。
ポーランド人のガイドさんが付いてくれるのですが、説明は日本人のクラクフに住んでおられる女性がすべて説明してくれます。オシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
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地下から地上に上ります。
オシフィエンチムは監視領域と言われ、40平方キロに住むポーランド人を追い出して、収容所が作られました。
1940年6月14日以降、ワルシャワ蜂起にかかわった人たちや、各地のゲットーからアウシュビッツに130万人のユダヤ教徒などが連行されたそうです。オシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
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いきなり収容所だったと思われる建物が出てきます。
当時のままの姿で残すことが基本だそうです。
したがって、レンガ造りの建物は残っていますが、木造の建物は80年が経過して、朽ち果ててしまった建物も多いそうです。オシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
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映画などでも知られたアウシュビッツ強制収容所の入口です。
オシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
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収容所の周囲は頑丈そうな鉄条網が張られた柵で囲まれています。
オシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
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整然と建物が並んでいます。
オシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
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ヨーロッパ中のゲットーからアウシュビッツにユダヤ教徒が集められたことを示す地図です。
オシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
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アウシュビッツに連れてこられたユダヤ教徒の写真です。
オシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
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焼却炉の縮小ジオラマです。
オシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
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これがユダヤ教徒を殺すのに使われたチクロンBという薬剤の空き缶です。
オシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
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収容所に収容された人たちが履いていた靴です。
ものすごい量です。オシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
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子どもが着ていた服です。
14歳以下の子どもは、労働できないという理由で23万人も殺されたそうです。オシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
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収容されていた人たちの写真です。
オシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
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収容された人たちはこのようなワッペンで国籍などによって管理されていたそうです。
オシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
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収容所に来た人たちをまずここで尋問したそうです。
オシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
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これが収容所の部屋です。3段ベッドでとても狭いです。
オシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
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慰霊碑にお花を供えてきました。
オシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
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形だけの病院が4棟あったそうです。
オシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
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これは集団絞首台です。
オシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
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煙突が建っているところは焼却炉があったところです。
オシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
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こちらが半地下になった焼却炉の内部です。
上からチクロンBを入れて殺し、そのまま焼却したそうです。オシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
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焼却炉の釜です。
オシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
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これは収容所の所長だったヘルマン・ヘスの絞首台です。
オシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
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奥に見えるクリーム色の建物がヘルマン・ヘスの自宅です。
オシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
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アウシュビッツ収容所の出口です。監視塔が残っています。
オシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
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収容所の周囲を囲っていた鉄条網の柵は2重になっていて、触れると感電して、簡単に脱走できないようになっています。
オシフィエンチム (アウシュヴィッツ第一強制収容所) / アウシュヴィッツ博物館 建造物
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アウシュビッツ収容所からバスで5分ほど離れた場所にあるビルケナウ強制収容所に来ました。こちらの方がアウシュビッツ収容所よりはるかに広いです。
ビルケナウの敷地面積は175ヘクタールあるそうです。ビルケナウ (アウシュヴィッツ第二強制収容所) 史跡・遺跡
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現地のガイドさんが収容所のレイアウトについて説明してくれました。
ビルケナウ (アウシュヴィッツ第二強制収容所) 史跡・遺跡
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ユダヤ教徒をビルケナウに送り込んだ貨車です。客車ではありません。
ビルケナウ (アウシュヴィッツ第二強制収容所) 史跡・遺跡
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ビルケナウ収容所の建物は木造の建物が多く、手を入れないという原則からすでに朽ち果ててしまい、無数の煙突だけが残っています。
ビルケナウ (アウシュヴィッツ第二強制収容所) 史跡・遺跡
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こちらは焼却炉の跡です。
ドイツ軍が敗走する時にすべて爆破したため残骸となっています。ビルケナウ (アウシュヴィッツ第二強制収容所) 史跡・遺跡
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こちらは焼却炉に連なる灰を掻き出す溝になっています。
ビルケナウ (アウシュヴィッツ第二強制収容所) 史跡・遺跡
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これは1967年に建立された国際慰霊碑です。ここで殺された23か国の言語で慰霊碑が並んでいます。
ビルケナウ (アウシュヴィッツ第二強制収容所) 史跡・遺跡
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こちらは現存するビルケナウの収容所の建物です。
ビルケナウ (アウシュヴィッツ第二強制収容所) 史跡・遺跡
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収容所の中に入れていただきました。
アウシュビッツ同様狭く3段ベッドです。
建物内部には、日本人は品行方正なので入れてもらえるそうです。ビルケナウ (アウシュヴィッツ第二強制収容所) 史跡・遺跡
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これは暖炉です。
ビルケナウ (アウシュヴィッツ第二強制収容所) 史跡・遺跡
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これは収容された人が描いた絵です。
ビルケナウ (アウシュヴィッツ第二強制収容所) 史跡・遺跡
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看守役の部屋です。
ビルケナウ (アウシュヴィッツ第二強制収容所) 史跡・遺跡
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これは食事を作る建物です。煙突が並んでいます。
ビルケナウ (アウシュヴィッツ第二強制収容所) 史跡・遺跡
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食事を作っていた建物の中に入れてもらいました。
こちらも日本人以外は入れてもらえません。
外国人の多くは落書きをするため、入れないのだそうです。
ここでも入ってこようとした外国人が入れてもらえませんでした。ビルケナウ (アウシュヴィッツ第二強制収容所) 史跡・遺跡
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これは洗い物をする槽です。
多くの収容者がいたので巨大です。ビルケナウ (アウシュヴィッツ第二強制収容所) 史跡・遺跡
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これは煮炊きをする釜の焚口ですが、修復中ということで、煙突と釜口だけが見えます。
ビルケナウ (アウシュヴィッツ第二強制収容所) 史跡・遺跡
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収容所を囲む柵は、はるか向こうまで続いています。
ビルケナウ (アウシュヴィッツ第二強制収容所) 史跡・遺跡
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収容所を案内してくれた右側が現地ガイドさん、左側が日本語でガイドしてくれたガイドさんです。最後に現地ガイドさんにお礼を言って、お別れしました。
ビルケナウ (アウシュヴィッツ第二強制収容所) 史跡・遺跡
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オシフィエンチムの町に戻り、駅にほど近いレストランで昼食をいただきました。
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現地の人たちも食事に来るようなカジュアルなレストランです。
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シンプルなサラダです。きゅうりが大きいです。
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パンはしっとりしていて美味しいです。
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これは巨大なロールキャベツです。
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昼食を終えて、オシフィエンチムから85キロ離れたヴィエリチカの岩塩鉱山に来ました。こちらも世界遺産です。
ヴィエリチカ岩塩坑 (ツーリストルート) 建造物
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昔ながらのかご式のエレベーターで地下の岩塩鉱山に行きます。
ヴィエリチカ岩塩坑 (ツーリストルート) 建造物
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地下64メートルの深さまで来ました。
ヴィエリチカ岩塩坑 (ツーリストルート) 建造物
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すでに岩塩の採掘は終わっていますが、鍾乳石のように水分に混じって岩塩成分が染み出てきます。
ヴィエリチカ岩塩坑 (ツーリストルート) 建造物
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鉱山は掘っただけでは崩れてしまうので、木材を積んで崩落防止をしています。木材は塩分を吸い込んで岩のように固くなっています。
ヴィエリチカ岩塩坑 (ツーリストルート) 建造物
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広い洞窟のような場所に昔の採掘現場を再現しています。
ヴィエリチカ岩塩坑 (ツーリストルート) 建造物
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これは滑車を使って深い場所から採掘した岩塩を上に上げる装置です。
ヴィエリチカ岩塩坑 (ツーリストルート) 建造物
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これは滑車を稼働させるためのロープです。
ヴィエリチカ岩塩坑 (ツーリストルート) 建造物
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ロープの先端は人力で引き上げるための巻き取り装置につながっています。
ヴィエリチカ岩塩坑 (ツーリストルート) 建造物
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採掘した岩塩を運ぶための貨車を走らすためのレールが敷設されています。
ヴィエリチカ岩塩坑 (ツーリストルート) 建造物
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掘り出した岩塩も人力で運んでいました。
ヴィエリチカ岩塩坑 (ツーリストルート) 建造物
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馬が動力源になり、大量の岩塩を運べるようになったようです。
ヴィエリチカ岩塩坑 (ツーリストルート) 建造物
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どんどん掘り進んで地中深くまで進めます。
ヴィエリチカ岩塩坑 (ツーリストルート) 建造物
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途中に礼拝堂がありました。
ヴィエリチカ岩塩坑 (ツーリストルート) 建造物
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地中深くに大きな広場のようなホールがあります。
いくつもの巨大なシャンデリアがぶら下がり、多くの壁画が飾ってありました。ヴィエリチカ岩塩坑 (ツーリストルート) 建造物
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壁の装飾がとても手の込んだものになっています。
ヴィエリチカ岩塩坑 (ツーリストルート) 建造物
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奥行きがあって、とても美しいと感じます。
ヴィエリチカ岩塩坑 (ツーリストルート) 建造物
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シャンデリアもガラスではなく岩塩でできています。
ヴィエリチカ岩塩坑 (ツーリストルート) 建造物
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深いところにある池です。吸い込まれそうです。
ヴィエリチカ岩塩坑 (ツーリストルート) 建造物
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ここは深さ130メートルです。
ヴィエリチカ岩塩坑 (ツーリストルート) 建造物
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世界遺産に指定された印です。
ヴィエリチカ岩塩坑 (ツーリストルート) 建造物
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ここから地上に上がります。
2階建てのエレベーターになっていることが良くわかります。ヴィエリチカ岩塩坑 (ツーリストルート) 建造物
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クラクフへの帰り道でレストラン「POLONIA」に寄って夕食をいただきました。
夕食を済ませてクラクフのホテルに帰ります。 -
店頭に今日のメニューが掲示されています。
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店内は歴史を感じる佇まいです。
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チーズが乗ったサラダです。
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パンの種類が多く、どれも美味しいです。
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フィッシュフライです。
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デザートにケーキが付いてきました。
他のお店同様に甘さほどほどで美味しいです。 -
カプチーノをいただきました。
無事にアウシュビッツ訪問を終えて、クラクフのホテルの帰りました。
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